カイの疑惑!?王子レンの、怪しい婚約者
「ふぅっ、今日も疲れた…!」
その日、ヴァイオリンのレッスンからの帰り道。
カイはいつもよりもずっと疲れていた。
今日のレッスンでは、集中力がまったく続かず、演奏を三度もやり直させられてしまったのだ。
「やっぱり、セイラちゃんの演奏が……」
あの旋律が、まだ耳に残っている。
プロでもないはずの彼女が、あそこまでの音を奏でられるとは——
演奏家である自分にとって、あれは衝撃だった。それに、あの演奏は前に、どこかで……。
「だめだだめだ。もう過去は振り返らないって、決めたんだから!」
カイは自分に言い聞かせるようにそう呟いて、両頬をパシンと叩く。
背筋を伸ばし、前を向いて歩き出した。
——今日は、こっちの道を通ってみようか。
ふと思い立ち、普段は通らない寂れた裏道へと足を向ける。
しばらく歩いたところで、複数の人影が見えた。
「だから言ってんだよ、レオンハート家のご令嬢、あんなんじゃなかったって!!」
——レオンハート……?
聞き覚えのある名前に、カイは足を止めた。
そっと近くの建物の陰に隠れて、耳を澄ます。
「信じがたいけどな。本当に見たのかよ?」
「あぁ、間違いない。護衛についたことがある。あの時とは顔つきも雰囲気も、まるで違うんだ」
「……別人ってことか? でも、なぜ公爵が何も言わない?
ましてや隣国の国王まで騙してるとしたら、目的は一体……。それに、チトセ様にも、このことは……」
「チトセ様? あの方は今、弟君の行方で手一杯だよ。もういい、考えるのはやめて飲みに行こうぜ〜、ゲップ!」
「ったく、お前なぁ……」
酔っ払いとその友人らしき男たちは、よろよろと飲み屋街へと歩き去っていった。
——セイラちゃん……?
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ始める。
その晩の会話は、カイの中で消えない疑念となって残った。
*
「ふわあぁ〜……」
翌朝、カイは大きなあくびを噛み殺した。
連日の稽古の疲れと、昨日の会話が頭から離れず、ろくに眠れなかった。
——それにしても、ノア兄さんはどこにいるんだ?
王宮では、週に一度開かれる国王と側近たちの定例会議が始まろうとしていた。
カイも今では、末席ながら参加を許されている。
——レンにも「調べてみる」なんて言っちゃったし。何かひとつでも掴まなきゃ……。
そう思いながら、カイはこっそりと国王の顔を盗み見た。
威厳のある厳格な表情。堂々と家臣の話に耳を傾ける姿は、まさに「王」のそれだった。
……の、はずなのに。
——でも、昨日の“あの”声は……。セイラは、本当にただの来賓なのか?それとも——敵?
考えが堂々巡りし、気づけばまたまぶたが重くなる。
——はぁ。眠い……。
そのときだった。
ガッシャーーーン!!!
突如、何かが激しく割れる音が響き渡った。同時に、誰かの悲鳴のような声が会議室を裂いた。
「おやめください、国王陛下!!」
「えっ……!?」
カイは一瞬で目を見開いた。
そこには、机を挟んで家臣に拳を振り上げる父の姿があった。
「父上!? いったい何をなさっているんですか!! おやめください!!」
混乱のなかで声を上げるカイ。だが、国王の動きは止まらない。
まるで機械のように、感情のない動作で拳を振り下ろし続けている。
「っ……!!」
国王の表情からは、いつもの思慮深さも威厳も消え失せていた。
そこにあったのは、まるで何かに取り憑かれたかのような——いや、「操られている」としか思えない、
“無表情”だった。
そして、その無機質な顔の奥底には、ほんの一瞬、見えたような気がした。
——絶望。
「……父上……?」
声にならない問いが、カイの喉奥で消えていった。
カイ:謎が多くて、わからないことだらけだ。もうすぐ、交流会から1週間が経とうとしている……。