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正義のヒロインは何も独りだとは限らない

「うっ……あぁ~~」

 

 部屋が暖かくなったことで、意識が開放された。

 重たい瞼を擦りながら、近くに置いてあるスマホで時間を確認する。


「もう昼も過ぎているのか……」

 

 既に一日の半分以上を消化した事実は、僕を損した気分へと導く。寝起きということで頭が働いていないのは通常運転。

 いつもなら昼前には起きているんだけど……どうやら疲労が溜まっていたらしい。

 原因はもちろん――昨晩のことだろう。

 もしかして夢なのでは疑ったけど、立ち上がろうとした時に発生した痛みと、ジッと自分の身体を見つめて確認すると、擦り傷や所々皮膚が赤くなっている箇所が夢ではないことを証明させて来る。

 思い返せば返すほど謎が深まるばかりで気分はスッキリしない。


(でも今は過ぎたこと、それよりも……)

 見渡すように、決して綺麗とは言えない部屋を見渡した。特段に何か変わっている事はない一人暮らしの部屋だ。前日に変なことが起きたって僕の生活が変わるわけでもなかった。


「一先ず、動きますか……」


 かったるいけど、このまま寝て過ごすわけにもいかない。

 床に置かれたままの鞄や服をどかして居座れる場所を作った。

 とはいえ、何か特別な事をするわけでもない。

 休日は日頃不足している睡眠を補うためのような時間だ。早く起きたからと言って、ほとんどは二度寝してしまうのがオチだ。

 趣味や夢と言ったものがないので特にやることは何も無い。スマホをいじって時間を浪費する日々。やることは決まってネットサーフィンか動画サイト、そしてゲームの三つだ。

 今の仕事に嫌気はあるけど、転職できるようなスキルもないし、何かを身に付ける時間も、現状を変える勇気も欠落している。かと、言って仕事の事は休日まで考えたくはないので自己研鑽をすることもない。

 ただただ現実逃避がてらにスマホの画面を覗き、スワイプする。そうして休日は時間を浪費していく。


(流石に何も食べてないから、お腹減ったな……)


 結局今日も、ただただスマホいじりに徹してしまった。


「うわ……何にもないじゃん」


 夕飯時、何か食べるものを探して部屋の中で散策するも冷蔵庫の中は相も変わらずスカスカ状態。冷凍食品もカップ麺も切れているので、即席で食べることが出来る物が無くなっていた。


「……しょうがない、スーパーにでも行くか」


 自分の食事なのに、すごく面倒に感じた。

 外出するための支度ですら煩わしいと思ってしまっていることに、多少の自己嫌悪に陥った。

 休日はなるべく外には出たくない。仕事のことは考えたくない。何かをしようとする気になれない。心身ともに回復することだけを目的としている。

 途中で何度か辞めようと考えたけど、最終的には出かけることにした。

 気軽にネットで注文できる程のお金の蓄えはないし、仮に今日の晩御飯が何とかなっても明日の分の食事が無いから結局買いに行く羽目になる。


「…………」


 既に月が昇り始め、木の枝が軽く揺れている。薄着で来てしまったことに少し後悔しながら無言で足を運ばせる。

 自宅から徒歩十分掛からない場所に立っているスーパーに辿り着いた時には、既に疲労が溜まり始めていた。

 休日で、時間も遅めだったこともあり、店内に人はそれほどいない。店内の明るい音楽が響くことで一層、人気のなさを強調させている気がした。


(閉店が近いと割引で済むし、人がいなくて楽だから一石二鳥だな)


 一人暮らしなので、お金も余裕があるわけではないので必要最低限で済ます。如何にして無駄を減らすのかが一種のゲーム感覚になっていた。遅い時間に行き、割引シールが貼ってあるのを狙うのがコツの一つだ。

 そして、人混みも無いから素早く買い物を終えることができる。


(とりあえず、これでいいかな)


 店内を一周したところで、レジに並ぼうとした時だった。

 パッと店内の全ての電気が消え、辺り一面が真っ暗になった。

 先ほどまで掛けられていた明るい音楽や、店内の放送も消えている。


「なんだ、なんだ!?」

「おいおい、停電かよ」

「ちょっと何よ、見えないじゃない」


 人のざわめきや小言が良く聞こえる。

 けど、皆落ち着きが良いのか、大きく騒ぎ立てる人はいないし、パニックに陥る人もいない。まぁ自分も一言もしゃべっていないし、動揺すらしていない。早く復旧するのを大人しく待っていた。


(お腹すいたし、早く帰りたいんだけどなぁ……)


 目を凝らせば何とか進めそうな気もするけど、商品の会計もまだ残っているし……だったら、復旧した時に直ぐに終わらせられるように前で待っとくか。

 そもそもレジに向かっていたので、真っすぐ歩けば辿り着いたはずだ。

 とりあえずゆっくりと歩いていれば――


「――――」

「いて」


 ドンッと肩がぶつかった。


「す、すみませ――」

 直ぐにぶつかったことに対して謝罪をしようとしたら、ドサッと真横で倒れる音がした。

慌てて振り返って身をかがめると、一人の女性が倒れていた。


「っだ、大丈夫ですか!?」


 まるで電気を失ったロボットかのように微動だにしていない。僕の呼びかけにも、身体をゆすってみても返ってくるものは無かった。


「すいません! こっちで人が倒れて……誰か手を貸して――」


 まさか肩がぶつかっただけで……ともかく急いで何とかしないと!

 自分一人では手が負えないと思ったので、周囲の力を借りようと叫んだ時だった。


 ドサッ、バタッ。


 次々に聞こえてくる音に思わず耳を疑った。


「あ、あのっ! 大丈夫ですか!」


 直ぐ近くで別の人も倒れていた。先程の人と同じように反応は微塵も無い。だらんと力が全く入っておらず、ただの置物になっている。


「スマホで灯りを!」


 ポケットに閉まっていたスマホを取り出して急いでライトをつけると――目に入って来た光景に息を飲んだ。

 辺りを照らしてみると、多くの人が倒れていた。

 定員らしき人、会社帰りの人、高齢の人、制服を着た人、その場から少し動いてみても、進むたびに床に横たわっている人と遭遇する。


「人がバタバタと倒れて……一体何が起こっているんだ?」


 気味が悪すぎる!

 目に映った光景に恐怖と驚きで思わず腰が抜けそうになった。それにこんなに人が倒れているってことは、いつ自分が倒れてもおかしくはない!

 焦りと不安で押し潰されそうになり、自然と足取りが速くなる。


(この停電も……もしかして何か関係が――)


 脳裏に浮かんだ己の思考。

 不穏な考えが過った時、希望の光景が視界に入った。

 人が……動いている! しかもライトを照らしているからハッキリと確認できる!


「すいません! 人があちこちで倒れていて、何が何だかわからなくて! 何か知りませんか?」


 藁にも縋る思いで声をかけた。

 自分でも何を言っているのかわからないほどの早口だったけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 まばらだったとはいえ、今の所動いている人と出会えていないことが、不安であり不気味に感じていた。誰かとあれば多少、自分の気持ちが落ち着くと思っていた。

 だからこそ、返ってきた言葉に唖然としてしまった。


「おや? 何故君は倒れていないのかな?」

「えっ――」


 スラリとした体形のスーツ姿の男性は、僕の声に反応すると、どこか驚いたような眼差しで僕をジッと見つめてきた。

 そんな意味不明返答と対応に、僕もどうしていいかわからずその場で立ち尽くす。

 見かねた男は問答無用に近づいて来る。


「これは、これは……そうですね、動かないでください」

「えっ……は、はい」


 伸ばされた二本の指が僕のおでこに触れる。


『スティーン・ブレイブ』


 小さく呟かれた言葉の意味はわからない。

 だけど、特段何かを感じたり変わったことはない。


「あの……僕のおでこに何か?」

「なるほど……手間が省けました。話を聞いた時は疑いましたが……ですが、これでさらに謎は深まりましたね」

「え、えっと……」

「そうですね、こうしてみましょう」


 数秒考え込んだ後、男の口は再び動き出す。


『ファーンガン』


 さっきからこの男の人が何をしているのか全く分からず困惑の表情を浮かべるも、僕の疑問は置いてけぼりだ。

 人差し指を立てながら、円を描くように指先だけを回し始める。すると指先から小さな光の粒がどんどん生成されていく。

 次第に光は集合し始め、輪を作りだしていた。

 そういえば昨日、似たような光景を見たような……そんなことを思い出していると、男が僕に向かって指で指した。

 次の瞬間、先程作られていた円形の物質が頭上から降りてきた。穴の空いた中心部に全身がすっぽりと入った。

 輪が僕の腰や胸の辺りで浮遊して止まる。

 まるで輪投げの的になっているみたいだった。


「なっ!? か、身体が……うごか、ない」


 男が指を鳴らすと光の輪が、ギュッと小さくなり僕の身体を締め付けてきた。

 まるで全身を縄できつく拘束されたみたいに動かすことが出来ない。手足の自由は一切なく、どれだけ力を入れても引きちぎれることは出来ない。


「なっ……一体何を!?」


 く、苦しい!

 もがいても、もがいても振りほどくことは出来ない。


「一先ず、話を聞かせてもらいましょうか」

「うっ……」


 僕の顎をくいっと持ち上げてきた。

 不敵な笑みを浮かべながら、じっと僕のことを見つめている。

 確実に何かを企んでいて、何かをされてしまう。男の一つ一つの仕草に悪寒がする。


「私の質問に答えなさい。あなたは怪盗少女に関係があるのですか? それとも魔原素について何か知っているのですか?」

「な、なに……を……」

「そうですか……答えないつもりですか――なら、少し苦しんでもらいますよ」


 首が圧迫され、肺に上手く息が入らなくなる。


「ぐはっ……」

「では、質問を変えましょう。何故あなたから常人以上の魔原素を感じられるのでしょうか? そして何

故私の魔法が効いていないのでしょうか?」

「だ、から……言っている、い……みが……」

「そうですか、余りしつこいのは嫌いですし、厄介なことになる前に消しておいた方がいいかもしれませんね」


 ギリギリと首が絞められていく。

 声帯を震わせる空気も、僕の話を聞く耳も既に無かった。

 視界がぼやけ、意識が遠のいていく。

 明確に終わりを悟った時、


「――そこまでよ!」


 ――風が走った。

 その風は心地よく、暗転し始めていた視界も意識も戻ってきた。

 そしてこの風は――僕の記憶が鮮明に覚えている。 


「その人を離しなさい!」

「ほぅ」


 僕の視界に映った姿に、思わず目を見張った。


『怪盗少女エトワール参上!』


 昨日、部長に襲われて窮地に陥った僕を助けてくれた人。

 確かに覚えている、その透き通った声も、見惚れるほどの姿も。


「のこのこと現れるとは……ですがこれはこれで都合が良い」

「ぐはっ……」


 握りしめていた手で、彼女に投げ渡すかのようにそのまま僕は床に投げつけられた。

 息を吸い込むがやっと、少しでも身体を動かそうとすると痛みが全身を駆け巡る。そんな僕の元へと駆けつけて支えてくれた。


「大丈夫?」

「けほっ、えほっ……」

「あなたは安全なところに――あ、あれ? もしかして、あなた――」

「……あっ、その……昨日も――」

「えっ!? どうして昨日のことを――っ!」


 キンッと金属がぶつかり合うような音が響いた。


「ほぅ、今のを防ぐとは中々の反射神経ですね」


 不敵な笑みを浮かべる男の伸ばした掌からは煙が上がっている。

 そして僕を抱え込むようにして守ってくれた少女――エトワールの手にはステッキが握られていて、攻撃をはじいてくれたみたいだ。一瞬の出来事だったので、今の攻防をちゃんと見られていないけど、少なくとも高次元のやり取りがあったのは確かみたいだ。


「先程からのやり取りと会話から推測するに……どうやら彼はあなた方の一味という訳ですね」

「彼? 一味? 何の話をしているの?」

「おやおや、知らないと言い張るおつもりですか。まぁ、安易に情報を聞けるとはこちらも思ってはいないですよ。ですので――」


 一度ゆっくりと深く息を吸いこんだ。

 男の口角が僅かに上がるのが見えた、その瞬間――


「無理矢理にでも吐いてもらいますよ!」

「――っ!」


 男は伸ばした手から黒い球のような物を発射させる。

 地を這うような速度で一直線に向かっていったが、機敏な動きで華麗に避けると、まるでダンスのようなバックステップで後ろに飛んで距離を取った、が


「甘い」

「えっ」


 男が指をパチンッと鳴らすと、エトワールの足元に黒いリング状の円法陣が出現した。

 中心部から噴き出すように黒い稲妻が吹きあがってくる。


「くぅう、あっ!」


 包み込むように雷撃が彼女を襲う。その威力は苦痛に歪められた表情が物語っていた。

 膝から崩れ落ち、肩で息を吸っている。


「もしかして、私が何の準備もせずに戦いを挑んだとお思いでしたか?」

「うっ……くぅ……」

「なかなかしぶといですね。ですが、手を緩めるつもりはありませんよ!」


 男は再び手を伸ばした。

 今度は黒い閃光のような雷撃がエトワールを襲った。


「きゃあああ!」

「ははっ! 良い声で聞かせてくれますね。では、今度は物理的な痛みなんて如何ですか?」

「あぅ……」


 僕が瞬きをした瞬間に、一気に距離を男は距離を詰めた。

 彼女を無理矢理起こすと、まるで瞬きすら許されないほどの素早く連続した攻撃が、腹部や背中、顔に何度も浴びせられる。

 打撃の鈍い音と呻き声が辺りに響き渡る。

 見るも無残な一方的な展開に、言葉が出ずに呆然としていた。


「私の拳の味はいかがでしょうか?」

「うっ……あ、はぁ、はぁ……」

「良い表情ですね、もっと私を楽しませてください」

「くっ……」


 二極化する表情が戦況を表していた。必死に抵抗しようと身体を動かしているが状況は変わらない。


「させませんよ」

「うぅ……」

「はぁああ!」


 背負うように投げ飛ばされ、僕の近くの棚に衝突した。激しい音と共に辺りに物が散乱する。

 コスチュームには傷や破れが生じ、?き出しの部分にも痛々しい傷跡が散見される。


「大丈夫ですか!」


 仰向けで横たわる彼女からはか細い吐息が漏れていた。


「魔法ばかりに頼っていたのでしょうか、肉弾戦の経験はあまりなさそうですね。所詮はただの若い女ということでしょうか」


 散らかる床を気にせず、ゆっくりと僕達に近づいてくる。


「これで、終わりですね。しかしながら、随分とあっけないものですね、怪盗少女さん」

「うっ……」

「あなたは……そのままそこで見ているといい」

「――っ!?」


 口角が上がり涼しげな表情から放たれた言葉によって、蛇に睨まれた蛙のようにその場で動けなくなってしまった。


「ご安心ください、殺しはしませんよ。ですが、二度と我々に歯向かうことが出来ないように刻み込んであげます。その前に情報を聞き出すとしましょうか」

「な、何を……」

「あなたの情報ですよ。素性とでも言いましょうか。それから、私達についてどれほどの情報をお持ちになっているか」

「だ、誰が……あなたに……」

「口の利き方には気を付けた方がいいですよ」

「ぐっ……」


 踏み台にするかのように片足を強く押し付ける。


「あ、あなた達みたいな……ひ、とに……は言わない!」

「…………気が変わりました」

「あぅ……」


 今度は蹴り上げ、再び棚に衝突する。

 目を背けたくなるほどの痛々しい光景。


(このままじゃ……彼女の身が……)


 命を落としてしまう危険な水域に触れているのは見てわかる。

 僕を助けてくれたばかりに――


「あ、あの……これ以上は――」

「おや、そういえばいらっしゃいましたね。なんでしょうか? 私は今機嫌がいいので、ここから出て行ってくれれば見逃してあげますよ。ですが――わかっていますよね?」


 見られているだけなのに言葉が出てこない。

 今ここで逃げれば命からがら生き延びることは出来ると思う。振り向くと直ぐ近くには非常口らしきものがあるのがわかった。

 でもここで逃げてしまったら彼女はきっと……。

 苦痛に悶える少女の姿が視界に映る。

 必死に生を繋ぎとめている。

 でも、今ここで逃げなかったら僕自身の命の保証は無い。


「あっ……あの、ぼ、ぼ……僕は――」


 唇を震わせて、瞳孔が揺れる。


「に、にげ……て……」

「えっ――」


 途切れるようなか細い声が確かに耳に届いた。

 呼吸をするのも精一杯な状態、傷だらけで横たわっている、それでも僅かに開いている瞳には僕の姿を捉えている。


「――――」


 どくん、と心の奥が脈打った。


(僕は……僕は!)


 立ち上がって足を運ばせる。

 そして両手を広げて立ち止まった。


「おや? 何の真似ですか?」

「あっ――」


 震える足は少しでも力を抜いたら倒れそうだ。

 伸ばしているだけでも痛みを生み出す腕は力を入れていないと垂れ下がりそうだ。

 奥歯を噛み締めていないと恐怖で声を上げそうになる。

 怖いし、痛いし、逃げ出したい!


「ダ、メ……にげ――」

「く、くく……来るなら来い!」


 でも、昨日も今日も彼女は僕を助けてくれた。そして危機的な状況に陥っているのに自分のことよりも僕のことを気にしてくれている。


「……やはりあなたはそちら側の方でしたか、でしたら容赦はしませんよ」


 男が腕を振り上げる。

 僕の行為で少しでも彼女の体力を回復することが出来れば、そんな考えを脳裏に浮かばせて目を強く瞑った。


 でも――後悔は無い。


「――――待ちなさい!」


「何!?」


 風が再び走った。

 それも同じような風が。


『月明かりに魅せられて、皆の夢を取り戻す――』

『月明かりに照らされて、皆の希望を取り戻す――』


 今度は二つの人影。


『怪盗少女アステール』

『怪盗少女エストレア』


「「参上!!」」


 驚きで言葉が出てこなかった。

 基本的なコスチュームは彼女、エトワールと同じ黒色だ。

 腰辺りまで伸びている空色の髪の人物はアステールと名乗った人物。深海のように吸い込まれそうな瑠璃色の瞳。スレンダーな身体つきによって肩が出ているレオタードの線がハッキリと確認でき、紺色のミニスカートと太ももまで伸びたストッキングから色気も感じられる。

 淡い鹿毛にはゆるくてふわふわなウェーブがかかっている子はエストレアと名乗り、

ふっくらとしたパフスリーブがついたドレスのような衣装。首元にはダイヤのようなアクセサリーがあり、どこか華奢で可憐な印象を持った。

 互いに握りしめられていたステッキの先を男に向けている。


「アステール、エストレア!」

「……このタイミングで援軍が来るとは」

「はぁああ!」


 空色の髪の子が目にも止まらぬ速さで氷の塊を生成し発射させる。咄嗟に腕を交差し、守りの構えを取るも攻撃が当たった男は僅かに後退する。


「エトワール、大丈夫?」

「う、うん。何とか。二人とも来てくれたんだね」

「話は後で。まずはこっちを何とかしないと。エストレア、二人を安全な所へ」

「わかりました」


 エストレアと呼ばれている少女の肩を借りて、男から少し離れた物陰に移動した。


「ちっ、せっかくの場面だというのに……」

「そう、でもその時間はお終いよ!」


 二人の会話が終わると同時に地面が揺れるほどの大きな爆発や、煌びやかな光が発せられる。


「ここなら安全です、今回復の魔法を掛けます。その後、私は加勢し行ってきますので休んでいてください」

「うん、ありがとう」

「それと、こちらの方は……」


 エストレアがエトワールに触れると、エトワールの身体が僅かに光を放つ。すると少しずつ彼女の身体にあった傷が薄れていく。その際に視線が僕に移ると不思議そうにジッと見つめられた。


「あ、あの……」

「エトワール、もしやこちらの方に魔法を使用されたのですか?」

「えっ、うん。昨日の戦いで怪我が――って、あっ!」


 何かを思い出したかのように大声を上げた。

 話の内容からして僕に関することなんだろうと思うけど、何か良からぬことでもあったのだろうか? 不安な気持ちが生まれて来た。


「……何となくですが事情はわかりました。細かいことは戦いが終わってからにしましょう。すみませんが、お手を借りてもよろしいでしょうか?」


 戸惑いながら右手を差し出すと、エストレアは優しく両手で包み込んだ。そこから軽く俯き目を閉じる。その姿は祈りを捧げる天使のように美しく見惚れてしまいそうになる。

 包まれた手から暖かみを感じると、そこから広がるように全身の痛みが引いていく。


「すみません、完治には少々時間が足りませんでした。ですが、最低限は動けると思います」

「あ、ありがとうございます」

「では、行ってきますので」


 一礼すると、その場から離れ戦いの輪に加わりに行った。

 どうやら何とかなったみたいだ。そう思って立ち上がろうとした瞬間、視界が揺れ動いた。


「おっとっと、大丈夫?」

「え、えぇ……ありがとうございます。ちょっと気が抜けたみたいです」


 安心したせいか、ふっと力が抜けてしまった。

 女の子の肩を借りなければ、立っている事すらままならないなんて……なんと情けないんだ、僕は。それに結局、勇気を振り絞っても何も出来ずに突っ立っているだけ……。

 思わず項垂れ、自己嫌悪に陥る。


「さっきはありがとう」

「えっ――」

「庇ってくれたこと。と、とてもかっこよかったよ」


 予想外の言葉に顔を上げると、薄っすらと頬が赤く染まった無垢な笑顔は僕の鼓動を早くさせた。何だか顔が少しだけ熱くなった気がする。

 それに誰かに褒められるなんて――いつ以来だろうか。


「はぁああ!」

「やぁああ!」


 威勢のいい声が、激しいぶつかり合う音と共に響き渡る。


「二人は大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫。二人共とっても強いから」


 ここまで断定できるっていうのは、二人のことをかなり信頼しているのだろう。

 その言葉通り、加勢しに来た二人は見事なコンビネーションで男を徐々に追い詰めていく。


「はぁああ!」

「くそっ……」

「大人しく降伏することを進めるわ」


 攻撃が直撃し怯んだ男に言い放ったアステール、クールな雰囲気があってセリフがカッコよく聞こえる。

 男は一度、深い溜息を吐き出すと、それぞれ一人ずつを視界に入れて見渡した。

 何故だか他の三人も少しだけジッと見つめられた気がする。


「ご冗談を。ですが、人数不利は流石に分が悪いことは確かですね」


 ……あれ? も、もしかして僕も数に入っているんですか? ……ま、まぁ目撃者という意味では間違ってはいないけど。


「必要な情報は手に入りましたので、お暇させていただきます」


 指をパチンッと鳴らすと、男の周りから煙が巻き上がる。

 そして次の瞬間には男の姿は消えていた。


「……逃げられましたね」

「えぇ、残念だけど。……追跡は難しそうだわ」


 先ほどまでの戦闘が嘘のように、辺りは静まり返った。

 物が散乱し、人々が横たわっている現場で暗闇の中で光の集合体みたいなものが宙に浮いる。まるでそこにあるのが必然かのように留まっていた。

 エトワールがそれを拾い上げるように両手で包み込んだ。


「元に戻れ!」


 掛け声のような言葉を小さく呟くと、集合体が分散し、まるで蛍のように小さな光の塊が飛び交い、倒れている人達の身体の中に入り込んだ。


「これで大丈夫だね」

「そうね、後は――『ナフォラ(戻れ)!』


 アステールがステッキを掲げながら叫ぶと、先ほどまでの戦いで散乱していた空間が、戦いが始まる前の綺麗な状態に戻っていた。まるで初めから戦いが無かったかのようだ。

 な、何が起こったんだ? ……でも、凄い。

 元に戻った空間を目を見開きながら眺めることしか出来ない。


「さて、皆が起きる前に行かなきゃ」


 三人が集まり、何やら話をしている。

 とりあえず、一先ずは一件落着かな?

 ほっと胸をなでおろす。

 急に身体に力が入らなくなり、その場にへたり込んだ。まだ心臓がバクバクと音を立てているし、息を吸うのも何だか久しぶりに感じる。


「後でみっちりと話を聞かせてもらうわ」

「うっ……ごめん」

「――それと彼にも話を聞く必要があるみたいね」

「は、はい? ――って……え?」


 何だか僕のことについて話が聞こえて来たので、反応して顔をあげると――確かにいたはずの三人の姿は、そこには既になくなっていた。


「――――」


 思わず息を飲みこんだ。

 静寂と暗闇の空間にただ一人取り残された僕は、その場から動くのに少し時間を要した。


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