7話 王女
(レイティルシア side)
「さあ、着いたぞ」
アタシは城を抜け出して、裏山の中腹にある湖に到着する。
「……うん、やっぱり、思った通り綺麗だなぁ……」
湖の水面に満月が反射して、まるで天地の両方に月が存在しているようだ。
幻想的な風景に、思わず息を吐く。
「……こんな我儘も、もう最後か」
アタシは来週、はれて十二歳になり、国の慣わし通り、社交界デビューを果たすことになる。
今まではアタシの顔は近い者しか知らなかったが、これからはそうもいかない。
万が一にでも誘拐なんてされたら、国際問題にまでなりかねないしな。
だから、アタシの顔が割れていない今のうちくらい、ちょっとの自由くらいは許してほしい。
アタシはこれからについて考えながら、ゆっくりと湖の周りを散歩する。
「あぁ、風が心地いいな」
風が吹くたびに、水面の月も揺れて、それもまた一興だ。
……さて、もうちょっとしたら城に帰るとするか。
城の近くの裏山といっても、全く魔物が出ない訳でもない。
王族として、英才教育を受けてきたからそれなりに腕に覚えはあるが、万が一、怪我でもして城に帰ったら、家臣たちが目をひっくり返して倒れてしまうからな。
これ以上心配もかけられない。
ボスクラスの魔物とあうと面倒だしな。
そろそろ帰ろうとした時……
「っ!?」
背後の草むらから音がして、アタシは即座に振り返る。
こんな時間に人がいるとは考えにくい。
ならば、魔物か?
アタシは戦闘態勢をとると、ゆっくりと物音がした方に近づく。
茂みをめくると、そこには……
「っ!? ……ふぇっ!?」
なぜか草を口いっぱいにほうばっている男がいた。
男も、まさかこんな時間に人と会うとは思っていなかったのだろう。
間抜けな声で、目を丸くしながらアタシの方を見る。
年齢はアタシと同じくらい……十二か十三くらいの子どもだ。
身につけている服も質が良く、金が無くて野草を食っているといった訳でもなさそうだ。
「貴様、何者だ? なんでこんな時間に一人でここにいる?」
アタシが質問をするが、男は手を止めず草を食べ続ける。
「いや、まず咀嚼をやめろ! 草を食うな!!」
アタシが怒ると、その男はピタッと動きを止める。
そして、二、三度手にしていた草とアタシを見比べると、達観したような笑みで口を開く。
「……食うかい?」
なんだ、この男……面白すぎるだろ!
「ぷっ、くっ……はははははは!」
「えぇー? なんでいきなり笑ってるんだ?」
こんなの笑うに決まっているだろ?
普通、初対面の人間に草を食うかなんて聞かないだろ?
アタシがその草を食いたくて怒ったとでも思ったのだろうか。
アタシは一気にこの男に興味が湧いた。
「なぁ、お前、名前は?」
「えっ? 俺の名前は……って、危ないっ!?」
「なっ!?」
男は急にアタシの腕を引っ張る。
突然のことで驚いたが、アタシがいた場所に大柄の魔物が爪を地面に突き刺さしている。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……」
……助かった。
こいつが魔物の襲撃にいち早く気づいて庇ってくれなかったら、今頃アタシがその爪の餌食になっていただろう。
「こいつは……ウォーウルフ!」
ウォーウルフはこの裏山の魔物たちのボスだ。
見た目こそ普通のオオカミと変わりはないが、サイズは三メートルをゆうに超えている。
その上、素早く知能も高いから、まともにやり合うと厄介な相手だ。
勝てないとは言わないが、無傷での勝利はほぼ不可能だろう。
一歩間違えれば敗北もありえる。
……正直、できることなら正面戦闘は避けて退避したい。
もしアタシが一人だったら、魔法で牽制しながら距離をとって、最後は風魔法で緊急退避……といった手段もとれた。
だけど、今この場にはアタシ以外にももう一人いる。
多分、アタシがこの男を置いて逃げたら、この男はウォーウルフに襲われて、死ぬだろう。
そんなことは……できない!
王族として、民を守るのは使命だ。
まして、王族が我が身可愛さに一番に逃げ出すなんてこと、あってはならない。
「ここは、アタシが引き受ける。時間は稼ぐからお前はさっさと逃げろ」
「……え?」
「足手まといだと言っている! 早く行け!!」
アタシは腰に携えていた細身の剣を抜き構える。
戦闘態勢に入ったアタシを見て、ウォーウルフも獲物を狙うよう姿勢を低く構える。
そして、アタシとウォーウルフはほぼ同じタイミングで互いに仕掛けようとした、その瞬間!
「はーい、ストップ。お嬢さんが、あんな獣相手に戦う必要ないって」
「んなっ!?」
男に肩を掴まれて、アタシの動きを止められてしまった。
「バカっ! 何をしている!!」
「だから、ここは俺に任せろってこと。だいじょーぶ、俺、強いからさ!」
「……はぁ?」
思わず気の抜けた声を出してしまう。
今、アタシ達が対峙しているのは、この山のボスだぞ?
アタシですら、確実に勝てる保証なんてないのに、なんでこの男はこんなに余裕なんだ?
「グッ、ガァァァァァァァァ!!」
「っ、しまっ!?」
つい気が緩んでしまった。
アタシは何をやっているんだ。
こんなに隙だらけで、敵が悠長に待ってくれるはずがないだろう。
ウォーウルフは牙をたてながら襲いかかってくる。
そして、ウォーウルフの突撃に対して、男は……
「遅っそいなぁ……うちのメイドの方が10倍は速いわ」
「……えっ?」
気が付かないうちに、ウォーウルフの側面にまわり込み、強烈な蹴りを入れる。
「グッ、ギャァァァ!」
ウォーウルフは突然の反撃になす術なく、地面に転がり込む。
「そういえば自己紹介の途中だったね。俺の名前はリオン•ホワイトローズ。……最強で無敵のお兄様だ!!」