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普通の社会人が女子高生達と関係性を構築するようです


「ふぁ……ん……」


 微かな日差しの温もりを感じた。

 見慣れた天井に別れを告げ、身体を起こす。


(……休んだ気がしない)


 痛みは感じない。

 でも、思うように動かせないほど身体が重たいしだるい。それに徹夜明けのような疲労も残っている。

 時刻は午前九時。

 結局昨日は自宅に帰って倒れこむように寝てしまった。

 目覚めたばかりだけど、仕事から帰って来たみたいだ。


(今日はもう何もしたくない、けど……)


 起き上がって直ぐに、ぐぅうう、と腹の虫が鳴いた。


「――って結局昨日、何も買い物出来ていないじゃないか!」 


 そうだ、夕飯を買いに行ったのに変な事に巻き込まれたから、買えずじまいだった! それに直ぐに寝ちゃったし、昼頃に起きて朝も食べてないから……丸一日は何も食べてない!?

 慌てて冷蔵庫の中を確認するも、案の定腹の足しになるような物は入っていなかった。


「日曜日は一日中、家でダラダラして過ごしたいんだけど……仕方ないかぁ」


 次の日が仕事の時は出来る限り家で過ごしたいんだけどなぁ……でも、空腹が限界を通り越していて気持ち悪さを覚えている。


「…………高くつくけど近くのコンビニで済ませるか」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 一刻も早く胃の中に食べ物を入れたいってものある。それに脳内に昨日の出来事がちらついて思い出すだけでも恐ろしさで震えてしまいそうになる。


「ここ数日はずっと変な事に巻き込まれているような……」


 訳が分からないことの連続で、頭が破裂しそうだ。ゆっくりと休んで身も心も落ち着かせたい。


(ご飯食べたら一息つこう……)


 溜息を吐きながら、ゆっくりと外に出た。

 買い物ついでに気になったことを検索する。

 ここ数日で起こった奇妙な出来事が脳内でリピート再生しているためだ。何でもいいから情報を得て、心を落ち着かせようと思った。


(……なんで、昨日のことは一切情報がないんだろう)


 スマホの画面をスクロールするけれども僕が欲しい情報が一部見当たらない。

 一昨日の会社での襲撃についても情報はほとんどない。『怪盗少女またもや参上か? ビルの窓が破損されているのを発見』『有益な目撃情報は無し、単なる強盗か?』など、詳しい詳細は全く記載されていないし、そもそも事件にすらあまりされていない。

 だけど昨日の件について一切触れられていない。記事も一つも見当たらない。

 いつもならメディアがこぞって速報を伝えるし、怪盗少女が現れたとなると世間の注目の的に毎回なっているはずなのに。


(まるで事件何て無かったようだ)


 スーパー周辺で停電が起きた事実すら無かった。もしかして時間がまだあまり経っていないから記事に出来ていないのかな?

 そんなことを思いながら歩みを続けていた。


「それにしても普通に歩けているんだよな」


 歩く度に強く実感する。

 血を吐くほどの痛みや怪我を負っていたはずなのに問題なく身体を動かすことが出来ている。多少の痛みはまだあるけど、筋肉痛よりも軽い程度だ。

 情報も無く、傷も無い。

 昨日のことは夢だったのか? そんな言葉で納得しようとした時だった。


「そこのお兄さん、少しいいかな?」

「は、はい? 僕ですか?」

「うん、そうだよ」


 道端で突然声が掛かり戸惑ってしまった。振り向くとそこには、金髪の女性の方が僕をじっと見つめている。

 ……えっと、ごめんなさい、どちら様でしょうか? それとも顔に何かついているのかな?

 真っすぐな瞳が僕をハッキリととらえていたので、反応に困ってしまい思わず口を紡いで視線を返してしまう。


「えっと……あ、そっか」


 仕事関係の人だろうか? でも、かなり若い人に見えるし……どっちかというと学生の方なのかな? 

 けど、何だか聞き覚えのある声で、何となくだけど何処かで見たことのあるような

 この感じだと、たぶん仕事関係っぽいな。

 名前は思い出せないけど初対面じゃなさそうだ、だとすれば失礼の無いように心がけないといけない。

 それに彼女も何かを思い出したかのような口ぶりだった。


「お兄さんに用があって、それで少しいいかな?」

「用? えっと……ここで立ち話をするのも難ですので、近くのコンビニでも行きませんか?」

「大丈夫――すぐ終わるから」

「え――」


 迷うことなく一直線に近づいてくると、ツンッと僕のおでこに彼女の人差し指が触れた。


『ドルミール(眠れ)』


 小さな声だがハッキリとその言葉が耳に届いた。

 おでこの辺りで光が発生しているのか、眩しくて思わず目を瞑ってしまった。

 そこから光が収まるまでの数秒間、黙ってその場で立っていた。


「あの……何をされているのでしょうか?」


 眩しさが無くなり、目を開けた。そこには目を瞑る前と同じ光景が広がっている。


「あ、あれ? 何で? 何が起きているの?」


 何が起きているの、は、僕のセリフだと思うんですが……。

 いきなり至近距離で他人のおでこに触れたら、今度は急に焦り始めるし……あまり関わってはいけない人だったのかな?


「ご――」

「ご?」

「ごめんっ!」

「んがっ!?」


 突然、取り出された鈍器なような物が振り落とされた。

 ガンッと鈍い音と頭に走った衝撃によって、僕の視界は揺れ動き暗くなった。




「ん、っく……」

「あら、目が覚めたみたいですよ」


 見知らぬ少女の顔が、薄く開けた僕の目に映る。


「何が……っつ……!」

「ご、ごめんっ! 魔法が効かないから、あれしか方法が無いと思って……」


 何とか声を出そうとするもズキズキと頭に痛みが走った。

 その様子を見かねたのか今度は別の金髪の少女が両手を合わせながら頭を下げる。そういえば、この子に出会った時からここまでの記憶が無い。謝っていたし、見覚えもあるから、痛みの原因を作ったのは彼女なのだろう。


(謝っていたし、本当に申し訳なさそうな感じはしたから悪い子ではないのかな?)


 でも、いきなり攻撃するのはどうかと思うけど。

 様々な感情が僕の中で混ざり合っていた。一先ず落ち着いて状況を整理しよう。


「えっと……一応、大丈夫だと思います、けど……あれ?」


 痛む個所に手を当てて状態を確かめようとした時、自分の置かれている状況に気が付いた。

 ――なんで縛られているのでしょうか?

 椅子に腰を落としているけど、上半身を縄で括り作られているので自由に動くことが出来ない。これじゃあ、まるで誘拐でもされたかのような扱いだ。


「話を聞かせてもらうためよ」


 自分の置かれている状況が理解できず困惑していると、睨むような鋭い目つきで三人目の子が現れた。


「私達の声に聞き覚えは無いかしら」

「聞き覚えって……それよりも、縄をほどいて――」

「私の質問に答えてほしいの、聞き覚えはあるかしら」


 どうやら、僕に発言権は無いみたいだ。それに視線から返答の催促が向けられているのを感じる。

 聞き覚えって言われても……確かに最近どこかで聞いたような気はするけど。記憶の棚を開けて一生懸命探してみるけど、中々見つからない。


「ここ数日間で、あなたの身の回りで何か不思議なことが起きた記憶はあるかしら?」

「ここ数日? ……は、変なことだらけでしたし、それに現在進行形で不思議なことが起きているのですけど……」


 恐る恐る抗議も込めて呟くも、聞く耳を持ってくれない。仕方なく、ここ数日の出来事を思い出してみる。


(とても、ここ数日で体感してきた量じゃない気がする)


 残業中に襲われたり、買い物途中で襲われたり、道中で女の子に攻撃され縄で縛られていたり。

 命が幾つあっても足りない出来事に遭遇している。


「単刀直入に言うわ。昨日のスーパーでの出来事は覚えているかしら?」


 思わず息を飲んだ。

 あんな出来事を忘れるわけがない。

 だって買い物に行こうとしたら、急に停電になって、人が倒れたと思ったら謎の男に襲われて。ダメだと思ったら助けが入って――って、なんで彼女達は昨日の事を知っているんだ?


「昨日のこと知っているんですか?」

「…………やはり、ね」


 僕の問いに何故かため息をついた。

 何かマズいことでも聞いてしまったんだろうか?


「どうしましょうか? 今からしたとしても、誰かに話をしている可能性はありますし……無くしてしまうのは得策ではないと思います」

「で、でもこの人は――」

「そうね、一先ずは聞き出してからの方がいいわね」


 何かをされるのだろうか? 無くすって何を!?

 物騒な言葉に不安だけがどんどん膨らんでいく。――っていうか、彼女達は一体何なんだ? どうして昨日のことを知っていて、知りたがっているんだろう? 関係者? 首謀者? 倒れていた人達? あと残っているのは彼女達――そういえば、三人組で――面影も何となくあるような……、それでいて昨日の件を知っている。

 それにどこかで聞いたような声……

 ――ひょっとしてまさか!?


「も、もしかしてですけど昨日のスーパーの三人ですか?」

「……どうやら記憶はあるみたいで間違いないわね」


 恐る恐る聞いてみると。僕の予想は的中した。

 怪盗少女と名乗り、窮地を救ってくれた方々。

 あれ? でも今僕が置かれている状況ってマズい? 家を出て、気が付いたらこの場所にいるってことは、多分気絶させられたんだと思うし、こういうのって拉致って言うんじゃ――で、でも酷いことはされていない……よね? 言葉も交わせているから、話をすればわかってくれるかな?


「――で、結局ここはどこなんでしょうか? それとこれを解いてほしいのですが」


 何が、何で、こうなっているんでしょうか……誰か説明してください。

 紐で縛られている手首と、座りっぱなしでお尻、同じ体勢のままの腰が悲鳴を上げ始めている。椅子に腰を落としている状態だが、背もたれに縄で身体を巻き付けられているので自由に動くことが出来ない。


「何故かあなたには魔法が効かないみたいだから、動かないようにするにはこれしかないの」

「いや、だからなんで――」

「まだ私達の敵じゃない事の証明が出来ていないわ。あなたが何者で、どうしてあの場所にいたのか、そして何故――魔法の影響を受けていなかったのか」


 キリッとした目から繰り出される鋭い視線は、僕の言葉を委縮させた。


「あなた……この前の事件とどういう関係を持っているの」

「…………へ?」

「あなたのボスは誰? 何を企んでいるの?」

「あ、あの……何の話でしょうか?」


 思わず首をかしげ、恐る恐る言葉を絞り出す。

 先程から敵だの魔法だの、彼女が一体何の話をしているのか皆目見当つかない。


「……白を切るつもりかしら?」

「い、いや、あの……白を切るとかじゃなくて、本当に何のことなのかわからないんです!」


 僅かに眉を寄せたのが視界に入る。


「そう、なら……これで、はっきりさせてあげるわ」


 いつの間にか握られていたステッキの先端が僕のおでこに当たる。


『イソド!』


 ま、眩しい……。

 豆電球くらいの小さな淡い光が発せられ目をつぶる。


「やっぱり効いていない……」

「き、効いていないっていうのは……」

「……今、睡眠の魔法をあなたに掛けたのよ。普通の人ならその場で寝てしまうのだけれども、あなたは何ともなっていないわ」


 魔法が効かなかったことで、彼女は僕に対して一層の警戒心を強めた気がする。敵意むき出しの鋭い視線が僕に突き刺さる。


「魔法が効かないのは魔原素を多量に持つ者だけ、さらには耐性がないといけない。魔原素は誰しもが保有をしているけど、ほんの僅かで何の影響も無いわ。さらに言えば耐性だなんて全くの無関係なはず。それなのにあなたには魔法が通じていない。……私の言いたいことはわかるかしら?」

「……僕にはその……他の人とは違って魔原素があって、尚且つ耐性がある……」

「そういうことよ」


 つまり僕は今、他の人と違う状態になっているみたいだ。なんでそんな状態になっているのかは全く身の覚えもないし、そもそも魔原素? 耐性? 意味がよくわからず頭の中では混乱の渦が巻いている。


(それに……彼女には何を言っても聞いてくれなさそうだなぁ……)


 何かの容疑でも掛けられているみたいに、疑いの眼差しで僕を見ていると感じる。

 昨日の疲れと相まって自然と頭が前に垂れ、ため息が漏れた。


「……ねぇ、そろそろ縄を解いてもいいじゃないかな? 凄く疲れているように見えるし……」

「この人が安全な人かの確証が取れたわけじゃないわ。縛っていないと何をされるかわからないもの」

「変なことって……別に僕は何もしませんし、していないです!」

「それに、敵だっていう可能性もゼロじゃない。今、あなたの発言が本当だという確固足る証拠があるわけじゃないわ」


 ダメだ! 完全に怪しまれている!

 必死の叫びも、あっけなく拒否されてしまった。


「今何か隠しているなら白状した方が良いわ。それに何か悪いことでも企んでいたら――」

「――この人は悪い人じゃないよ」


 透き通り、そして力強い声だった。


「この人は敵じゃない」


 先ほどまでとは打って変わった表情。

 一瞬にして雰囲気が変わった気がする。


「もしあなたが悪い人だったら、あの時にあたしを助けたりなんかしない」

「……それも計算の内かもしれないわ」

「だとしても、あたしは敵じゃないと思う」


 二人の間に走った緊張感は、僕にも伝わって来た。真っ直ぐで純粋な瞳、その目をする人物にハッキリと潔白を口にしてくれたことは素直に嬉しかった。

 そして迫力に圧倒されたのか、一呼吸おいてからため息を吐き出した。


「まぁ、一番関りの深い江理がそういうのだったら……」

「ですねー」


 渋々と言った感じではあるけど、縛っていた縄を解いてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 長時間縛られて座った影響なのだろうか、何だか少し足に力が伝わらなくなって、ぐらついてしまう。


「……でも、私は信用したわけじゃないから」

「あはは……」


 乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「でも不思議ですね、どうしてこの方には魔法が効かないのでしょうか? 今まで、そんなお方と出会った事もありませんでしたし……」


 不思議そうに首を傾げた。


「そういえば、江理は以前にも会ったことがあるって、話をしていたわね」

「そうですね、助けられたって言っていましたね。もしかして、この方が?」

「うん、この前の時に、あたしを助けてくれた人。ダメかもって思った時に、相手に目掛けてすっごいタックルをしてね。そこから立て直して倒すことが出来たんだけど――」


 意気揚々と、どこか嬉しそうに語っている。話の内容から彼女が僕の二度の危機に来てくれた人みたいだ。


「あれ……そういえば、あの戦いの時……」


 口元に人差し指を当てて何かを思い出すような仕草をしたかと思えば、


「も、もしかして、あの時のが……」


 すると、徐々に赤くなり始め、両手で顔を覆ってしまった。

 隙間から見えた頬は一瞬にして真っ赤に染まっている。


「…………? どうかなさいましたか?」

「ふぇ!? な、何でもないよ! な、なんで……も」


 徐々に声が小さくなり、最後にはほとんど聞き取れないほど。

 明らかに動揺している様子だが、その原因はよくわからない。


「も、もしかしたら、魔法が効かなくなったのは……あたしの責任かもしれないなって……」

「それってどういうこと? 何かあったの?」

「え、えっと……」

「……へ?」


 他の方に顔を近づけながら詰め寄られ、しどろもどろになっていた。ただ助けを懇願するように彼女の目は何故か僕に向けられた。返答するように合わせた瞬間、直ぐに逸らされてしまう。


「結局、どういうことなの?」

「そ、それは……」

「まぁまぁ二人とも、今はこれからのことについて考えませんか? これからどのようにすればいいのか」

「これからって?」

「私達の素顔を明かしてしまいましたし……こちらも、ただで帰すにはいきませんもの」

「「あ」」


 まるで意表を突かれたかのような、力の入っていない声。阿吽の呼吸のように二人の視線が重なり合う。


「……あれ? もしかして気づいていませんでしたか? てっきり、この方に協力させてもらうと思っていたのですが……」

「そ、そういえば……」

「お二人の主張も大事ですが、既に正体がバレてしまっていますよ」

「うっ……だ、第一に、私達の記憶だけ消せればよかったのに、江理が連れて帰って来るから」

「だって、魔法が効かなくてどうすればいいのかわからなかっただもん」

「それに、この方に魔法が通じないことが立証されています」

「それじゃあ、本当に?」


 何だかわからないけど慌ただしい……。どうやら正体はバレてはいけなかったみたいだ。


「ここまで来たらしょうがないから自己紹介でもしようよ」

「自己紹介って……」


 どこか呆れ口調だったけど、気にすることなく始まった。


「あたしは片瀬江理かたせえりだよ。変身後は怪盗少女エトワールって言うからよろしくね」


 ウェーブのかかった金髪のポニーテールと明るく元気な少女という印象だ。


「……田原伊小里たはらいおりよ。アステールって名乗っているわ」


 片瀬さんとは真逆でクールで真面目そうな印象の田原さん。


唐木田凛からきだりんです。よろしくお願いいたします。私は怪盗少女エストレアとして活動しています」


 深々とお辞儀をして何だか育ちの良さが垣間見えた。

 今の自己紹介からでも三人ともタイプというか特徴がそれぞれ異なっている感じがした。


「あ、新井宿海です。よろしくお願いします」


 他方、僕の方は事務的な社会人の挨拶で済ます。


「あたし達は怪盗少女として、街の平和を守っているんだ。それ以外は三人とも普通の高校生だよ」


 女子高校生ですか……年下の方に何度も助けてもらっているなんて、何だか自分が情けなくて涙が出そうになる。


「基本的には新井さんが昨日目撃したことが活動内容だと思ってもらえれば話が速いです」

「わ、わかりました。って、ことは戦っていたのが敵ということですか?」

「はい、彼らは魔原素を利用して自分達が世界を支配しようと企んでいます。魔原素は全ての生命の源、エネルギー源と言った方がわかりやすいかもしれません。その魔原素を集めて出来た黒い物がシードと言われています。この種を利用すると相手を思うがままに操ることが出来る。使用された相手は理性を失い暴徒化し、種が壊れるまで命令でしか動けなくなってしまいます」


 つまり、あの時の部長も種によって誰かに操られていたってことか。それで理性を失って暴れだしたってことになるのか。


「あれ? でも、それが本当の事だったら、なんでこんな犯罪者みたいな扱いになっているんですか? やっていることは正義のヒーローと変わらないような……」


 率直な疑問が浮かび上がった。

 話を聞いた限りだと、悪い連中から人々を守っている。僕も助けられた一人なので間違いないだろう。

 だけど世間の認知は、盗みを働いたり、物を破壊して損害を出す悪役。犯罪者に近い取り上げられ方をしている。テレビやメディアが報道する際は怪盗少女達によって荒らされているとの報道でいっぱいだ。


「印象操作、世界的に名や知毎度があれば大衆は信じてしまう。例えそれが出鱈目や嘘だとしても金や権力で情報を統制すればどうとでもなるわ。そして多くの人を味方に付けることが出来れば、多数の意見が正しいことになる。例えそれが間違っている情報だとしても」

「ひどいよねー」

(自分達に不都合な存在は消し去りたいという事か……)


 世の中の本質はどこも同じらしい。多分、うちの会社で部長が大野主任を嫌っているのは同じような要因だろう。


「戦う相手ってのは――」

「チェインっていう名の知れた企業の人間、ってことはわかっているわ」


 超がつくほどの大企業じゃないか!?

 その名を知らない人を探す方が難しいとでも言われているし……そんな会社に悪者がいるなんて!?

 しかも、もしかしたらその会社――。


「そろそろ時間も時間ですから、とりあえず今日はここまでしませんか?」


 僕の驚きを上書きするように、唐木田さんが時計を見せて来た。

 確かに、もういい時間になってきている。

 明日、仕事があると考えると、早く身体を休めて備えたいのが本音だ。


「す、すいません……そういえば、ここどこですか?」

「空き部屋をレンタルしたのよ。敵の可能性がある人物に、私達の居場所が判明されると厄介ごとになると思って借りたのよ」


 なるほど……どうりで綺麗だったのか。

 最小限の物しか置いてないので、清潔感はあるが生活感が無かったのは、この場所に誰かが住んでいるわけじゃないってことか。


「借りているので、片付けはしないといけませんが……」

「あ、じゃあ、あたしが近くの駅まで送っていくよ。その……色々と迷惑かけたし」

「一人で平気なの? なんなら私も――」

「平気だって、心配性なんだから」

「別に……ただ私はまだ信用していないだけで――」

「どうやら片瀬さんのことが心配みたいですよ」

「なっ!? 別にそんなんじゃ――ちょっと、凛!」


 顔を赤らめた田原さん、どうやら彼女は友達思いの一面があるみたいだ。そんな彼女の不安要素が僕ってことは残念です。

 ほのぼのとしたやり取りの後、直ぐに帰りの支度を終わらせ、片瀬さんと一緒に部屋を出た。

 とはいえ、初対面と言っても過言じゃない訳で……特段に何か話すわけでもなく、ただただ薄暗い道を歩いていた。


(流石に気まずい雰囲気だな……)


 駅まで道を知っている片瀬さんの後ろを歩く。ちゃんとついてきているか確認するためか、時々後ろを振り返るけど、それ以外は特に何も無くただただ歩いているだけだった。

 しばらく歩いていると通勤に使用している路線の看板が見え、駅に到着した。


「あっ、じゃここまでで大丈夫なので。送ってくださり、ありがとうございました」


 沈黙の重圧と重苦しい雰囲気に僕の心が耐えられるわけも無く、苦しくなってきた。

 なので、礼を言って足早に去ろうと、改札に足を向けようとした時だった。


「ごめんなさいっ!」


 引き留められるような大きな声と共に頭を下げられた。


「えっ?」

「あたしのせいで巻き込むような形になっちゃって……今回のスーパーで襲われたのも、その前に関わっていなかったら危険な目に会わずに済んだはずで……」


 今までの明るかった彼女とはうって変わり、自責の念に駆られているようで、何だか申し訳なくなる。


「い、いえ。気にしないでください。別に僕は大丈夫ですよ。それに自分は助けてもらったので」

「で、でも――」


 お世辞でもなく、偽りのない本心から出た言葉。

 だけど彼女は納得していない様子だ。

 とても真面目な子なんだろう、少し見た目がギャル見たいで派手な子だと思っていたので、そういった意味では驚かされた。


「会社の時も、スーパーの時も危険を顧みず守ってくださりありがとうございます。そんな片瀬さんの姿を見たから、ピンチに陥った時、今度は自分が助けなきゃ、って思ったんだと思います」

「――――」


 巻き込んでしまったことを気にしていたのかな? 確かにこの先、不安なことはあるけど、でもそれだけじゃないってことは伝えたい。


「だから、えっと……僕は大丈夫です。こうして無事にいられていますから」


 彼女の顔をしっかりと見て言い放った。


「えっと、逆に何ですけど……その、もし力になれるようなことがあったら言ってください。役に立たないかもしれないですけど……」


 頬を軽く掻きながら告げた。


「それに、非現実的な体験が出来て何だか新鮮な気分ですし……これからも良くしていただけると嬉しいです」


 自分でこういうのも何だか照れくさい。


「はい! こちらこそ!」


 それでも彼女の表情も声調も明るくなったのは間違いない。

 人それぞれだと思うけど責任を感じている時は、その行為自体を肯定することがもっとも適切じゃないかと考えている。


「えっと……じゃあ一ついいかな?」

「はい、構いませんよ」


 そう言って差し出されたスマホ、そこにはメッセージアプリが起動されていた。どうやら連絡先の交換ってことだろう。

 彼女の連絡先の登録を完了させる。


「もし、何かわかったことがあったら連絡してね、お兄さん」


 またね、とにこやかな笑顔が残して去っていった。

 帰りの電車内でスマホを確認すると既に新しいメッセージが送信されていた。

 そこには見た事のないキャラクターと『よろしく』の文字が入ったスタンプだった。年下の、それも女子高校生とのやり取りなんて、したことがないので、返信するのに最寄り駅到着までの三十分ほどかかってしまった。


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