第68話
からからと乾燥した熱いサバンナの中を、北の方向へ進み続ける。
やがて硫化ジメチルの匂いが感知され、海に近づいたことをレイヴンは知った。
「もうすぐ海っすねー」アカギツネもそう言う。「うちらが同行できるのもー、そろそろここまでってことにー、なるっすけどー」
「ああ。本当にありがとう」レイヴンが心からの感謝を伝えた時、アカギツネは空中を飛んでいたイトトンボを捕食しているところだった。
「ここからー、どうするんすかー?」イトトンボを食べ終えた後でアカギツネは訊ねた。
「うん」レイヴンは辺りを見回して答える。「そうだな……また、鳥さんに案内を頼むことができれば」
「鳥さんっすかー」アカギツネも辺りを見回し始めたが、レイヴンには一瞬、捕食対象である餌資源を捜す様子に、その姿は見えてしまうのだった。
「あーかーあーおーきーいーろー-」
その時、機嫌のよさそうな歌声が聞こえて来た。
レイヴンとアカギツネは同時にその方を見た。
そこには、歌の詞の通り赤、青、黄色など原色の羽毛を身にまとったカラフルな鳥が、低木の枝の上に止まっていた。コキンチョウだ。
「るーるーるーるー、あーかーあーおー」
コキンチョウは引き続きご機嫌な調子で歌った。
「あ、あの」レイヴンは遠慮がちに声をかけた。「こんにちは」
「きーいーろー-」コキンチョウは歌いながらレイヴンの方を見た。
「とっても素敵な歌ですね」レイヴンは褒めたたえた。「あ、ぼくはレイヴンといいます」
「こーんーにーちーはー-」コキンチョウは風切羽を広げ、歌で挨拶を返した。「あーりーがーとーうー-」
「あ、あの、実はぼくたちは、海を越えて北へ行こうとしているんですが」レイヴンは単刀直入に伝えた。「あなたのような鳥さんに、道案内を兼ねて同行をお願いできないかと捜しているんです」
「うーみー-」コキンチョウは声を高め、まるで一つの楽曲のクライマックスであるかのように歌い上げた。「わーたーってー-、きーたーへー-」
「は、はい」レイヴンは気圧されつつも頷いた。
「むーりー-」コキンチョうはさらに歌い上げた。「そーれーはー-、でーきーぬー-」
「あ」レイヴンは触手を振り回して了解の意を示した。「そ、そうですか。わかりました、じゃあ」
「あーかーあーおーきーいーろー-」コキンチョウは引き続き高らかに歌う。「うーみーはーくーろー-」
「え」レイヴンは思わず訊き返した。「黒?」
「じーみー-」コキンチョウはそう歌ったところで一曲終えたようだった。
ああ。そうか。
レイヴンは少し理解した。
黒、ではないと思うが、このコキンチョウにとって海というのは、カラフルではない地味な存在であると認識されているのだ。
仕方がない、他を当たろう──
「あー、逃げられたー」背後でアカギツネの声がした。
振り向くと、ばさばさと飛び去る派手な色合いのコキンチョウと、そして小さくなるその姿を遠く見送るアカギツネの後ろ姿がそこにあった。
ああ。
レイヴンは再び理解した。捕食失敗というわけか。
その後レイヴンたちは、セアカオーストラリアムシクイ、ライラックムシクイ、カザリリュウキュウガモなど出会う鳥たちに地道に声をかけていったが、同行に賛意を示してくれる相手には巡り会えずにいた。
やがて海岸に出た。
いよいよここで、アカギツネ、そしてディンゴ──恐らく大声で呼べば自由気ままに走り回っている彼らにもすぐ再会できるだろう──とは別れなければならない。
そして海を渡り、アジアへ行く。
方角を見失わずそこへ到達するには、やはり鳥類の案内が欲しいところだ。レイヴンはいくぶん焦りを覚えていた。
そしてそこで、珍しくといえば珍しくも、その鳥に出会ったのだ。
白い体に薄黄色のラインが入った翼を持つ端麗な鳥。キバタンだ。
「あのう」レイヴンは張り切って声をかけた。「こんにちは。ぼくはレイヴンです。ここから、アジアへ渡ろうと思うんですが、その、よければ道案内というか、ご同行をお願いできませんか」
「やだねえ」キバタンは即答で拒絶した。「それって、海の上を延々飛んでけってことでしょ?」
「あ、う、ええ、そ、そうです、ね」レイヴンは触手を振り回して困惑しつつ答えなければならなかった。
「海の上なんて」キバタンは美しい翼をばさばさとはためかせて言った。「あたしの食い物の果物とか木の実とかがないじゃん。延々飛んでるうちに永遠の眠りについちゃうわよ、あたしゃ」
「あ」そうか。レイヴンはただちに納得せざるを得なかった。
ここオーストラレーシアにやって来るまで一緒にいてくれた鳥たちは、海上に寝そべるマンボウの体に降り立ち、そこにいる寄生虫を餌として食べていた。
しかるに今目の前にいるこの美しい鳥は、寄生虫ではなく木の実を食べる食性なのだ。なるほど確かに、そうであれば海上へは誘えない。
「わかりました、どうも」レイヴンは挨拶をして立ち去ろうとした。
「あいつに頼んだらいいんじゃあないの」キバタンはしかし、心の冷たい鳥ではなかったようだ。「海に出たらすぐ……多分向こうから近づいてくるでしょ」
「え」レイヴンは驚きもう一度振り向いた。「ど、どなたですか?」
「あいつ、えっと」キバタンは思い出すため横を向いた。「そうそう、ハシナガイルカ」
「ハシナガイルカさんですか」レイヴンは復唱した。「え、寄って来て、くれますかね?」
「うん、大体あいつらは珍しいもん好きだしさ。頭いいからやばけりゃすぐ逃げるって寸法だから、まあ怖いもんなしなのさ」キバタンはすらすらと説明した後笑った。「ま、気をつけて行きなね。そんじゃ」そしてさっさと飛び去った。




