第73話
「うん。俺はねー」ハシナガイルカは体を左右に揺らしながら頷いた。その仕草はまるで、今すぐにでも水面から飛び上がってしまいたいのを堪えているように見えなくもなかった。「でも他の奴らは、体が痒いからとか、メッセージを送るためとか、自分の能力を見せつけるためとか、彼女と遊ぶためとか、酸素がより美味しく感じられるからとか、あとはえーと」彼は饒舌に説明を続けた。
「ああ、じゃあハシナガイルカさんそれぞれに違った理由があるんですね」レイヴンは話を引き取った。「貴重な話を教えてくれて、ありがとう」
「うん。行こうかー」ハシナガイルカも素直に旅立ちの態勢になってくれた。
「地球を感じるって、どんな風なんですか?」だがオリュクスの話は終わっていなかった。
「それって楽しいですか?」
「地球が好きなんですか?」そしてなんと、コスとキオスの話までもが終わっていないようだった。
「ああ、楽しいよー」ハシナガイルカも明るく話の続きを受け止めた。「地球ってさ、どこまで行っても地球じゃん? 絶対に裏切らなく地球じゃん? 嬉しいよなー」
「本当だ」オリュクスが初めてそれを知ったように大きな声を出した。
「確かにそうだよな」
「うん、ぼくたちもずっと地球の上にいるものね」そしてコスとキオスも初めての感動を覚えているようだった。
「そう、俺がどんなに高ーく飛び上がってもさ、地球は変わらずまた元通り海に戻してくれるだろー? 決して俺を、地球の外にぽいって投げ出したりしないだろー?」
「うわあ、すごい」
「確かに、そうだ」
「地球さん、優しいなあ」
「だろー? 俺はさー、地球がー」ハシナガイルカはそこまで言ったかと思うと出し抜けにざぶん、と水中に潜り込み、
ばしゃーっ
と数メートル先の水面から高く飛び上がって、
「大好きだあーっ!」
と叫び、
ざぶーん
と水中に飛び込んだ。
「わああっ、すごい!」オリュクスが叫び、
「おおおっ、かっこいい!」コスも叫び、
「そうだっ、レイヴン!」キオスがレイヴンに呼びかけた。
「え?」そこまでずっと言葉もなく眺めるだけだったレイヴンは、急に呼ばれて触手をびくりと揺らした。「な、何だい? キオス」
「レイヴンも、ハシナガイルカさんみたいに海面から飛び上がってみたらいいんじゃない?」キオスは純粋な心からの提言をした。「そうしたら、地球が好きになるかも知れないよ!」
「え」レイヴンは再び言葉を失った。
「わあ、いいかも!」オリュクスが叫び、
「どうだろう、でもレイヴン、やってみる?」なんとコスまでもが明るく促してきた。
「い、いやいや」レイヴンは必死になって触手を振り回した。「今は先を急ごう。また機会があれば、それは試してみるかも知れないね。うん」
そうしてアジアを目指す旅はどうにか再開したのだった。
◇◆◇
「全ギルド員に報告します」
コードルルーは突然感知されたその声に瞬時に警戒態勢を取った。
湿り気を含む大気の中、翼を持つ大型ネコ科類似動物は疲れを知らぬ様子で東方向へ進み続けている──ほんの一言も、物言うことなく。
「私はコードセムー。現在北アメリカ大陸にいます」緊急報告らしき声は続いた。「皆さん。このたび私は、結婚することになりました」
「は?」ルルーは思わず訝しむ声を挙げた。何を言い出しているんだ、この者は?
「ふふふ、突然のことで驚いた方もいらっしゃることでしょう」セムーは含み笑いをしながらそう言った。
「驚いたな」ルルーは推進しつつ一人答えた。「あまりの成果のなさに気の狂ったギルド員がいるとは」
「ですが私がお伝えしたい話の本質はここからです」セムーはゆっくりと言葉を続け、一拍置いたのち言った。「私の夫となるのは、かのレイヴンの、親友にあたる者です」
「──」ルルーは思わず飛行を止めそうになった。しかし隣に存在する大型ネコ科の飛行運動のおかげで引きずられるように推進は続行された。




