3話 友達
俺が前世の記憶を取り戻し、クロエのお兄様に改めてなってから早数週間が経過した。
俺の代わり様に、屋敷のメイドや使用人達に騒がれたり心配されたりした。
……まあ、前世の記憶が戻る前の俺のことを思ったら、それも理解できる。
クロエへの態度もひどかったけど、使用人たちへの態度もひどいものだったなー。
貴族以外は人じゃないと言わんばかりの傍若無人ぶり……我ながら情けない。
これからは人に優しくしていこう!
「もういいかーい?」
そんな事を考えていると、遠くからマイスイートエンジェル、クロエたんの声が聞こえてくる。
まだ幼さが残る声だけど、清く美しい声が脳髄に響き渡る。
今まではイヤホンやスピーカー越しでしか聞いた事がなかったけど、兄として直接聞くことができるなんて……ああ……異世界転生は最高だ!!
「もういいよー」
クロエに返事をすると、すぐに木の上に隠れる。
ここならすぐに見つかることはないだろう。
記憶を思い出してからは、ほぼ毎日クロエとこうして遊んでいる。
貴族街のはずれにある、木々が生い茂る広場で今日はかくれんぼをしている。
貴族の後継者として毎日勉強や剣と魔法の修行など、やることが多いが、クロエと過ごす時間だけは削れない。
俺の今の存在意義はクロエに幸せになってもらうことだけだからね!
そんなことを思っていると、いつの間にか俺が隠れている木の下に数人の少女たちが集まって話し出していた。
今飛び出ても、この子達を驚かすだけだし、今の俺はかくれんぼ中だ。
年齢はクロエと同じくらいかな?
少し悪い気もしたが、やることもないので、息を潜めて少女たちの話を聞くことにする。
「ラミィちゃんとはもうあそばない」
「な、なんでそんなこというの……?」
「おとうさまにいわれたの。ラミィちゃんのいえはびんぼうきぞくなんでしょ?」
「そうそう! こうきな私たちとはふさわしくないわ!」
「そ、そんな……」
……おぉう……。
流石は貴族の令嬢たちだ。
いじめが陰湿!
貴族同士でも家の格というものは存在する。
だけど、こんな年齢の時くらいはそんな立場とかを気にせずに仲良くすればいいのに……。
そんな事を考えていると、ラミィと呼ばれた少女を残して他の子達は去っていってしまった。
「ふっ、ぐっ……うっ……ふぇぇぇぇぇん!!!」
友達と思っていた子に酷いことを言われてラミィは大きい声をあげて泣き出す。
……そりゃあ友達と思っていた子にあんな事を言われたら泣くわな。
今の俺はクロエとかくれんぼ中だ。
それに、余計なことに首を突っ込んでいるほど余裕がある訳じゃない。
……だけど、ここで泣いてる少女を見捨てて、俺は理想のお兄様になれるだろうか?
いや、なれない!!
「どーしたの?」
「っ!? ふぇっ!?」
俺が頭上から突然話しかけたから、ラミィはびっくりして泣き止んだ。
驚かせるつもりはなかったけど、泣き止んだんなら結果オーライだな。
「あ、の……あなたは?」
「俺? 俺の名前はリオン。ちなみに六歳! 君の名前は……ラミィでいいよね?」
「はい、ともだちにはそうよばれています。あと、ラミィは五さいです!」
手をパーの形にしながら、ラミィは自分の年齢を教えてくれる。
どうやら、ラミィはクロエと同じ年齢らしい。
「そっか! それじゃあ俺もラミィって呼ぶね!」
「えっと、その……はい。それで、リオンさんは、なんで木の上にいるのですか?」
まあ、すごく真っ当な質問だ。
いきなり木の上から知らない男が声をかけてきたら、転生前だったら即通報ものだ。
だけど、今の俺は三十オーバーのおっさんじゃなくて、六歳の子ども!
つまり、なんの問題もないな!!
「妹とかくれんぼをしてたんだけど、そしたら下の方からラミィが泣いてたからつい声をかけちゃった」
「そう、だったんですか」
「それで、ラミィにお願いがあるんだけど、俺と遊ばない?」
「えっ!?」
「いやー、俺、友達いないんだ! それで一緒に遊んでくれる友達がほしいんだけど……どう? 俺と友達になってくれない?」
圧倒的な勢いで距離を詰めていく。
これくらいの子どもには、これくらいハッキリと言った方が伝わりやすいだろ。
それに俺に友達がいないのは本当だしな。
まあ、それ以上に可愛くて美して輝かしい妹がいるから全然いいんだけどね!!
だけど、初めて見た時から、このラミィって子、なんとなく放っておけないんだよなぁ。
うーん、なんでだろ?
「そ、の……あなたは、ラミィとともだちになって……くれるんですか?」
「勿論!」
むしろ断られたら悲しいまである。
見た目は子ども、頭脳は大人、だけど、心はガラスのハートだぞ!
「っ……! ありがとう、リオンお兄ちゃん! ラミィもお兄ちゃんとあそびたい!!」
なん……だと……!
お兄ちゃん……だと!!!!
「ぐっ、はぁっ!!」
「お兄ちゃん!? だいじょうぶ?」
突然のお兄ちゃん呼びにクリティカルヒットして、俺は木から落ちてしまった。
クロエという妹ができてから、どうやら俺の好みに妹属性が追加されてしまったようだ。
お兄ちゃんと呼ばれるのも……悪くない!!
「受け身をとったから大丈夫だよ。それより今、俺のこと『お兄ちゃん』って……」
「う、ん……ダメだった?」
「ダメじゃない!! なんなら、もっとお兄ちゃんって呼んでもいいよ!!」
むしろ、ありがとう!
俺が……お兄ちゃんだ!
「お兄さま……なにをしているのですか?」
「ひっ!?」
お兄ちゃん呼びにテンションを上げていると、後ろから殺気を感じ、思わず振り返る。
そこには真顔で俺を見つめるクロエが立っていた。