1話 転生
「くそっ! これもダメか!!」
もう何度目になるだろう。
俺は頭を抱えながら、見慣れたゲームのエンドロールに目をやる。
やっぱり……無理なんだろうか?
ディスプレイ中央には『Blossom Fantasy』と、ゲームタイトルのロゴがでかでかと表示される。
『ブロッサムファンタジー』……通称『ブロファン』。
このゲームのあらすじとしては、舞台は『ハルジオン王国』が舞台の中世欧州風異世界ファンタジーで、主人公の女の子が、ある特殊な能力を認められて国立の学園に編入するところからはじまる王道ストーリーだ。
乙女ゲームでありながら、RPG要素が強く、バトルシステムやグラフィック、シナリオにやり込み要素等、その全てが高水準に作られた、いわゆる神ゲーと呼ばれるPCゲーム。
更に、シナリオ分岐も非常に豊富で沢山のマルチエンドも存在する。
女性向けに販売されたゲームだが、その完成度の高さから俺のような男性ファンも多い。
俺はこのゲームを始めてから早五年、毎日欠かさずプレイをしている。
それは何時間プレイしても飽きないほど面白い……からではない。
いや、面白いのは間違いはないんだけどね。
だけど、俺の目的はただゲームをクリアすることにはない。
ただのゲームクリアが目的ならトゥルーエンドやバッドエンドを含め、全ての既存エンドはとっくのとうにクリアは終えている。
俺の目的はただ一つ……ある少女を救うためだ。
「クロエ……俺は君を助けることはできないのかな?」
クロエとは、このゲームに登場するキャラクターの名前で俺の推しだ。
いや、この感情は『推し』という概念すら超えているかもしれない。
恋や愛なんて稚拙な言葉では表すこともできず、最早、盲信や崇拝に近い。
このクロエという少女のゲームでの立ち位置は敵キャラ……いわゆる悪役令嬢というやつだ。
主人公に対して、いじめや脅迫、嫌がらせなどを繰り返すだけならまだしも、敵の組織と結託したり、時には利用されたりして、主人公達の命すら脅かすルートも存在する。
そして、クロエの最後は、どんなルートでエンディングを迎えたとしても、絶対に不幸な目にあって終わってしまう。
よくて国外追放。
エンディングのルートによっては処刑されたり主人公パーティーに倒されたり、敵の組織から処分されることで命を落とすこともある。
このゲーム内でのクロエの立場だと、その結末はお似合いなのかもしれない。
だけど……だけど、違うんだ!!
この子は産まれたと同時に母を亡くしてしまい、その結果、実の父親から冷たく扱われてしまう。
更に、幼少期に義理の兄を養子として引き取られたことで、家での立場を失い、その上、その義兄からもいじめられ続けられて、その結果、性格が段々と歪んでしまったという背景がある。
この設定はゲーム上じゃあ語られていないけど、『ブロファン』の公式設定集で明記されている。
ちなみに、この公式設定集はこの令和の時代に反して、辞書並みに分厚い冊子だ。
そんな過去を知ってしまったら、この子の幸せを祈ってしまうのは当然だろう。
そう思い、藁にもすがる思いでこのゲームをプレイし続けて、クロエが少しでも報われるエンディングを探し続けてきたんだが……。
「もう、無理なのかな?」
……頭では分かっているんだ。
既に全てのルートを終えて、隠しエンディングも全てクリアした。
わずかな可能性にかけて、更なる隠しエンディングがないか、あらゆる選択肢を試してきたけど、発売から5年も経過して、今更新しいルートが見つかるはずもない。
それならばと、バグでもなんでもいいからクロエが幸せになる方法を考えたが、流石は神ゲーの『ブロファン』、バグの一つも見つからない。
この数年間、何度も心が折れそうになった。
何度も諦めそうになった。
だけど……
「諦めきれないなぁ……」
もう奇跡でも魔法でもなんでもいい。
たった一文でいいから、ゲームテキストで『クロエは幸せになりました』つて文字が映るだけで俺は救われる。
「……よし、また一から頑張るか!」
さて、今度は何を試してみようか。
前回はレベルやステータス調整をしたから、今度はダンジョンでの立ち回りを変えてみるか。
俺は新しい試みを始めようとすると……
「っと……あれ? おかしいな……」
目の前が一瞬ブラックアウトし、コントローラーを握る手にも力が入らない。
「三徹が響いたかな?」
昔だったら五徹だってできてたのに、やっぱり歳かな。
まあ、年齢も三十代半ばまで差し掛かった上、仕事にゲームと毎日毎日これだけ繰り返していたら体もガタがくるか。
明日は仕事も休みだし、一回休憩も兼ねて寝るとするかな。
俺はベッドに入りながら、壁にかけてあるクロエのポスターに目をやる。
「絶対に君を救ってみせるから」
そう宣言すると、俺はあっという間に深い眠りについてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お……さ……、だ……すか?」
……うーん、なんかうるさいなぁ……。
俺はゆっくりと目を開けると、そこには見たことのない少女が座っていた。
「おにいさま! だいじょうぶですか!?」
おにいさま……って、俺のことか?
俺に妹はいないはずだけど……。
それに俺は自宅のベッドで寝てたはずなのに……ここはどこだ?
なんで知らない廊下で俺は寝てるんだ?
寝起きで回らない頭が、時間と共に少しずつ冴えてくる。
焦点も定まってくると、俺のことを『おにいさま』と呼んだ少女の顔もはっきり見えてくる。
「……………………え?」
なんだ?
これは、夢か?
心臓が止まったかと思った。
息ができないし、瞬きすらできない。
長年、思い焦がれた存在が目の前にいる。
この子を知ってから、この子のことを思わなかった日はただの一日すらなかった。
俺のよく知っている少女は十七歳だけど、この子は精々五、六歳くらいだろう。
だけど、この俺が、この子を見誤る訳がない。
心が……魂が、目の前にいる少女は、間違いなく俺の思い続けた少女だと叫び続けている。
俺の目の前には……クロエがいた。