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普通の社会人が潜入捜査をするようです


「……朝早いのは、しんどいな」


 肩には重りが乗っかり、足には足枷が付いている。そう思えるほど僕の足取りは重いものだった。

 成人を過ぎても、早起きするだけで気分は憂鬱。ましてや、それが仕事であり尚且つ重要な役割があると猶更だ。

 スマホの画面を逐一確認し、電車の乗り換えが正しいかを念押しする。そうして辿り着いた最寄駅から、目的地までアプリを使って歩き出す。

 初めて訪れる場所は、何度確認しても不安が残って仕方がない。

 チェイン、世界的な企業の子会社と言え、知名度は頂点に君臨すると思う。そこら辺の大手企業と遜色は無いと言われている。


(この道を曲がって、っと)


 案内の指示に従うと、ほどなくして目的地に到着するやいなや、腰が抜けそうになった。


(子会社って、これの何処が子になるんだよ!)


 都会の高層ビル丸々一棟。全面ガラス張りの外装は、太陽の光が反射して眩しすぎるくらいに輝いている。首を限界まで上げても頂上を見ることが出来ない。

 周囲を歩いている人達は、どの方も優秀に見えて、自分が場違いに思えて仕方がない。目の前に来ただけでも緊張感が高くなってきた。


(本当にここであっているんだよね! 本当にここに話に行くんだよね!?)


 案内が掛かれたメールを何度も確認するけど、間違いないようだ。


(そもそも、何でこんなに大きな会社と、うちの会社が取引することが出来たんだろう?)


 僕が務めている会社は、世間でもほとんどが知られていない。要はどこの街中にもある中小企業。そんな会社が子会社と言えども、世界的な企業と繋がりがあるなんて思いもしなかった。

 ちらりと視線を向ければ大きな入り口には警備の方が二人立っているし、その前に止まっている車は、名の知れた高級車が数台。当然のように外国の方と話をしているし、到着してから数秒で国際色豊かなことを把握した。


(まるで、別世界に来たみたいだ)


 住んでいる世界が違う……完全な場違いってことはわかる。

 入口から圧倒され、入ることすら躊躇ってしまうほどの圧を受けた。


(それに今日は――一先ず近くに身を隠せる場所に……)


 着ているワイシャツの胸ポケットに指しているペンに視線を向ける。

 確かに大きな会社相手に話に行く緊張や、問題なく遂行できるかどうかの不安もある。だけど、それ以上に僕の心を落ち着かせない原因がある。

 入口に入る前に、少しだけ来た道を戻り、比較的人通りが少ない場所で足を止める。

 胸ポケットにあるペンについているボタンを押してから、スマホを取り出して電話を掛ける。同時にワイヤレスイヤホンを耳に装着する。


『――あっ、もしもしー? 聞こえてますかー?』

「あっ……はい、大丈夫です。そちらも大丈夫ですか?」

『うん、映像の方も大丈夫だって。ちゃんと映っているよ』


 明るく、楽しそうにも感じられる声調は、今の天候と同じようだ。

 思い出されるのはこの前のカラオケでのやり取り。会社の中の様子や、勤めている人達の様子を探る。それが歌うことを躊躇った時に、田原さんから出された提案だった。



「あなたには中の様子を見てきてほしいの。そしてその状況を伝えてほしいわ」

「中の様子を見て、伝える……ですか?」

「えぇ、この際はっきりと言わせてもらうけど、私はあなたをまだ信頼したわけじゃない。敵じゃないのかって疑っているわ」


 何とも冷たい言葉は、心に来るものがある。信頼されていないことの痛みは社会人になって何度も経験してきた。特にお客さんとの中で担当を変えてほしいとか、頼りないとから言われえる瞬間が正に当てはまる。


「でも二人は、あなたのことを信頼している。少なくとも敵ではないと思っている」

「そうだよ! お兄さんは悪い人じゃないって」

「信頼とは少し違うかもしれませんが、敵ではないとは思っています」


 片瀬さんと唐木田さんの言葉を聞いて、思わず涙が出そうになるほどの感動を受けた。人から肯定のようなものを受けるのってこんなにも心に響くなんて。


「本当に私達の敵じゃないっていう証拠が欲しいの。だったら、行動で示して疑念を払拭してほしいの」

「こ、行動ですか?」

「えぇ、敵に内部事情を教える輩はいないはずよ。唐木田さん、前に使ったカメラ型のペンは持ってきているしら?」

「前に使った時の物でしょうか? それならいつも常備していますけど?」


 そういって鞄から取り出したのは、少しばかり高級そうな光沢があるペンだった。


「これはボールペン型の小型カメラなの。あなたにはこれで内部を撮影してきてほしいの」

「ボールペンで撮影?」


 ペンを受け取り、まじまじと観察してみると確かにクリップの上部には確かに小さなレンズが付いている。それに普通のボールペンと比べてしっかりと重みが感じられる。


「上部のボタンを押すと撮影が始まるわ。録画、静止画の撮影が出来る代物よ。これで情報を得てほしいの。録画している最中でも私達が映像を見られるようになっているわ」

「リアルタイムで見ることが出来るってことですか!? そんな物があるんですか?」

「はい。私の知り合いに機械に強い方がいらっしゃいましたので、少しばかりいじってもらいました」


 さらっと唐木田さんの口から目が点になるような情報が飛び出した。

 ボールペン型の監視カメラと言っても遜色がない物を、しかも作ってもらうなんて、彼女は一体何者なんだろうか。


「もし状況を見て可能だったら、イヤホンを付けて状況も教えてほしいの。映像で見ることが出来るとはいえ画質には限界があるし、その場の雰囲気ってものもあると思うから」


 そんな話を経て今に至る。


「とりあえず、中に入ります。なので、ここからは返答が難しくなります」


 カメラで状況を確認してもらいながら、イヤホンから聞こえてくる会話で命令を聞いて実行に移す。実にシンプルで単純だけど、バレたら僕の首が飛ぶ可能性だって大いにあり得るので、心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じる。

 イヤホンは髪で隠せるくらいのサイズなので、激しい運動をしない限りは見つかりにくい。ただボールペンに関しては胸ポケットに入っているとはいえレンズの部分はむき出しなのでバレてしまう危険性が高い。

 そんな爆弾を抱え、震える膝と引けている腰を一緒に携えながら、何とか歩を進める。

 入口の回転ドアを抜けると広々とした空間が登場した。

 ロビーやカフェテリア、変な形をしているモニュメント、最新式のパネルや案内図は近未来を感じさせる。見える全ての物が現代技術の一歩先を行っているような気がする。              

 レンズに多くの情報を与えるために近くを歩き回る。


(でも……まずは、自分の事に集中しないとな……)


 足を止めて、スマホで時間を確認する。うん、もうそろそろだ。

 ゆっくりと呼吸をして気持ちを何とか切り替える。正直、何もしないでいると不安や緊張で押しつぶされそうになるから、映像を取るために歩いていたのは案外良かったのかもしれない。

 大前提として、今日僕はここに仕事の為に来たんだ。

 第一印象で少しでも相手に良く思ってもらわないといけない。失敗したら元の子も無い……というか、会社内の立ち位置と社会的な立場がますます危なくなる。正直、皆の平和よりもまず、自分の平和を守らなければ。


(でも、こんな大企業を相手にするって……絶対に僕が行ってはいけない場所だよ)


 時間が近づくにつれて胃が痛くなってくる。

 ただでさえお荷物社員で、会社に貢献できていないのに。こんな重大な案件を僕がやらないといけないのは間違っている。もしかすると、とても面倒な相手を押し付けられたのかな? でも、やらないといけないしなぁ……。

 辞めたい、逃げ出したいと心の底から思っているのに、会社での立ち位置やクビに怯えているのはどうしてだろう。何かと矛盾のようなものを感じる。

 虚ろな眼差しと、足枷が付いたような重たい足取りで受付へと向かった。足を出して歩く、声を出す、その行動一つ一つに、勇気と活力を消費していく。


「あの、本日十五時から鶴川様と会議をしに来ました、株式会社ベースの新井と申します」

「株式会社ベースの新井さんですね、少々お待ちください」


 よし、ちゃんと伝わったみたいだ。思わず安堵の声が溢れ出そうになった。


「新井様ですね、確認が取れました。こちらをどうぞ」


 渡されたのは会社のロゴが入ったカードキー、交通系のカードと同じ大きさだ。カメラに映るようにわざと胸の位置まで持ってくる。


「エレベーターを使用する際はこちらのカードキーをタッチしてご利用してください。防犯上、こちらを利用しなければ乗ることが出来ませんので気を付けてください。また会議室に入るための鍵にもなっています」

「わ、わかりました。ありがとうございます」


 受付の直ぐ近くのエレベーターまでゆっくりと歩く。その際にカメラに映るように持ち運ぶ。


(エレベーターだけでも八つもあるなんて……)


 その多さに、驚きを通り越して、少しばかり引いてしまう。どれほど設備にお金をかけているのか気になって来た。

 目指す階層は二十六階。


(カードキーを使うって言っていたけど……)


 試しに矢印のボタンを押してみる。しかしながらボタンは光ることなく動いてなさそうだ。

 なので、その下にある認証リーダーでカードを読み取らせてから再びボタンを押すと、今度は光が灯った。


「カードキーをかざさないとボタンすら反応しないなんて、最近のシステムは凄いなぁ」


 押してから数十秒後に到着したエレベーターに乗り込んだ。

 密室に一人になっていることを確認してから、長く息を吐き出した。

 初めての場所、重大責任の仕事、カメラでバレないように情報収集。心臓が幾つあっても足りないくらいに緊張があった。

 息を整え終えてから、耳にはめてあるイヤホンに向かって声を出す。


「すみません、これから会議が始まりますので、返答は難しくなります。それと出来れば静かにしていただけると嬉しいです」

『わかった、黙って聞いているね』


 よし、了承も取れたことだし、ここからは仕事の時間だ。

 まるで動いていないくらいに思えるほどの静かなエレベーターの中で、頑張ろうと決意する。

 目的の二十六階に辿り着き、エレベーターから降りる。短距離走でも出来そうなほどの一直線の長い廊下がお出迎え。


(すごく広い……それにこんなに部屋があるなんて……)


 一面カーペットが引かれた廊下を歩くとホテルの客室みたいに、立て札に番号が書かれた扉が幾つも見受けられる。指定された部屋の番号と照らし合わせる。


「ここか……」


 扉の中央にモニターが埋め込まれており、そこに会議をする日付と時間、そして僕の名前と相手方の担当者の名前が書かれてあった。中に入ってお待ちくださいとの指示が書かれていたので、先程のエレベーターと同様にカードキーを読み込ませて、ロックを解除してから中に入った。

 四人分の椅子と広々とした机、高そうなプロジェクターが置いてあった。また壁そのものがホワイトボードになっているみたいで、ペンなどが入っているケースが壁に張り付いている。

 しばらく待っていると扉が開いた。


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いいたします」


 一度席から立ち上がって挨拶をする。

 スーツをピシッと着こなす、長身のイケメンが現れた。確実に僕とは真反対で、出来る営業マンのイメージが直ぐに湧いてくる。こんな人と今から話をしないといけないのかぁ……気が重くなるなぁ。


『ごめん! 少しだけカメラ動かせない? 相手の顔が見たくって、もしかしたら何かわかるかもしれないから』

「えっ!? そ、それは――」

「どうかなさいましたか?」

「あっ……いえ、何でもありません」


 唐突なお願いに、思わず声を出して返答してしまった。

 怪訝な面持ちで僕を見ている気がするよ……何だか気まずい空気が流れ始めたかもしれない。まだまともな会話すらしていないのに!


「確か、担当者が変わるお話と聞いていましたが――」

「は、はい。急に決まったことでしたので正式な後任は決まっていませんので、一先ずは私が対応させていただきます」

「それは大変ですね」


 愛想笑いで返答しながら、テーブルの上に資料を並べ始める。


「もしや、あの時の事件が影響していたりとかですかね?」

「は、はい?」

「巷で噂の泥棒やら怪盗やらで大変だったと、ニュースでも取り上げられていましたよ」

「え、えぇ……そんなところです」

(あなたの方から、その話題を振りますかー!)


 声に出したて叫びたい衝動に駆られたが、上唇をグッと噛み締めて我慢した。耳元でも何やら抗議意味するような物音が聞こえてくる。


「確かうちの系列が警備を担当していたと報告が上がっていました。こちらからも厳重にするようにと伝えておきますので」

「あ、ありがとうございます」


 警備会社もあるなんて……どれだけ大きい会社なんだ!?

 改めて規模の大きさを実感させられた。


「そういえば、そのことで少しお話を伺いたいと思っていました」

「と、おっしゃいますと?」

「実際に私達の所でも被害を受けています。ですが、現状手がかりがほとんどなく、犯人はあなた方の事件と同じ輩としかわからずじまいです」

『被害を受けているのは町の人達だよ!』


 再びの声に思わず肩がビクリと反応した。

 イヤホンの音声から怒りが感じられるほどの気持ちが伝わってくる。


「ですので、多少なりとも情報を共有出来たら、と思いまして」

「なるほど……ですね」

「あぁ、話せる範囲で構いませんよ。私達も警察の方から外に情報を発信するのは控えていただきたいと言われていますから」


 言葉が出ずにしどろもどろになってしまった僕を見かねたのか、怖いくらいの笑みで僕に語り掛けて来た。


『わかっていると思うけど、情報を与えるのはダメよ』


 今度は片瀬さんからの声が聞こえて来た。イヤホン越しからでも言葉の重みが伝わってくる。


「そ、そうですね。ですがほとんど情報がわからなくてですね、詳しいことは上の方が存じ上げていると思います」

「……そうですか、わかりました。御社の……失礼、綾瀬となるお方はいらっしゃいましたか?」

「え、えぇ。当社の部長が綾瀬という人物ですが……」

「なるほど、確か我が社の総務部長が御社の綾瀬さんと付き合いがあると話を聞いていたので、お土産話でも持っていけたらと思っていたのですが……残念です」


 残念、と言う割には、あまりそうは見えないように感じた。なんだか淡々と話していたので機械的な返事のように思ったからだ。


(部長が顔見知りだから、こんなところと取引出来ていたんだな。会社の立場的にも逆らえないから、無理矢理日程を早めたのも二つ返事で了承したっぽいな)


 本日会議が組まれた理由が解明する。


『向こうから話題を振るなんて、何か企んでいるのかもしれませんね』


 唐木田さんの言葉にゴクリと唾をのんだ。


(敵対しているとは言っていたけど……全員が全員ってわけじゃないよね?) 


 何かしらの裏の組織があって、そこに属する人達が行っているとか? 後はもっと役職が上の人達が知っているとか?

 でも、この人が関わっていないという証拠は無いし……下手なことは言わないように注意しとかないと。


「まぁ、雑談はこれくらいにして……そろそろ本題を始めましょうか」

「そ、そうですね」


 鞄の中から資料を取り出すと、新たな戦いが始まった。



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