第40話
「うん、ぼくです」
すぐに返事が返って来た。モサヒーの声だ──と思われた。
セキセイインコたちは相変わらず、遥か下方でわいわいと騒いでいる。聞こえて来るモサヒーの声は対してごくか細く、検知帯の全細胞に膨大なエネルギーを流し込んで聞き取らなければ、ただの風の音としてしか判断できなくなる怖れがあった。
「モサヒー、君だね」レイヴンはさらに上方へ浮かび上がり、もう一度確認した。
「うん、モサヒーです」すぐに返事が返って来た。
「ああ」レイヴンは大いなる歓喜に包まれた。「モサヒー! よかった!」
「うん、どうかしましたか」モサヒーは冷静に対処しているようだった。
「モサヒー、君に訊ねたいことがあるんだ」レイヴンは己自身も冷静に話すことを精一杯心掛けつつ問うた。「君の許に、マルティコラスに関する情報が何か届いていないかな?」
「うん、いえ」モサヒーは答えた。
レイヴンは、そのあと何か言葉が続くのだろうと思い待った。
だがモサヒーはその後何も言ってこなかった。
「──知らない、てことでいいのかな?」レイヴンはそっと問うた。
「うん、知りません」モサヒーはまた答えた。
そうか、ありがとうじゃあ。レイヴンはそう言うべきなのだろうかと思った、しかしその思いは何故か彼の体内の分泌物の流れを今にもせき止めてしまいそうになるほど、ずっしりと、苦い圧力をかけてきたのだ。
「そ」レイヴンは痛みに耐える声を搾りだしてなんとか対話の維持をはかった。「そうか……君は今、どの地帯にいるの?」
「うん、今は北アメリカにいます」モサヒーは答え「うん、大体はここにいます」と言葉を続けた。つまりそのことは知っているのだろう、とレイヴンは思った。
「そ」レイヴンは自分の性格がシニカルでアグレッシブで要するに嫌な野郎に成り下がってしまうのを必死で食い止めつつ対話の維持をはかった。「そうか、そうだよね、外宇宙生物を捕獲して保護してる機関といえば、そこだもんな」
「うん、しかし最近では何かと問題が出てきています」モサヒーは『知っていること』を続々と開示し始めた。
「問題?」レイヴンは対話続行を必死ではかることもなく、自然なる疑問の念から問うた。
「うん、予算が削減されたんです」
「──予算が?」
「うん、外宇宙生物捕獲システムの属する政府機関に対しての」
「──つまり」
「うん、動物たちの世話が難しくなっています」
「──つまり」
「うん、ケアを放棄する所も数か所出て来ています」
「──」レイヴンは問うことを憚った。
「うん、逃亡する動物も若干いるようです」それでもモサヒーは答えた。『知っている』ことを。
つまり、彼の掴んだ『事実』を。
「──なんて、ことだ」レイヴンはやっとのことでそうコメントを返した。
「うん、それで今ギルド連中も地球にこぞってクルーを送り込んで来ています」
モサヒーがそう補足したことで、レイヴンははっと我に返った。
「そ、そうだ、そうなんだよモサヒー! 今度はぼくが掴んだ情報をぜひ聞いて欲しい」レイヴンは無意識に触手をぶんぶんと振った。「ギルドは、なんとうちのマルティコラスを捕まえて、一度遺伝子分解した後また再構成して、ここ地球のどこかに放り出したらしいんだ」
「うん、そうなんですね」モサヒーの反応は変わらず冷静だった。「うん、それはどこから得た情報ですか」
「動物たちだ」レイヴンは、さながら胸を張るように堂々と答えた。「地球の上に住んでいる動物たちに教えてもらったんだ」
「うん、レイヴン」モサヒーは改めて名を呼んだ。「うん、素晴らしい仕事をしていますね」
「ありがとう」レイヴンは少しくすぐったい思いをした。
「うん、なんでですか」モサヒーは訊ねた。
「え、いや、だってぼくはその、ほら、動物たちを保護するのが仕事で」レイヴンはもじもじしながら自分を語った。
「うん、いえ」モサヒーはそれに割り込んで消した。「うん、ギルドはなんでいったん捕まえたマルティを野に放ったんですか」
「あ」レイヴンは鼻っ柱を弾かれたようにびくりと身を竦ませた。「えーと、それは、つまり奴らは」触手を振り回す。「その、何故かぼくをおびき寄せて捕まえようとしているらしいんだ」
「うん、そうなんですか」モサヒーは特に驚愕した風でもなく冷静に答えた。「うん、国に報告しておきましょう」
「あ、ああ」国に、と聞いた瞬間、レイヴンの中に、それまで閉じ込められていた家族の姿の記憶が、甘いお菓子のように大量にばら撒かれた。




