今更、遅いですわ。わたくしの心は決まっております。わたくしは、フェレウスと結婚しますわ。
「随分と待たせたね。本当に申し訳なかった。君の心は解っていた。やっと解決したんだ。だから、君と婚約を結びたい」
そう、エルド皇太子殿下に言われた時に、ジュティア・マルデイン公爵令嬢は驚いた。
え?どういう事?
何でそうなったの?
ジュティア・マルデイン公爵令嬢は、かつてエルド皇太子の婚約者候補だった。
もう一人の婚約者候補、マーガレット・フィレンス公爵令嬢、金の髪の百合の花のように美しい令嬢。
そしてジュティア・マルデイン公爵令嬢。燃えるような深紅の髪のジュティアは。マーガレットと対照的な美しさを持っていた。
婚約者候補に選ばれた時、当然だと思った。
マルデイン公爵家と、フィレンス公爵家はドルク帝国での名門公爵家である。
共に16歳の名門家の令嬢が選ばれるのは当然の流れだと思えた。
この王国では女性は16歳にならないと婚約は結べないのだ。
だから、16歳になった途端、バレント皇帝自ら、ジュティアとその両親であるマルデイン公爵夫妻を呼びつけて、
「ジュティア・マルデイン公爵令嬢は我が息子エルド皇太子の婚約者候補とする」
マルデイン公爵は不満そうに、
「候補ですか?婚約者ではなく?」
「フィレンス公爵家のマーガレット。ジュティアと同い年の令嬢だ。一年後、相応しい方を正式に婚約者にし、令嬢が18歳で帝国学園卒業後、結婚という流れになる」
現在、ジュティアは帝国学園に通っている。貴族なら誰でも通う学園だ。
エルド皇太子の事は知ってはいるが、一学年上であまり交流が無かった。
剣技も勉学もトップクラスで、黒髪で碧眼のそれはもう美しい皇太子殿下で、
あこがれる女生徒は多い。
ジュティアだって、あこがれていたのだ。
今まで婚約者を決めていないのは、相手が16歳になるのを待っているのではないかと言われていた。
勿論、ジュティアも婚約者になるのではないかと言われていたのだが。
ジュティアはがっかりした。
選ばれてもいいように、勉学も頑張って、学年で10位に入る成績を保っている。
美しさだってマーガレットなんかに負けやしない。
深紅の髪はジュティアの誇りだ。
16歳になった途端、色々な家から婚約の申し込みが来たが、皇帝自らの話を聞くと、どこの家も申し込みを辞退してきた。
わたくしは、皇妃になるのにふさわしいはずよ。
だから、マーガレットなんかに負けないわ。
エルド皇太子との交流が始まった。
二人でお茶を飲んで、楽しく帝国の未来について話をする。
エルド皇太子は、ジュティアの目から見て、とても楽しそうだった。
「どんどん改革をするんだ。今の帝国の政治は古すぎる。だから新しい風を吹き込む。君とならそれが可能だ」
「そうですわね。わたくし、新しい事が好きなの。社交界の古いしきたりも変えるわ。だいたい、無駄な式典が多すぎる。もっと簡素化していいと思うの」
「それそれ。私もそう思っていた。年に一回の帝国祭だってなんで一日がかりで式典をやるんだ?金がもったいない。確かに皇帝の威厳を示す為に必要だと思うが、もっと簡素化出来ないものか?まだまだ帝国には貧しい者が多い。だから私はそういう無駄な金を貧しい者を無くす為に使いたいのだ」
「それは素晴らしいですわ。わたくし、皇妃になったら、慈善バザーを開きますわ。そしてその収益を貧しい人たちの為に使いたいのです。社交界では華になりますわ。わたくしの深紅の髪は必ず役に立ちます。そしてバザーの協力者を集うの。楽しそうじゃありません?」
「ああ、楽しいだろうな。本当に君との時間は有意義に過ごせて、幸せだよ」
「マーガレットとの時間はそうではないのですか?」
「いや、そういう訳ではないが……」
マーガレットの事は良く知っている。
帝国学園で時々、
「わたくし、エルド皇太子殿下と、素敵な時を過ごしておりましてよ。貴方なんかに負けないわ」
と、取り巻き達と共に、絡んでくるのだ。
こちらも取り巻き達と共に、
「わたくしだって、エルド皇太子殿下と楽しい時を過ごしておりましてよ。負けませんわ」
互いににらみ合う。
マーガレットは、取り巻き達に、
「ああ、ジュティアが虐めるわ。わたくし、眩暈が」
「大丈夫ですか?マーガレット様っ」
「心配ですわ」
彼女はか弱い令嬢を演じるのが上手いのだ。
白百合のような可憐な見た目。
金の髪に白い肌のマーガレットは、可憐な姫君として、帝国学園で男子生徒に人気が高いのだ。
気の強さは、わたくしと同様だわ。
と、ジュティアは思うのだが。
日々のエルド皇太子殿下との時間は楽しかった。
会うたびに幸せを感じる。
プレゼントだって、燃えるような赤いルビーの首飾りを贈ってくれて。
「君がこの首飾りをしたら、似合うだろうと思って」
「とても嬉しい。こんな素敵な首飾り。有難うございます。宝物に致しますわ」
ルビーの首飾りは宝物になった。
マーガレットはどんなプレゼントを貰ったの?
嫉妬が心の中に燃え上がる。
でも、自分が絶対、マーガレットを差し置いて、婚約者に選ばれる。
日に日に、エルド皇太子との距離が近づいているように感じる。
自信を持っていたのに‥‥‥
一年後、バルトス皇帝に、両親と共に呼ばれた。
帝城には、マーガレット・フィレンス公爵令嬢とその両親も一緒だ。
バルトス皇帝は、エルド皇太子と共に現れて、
「フィレントス公爵令嬢をエルド皇太子の婚約者とする」
マーガレットは両親と共に、
「謹んでお受け致します」
と、挨拶を返して。
こちらを見て勝ち誇ったような顔をした。
信じられなかった。
自分が絶対に選ばれると思っていた。
泣くものですか。わたくしは公爵令嬢。
両親と共に、帝城を後にした。
部屋に戻って泣いて泣いて泣いて。
あまりにも悲しかったので泣いて。
道は閉ざされてしまった。
皇妃になってやりたい事が沢山あった。
何より、エルド皇太子殿下を愛していた。
それなのに、マーガレットが選ばれてしまった。
世界が真っ暗になってしまって。
これからわたくしはどうしたらいいの?
胸が痛い。痛いのよ‥‥‥
夜の食事も食べたくない。
心配してくれた母、マルデイン公爵夫人が、部屋に訪ねてきてくれた。
「ジュティアは、頑張っているわ。今回の事は仕方がないけれども、新しい婚約者を探しましょう」
「そうね。そうよね。わたくし、頑張っているわよね」
帝都での公爵家の屋敷に両親と共にジュティアは滞在しているが、領地には兄夫妻がいる。
兄ヘンリーも時々、手紙を送って来てくれて。ジュティアの事を気遣ってくれるのだ。
ジュティアは、両親や兄の為にも、前を向いて歩かなくてはならないと決意をした。
沢山の婚約の申し込みが来た。
ジュティアは両親と共に厳選した中に、魔法省に勤めるフェレウス・クリスト公爵令息の名を目にした。
歳は25歳。
魔法省で仕事という事に、ジュティアは興味を持った。
両親も、
「変わった経歴だな。公爵家の次男で、魔法省務めだなんて」
「普通は、公爵家の出身なら魔法省に勤めないわ。貴方が会いたいと思うなら、会ってみたら?それから決めてもよくてよ」
ジュティアは慌てて、
「政略は??政略を考えなくてよいの?」
父は笑って、
「お前がやりたいように生きなさい。政略?そこは私とヘンリーに任せておけばよい」
母も微笑んで、
「ジュティア。情熱の深紅の髪。おばあ様、譲りなのね。わたくしは地味な赤なのに。
情熱の赴くまま、生きなさい」
二人の後押しもあり、フェレウスに会ってみる事にした。
彼は花束を持って、マルデイン公爵家に現れた。
金の髪に青い瞳。優しそうな感じの男性で。黒のマントを羽織っていて。
「魔法省に勤めているフェレウス・クリストです。このたびは会って頂けるという事で。こちらの赤い薔薇は、お嬢様に」
客間で両親に挨拶をするフェレウス。
ジュティアは好感を持った。
赤の薔薇の花束を受け取って、
「わたくしは赤が好きなの。燃えるようなこの赤い髪も誇りよ」
「ええ。とても美しい赤ですね。見惚れてしまいます」
「有難う」
二人でテラスでお茶をする。
ジュティアは聞いてみた。
「何故?わたくしを?それに魔法省に就職しているだなんて、公爵家の令息が変わっているわ」
優雅に紅茶を飲んで、フェレウスは、
「ああ、確かに。父から爵位の一つでも貰って、貴族として生きる道もありましたね。でも、私は魔法の研究がしたかった。昔の人達は魔法を自由自在に使っていた。ただ今は、魔法を使えるのは魔族のみ。その魔族も一部の王国には姿を現すが、我が帝国は魔族と疎遠だ。
魔法を研究して、少しでもドルク帝国の為に役立てたい。だから魔法省に就職したんだ。今は小さな鳥を出す事しか出来ないけれども」
「まぁ。小さな鳥?見たいわ」
目を瞑って、フェレウスが何やら呪文を唱える。
「ぴいいいいいよーーーー」
つぶらな瞳に羽が生えている小さな精霊が現れた。
テーブルの上の精霊はとても小さい。
ぴよぴよと鳴いている。
ジュティアは目を見開いて、
「まぁ可愛い。精霊ですの?」
「魔法で遠い国にいる精霊を、再現してみたのです。実物は見たことがありませんが。ピヨピヨ精霊とか」
「まぁ、ピヨピヨ精霊だなんて。なんて可愛い」
小さな精霊を両手に乗せようとしたら、キラキラと輝いて消えてしまった。
フェレウスは残念そうに。
「このような魔法しか。もっと実用に役立つ魔法が実現できるように、私達は頑張っているのです」
「そうなのですか。素晴らしいですわ。わたくしもお手伝いしたい」
「有難うございます。ああ、何故、貴方に婚約を申し込んだか言っていませんでしたね。帝宮で皇太子殿下の傍にいる貴方を見たことがあります。とても美しくて。見惚れてしまって。自信満々に社交をする貴方に私は話しかけたかった。でも、とても話しかけることが出来なくて。この度、ずうずうしく婚約を申し込んでしまいました。キラキラと光る高嶺の花に恋焦がれてはいけませんか?」
「まぁお口がお上手ですこと」
「高嶺の花です。貴方は‥‥‥こうしてお会いして下さっただけでも、胸がドキドキしているんですよ」
何て可愛らしい。わたくしの方がドキドキしてしまうわ。
相手の手に、手を重ねる。
「貴方との婚約を前向きに考えたいわ。もっと貴方の事を教えて?わたくしの事も沢山教えるから」
フェレウスは微笑んで、
「有難うございます。共に互いを理解するところから始めましょう」
数日後、街でお忍びデートをした。
護衛は3人、後ろからついて来てくれている。
フェレウスと共に、道を歩く。
ふと、エルド皇太子の事を思い出した。
賑わっている帝都。ただ、裏通りに行けば、貧しい人たちが道に座り込み、餓死する人々がいる事も事実だ。
フェレウスに向かって、
「わたくしは、エルド皇太子殿下と共に、貧しい人たちを救いたかったの。だって、ちょっと道を外れれば、今にも死にそうな人たちがいるのよ。それを救いたい。そう思ったから。彼の前向きの所が好きだった。皇妃になりたかった」
ジュティアの言葉にフェレウスは優しく手を握り締めてくれて。
「私では大きな力になる事が出来ません。それがもどかしい。でも、貴方の優しい気持ちが、悔しい気持ちがとても胸に刺さって。悲しかったでしょうね。辛かったでしょうね。苦しかったでしょうね」
そう言って抱き締めてくれた。
涙が零れる。
「ええ、悲しかった。辛かった。苦しかった。わたくしは皇妃になりたかったっ」
「ジュティア。うんと泣いてくれていいんですよ。私は胸を貸す事しか出来ませんが」
「有難う。貴方の傷は?貴方の傷を話して欲しいわ」
「私の傷は‥‥‥ただただ、もどかしい。魔法をピヨピヨ精霊を出す事しか出来ない。
本当にもどかしい。もっともっと人々の役に立つ魔法を。魔法を再現したいのにっ」
「二人で足掻いて生きましょう。わたくしは貴方と結婚するわ。人生はまだまだ長いのよ。足掻いて、一緒に生きましょう」
フェレウスの事を愛しく感じた。
ジュティアは、前を向いて生きていこうとそう思えた。
フェレウスと婚約した。
そして、帝城の夜会に彼にエスコートされて出席した。
そこへエルド皇太子が現れたのだ。
「随分と待たせたね。本当に申し訳なかった。君の心は解っていた。やっと解決したんだ。だから、君と婚約を結びたい」
意味が解らなった。
どういう事なの?
全くもって解らないわ。
「マーガレットは?フィレンス公爵令嬢と婚約を結んだはずですわ」
「それは、フィレンス公爵家は悪事に加担していた。麻薬を密売していたのだ。それを暴く為に油断させるためにフィレンス公爵令嬢と婚約を結んだ。極秘に捜査する必要があった。だから、君やマルデイン公爵家に話をすることが出来なかった。君は待っていてくれると思っていたよ。君は私を愛してくれた。私も自分の心を伝えてきたつもりだ。フィレンス公爵は逮捕された。フィレンス公爵令嬢マーガレットとの婚約は破棄したよ。だから、私と婚約を結んで欲しい」
混乱した。マーガレットの家の悪事を暴く為に彼女と婚約した?
自分やわたくしの両親には言えなかった?
確かに、エルド皇太子殿下の事は愛していたけれども、でも、わたくしは…‥
「皇太子殿下の言い分は理解しました。でも、わたくしは、現在、フェレウス・クリスト公爵令息と婚約を結んでおります」
「婚約を解消して、私と婚約してくれ。皇妃にふさわしいのはジュティアしかいない」
「今更、遅いですわ。わたくしの心は決まっております。わたくしは、フェレウスと結婚しますわ」
確かにエルド皇太子殿下の事は愛していた。
皇妃になってドルク帝国の為に、貧しい人たちの為に自身を役立てたかった。
でも、今は‥‥‥
フェレウスの事が好き。
「フェレウス。心配しないで。わたくしの心は決まっているわ」
「でも、君は皇妃になりたがっていた。大きな事が皇妃になったら出来る。私はいまだ、結果を出せていないんだ」
「ねぇ。マディニア王国へ行ってみない?その国は魔族と交流があるの。遠い国だけど、きっと……貴方の魔法の研究に役に立つわ。ね?フェレウス」
「確かに。遠い王国で行くのに一月かかるんだ。上司の許可が必要だけれども」
二人で話していると、エルド皇太子が、
「君の心は変わらないんだな。ジュティア。上司の許可?私から許可しよう。ただ、遠いぞ。マディニア王国は。無事にたどり着けるかどうか‥‥‥私の権限で護衛をつけよう。ただ、険しい道になる」
エルド皇太子殿下に向かって、二人で礼を言う。
ジュティアがまず、
「有難うございます。皇太子殿下。必ずマディニア王国にたどり着いて成果を持ち帰りますわ」
フェレウスも頭を下げて、
「ご配慮感謝します。必ず成果を持ち帰ります」
エルド皇太子が微笑んで、背を向けて行ってしまった。
ちょっと寂しさを感じた。
けれども、マディニア王国へフェレウスと共にたどり着いて、魔法の成果を持ち帰ることが、エルド皇太子への為になる。
そう思えて。そっと。ジュティアは過去の恋に蓋をした。
三日後、門の前でマーガレットが騒いでいると使用人から報告があった。
「貴方なんかが幸せで、わたくしがどうしてこんな目にあわなければならないの?わたくしは平民落ちして、これから生きるのも大変なのよ。出てきなさいよっ」
白百合のような容姿は変わり果てて、鬼のような形相だったと門番は言っていた。
ボロボロの薄汚れた格好をしていたと聞いた。
ジュティアは立ち上がって、
「わたくしが直接、彼女に話をするわ」
門の前に行くと、やつれ果てたマーガレットがこちらを見て、
「出てきたわね。貴方ばかり幸せで、わたくしは、もう生きる事すら出来ない。悔しい。悔しいわ」
使用人に命じて、金貨の袋を渡した。
「一月は持つはずよ。仕事を探しなさい。見つからなければプラリス教会を頼りなさい。教会に貴方を優先的に受け入れるように話を通しておくわ。貴方だって、努力をしてきたもの。貴方が死ぬのを見て居られる程、わたくしは酷い女ではないわ。さぁ、お金を持っていきなさい。もう、二度と貴方には会わない。お互い、過去にはさようならをしましょう」
マーガレットは金貨の袋を抱き締めて、泣き崩れた。
もし、父が道を踏み外していたなら、彼女は自分の姿なのだ。
見捨てられなかった。かといって、近くで面倒を見る義理もない。
でも、どうか、生きて。
マーガレット。生きて欲しい。
これがわたくしの願いだわ。
ジュティアはフェレウスと共にマディニア王国へ行く準備に日々追われている。
窓の外はとても晴れていて。
マディニア王国の空はどんな色だろう。
愛しいフェレウスとならどんな困難だって乗り越えられる。
新たな決意を胸に窓の外を見つめれば、ゆっくりとピヨピヨ精霊が、鳴きながら飛んで行ったような、そんな幻を見た気がした。
とある変…辺境騎士団
「屑ではないだと?」
「帝城に潜入していた我らは無駄な努力だったのか???」
「次回こそは屑の美男をっ。正義の教育をっ」
「情報部、情報間違っていたぞ。しっかり仕事をしろっ」