猫......なんだよね?
今日は、晴れ。
雲ひとつない青空が広がっていて、風がやさしくカーテンを揺らしている。
(ブラン......今日は来るかな?)
晴れた日に必ず来るわけではない。来ない日もある。
でもブランのことを知ったルークが、
「猫なら人間の食べ物より専用のほうがいいだろう」と、ペットフードを用意してくれたのだ。
(ブラン、喜んでくれるかな?)
そのとき、窓辺から小さな音が聞こえた。
「ブラン……?」
胸が高鳴る。
窓の外を覗くと、いつもの白い影がそこにいた。
「今、開けるね!」
ルークの張った結界は、私とルーク以外は入れない。
だから今までは、窓辺でしかやり取りできなかった。
でも――この前ルークが、ブランだけは通れるように調整してくれたのだ。
「ねぇブラン! 今日からお家で遊べるんだよ!」
「にゃー?」
「ふふ、今日もかわいいね」
ブランを部屋に招き、そっと撫でる。
白い毛並みがふわふわしていて、あたたかい。
前足でちょんちょんと私の足をつつき、視線をソファに向ける。
「……もしかして、座ってほしいの?」
「にゃー」
ソファに腰を下ろすと、ブランはすぐに膝に乗り、丸まった。
柔らかな重みと、規則正しい鼓動。穏やかな時間が流れる。
「あ、そうだ! ルークがブランにいいものを用意してくれたんだよ!」
私はキッチンへ行き、ペットフードを小皿に分けて戻る。
「ほら、ブラン。ご飯だよ!」
けれどブランは、ぴたりと動きを止めた。
いつもならすぐに駆け寄ってくるのに――今日は、違う。
顔をプイッと横に向けて、拒むように尾を揺らした。
「……いらないの?」
問いかけると、ブランはほんのわずかに首を縦に振る。
「そっかぁ……いらないの」
でも――待って。
今の反応、まるで言葉を理解しているみたい……?
(いや、でも、まさかね......?)
「ブラン......あなたって、人間みたいね」
そう言った瞬間、ブランの身体が小さく震えた。
私は思わず息をのむ。
「ブラン? どうしたの?」
首をかしげると、ブランはふいっと視線を逸らし、窓の方へ向かって歩き出した。
白い背中が小さく遠ざかる。
「ねぇ、ブラン?」
呼びかけると、尾がぴくりと揺れた。
振り返ったその瞳に、一瞬だけ――寂しさが映った気がした。
胸の奥が、きゅっと痛む。
何か言いたそうで、でも言えないような目。
「……ブラン。今日は、どうしたの?」
小さくつぶやいた瞬間、ブランは身を翻して、
窓辺から外へ跳び去っていった。
開け放たれた窓から風が吹き込む。
私はその場に立ち尽くしたまま、そっと唇を結ぶ。
――ルーク以外に、寂しさを感じたのは、初めてだった。
***
夕食の時間。
ルークに今日の出来事を話すと、彼は真剣な表情でスプーンを置いた。
「言葉を理解しているような様子、か……」
顎に手を当てて考え込むルーク。
やがて小さくため息をつく。
「王都では白い猫なんて見かけない。……なぁ、リシェル。ブランに会うのは、危険かもしれない」
「え!? お友達と会えないのは嫌だよ!」
私が口を尖らせると、ルークは苦笑し――何かを思いついたように立ち上がった。
「……そうだな。じゃあ、これを」
戸棚から小さな箱を取り出す。
ルークの指先が淡く光り、魔法の紋が描かれていく。
その光が、ゆっくりと私の方へ伸びた。
「リシェル、手を出してくれるか?」
「うん?」
差し出した手を、ルークがそっと包む。
その温もりに胸がくすぐったくなる。
彼が指にはめたのは、小さな銀の指輪。
「ルーク、これは……?」
「ああ。お守りだ。危険が迫れば俺がすぐわかるし、魔法が君を守ってくれる」
「……すごいね。ありがとう!」
ルークからの初めての贈り物。
魔法の光よりも、彼の手の温もりのほうが心に残った。
――胸の奥が、やわらかく温かい。
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