第77話
「ミルキウェイ」コードルルーは飛びながらふとその名詞を呟いた。「確かこの星が属している銀河をこの星の者どもはそういう名で呼んでいるのだったな」
ちらりと横を見る。
翼を持つ大型ネコ科類似動物──真実の名はマルティコラス──はまっすぐ前方を見たままこちらも飛び続けている。
草や虫をたらふく食べた後で、再びその者は空中に飛び上がり進みだした。食後の休憩など必要ともしない様子だ。
──こいつは、なりはでかいがもしかするとまだ幼体なのかも知れないな。
ルルーはまたふとそんなことを思いもしたが、
──いや……まさか。何故そんなことを思う?
と、自分で自分を批判した。
こいつは、どこからどう見ても立派な成体だ。もちろんそうだろう。
にも関わらず、何故こいつを子ども扱いなどする? そうしたがる?
思いつつ件の大型ネコ科を見るが、相変わらず向こうはルルーに一瞥もくれはしない。
自分の好きな時にしたい事をやるだけ、そんな風に生きているように見える。
気ままで、気まぐれで、偶発的で確率的な本能のままだ。
「ミルキイ」ルルーは我知らず呟いていた。「今後は貴様をそう呼ぶ」
そうしたところ、なんと今、その大型ネコ科は飛びながら顔を横に向けたのだ。
ルルーの方に。
「──」ルルーは言葉を失い、大型ネコ科──ミルキイの、黒くありながら透明さを感じさせる、不可解ながらもこの上なく美しい瞳に全身を吸い込まれる気分に包まれた。
ミルキイは口を開き、ルルーに向けて音声信号を発した。
コードルルーは飛びながらも硬直した。
◇◆◇
──コードルルー、あいつは何故?
レイヴンはまずそのことに考えを寄せようと心に決めた。他はひとまず後回しだ。
コードルルー。
この星で初めて遭遇したギルド員だ。
明らかにこちらを見下した態度、あからさまに地球の動物に対するリスペクトなど無視した行動、今思い出しても触手がわななく。
──一体、なんだってんだ。どういうつもりでマルティと一緒になんか。
もちろん、ルルーはマルティに危害など加えないだろう。マルティは今では、悲しむべきことだが『ギルド所属』の動物だ。奴はむしろ、マルティを保護する義務を負う立場だと考えられる。
いや、それもまたレイヴンには触手をめちゃくちゃにぶん回したくなるほど許しがたい事実だ。無論マルティは保護してもらわなければならない、だがあのルルー、チンパンジーにあのような残酷な所業を躊躇いもなくやってのけた奴、あんなのが担当するなどありえないじゃないか!
──ああ、マルティ。早く見つけなければ。
レイヴンは強く嘆息した。ヒマラヤ山麓……
「あれー」ハシナガイルカが不意に声を出す。「うわー」
「えっ」レイヴンは驚き声をかけた。「どうしましたか?」
「シャチだー」ハシナガイルカが叫ぶ。「どうしようー」
「シャチ、さん?」レイヴンは大至急の体で周囲を探索し、シャチの生体信号を捉えた。
「ちょっと逃げてもいいー?」ハシナガイルカは相当に焦りを覚えているのだろうが、その声だけを聞くとのんびりした様子にしか思えなかった。
「あ、待って」実際にレイヴンが慰留を試みる間もなく、ハシナガイルカの気配は魔法で消したかのように近辺からかき消されたのだ。
「おいおいおい」入れ替わりに、高速で近づいてきたシャチの呼びかける声が魔法で呼び出された巨人のように急激に大きく聞こえた。「君ら君ら君ら」
「えっ、あっ、えーとあの」レイヴンは去っていく者と近づいてくる者のどちらから先に対応するべきなのか判断がつかず、触手で自分の呼吸帯を絞めそうになった。「うぐっ」
「レイヴン」
「大丈夫?」
「うひゃあ大変だあ」収容籠の中の動物たちが驚き叫ぶ。
「ごほごほ」レイヴンはせき込みつつ頷く。「だ、大丈夫だよ、えほえほ、ごめん」
「やあやあやあ」シャチはレイヴンたちの近くで停まり、改めて元気のよい挨拶をしてきた。「すまんすまんすまん。君らレイヴン君らでええのかな?」
「えっ、はい、こんにちは」レイヴンは取り敢えず触手が暴れぬよう気をつけつつ挨拶を返した。




