仄暗い感情が生まれた瞬間
こんな自分の状況すらわかっていないような子を殺せない。
俺は自然と王女に提案していた。
「ひとまず、ここは危険です。俺と一緒に行きますか?」
「そっかぁ、わかった!」
王女はこくんと頷く。
俺は王女を抱え、横抱きにする。
そして、魔法陣を描き──俺の住む家へと移動した。
「お兄ちゃんすごいね。これがワープ?」
「そうですよ」
「すごーい!えへへ。こんなの初めて!」
「あ、これが”嬉しい”だね?」
王女が明るく笑う横で、俺は後悔していた。
(連れてきてしまった……)
王女を殺せない俺は、このままだと誰かに殺されるのではないかと不安になり、つい家に連れてきてしまったのだ。
バレたらまずい。俺も、王女も。
とりあえず、クーデターは成功した。俺が途中で抜けたことくらいは許されるだろう。
だが、この状況は危険すぎる。
王女を……守らなければ。
***
こうして、俺は王女と隠れるように生活を始めた。
年齢は七歳、名前はリシェルというらしい。
調べてみると、彼女は妾の子であったことがわかった。
だからあのように冷遇されていたのだろう。
不幸か幸いか、本人にその自覚はまったくない。
(あいつらは、本当に……悪魔だな)
胸の奥に怒りが湧き上がる。
「ねぇ、ルーク!今日は魔法を見せてくれるっていったよね!」
「ああ、そうだな」
リシェルから「敬語はやめて」と言われ、今は自然に砕けた口調で話している。
まあ、もう王女ではないのだから、問題はない。
俺は手に力を込め、幻想的な光の蝶を作り出した。
キラキラと光る蝶たちは、部屋の中をふわふわと舞う。
「うわ〜、きれい!ありがとう、ルーク!」
「楽しんでもらえたか?」
「うん!これが“たのしい”なんだね!」
リシェルの笑顔は、眩しく、胸を締め付ける。
この笑顔を守りたい──自然と、そう思った。
***
ある日、俺は街に出かけた。
……リシェルに告げずに。
「寂しい」という感情を教えるためだ。
もちろん、ひとりにするのは危険だ。
だから家には魔法で結界を張り、状況は常に把握できるようにしている。
誰も襲うことはできないだろう。
用事は特になく、ただ時間の経過を確認するように街を歩き、家へ戻った。
ドアを開けると、リシェルが飛びついてきた。
「ルーク!!どこ行ってたの!!」
涙でぐすぐす鼻を啜る音が聞こえる。
「あのね、わたし……ルークがいないって気付いて、涙が止まらなかったの……」
「ごめん、リシェル。でも、それが“さみしい”ってことだ」
「ルークは“さみしい”を教えようとしたの?」
「うん……ごめん」
「もうイヤ!さみしいのイヤ!ずっと一緒にいて!!」
縋るような瞳で訴えられる。
──ぞくり。
その瞬間、心臓に電気が走ったような気がした。
(……まずい。こんな気持ち、芽生えちゃいけない……)
俺は、リシェルに縋られて、嬉しいと思っているのか……?
リシェルにとって俺は必要だ、と……。
俺の中に、仄暗い感情が生まれた瞬間だった。