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感情を知らぬ王女と、彼女を愛しすぎた魔導師  作者: ゆにみ
魔導師の場合

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3/15

幸せの時間

 それからのリシェルは、俺が少しでも離れることを嫌がるようになった。



 「ルーク……今日もお仕事なの?」


 「……ああ」

 

 「働かないとご飯が食べられないんだもんね。私、ご飯は勝手に運ばれてくるものだと思ってたから……」



 そう言って、寂しそうに微笑む。



 「がんばってね。さみしいけど、待ってるよ」



 胸が痛む。

 ──喜んではいけないのに。

 日に日に募るリシェルの依存は、俺にとって毒のように甘い。



 それも当然だろう。

 彼女は今まで他人と関わることもなく、ただ食べ、眠り、本をめくるだけの毎日を送っていた。

 比較するものがなければ、それを異常だとも思わない。

 “当たり前”として受け入れてしまう。

 だから、感情が育たなくて当然だ。



 そんな中で現れたのが俺という存在。

 感情を知ってしまった以上、彼女が縋るのは──俺しかいない。



 「ああ、待っててくれ」



 気づけば俺は、そっとリシェルを抱き寄せていた。

 彼女は小さな手で俺の服をぎゅっと掴む。



 ……ああ、行きたくない。



 本当は、リシェルの不幸を変えてやるべきなのに。


 リシェルの世界は、あの閉ざされた世界に俺”という存在が増えただけ。

 状況は何ひとつ変わってはいないのだ。



 その事実から、俺は目を逸らした。



 そして──その不幸の上に立ちながら、必要とされる喜びに酔っていた。




 ***




 リシェルとの生活に慣れ始めた頃、彼女に小さな変化が生まれた。



 「ねえねえ! 外ってどんな感じ?」

 「本で読んだんだけど、お花がいっぱい咲いてたり、海があったりするんでしょ?」



 瞳を輝かせて問いかけてくる。

 ――外に、興味を持ち始めたのだ。



 けれどリシェルの存在が人々に知られれば、たちまち命が脅かされるだろう。

 それほどまでに王族への憎悪は深い。



 俺の魔法を使えば、姿を偽って外へ連れ出すこともできる。

 ……だが、本当は俺自身が怖いのだ。



 彼女が外の世界を知り、俺以外のものに心を奪われたら。

 もう、俺を必要としなくなるのではないかと。



 それでも、このまま閉じ込めておくのは残酷すぎる。

 罪悪感が喉を締めつける。



 「リシェル……外に出てみたいか?」



 思い切って尋ねると、彼女はしばらく黙って俺を見つめてきた。

 息が詰まる。早く答えてくれ……俺の決心が揺らぐ前に。



 けれど返ってきたのは、意外すぎる言葉だった。



 「ううん、行かない」


 「え……?」


 「だって、ルーク……行ってほしくないって顔してる」


 「……!」



 目を見開く俺に、リシェルは小さく笑った。



 「わたしにとっては外よりも、ルークが全部だから。興味なんてないよ。ね?」



 ――嘘だ。

 本当は世界を知りたがっていることくらい、俺にはわかっている。



 (この言葉に、喜んではいけないのに......)



 リシェルの世界を狭めているのは俺だ。

 間違っていると、頭では理解している。



 ……それでも。


 俺はその言葉に甘えてしまう。



 「……リシェル」



 そっと彼女を抱きしめると、リシェルは安心したように身を委ねてきた。



 「えへへ……あったかいね」



 もう、手放せない。

 俺は気づいてしまったのだ。



 ――この胸を締めつける感情の正体に。



 それは愛なのか、それとも鎖なのか。

 答えを出すのが、怖かった。





 ***




 ある日、仕事から戻ると、いつものようにリシェルが飛びついてきた。



 「ルーク! おかえりなさい!」


 「ただいま、リシェル」



 けれど、そこで彼女の動きが止まった。

 ぎゅっと抱きついたまま、沈黙が落ちる。



 ――おかしい。

 普段なら「今日はどんなことがあったの?」と、にこにこ問いかけてくるのに。



 「……リシェル? どうした?」


 小さな声が返ってきた。


 「……きらいにならない?」



 思わず内心で苦笑する。

 嫌いになんてなるわけがない。俺がどれだけ彼女のことばかり考えているか、知りもしないくせに。



 「なるものか。俺は、リシェルが大好きだよ」



 自然に口からこぼれた言葉に、リシェルの抱きしめる力が少し強まる。



 「わたしも……だいすき」



 胸の奥が跳ねる。

 わかっている。彼女のいう「好き」と、俺の抱える「好き」が違うことくらい。



 けれど――その違いさえも愛しい。



 「でも、今日のルーク……いつもと違う匂いがする」



 不安げに顔を上げ、真っ直ぐ俺を見つめる。



 「……だれ?」



 その瞳に胸を締めつけられる。

 今、不安を抱いているというのに――その姿を可愛いと、嬉しいと感じてしまう俺は、本当に最低だ。



 「仕事でな、馴れ馴れしいやつがいて……抱きつかれただけだ。すぐに引き剥がしたよ」


 「……ほんとうに?」



 縋るような視線。唇が小さく震える。



「もちろんだ。リシェルがいちばん……いや、リシェルしかいない」



 まっすぐに告げると、涙が止まったようだった。



 「……よかった。ルーク、ずっといっしょ」


 「ああ、もちろんだ」




 そっと抱き寄せる。

 ああ、なんて幸福な時間だろう。



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