【2】
アパートに何とか帰ると、ひかりは大泣きする。
「くそ、くそ、くそ」
コートを着たまま、しかも涙を流しながら、玄関で暴れる。壁を殴ったり、蹴ったり、ただっこのように暴れまくった。周囲のことなど気にしていられない。
「何で急に…!! 何で…」
ううと声が漏れる。手や足が痛いのにも構わず、体を動かす。
「私、努力していたのに…」
メイクも体重も修二の気に入るようにしていた。だから、余計に悔しくて、涙が次々と溢れてくる。
ー女に見えないなんて、言われると思わなかった。
最低の言葉だった。何処がいけなかったのか、さっぱり分からない。玄関の鏡を見てみるが、どう見てもひかりは女の子らしい姿だった。
「ううー、修二の馬鹿」
また壁を殴ろうとした途端、チャイムが鳴った。こんな時に誰と不満に思いながら、部屋ついているドアフォンを見る。見たことのない人だった。
ー誰よ、あんた。邪魔しないでよ。
文句を言おうと、対応にでる。
「はい」
「あの…、隣に住んでる者なんですけど」
どうやら隣人の女性のようだった。40代くらいだろうか。よく見れば、頬を赤らめ、怒った表情をしている。
「うるさいから、止めてほしいんですけど」
「…すみません」
ひかりはふてくされながら言う。怒りがまだ収まらず、矛先が隣人に向かいそうだった。
「…大家さんに連絡をしても良いんだけど」
「…それはちょっと…」
ようやく危機に気づき、動きを止める。アパートを出されるわけにはいかなかった。ひかりは鼻をすするともう一度言う。
「申し訳ありません。止めます」
「はい。よろしく」
それで、隣人は去っていった。しかし、ひかりの中のもやもやは収まらず、キッチンに向かう。冷蔵庫をあさると、お酒を手に取る。
「死んでやる」
あるだけのアルコールを出し、プルタブを開ける。ゴクゴク飲むと喉が乾いていたのか、飲み干してしまった。
「次、次」
冷えた缶を持ち、スマホに手を伸ばす。恋しいので、誰かに話を聞いてもらおうと思ったが、少し考えて止めておく。死ぬつもりなのに、誰かを相手にしている場合ではなかった。アルコールの度数を気にせず、飲んでいく。中にはワンカップや焼酎まであった。
ー全部飲んで、修二のせいにしてやる。
焼酎を飲み、口を拭う。涙が出て、止まらなかった。
「この野郎、この野郎、この野郎」
修二の顔を思い出し、悪態をつく。ふざけんなと思った。
「何が女に見えないだ。お前だって、男に見えないくせに」
缶を力強く床に叩きつける。ヒックと喉が鳴った。
「死ぬ、死ぬ、死ぬ」
暴言を履きながら、ひかりは飲み続けたのだった。