第74話
「そう」コードセムーの話──それを聞く側にはどうも自慢話のようにしか聞こえない話──は続くようだった。「つまり私は今、レイヴンとつながりを持つ唯一のギルド員になったと、そういうことです」
おそらくこの『報告』は、全ギルド員およびギルド本部に対する一斉送信として行われているものだろうが、この時点で誰も返事をする者がいなかった。皆、真剣に聞いていないのか、あまりにも突飛な内容のためすぐに真剣に聞くことを放棄したのか、真剣に聞くあまりコードセムーが何を言っているのか理解できずにいるのか。
「そいつは」仕方がないのでルルーが皆を代表して反応を示した。「信用できるのか?」
「信用?」セムーは訊き返した。「私の夫が、ということ?」
お前自身もだ、という皮肉がすんでのところで飛び出しそうだったがルルーは抑えた。「ああ。その、自称レイヴンの親友とかいう奴だ」
「ええ、できるわ」セムーは断言した。「彼、モサヒーは信用できる。何故なら彼自身が、私をこの上もなく信用してくれているから」
「それを証明するものは?」ルルーは間を置かずに更なる問いを投げる。
「ふふふ」セムーもまた、一瞬たりともたじろぐことなく妖艶な笑いを返す。「モサヒーは、彼の細胞を私にくれたわ」
「──」これにはさすがにルルーも一瞬の間を置かずにいられなかった。「細胞を?」今度こそ本当に立ち止まりそうになる。
折しも、隣で大人しく飛び続けていた翼つき大型ネコ科類似動物は今、三メートルもの高さを有するイネ科の草が生い茂る地面に向けゆるやかに下降しはじめるところだった。ルルーはひとまず空中にとどまり、大型ネコ科の動向を視野に収めながらセムーの与太話を少しばかり真面目に考察してみることができた。
「ふふふ」セムーは引き続き楽しそうに笑った。「どういう意味だ? と言いたそうな表情が目に浮かぶわ。つまり、子よ」
「子?」
「子だって?」
「子といったか?」
「子って、そんな」
「子なんて、まさか」
ここに至り反応を示す者がルルー以外にも現れた。それは一体何名いただろうか。どうも生半可な数でもなさそうな雰囲気だった。
「そう、私とモサヒーの子が、今なんと、私の体内にいるの」セムーはまるで踊りださんばかりに歌い上げたのだ。「新しい命が!」
「どういうことだ」
「セムー」
「君は」
「何故」
「どうして」
「セムー」
反応する声はどんどん挙がり、もはやルルーが口を挟む隙間も見つからなかった。そしてルルーが怖れていた通り、その者たちの言いたいことはつまるところ一致しているようだった。
「君はぼくと付き合っているだろう!」
一斉ににその声が挙がったところで、ルルーは受信を強制終了させた。
大型ネコ科類似動物の後を追い、ナンゴクワセオバナの草原へと降下していく。
細胞、か──
この状況の意味は二通り考えられるとルルーは思っていた。
まず一つ目は、そのモサヒーとやらいう自称レイヴンの親友が、宇宙規模指標における馬鹿であり、何も考えず、セムーの色香だか呪詛だかに気を抜かれておめおめと子だのなんだのを作らせたということ。ルルーはつい嘆息する。
そして二つ目は。
モサヒーとやらは、実はとんでもなく機転のきく奴で、セムーに細胞を渡したというのも、ひょっとすると子を成す『以外の何らかの目的』があっての行動である可能性があるということ──
「要するに、そいつのコピーが」ルルーはそこまで呟いたが、その後の言葉を発することに甚大な抵抗を覚えたのだ。
大型ネコ科はイネ科の草をむしゃむしゃと貪っている。
こいつは草食なのか?
と思う間に草の中から飛び出す何かの昆虫をもぱくりと食べてしまう。
ああ、つまり雑食性か。
ルルーはぼんやりと空中に浮かんだまま大型ネコ科の食事風景を眺め、そうしながら
──こいつに何か、ニック……コードネームをつけてやろうかな。
そんなことをぼんやりと思考していた。
ギルド内に侵入してきたということか。
とても発することのできなかった続きの言葉の姿を見えなくするように。




