第62話
ぞるるるるるる
突如、遠くの方から音が響いて来た。
「なんだ?」コードルルーは音が発生したと思われる方向に注意を向けた。
翼の生えたネコ科はあまり関心がない様子で、ちらりと音のした方を横目で見たあとそのまま速度を落とさず飛び続けている。
ぞるるるる
ぞろろろろ
何の音だ──
ルルーは気になって仕方なかったが、隣を飛ぶこの翼ネコから離れることもしたくなかった。
一旦離れて音源を確認し、その後再び追いつくことも可能なように思われるが、確実性はない。
何しろ現時点まで、この翼ネコとはまだ一度もコミュニケーションが取れていないのだ。数回話しかけたが一切反応がなく、ルルーももはや『言葉を知らない生物』なのだと認識し、以降特に声をかけたりもせずただ並行し飛んできただけだ。
なのでここで離れてしまうと、なんとなくだが、もう二度とこいつには再会できないのではないか、という危惧が拭えない。
こいつはもしかすると、自分の予測するルートとは全然別の方向に──例えばいきなり直角に曲がり海のある方などに──素知らぬ顔で進むかも知れないし、この広大な大陸でそんなことをされたら、再会の可能性など無きに等しい。
離れることは、できない──
いやしかし、なぜ?
ルルーは推進しながら自問した。
この動物は、ギルド本部がレイヴンをおびき寄せるために放ったものだ。
別に自分が、保護者じゃあるまいし、ずっと傍についている必要はないはずでは?
そもそも本部だってこいつを放ってはいよろしく、というスタンスなわけもなく、当然のことながらこの動物のどこかに追尾システムの末端を取り付けているはずだ。万一それが故障なりトラブルに陥るなりしたとしても、サブ機構がすぐに起動するだろう。
まったくもって、物理的随伴の要には及ばない。
しかるに自分は何をやっているんだ?
ぞりゅりゅりゅりゅりゅ
そんな事を思い迷う間にも、謎の音は響き続けた。
「はは、ずいぶんと大喰らいな奴だねえ」
ルルーはその声にはっと振り向いた。
オオヅルが、いつの間にいたのか自分たちから数メートル離れた所をほぼ同じ方角目指して飛んでいる。
「あれは、何の音なんだ?」ルルーは思う暇もなく訊ねていた。
「ナマケグマだよ」」オオヅルは、せせら笑うような声で答えた。「アリかシロアリの巣をぶっ壊して、盛大にすすってんだ」
「ナマケグマ──」
すぐにそれが捕獲対象生物だとわかった。それならなおのこと、業務遂行のため一旦はこの翼ネコから離れそちらへ赴くべきではないのか。そうだ。そう、しかし──
「ていうか」オオヅルはじっとルルーを見ながら飛んでいた。「あんた、双葉だね?」
はっとする。
この、地球産鳥類──
「そっちにいるのは」
オオヅルの声を聞いたのはそこまでだった。
ルルーは一瞬の判断でその大柄な鳥に電子線を照射し『捕獲』したのだ。
「そういうお前もまた、捕獲対象の一種だったな」呟きながら飛行を続ける。
翼ネコが一瞬ちらりとこちらを見たような気がした──気がした、だけかも知れない。
ナマケグマの方は、今回のところは捨て置こう。ルルーはそう結論づけた。この地域を飛び進めば、いずれまた同種の別個体に遭遇するだろう。
ルルーは、すでに今、同種別個体が近くにいる事を知らなかった。
もっとも、それはナマケグマではない。
オオヅルの方だ。
別個体のオオヅルは、すでに仲間が見たもの聞いたことについての情報を受け取っていた。先ほど、双葉によって消される前仲間は──自分がそうなる運命であることを承知していたのだろう──送って寄越したのだ。
別個体の方のオオヅルは、情報を寄越した仲間の様子を見に行ったり助けに行ったりすることなく、ただその情報を持って自分のやるべきことをやった。
すなわち、飛んだのだ。海の方へ。




