第70話
「どうもー」ジュゴンの母親の方がキオスに挨拶を返した。「どこから来たのー?」
「ええと」キオスは答えに迷った。どこから来たといえばいいのだろう。オーストラレーシアから? 南極から? いや、アフリカから? いやいや、そもそも他の惑星から……?
「ああそうかー」ジュゴンは特に何も答えずともわかってくれたようだった。「君はレイヴンの仲間なんだよねー」
「あ」キオスは海の水の中で大きく頷いた。彼の鼻先が海水面をぱちゃ、と叩いた。塩辛い水だ。「そうです」
「仲間の動物を捜しているんだってねー」ジュゴンはそう言い、再び海草を食べ始めた。
「はい、そうなんです」キエスはもう一度、海水に鼻が触れないよう浅く頷いた。
「おかあたん、なかまってなにー?」ジュゴンの仔がそう訊き、その後母親に倣って再び海草を食べ始めた。
母親が食事に集中し答えてやらない様子だったので、キオスは
「仲間はね、いっしょに遊んだり、旅をしたり、ごはんも一緒に食べたり、いっぱいいろんなことを話したり考えたり助け合ったりする、心強い友人たちのことなんだよ」
と、仔に向けて説明した。
ジュゴンの親子は食事に集中しており特に返事はなかった。
キオスはしばらくその様子を眺めていたが、
「キオス」
と呼ぶレイヴンの声に振り向き、そろそろこの場を去る時間だと気付いた。
「それじゃあ、さようなら」挨拶をして後ろを向く。
「気をつけてねー」ジュゴンが声をかけた。
「なかまねー」ジュゴンの仔も続けて、挨拶のつもりだろうと思われる声をかけた。
「はい。ありがとう」キオスは振り返り笑った。
ルリホシエイは小魚や小エビを食しながらゆるゆると泳いでいた。
だがだし抜けに、結構なスピードで近づいてくる存在を水の動きと音で感知し、はっと驚いて身を緊張させた。
それは、見たこともない形状の生き物だった。自分と同じくらいの大きさだが、魚ではない。イカなどでもない。むろんサンゴの仲間でもない──
「こんにちは」その生き物は突如声をかけてきた。「あなたは誰? ぼくはオリュクスっていいます」
「──」ルリホシエイはただ緊張して答えることもできずにいた。こいつは、何者だ? いや、オリュクスだと自己紹介はされたが、それにしても何者なんだ?
「レイヴンと一緒に、仲間を捜しています」オリュクスは続けてそう言った。
「レイヴン?」ルリホシエイはそこでやっと口を開いた。その名前なら、聞いたことがある。確か──
「いただきまーす」
その時また突然声が聞こえ、大きな魚の頭が上から下りてきた。三角形に近い幅広で平たい頭の左右端に目がついている。
ヒラシュモクザメだ。
「うわっ」その頭で押さえつけられ悲鳴を上げたのは、オリュクスだった。
「あっ」ルリホシエイは驚き、そして何故か自分でもわからないが次の瞬間、自分の尾の先についている棘をヒラシュモクザメの頭部に突き刺していた。「やめなさいよ」と叫びながら。
「あいたーっ」ヒラシュモクザメは毒を受け幅広の頭部を海水面方向に仰け反らせた。「なにしやがるんですかーっ」こちらも悲鳴を上げる。




