セイラへの挑戦!?試される音と心
「それは、それは……」
父上の低い声が、ぼくの心臓をビクンッと震わせた。
「その言葉の意味が分かって言っているのだろうな、レン?」
うわぁぁ、やばい。めちゃくちゃ怖い……!!
でも、ここで引いたら終わりだ!きっと、ここが正念場なんだ!
そう思って、ぼくはできるかぎりにっこりと笑って、
「もちろん、重々承知でございます」
と答えた。
すると父上は、今度は隣にいるセイラに視線を向けた。まるで、矢みたいに鋭い視線だった。
「レオンハート家の娘よ。君も、婚約者としての資格があると自負しているのだな?」
セイラは突き刺すような視線を受け止めたまま、落ち着いた声で答えた。
「重々、承知しております」
セイラ、すごい……!あの怖い父上の目を、まっすぐ見返してるなんて……!
そんなふうに感動していたぼくの耳に、父上の声が再び届いた。
「ふむ……それならば、試してみようではないか」
父上が、ふっと笑う。なんだか、楽しそう、に見える。
「……あそこにピアノがあるのが見えるな?」
「えっ?」
な、なんでいきなりピアノ? ぼくは不安でいっぱいになった。まさか……
「即興で曲を作り、今ここで演奏してみせなさい」
「えっ、父上っ、それは──!」
さすがに、無理すぎる……!
ぼくが声を上げると、父上はギロリとぼくを睨みつけて、
「黙っていなさい、レン。これは彼女への試練だ。そして──」
父上は、場の空気を切り裂くように、厳かに続けた。
「この会場にいる者すべてを虜にする音を奏でられたなら、彼女の婚約者としての資格を認めよう」
……そんなの、あまりにも難しすぎるよ…
でも。
「わかりました。その挑戦、お受けします」
「セイラ!?」
セイラの答えに、ぼくは思わず大声を上げてしまった。
だって、無茶だよ!父上はいつもカイの演奏を聴いている。ピアノと一緒の時も、あると思うけど、おそらくその
人は絶対にプロ!!!そんな父上が認めるなんて、並の音じゃムリだよ!
でも、セイラは笑った。楽しそうに。
「大丈夫。ピアノは、けっこう得意なんだよ」
セイラはそう言って、すっと父上の方を向いた。
「私が納得させてみせます。約束ですよ、オルフェオ国王陛下」
その堂々とした声に、会場の人たちもざわざわとざわめいた。いつのまにか、みんな僕たちに集中してる。
「……ふん。いいだろう。約束しよう」
父上はそれだけ言うと、セイラから視線を外した。
セイラはくるりと踵を返して、ピアノの方へ歩いていく。
人々は興味と関心が入り混じった目で、その後を追いかける。
「お集まりの皆様」
父上が、低く響く声で言った。
「これより、この娘が即興のピアノを披露する。もしその音が心を震わせたなら、どうか拍手で応えていただきたい。だが、心に響かなければ──拍手は無用だ」
静まり返った会場。
セイラ……がんばって!!
セイラは椅子に浅く腰掛け、深く、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……見せてあげるよ、極上の天国を」
ぽつりとつぶやいたその声は、まるで風に乗った魔法の言葉みたいにピアノに溶けていった。
「それでは皆さま、お聴きください」
セイラの澄んだ声が会場に響いた。そして、彼女の指が、静かに鍵盤に触れた──