誰が許すものか
エルヴァリス王国の深い森に囲まれた村、フェルノア。その村の一角に、ひっそりと佇む小さな家があった。
そこに住むのは、セラフィーナという名の若い女性。彼女はかつて王国の魔法師団に属していたが、今は村人たちに近寄られることなく、一人静かに暮らしている。
彼女の家の扉が、乱暴に叩かれた。外には、かつての仲間、魔法師団のリーダーであった男、ガイウスが立っていた。
「セラフィーナ、もう十分だろう。いい加減に許してやれ」
扉を開けたセラフィーナは、冷ややかな目で彼を睨んだ。
「誰が?何を?」
彼女の声には冷たさしかなかった。ガイウスは眉をひそめ、強く言葉を返す。
「リュシアンだ。彼がしたことは確かに許されるべきではないが、彼は何度も謝罪している。もう何年も前のことだろう?お前がこうして閉じこもっているのは、自分を苦しめるだけだ」
セラフィーナは、静かに扉を閉めようとしたが、ガイウスはそれを阻止するように手を置いた。
「許す必要はない」とセラフィーナは言った。「私は悪くない。リュシアンが犯した裏切りは、私に一生消えない傷を残した。あいつがいなければ、私の家族は生きていた」
全ての始まりは、エルヴァリス王国を襲った大規模な魔獣の襲来だった。リュシアンは、セラフィーナの信頼していた魔法師団の仲間であり、彼女の家族と親しかった。
セラフィーナが戦場に向かう間、彼は村を守る責任を負っていた。しかし、リュシアンはその責務を放棄し、王都に逃げ帰ったのだ。
村は壊滅し、セラフィーナの家族もその犠牲となった。彼がいれば防げたはずの悲劇。彼の裏切りは、彼女の心に深い憎しみを植え付けた。
「リュシアンが逃げなければ、村は助かったかもしれない」セラフィーナは言った。「彼は臆病者で、私を見捨てた。家族を見捨てた。どうして私が許さなければならないの?」
ガイウスはため息をついた。「彼は自分の弱さを認め、何度も謝罪した。もう十分だろう?いつまでも許さないでいるお前こそ、今は村の人々から孤立している」
ガイウスだけではなかった。村の人々もまた、セラフィーナがリュシアンを許さないことを非難する声を上げていた。
リュシアンは数年後、王都から戻り、償いのために村で働き始めた。しかし、セラフィーナは彼を一切受け入れなかった。
「彼は変わったんだ。許してあげてくれ、セラフィーナ」と、村の長老がある日彼女に言った。「許すことで、あなたも救われるはずだ」
だが、セラフィーナは首を横に振る。「救われる必要などない。私は間違っていない。許さないのは私の自由だ」
「そんな頑なな心で生き続けるのは、つらいだろう?村のみんなも、リュシアンを受け入れている。なぜお前だけがそれを拒む?」
その問いは、彼女をさらに苛立たせた。彼女が許さないのは自分のためであり、リュシアンのためでも、村のためでもない。
彼女の心の奥にある怒りは、裏切りを受けた者だけが感じる深いものだった。
ある日、セラフィーナの家にリュシアン自身が現れた。彼は痩せこけ、目の下には深いクマが刻まれていた。それでも彼は、セラフィーナの前に立ち、膝をついて言った。
「セラフィーナ、どうか許してくれ。君の家族を守れなかったことは、一生の後悔だ。君の許しを得られるまで、僕はこの罪を背負い続ける」
セラフィーナは彼を見下ろし、しばらく沈黙していた。彼の苦しみは明らかだった。だが、彼の苦しみは彼女にとって重要ではなかった。
「許すことは、私の家族を返してくれるの?」彼女の声は鋭かった。「謝罪を聞いて、何が変わるというの?」
リュシアンは何も言えなかった。彼女の言う通りだった。謝罪や後悔は、過去を変えることはできない。
「だから、許さない。許す必要なんてないし、私は悪くない」
ガイウスや村の人々、そしてリュシアンがいくら彼女を責めても、彼女の決意は揺るがなかった。セラフィーナは、自分が正しいことを信じていた。
彼女にとって、許すことは裏切り者を許すことだけでなく、自分を裏切ることにも等しかった。
リュシアンは肩を落とし、何も言わずに立ち去った。彼の姿が見えなくなると、セラフィーナは静かに家の中に戻った。窓から差し込む夕日の光が、彼女の表情を映し出す。
彼女は悪くなかった。許す理由もなかった。彼女の心は凍りついたままだが、それでも彼女はその道を選んだのだ。許さないことこそが、自分の正義であり、彼女が選んだ生き方だった。
そして、その決意は、彼女の中で永遠に変わることはないだろう。
かなり短い短編なのに、なぜか感想がいっぱいきてて嬉しいです。しかも、感想に個人の考え方が如実に出てて読んでてめちゃ楽しい!!!
この短編を読んで気に入った方は、感想まで目を通していただくと作者のようにより楽しめるかもしれません。最早短編はただのベース。感想読んでからが本番かもしれないとか思い始めてます。
レビューも初めていただきました。ありがとうございます。