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響いた音は、誰の記憶を呼び起こす??

セイラは、鍵盤にそっと手を置いた。


そして——弾き始めた。


その瞬間、ぼくの頭の中に、まるで魔法のような光景が広がった。


会場の空気がふわっと変わる。まるで、ぼくら全員が一瞬でお花畑にワープしたみたいだった。


小鳥がさえずって、そよ風がやさしく頬を撫でる。色とりどりの花が咲き誇る草原のまんなかで、


セイラがピアノを弾いていた。


「……うっわぁ」


それは、たしかに“音楽”だった。でも、ただの音じゃない。絵でも、匂いでも、風でもない。


もっと……もっと心に近い何かだった。


みんな、手に持っていたグラスを止めて、音に聞き入ってる。


春の女神さま……そんな言葉が、ふと心に浮かんだ。


でも、すぐに景色が変わる。


今度は、真っ暗な海の底。光が届かない深い深い場所で、ひとりの少女がピアノを弾いている。


音が、寂しさげに変わった。静かで、冷たくて、どこか切ない。


……海の女神さま。


こんな音を、どうしてセイラは弾けるんだろう。


次の瞬間、嵐が吹き荒れた。吹雪が舞う雪の大地。白い世界の中で、人影がピアノを叩くように


奏でている。荒々しく、でも気高く、美しく。


……冬の王子さま。


どうしてかわからない。けど、涙が頬をつたって落ちた。誰かがこの雪の中で、誰にも言えない


悲しみを抱えている。そんな気がした。


そして——ふっと吹雪が止んだ。


気づけば、広い空の上にいた。月の光が逆光になっていて、ピアノを弾いている人の顔が見えない。


セイラ……なのかな?


そして、最後の旋律は、淡く、やさしく、そしてどこか悲しかった。


演奏が止まった。


でも、誰も拍手をしない。いや、できなかったんだ。まだ夢の中にいたから。


……それくらい、すごかった。


「パチパチパチパチ」


ぼくは、我に返って、思いっきり拍手をした。


その音に驚いて、他の人たちもハッとしたように顔を上げ、やがてパチ、パチパチ……と、まばらに


拍手が始まった。


それはすぐに、嵐のような大きな拍手になった。


「パチパチパチパチパチ!!!」


その中で、ひときわ大きな拍手が聞こえた。ぼくが顔を向けると、そこには父上がいた。


目にうっすら涙を浮かべながら、満足そうに、拍手を送っている。


……よかった。これって、つまり……


セイラが、認められたってことだ!!!


演奏が終わって、セイラが満面の笑顔で戻ってきた。どこか得意げで、だけどとってもキラキラ


していた。


そのまま父上に向かって、はっきりと言う。


「国王陛下。私を婚約者として認めてくださるということですね?」


父上は、大きくうなずいて言った。


「うむ。其方は、それにふさわしい演奏をしたからな」


わぁぁぁぁ! やった!! セイラが、ぼくの婚約者に!?


……なんか、すっごく緊張するかも。


「セイラ、すっごくよかったよ!」


ぼくがそう言うと、セイラはニッと笑って、


「ねっ?」


と、ちょっぴり得意げに言った。


そのあと父上にお願いして、セイラの滞在許可をもらった。……一週間だけ、って言われたけど。


ぼくはもう、うれしくて、セイラとずっと話してた。でも……ちょっと心に引っかかることがあった。


さっき、父上が言ったんだ。


「どこかで、聴いたことのある音だったな」


セイラの演奏を、前に聴いたことがあるって……。


そんなはずないのに。セイラは「お会いするのは初めてです」って、ちゃんと父上に言ってた。ぼくも、


そうだって思ってたし。なのに、父上はあの音を「知っている」と言ったんだ。


おかしいよね……?


それとね。カイが、セイラの演奏が終わったあと、急いで会場から出て行ったのが見えたんだ。


……いったい、どうしたんだろう?


オルフェオ王国のバルコニーに、一人の人影が静かに立っていた。


風に揺れる、長いコートの裾。その横顔は、どこか遠くを見るように、悲しみに沈んでいる。


やがて、唇が微かに動いた。


「……ミュリ、エル」


哀しみと、滲むような後悔を滲ませたその声は、夜の闇へと静かに消えていった。

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