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正義の怪盗と立派な背中


 この気持ちは……この答えは、口に出したくない。

 この場所は嫌いだ。

 来る度に僕の気を重たくさせる。

 でも、いつだってそうだった。行かなければならない、行かないといけない。

 ポツンと一つの人影があった。

 後ろ姿しか見れていないし、暗くて全てが見えているわけじゃない。


「やっぱり……この場所なんですね」


 物が散乱している。きっとそのままの状態なのだろう、あの事件が起きてから。


「――現在立ち入り禁止、毎日のように出入りしているから精通している、そして何より関係者だから入っていっても不自然ではない」


 口にしながら一歩ずつ距離を縮める、佇んでいるその背中に向かって。

 目頭が熱くなる、拳に力が入る、足が震えだす。

 歩くのを辞め、その場で立ち止まる

 奥歯を噛み締め、獣のように吠える。

 その対象は、たった一人の上司。


「どうしてですか、大野主任!」

「……何時ぞやの残業していた時みたいだな」


 息を吐き出しながら、ゆっくりと振り返った。

 どこか虚ろで冷徹な瞳が僕を捉えている。

 そして隣には、暗闇でも存在を確認できる異物、種が浮かんでいる。今まで見てきた種とは倍以上の大きさで、禍々しいオーラを醸し出しているのが離れていても感じ取ることができる。


「どうして私だとわかったんだ?」

「あなたが送ってくれた資料に名前が書かれてありました」

「私が送った資料? ……最初に訪れる前に渡したやつか?」

「はい。前任者の人物が事細かに残してありました。その資料の中に大野主任、あなたの名前も載っていました」

「……細かな所まで見ているんだな。でも、私が担当していただけで犯人だと気が付くのは厳しいな。他にも何か理由があるんじゃないか?」

「……はい、今日の会議が終わった時に主任がエレベーターを呼んでいたことを思い出しました」

「エレベーター?」

「はい、あの会社のエレベーターは専用のカードキーが無いと呼ぶことが出来ません。あの時カードキーを持っていたのは僕でした。にも、関わらずエレベーターを呼んでいました。それが出来るのは会社内で働く人だけです」

「それでは少し説明に無理があると思う。あの時、確か新井はトイレに行っていたはずだ。その間に職員がエレベーターを呼んでくれた可能性だってあるんじゃないか?」

「でも、下る時も必要なはずです。カードキーは僕が持っていたはずなのに、一階へと行くことが出来た」

「…………」

「そして、それが出来た理由は――その、時計です」


 指をさした先にあるのは、いつも大野主任がつけている腕時計。


「調べてさせてもらいましたが、その時計は職員や関係者のみにしか渡されない物だそうですね」


 急いで唐木田さんに調べてもらったのは、この腕時計についてだ。どういう情報網でたどり着いたかは不明だけど、非売品で一般には出回らない物だそうだ。


「……あぁ、いつもの癖でエレベーターを無意識に呼んでしまっていたってことか」

「はい、近くには人もいませんでしたから」

「それで、私が関係者だとわかった。だけど今回の事件との繋がりについては説明がつかないんじゃないかな?」

「警察とのやり取りを思い出しました」


 一度、息を整える。当時を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「会社で事件が起きて、監視カメラの映像を見させていただいた時におっしゃいましたよね。『怪盗少女が一人であんなに暴れるとは思えない』って――どうして一人って断定できたんですか? 映像は一人分しか映っていませんでしたし、警察も複数人いるとみているって言っていました。ネットの情報でも複数人いるって書いてありました」


 大野主任だけが怪盗少女が一人と断定していた。その事実を知っているとすると現場の状況を知っている可能性が高い。


「誰かの報告を受けたのか、或いは実際に見ていたのかはわかりませんが少なくとも関与していると思ったのです」

「…………なるほど、それで先程の話と繋がって、ここに辿り着いたってわけか」


 パチパチと両手を数回たたいた。乾いた音が辺りにこだまする。


「まぁ、おおよそは今、新井が言ったとおりで正解だ。昔担当したことがあって、資料も当時私が作ったものをそのまま受け継いできたからな。私の名前が残っていたんだろう。腕時計も、その後本格的に関わるようになってから貰ったんだ」


 大野主任は動じることもなく、穏やかに話をしていた。


「それで、上司に説教するために来たのか? それとも何か意見でもあるのか? 部下の意見を汲み取るのも上司の役目だけど、悪いが今回ばかりは難しい」

「あなたを――救いに来ました」

「救う?」


 主任は目を丸くして僕を見つめた。


「――ははっ」

「何が可笑しいですか?」

「いや、まさか新井からそんな言葉が出てくるなんて……たくましくなったんだなぁと思ってさ」


 どこか遠い所を見るような目をしている。


「でも、申し訳ないが救ってほしいと頼んだ覚えはないし、救われる予定も無いね。今からやるべきことがあるからな……逆に上司からのお願いがあるんだけど、いいか?」

「……なんですか」

「何も見なかったことにして、来た道を戻ってくれないか?」

「…………」

「じゃあお願いじゃなくて、命令だ」


 微笑みかける、その表情はどこか哀愁が漂っている。


「ご存じだと思うがチェインは種の存在を知っていて活用しようとしている。ただデータが全く足りず時間を要しているから、他の企業に情報が流失してしまうのを恐れたんだろう。無理やりでも使用して結果を報告しろとの方針が決まったんだ。それでどうしようか悩んでいた時だ。最初に起こした事件の日の午前中、接待と言いながらパチンコの店に入っていくクソ部長の姿を見たんだ、流石に頭にきたから種の実験に使用しようと決めたんだ」


 大野主任の目は据わっていた。


「実際には私は命令を出しただけだ。鶴川に命令を出してクソ部長で種の実験を行って報告を受けた。その報告にまさか新井の名があるとは思わなかったよ。そこからは鶴川に新井を監視するように仕向けたんだ。もしかすると怪盗少女と関りを持ったに違いないと踏んで、どこかで接触すると思ったんだ。手荒な真似はするなっていったんだけどな」


 申し訳なさそうに目を伏せて大野主任が言う。


「はっきり言って私は、あの会社、チェインのことなんてどうでもいいんだ。ただ私は辞めていったクソ部長の直属の部下みたいな人を増やしたくないって思っただけなんだ。チェインの担当繋がりってことで何度か相談を受けていたんだ。元々、あんな大きな客先は役職クラスが担当になるはずだ。だけどいい社会勉強になるからってクソ部長は丸投げして業務を全て擦り付けたんだ。元の業務も減っているわけじゃないから、手が回らなくなるのが目に見える。それで業務の改善について私も何度も直接言いに行ったが聞く耳すら持ってもらえなかった。必死に頑張っている奴が報われなくて、ただただ何もしないで丸投げする奴が良い思いをする。そうやってむさぼる奴が少なくないのが現状だ」

「それで、今回のことを起こしたってことですか」

「……あぁ、そうだ。本当だったらお前もこっち側に来てほしかったんだが」

「僕の能力を使うためですか?」

「あぁ……だからこそ――惜しいな」

「――危ない!」


 パチンッと指で鳴らした音が響くと同時に景色が変わる。

 まるで瞬間移動でもしたかのように、先ほどまでいた場所から少し離れた場所に運ばれていた。元いた場所には火柱が上っている。


「怪我は無い?」

「――すみません、説得するのは……駄目でした」


 寸でのところで僕を救出してくれたのはエトワールだった。話し合いで解決したいと申し出た僕を、何かあったらサポートすると言ってくれたのも彼女だった。だから僕は臆することなく向かうことが出来た。


「相当な手練れのようね」

「ですが、無事で何よりです」


 抱かれるような姿勢で救助された僕の前には、アステールとエストレアの二人が待ち構えてくれていた。


「……大丈夫、必ずお兄さんの大事な人を取り戻して見せる」


 力強い声とともに、彼女の瞳には強い意志を宿していると感じた。


「こうして間近で会うのは初めてだな、怪盗少女さん」

「あなたがここ最近起こっている事件の首謀者ね」

「あぁ、そうだ。君達が倒してきた相手も私が命令して動かせてきた」

「一体なぜでしょうか? 新井さんから聞いた話では、あなたはとても頼りがいがあって尊敬する方だって……」

「嬉しいことを言ってくれるね。……そうだね、だからこそなのかもしれないな」


 決意で満ちた瞳だけど、どこかとても辛そうな目をしている


「この種を使えば、魔原素が少ない一般人のほとんどを操ることができる。これを使って理不尽な事柄を解決しようとわけだ」

「そんなこと――」

「これが最善な策じゃないことも、ただのエゴだというのも百の承知だよ。でも、もう耐えられないんだ。壊れた心を見るのはもうごめんだ」

「大野主任……」

「だから、これを使って私は貪る奴らに制裁を加える。準備は整っているから、邪魔をするんだったら申し訳ないけど手加減はしないよ」

「……その目、もう何を言っても変わらないみたいね」


 一歩前進し、アステールがステッキを大野主任に向けた。


「来るよ! 気を付けて!」

『ディフュジオーネ(拡散)』


 大野主任が床に拳をつけると、そこから無造作に床に線が描かれる。

 描かれた線から壁が生えてくるように、波動が発射された。


「はぁああ!」


 さらに攻撃の手を休めずに、人差し指を天に向けると、そこから小さな光の球体が、まるで砲弾のように発射される。

 無数とも言える数にそれぞれが魔法を駆使して何とか防いでいた。


「守ってばかりで、来ないなら行くぞっ!」

「きゃぁ!」


 鋭い踏み込みから一気に距離を詰めた大野主任の拳が、リング状の円法陣で防御しようとしたエトワールの魔法をまるでガラスのように砕け散りさせ、エトワールを吹き飛ばした。


「くっ……」

「言ったはずだ、容赦はしないと。例えそれが部下であろうが、戦闘に参加出来ない人物であろうが!」


 胸に手を当てて、小言で何かを呟き始めた。

 胸の辺りに赤黒い光の球体が形成されていく。やがて大野主任を飲み込むほどに大きくなると、眩い光を発した。


『エスプロジオーネ(爆発)!』


 一瞬、視界を白熱させ爆炎が周囲を包み込む。

 耳をつんざく爆音が轟き、辺りを紅の衝撃が埋め尽くす。

 爆風が僕を吹き飛ばした。衝撃で壁に衝突する。


 全身に響く痛みは止まる気配がない。

 それでも咳き込みながら何とか腰を持ち上げる。


「なっ!? 皆さん大丈夫ですか!」


 それは三人も同じだった。

 先程の攻撃で、回復した分が全て消えてしまったといっても過言ではないほどのダメージを負っていた。


「はぁ……はぁ……」

「強いっ……」

「このままじゃ……」


 肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「でも、絶対負けない!」


 その目は諦めていない、決意で満ち溢れている。

 エトワールの言葉に励まさせるような形で、皆が立ち上がる。

 満身創痍、既に限界を迎えていたのは――

 この場にいる全員だった。


「ご、ほ……っ」

「大野主任!?」


 突然膝から崩れ落ちると、口元から紅が滴る。


「慣れない、ことは……するもんじゃねーな、ははっ……」


 大野主任が血を吐いて頽れた。顔も青ざめていて身体に異常をきたしているのは明白だ。


「あなた……もしかして魔原素を使うのに慣れていないのね。その状態……魔原素が不足しているわ」

「魔原素が不足すると、どうなるんですか?」

「最悪の場合は死を迎えることになります。彼女の今の状態は魔原素が不足した時に表れる症状です……とても危険な状態であることは間違いないです」


 呆然と大野主任に視線を向ける。

 咳き込むたびに吐血し、床に溜まり場が出来つつある。


「まさか、あなた……あの種に魔原素を!」

「ははっ……さ、すがにこれだけの人を……操るに、は、種にも多くの魔原素が必要になるか、ら、私も注ぎ込んだら、このざまだ」


 無理やり立ち上がろうとする大野主任の膝は笑っていた。


「このままじゃ、あなたが死んじゃうよ!」

「大野主任!」

「構わな……い、私はわ、たしの目的を、果たせ……れば、それでいい」


 口元を拭い、尚も戦いを続けようとしている。


「私は……頑張っている、人が報われない、世の中は……おかしいって……でも、他人のことな、んか気にもせず、すべて責任を擦り付け……のうのうと生きている連中や、上流階級にいる、人達は気にもしない」


 まるで自分の思いを確認するかのように語っていた。


「あのクソ部長だってそうさ、うちの会社に来た、のも天下りみたいなもんだ。奴は以前……にいたんだ、つてがあって問題を揉み消すかわりに、こっちへ来た、って話だ。仕事は全て丸投げ、その影響で、他の優秀な奴は役職に就けず、文句を言えば権限で飛ばされる。かつての私の上司も消えていったさ」


 言葉を失った、そんな経緯があったなんて知らなかった。


「だから、力の無い私は、こうするしかなかったんだ……ぐっ」

「大野主任!?」


 盛大に喀血していた。それと同時に近くにある種が黒く光を発し、大きくなっていく。


「あなた……もしかして魔原素を種に送り続けているの!」

「これ以上魔原素を消費したら、あなた死んじゃうよ!」

「は、ははっ、悪いね……この力をチェ、インから提案された時……から百も承知だ」


 既に床には血の湖が形成されている。どんどん表情が青ざめていくのがわかる。

 このままだと大野主任が危ない!


「今からでも止めれば……まだ何とかなりますよ! 会社のことも、他の人達のことも一緒に手だてを考えましょう!」

「そうかも知れないな。だ、けど悪いな……もう、止められ、ないんだよ」


 その言葉に戦慄を禁じえなかった。


「なっ――あなた、そこまでして!」

「最初から自分を犠牲にするつもりだったの!?」


 大野主任は何も言い返さなかった。その沈黙が全てを物語っている。

 そして既に覚悟を決めたような表情だった。


(このままじゃ……魔原素が無くなってしまうのも時間の問題……)


 何とかして止めないと、種に送られている魔原素を何とかすれば――

 ま、魔原素――

 そうだ、僕の力は確か――

 脳裏に思いついた瞬間、直ぐに実行に移した。もう四の五の言っている場合じゃない。


「――はぁああああ!」

「なっ!? 何をするつもりだ!」


 膨れ上がる巨大な種を抱きつくように触れる。

 硬さとか匂いとか、あるいは触れたからと言って何かが起こるわけでもなかった。

 そこから意識を集中させ――よし、これならいける!

 身体から光を発するようになる。


「僕の能力は魔法を吸収できます。魔法は魔原素かを使うはずです。だとすれば魔原素で出来ている種も吸収出来るはずです」

「なるほど……つまり新井さんは魔法ではなく、魔原素を吸収できる存在……だとすれば種に使われている魔原素を全て吸収出来れば破壊も出来るはずです」


 暫くすると、鶴川と戦闘した時みたいに、僕のコスチュームが変化した。 

 やっぱり魔原素を一定以上吸収すれば僕も変身できるようになるんだ。あの時も確かに吸収していたから、これで僕が変身した謎が解明できた。

 って、なんだかお腹がいっぱいなる感覚に、似たような感じが……もしかして吸収出来る魔原素の量が既に限界!?

 でも、ここで止めるわけにはいかない!

 自分の中で魔原素の吸収の限界が近づいているのがわかる。吸収しすぎて身体の内側から爆発しそうなそんな感覚だ。


 そんな時だった。


 ふと、身体に柔らかな感触が当たったと思うと、苦しかった感覚が和らいでいく。


「大丈夫だよ、お兄さんは魔原素を回復できるはずだから、吸いとった魔原素を私達に分けてくれれば!」


 振り向くと、そこにはエトワールさんが抱き着くような形で身体接触していた。


「なるほど……私達も戦闘終わりで枯渇しているから供給できるという訳ね」

「そう言えば、新井さんは吸収した魔原素を渡すことが出来ましたよね。触れ合っていれば私達に魔原素を送ることが出来る」 


 さらに続けて二人も加わった。

 客観的に見れば、全男子が喜びそうな状況だと思うけど、今はそれに感情を向ける余裕は無かった。


「あんた達……」

「あなたも……っていうか、あなたが一番魔原素を受け取らないといけないんだから!」

「で、でも……それを無くしてしまったら、私は――」

「大丈夫です」

「あ、新井……」

「確かに理不尽なことばっかりです。でも、それでも……前を向いて進むしかないと思います。それでもダメなら僕も一緒に考えますから」

「あなたがこれを使ったからと言って、あなたが言う人たちが無くなるわけじゃない」

「自分で進むしかないわ。理不尽なこと、不条理なこと、何かを行動すればきっと変わるはず」

「まだそのやり方を知らないだけです。今では証拠があれば割と色んな機関が動いてくれます」


 そうして僕は手を差し伸べた、膝を付いていた大野主任に。

 ゆっくりと、躊躇いがちに、けれどもしっかりとその手は触れ合った。

 二つの手が重なり合った時、急速に種が小さくなっていく。

 同時に僕の身体の中でも目まぐるしく魔原素が動いている感覚があった。


「段々と小さく……」

「これならいける!」


 エトワールが種を手に取った。


「元に戻れ!」


 種が光の粒子となり戦闘によって開いた空間、空へと舞っていく。

 夜ということも相まって、何だか幻想的な景色になっていた。ずっと見ていられるような、そんな綺麗な風景に皆がめを奪われていた。

 暫くした後、僕はその場で座り込んでいた人物に近づく。


「帰りましょう、僕達の場所へ」

「あぁ……そうだな」



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