社会というの名の現実は場所が変わって意味が無い
『だからさぁ! 数字が取れてないんだよ! す・う・じ!』
「す、すいません!」
思わずミュートをしたくなるほどの音声が僕の耳に届く。
何度も何度も謝罪の言葉を言い、パソコンに向かって頭を下げていた。
『今週は色々と起こっているが、だからって数字を達成しなくていいにはならないんだよ!』
「お、仰る通りです……」
……あれ、場所が自宅になっていても何も変わっていないような気がする。
頭を下げている中で、ふと僕の心が語り掛けてきた。
定例の報告で、画面では部長が激しい声量と動きを引き連れて来た。ダルマのように真っ赤な顔が一面に表示されている。
なので、視線は動かさず画面を見つめたまま、ウィンドウを小さくし、スピーカーにマウスを置いて数字を下げている。こうでもしないとイヤホンで聞いている耳が壊れてしまいそうだからだ。
『全く……ここの班は、本当に使えん奴らしかおらん!』
今日は大野主任が既に別の業務で不在のためか、いつになく部長の口調も激しくなっていた。
『それと、何か事件について思い出したことはあるか?』
「じ、事件についてですか……い、いえ特に何も……」
『おいおい、警察の方からも聞かれてんだよ』
「すみません……」
『まったく、お前は本当に使えない奴だな』
わざとらしいくらいに大きい溜息を吐き出した。これ以上暴言を聞いていたら頭がおかしくなりそうなので、言葉を聞き取れる限界まで音量を下げた。
『俺に疑いがかけられたどう責任を取ってくれるんだ。俺とお前じゃ社会的な立場も地位も違うんだから、そこら辺、理解しているよな? わかったらさっさと思い出せ! そしてサボってないで仕事して来い!』
その後も、他の人の報告でも、何かあるたびにぼやいていた。そして怒号が飛び交っていた。
部長が抜けた頃には、皆が憔悴しているのは一目瞭然。既に疲労は既にピークを迎えている。
(在宅だけど……全然楽じゃない)
隣の部屋にも聞こえそうなほどのため息が生まれた。
確かに通勤時間が無くなり、直接上司からの圧を感じずに仕事をすることは出来るが、それ以上に事件の影響で出来なかった分の仕事のしわ寄せがやって来た。
(数字取ってこいって……在宅だし、事件の影響で事務作業も溜まっているし、どうやって取るんだよ!)
やり場のない怒りが込み上げてきて下唇を強めに噛んだ。
そこから外からでも聞こえるくらいの大きなため息が再び溢れだした。
(色んなことがありすぎて、頭の処理が追い付かないな)
仕事のタスクは多すぎて一向に減る気配が無いし、部長の怒りでも気が滅入っている気がする。
それに加えて彼女達との出来事もどこか心が落ち着いていない理由かもしれない。
仕事もプライベートもここ最近は肉体と精神の疲れが溜まっていくばかりだ。
(数時間でもいいから、何も考えずに休みたいなぁ)
ふあぁあと大きな口を開けて欠伸を出しながら、小さな願いを胸に仕舞い込んだ。
一度寝てしまうと、そのまま一方通行になってしまう
しょうがない……気分転換もかねて晩飯でも買ってくるか。
口元を抑え再び出てきた欠伸を黙らせてからゆっくりとパソコンの前から離れた。
家に籠りっぱなしだから、新鮮な外の空気は心地よい。
落ち着いた心で、ゆっくりと買い物を――
ゆっくりと……
「な、なんでこんなことにー!」
数十分後、僕の願いはあっけなく散っていた。
買い物終了後、しばらく歩いた後人気のない住宅街で歩いていたら、不審な化け物に出くわした。綾瀬部長に襲われた時と似ていて、人型の獣のような化け物が二体。
(魔法攻撃だったら効かない可能性はあるけど……)
必死に走りながら思考する。
何故か分からないけど僕にはそういった能力があるみたい。相手が魔法を使ってくれたらありがたいんだけど……。
「そういうのはダメだと思うんだけど!」
僕の想いとは裏腹に、一体が近くにあった道路標識が取り付けてあるポールを引っこ抜いた。
槍投げ選手のように、ポールを横にして首元に置いている……ってことは!
「う、うわぁああ!」
やっぱり投擲してきた!
「――しゃがんで!」
どこからか聞こえてきた声に身体が反応した。頭に手を置き、膝を曲げ、目を瞑った。
その瞬間、身体が持ち上がるような浮遊感が感じた後、直ぐに目が開くと状況を理解した。
「くっ……」
「大丈夫ですか!」
「アステール、エストレアお願い! お兄さんはそのまま、捕まってて」
僕を抱きかかえながら、小刻みなステップで相手の投擲をかわしていた。
投擲はポールだけでなく道端にある物全てを無造作に投げていた。
残りの二人が相手をしている際に距離を取った。
「その、傷……」
「うん、平気だよ。それよりもお兄さんの方こそ大丈夫?」
「僕は平気ですけど……」
投擲された物が掠めたのだろうか、所々に切れ傷や擦り傷が見受けられた。
「もしかすると、まだ飛んでくるかもしれないから、しっかり捕まっててね」
「あ、はい。わかりました」
暫くの間、抱きかかえられていた。
所々に見える擦り傷や破れた痕に罪悪感を覚えながら、捕まっていた。
一分も経たないうちに進展する。
「エトワール、こっちは終わったわ。後はお願い」
「わかった」
どうやら戦闘が終わったらしい。
呼びかけに反応して向かうと、倒れて動かなくなった二匹の姿があった。
『アニュッレット・シード!』
暴れていた二匹の前に立ちながら唱える。
「元に戻れ!」
一連の流れを終えた。流石の連携で事なきを得た。
ただ一つ気になることがある。
「その……大丈夫ですか?」
危機を救ってくれた際に出来た傷、その後も捕まっている時に何度か触れてしまった。
「うん、平気だ……よ、あれ? 治ってる?」
エトワールが確認すると、傷どころか、傷跡すら残っていなかった。
「確かに切り傷があったはずなんだけど」
コスチュームは破れている箇所がまだ残っているので、破れたこと自体は目視できるけど、何故か傷だけがなくなっていた。
「もしかして、お兄さんに傷を治すことが出来る能力とか!」
「そうですね……その可能性は無いとは言い切れませんですし……新井さん、お願いできますか? 」
「わ、わかりました」
了承したけど、実際どうやるのかわからないし……どうすればいいのかもわからない。
「は、はぁああ!」
腕を前に突き出し、大きな声で叫んでみた。
何となく、それっぽい雰囲気を出してみようと考えた結果、このような仕草でやってみた。
手にありったけの力を込める、が――
「…………あれ?」
「何も……起きていませんね」
何も起きていなかった。
生々しい擦り傷がハッキリと残っているのが確認出来る。
「何かしらの条件が必要だったりするのではないでしょうか?」
「確かに……その可能性はありそうだよね」
唐木田さんの言葉に皆が頷いた。
「それにしても――」
「な、なんでしょうか……」
疑いの眼差しで僕を見つめてきたのは田原さんだった。
「どうして、あなたの周りばかりに現れるのか、説明してほしいのだけれども」
「そ、そう言われましても……」
寧ろ説明してほしいです。そんな文章が喉から出かかったが、ぐっと噛み締める。
確かにスーパーの一件も、今回のことも僕がいる場所に現れた。理由は全く分からないけど。それに僕だって、突然襲われることを求めているわけじゃない。
「最近、よく現れるようになってきたね」
「もしかしたら何か大きなことでも企んでいるかもしれないわ」
そう言われて、少しだけ身震いした。
「だとしたら、お兄さんがの元に現れるのと何か関係があったりするのかな?」
「でも、私でしたら、真っ先に狙うと思います」
「へ?」
「内部の情報を握っているかもしれない人物を野放しにするでしょうか?」
「い、いくら何でも……どこにでもいる普通の会社員ですよ」
「ですけど、少なからず私達が助けてしまっていることで繋がりがあると考えるのも不思議ではないと思うんです。それに先日、変身してしまったことが相手方に伝わっていると思われますし」
力の籠った声だった
「その場で目撃しただけでなく、実際に狙われたという事実がある以上、新井さん自身が一番の証拠となる人物であり、相手方にとっては不都合な存在のはずです」
話が進むにつれ、僕の背筋が凍ってくる。
「ですから新井さんは今、大変危険な状況だと思います。いつ、どこで、命を狙われてもおかしくはありません」
全身に鳥肌が立つ。
それに何だか、唐木田さんの話が終わってから、誰かに狙われているように思えて、辺りを警戒して見渡してしまう。
「流石に、戦いが終わった直後だから大丈夫だと思うよ?」
「えっ! あ、はい……そうですね」
「……監視も必要ってわけね」
「でも、どうしよっか……あたし達が掴んでいる情報はチェインが関わっているって事だけだし……こっちから動くことが出来ないよ」
「そうね、相手が大企業である以上、下手なことは返って状況を悪くしてしまうかもしれないわね」
「と、言うことは……現状維持ってことですか?」
少しだけ肩を落とした。
正直、敵に襲われるのを待たないといけないので、心臓に良くない。
いつ襲われるかわからない状態のままにいるのは、僕としても気が気でない。
「でしたら、良い案があります」
両手を合わせながら、唐木田さんは話し始めた。
ただその内容を聞いて、三人とも唖然とした。