第61話
「モサヒー、見ろよ! こんなでかい馬、見たことねえぞ!」
「うん、馬では、うん、ないようですね」ネコ科に答えてそう言う『信号』が、キャンディの耳に伝わってきた。
キャンディは長い首を傾げて注意深く見、やがてもう一体、小さな生物がそこにいることを感知した。「こんにちは」挨拶をする。
「あ、ども、こんちは、えっ、馬じゃないのか?」ネコ科──ボブキャットは挨拶を返した後大きく驚いた。
「こんにちは、うん、馬というか、うん、地球の生物ではないですね」モサヒーも挨拶を返した後で補足した。
「私はキャンディです。仰る通り、よその星から来ました」キャンディは名乗り、出自を明かした。
「よその星から?」ボブキャットはずっと目をまん丸く見開いたままだ。
「うん、ぼくはモサヒーです。こちらは、うん、ボブキャットさんです」モサヒーが二人分の名乗りをした。「地球へは、うん、いつ来ましたか?」
「わからない」キャンディは長い首を振った。「だいぶ前よ──冷たい部屋の中に閉じ込められていたのだけど、この前急にドアが開けられて──出て来たの。他の皆もどこかへ行ったみたい」
「うん、そうなんですね」モサヒーは理解し、
「どういう事だ? どこかから逃げて来たのか?」ボブキャットは混乱した。
「ええ。ここは」キャンディは周囲の草原を見回した。「私が元いた星の景色に似ているの。いい所だわ」
「うん、そうなんですね」モサヒーはもう一度理解し「ときに、うん、キャンディさんは、うん、双葉に会いましたか?」
「双葉?」キャンディは睫毛をばさばさと鳴らして瞬きした。「それは何?」
「うん、双葉というのは──」モサヒーは、どのように説明すればよいかを高速で考え巡らせたが、
「私よ」
その声が代わりに答えた。
「えっ」ボブキャットが瞬時に体勢を低くし、
「あら」キャンディが声のした方に振り向き、
「うん、あなたは双葉ですか」モサヒーは訊ねた。
コードセムーは戻って来ていた。そして彼女は、他の何も視界に──というか意識に入らない様子で、じっとモサヒーを見ていた。
「戻って来たのね。ばかちび雑菌さん」キャンディは毒のある呼びかけをした。
だがセムーは「ええ」と答えたのだ。「私は双葉。コードセムーよ」と、モサヒーだけを見て言った。
彼女の内部で、実に驚くべき、とてもではないが信じがたいにもほどがある事象──トラブルと呼んでもいい出来事が起きていた。
つまりどういうことかというと、恐るべきことに、セムーはモサヒーに一目惚れしたのだ。
「うん、そうですか」そうと知ってか知らずか、モサヒーは普通に自己紹介した。「ぼくはモサヒー、こらちは、うん、ボブキャットさんです。キャンディさんとは、うん、すでにお知り合いですか」
「ええ。おかげ様で」セムーはできるだけいい印象を与える返事をしようと心がけるあまり、頓珍漢なことを言った。「モサヒー」改めてその名を呼ぶ。「あなたはレイヴンの仲間なのね」
「──」モサヒーは考えを高速で整理した。「それは、うん、誰がそう言いましたか?」
「ハチドリよ」セムーは情報開示した。「レイヴンの仲間が、ボブキャットを連れてこの近くにいると聞いたわ。ボブキャットを連れているところを見ると、どうやら私はその当事者に、巡り会えたということなのね」
「おいおい、待ってくれよ」ボブキャットが、何か危険な雰囲気を察知でもしたのか、ごまかそうと試みた。「ボブキャット、確かに俺はそうだが、この大陸でボブキャット、つまり俺らの種族が、特別珍しい、目印になるほど稀少な存在だとでも思ってるのかい、セムーさんよ」
「私はレイヴンを捜しているわ」セムーはまるでこの世界に自分とモサヒーだけしか存在していないとでも認識しているかのように、ボブキャットを丸ごと無視した。「あなたがそうなら、ぜひ、私に情報を分けて欲しいの。その代わりといってはなんだけれど」
突然、コードセムーの頭のてっぺんから生えている『双葉』が、音もなくひょろりと伸び、そしてくるくると彼女の頭上で円を描き回りだした。
「うわ」ボブキャットが驚いて姿勢を低くした。
反応を見せたのは、彼だけだった。モサヒーとキャンディは、その場に佇んだまま特に何も言わずにいた。
「あなたのお望みを、私にできることであれば、何でも叶えて差し上げるわ」セムーは頭頂の双葉をくるくる回しながら、低い声でゆっくりとそう言った。
彼女にしてみればそれは、効果抜群の誘惑行為だったが、悲しむべきことにそれはまったく通じていなかった。
「うん、わかりました」モサヒーは普通に返事した。「確かにぼくは、うん、レイヴンの仲間です。うん、あなた方ギルド、ここでいうタイム・クルセイダーズが、うん、何故レイヴンを捕まえようとしているのか、うん、そして現状どのような体制で動いているのか、うん、できるだけ詳しく教えてください」




