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どうぶつたちのキャンプ  作者: 葵むらさき


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第21話

 フェネックギツネにマルティコラスの外見的特徴を説明した後、レイヴンは再び乾燥した大地の上を浮揚推進しはじめた。

 そうしながらも、出遭う動物たちに可能な限り声をかけてゆく。だが心躍るような情報が得られることはなかった。

 得られるのは、動物たち自身の近況や、彼らの思想や近い将来に向けての考察、そして大部分は、食物や結婚相手についての愚痴や文句だった。

「レイヴン」収容籠の中からコスが呼びかけてきた。「どこに向かうの? これから」

「ああ……うん」レイヴンは浮揚推進を止めることなく、しかしどこかぼんやりとした声で答える。「ひとまず、陸地を離れて海に出ようかな、と」

「海に?」

「でもマルティは海にはいないでしょ」コスだけでなくキオスも声を挙げる。いずれも驚いたような声だ。

「海かあ! やったあ」一人オリュクスだけが躍り上がりそうな声で叫んだ。「ぼくまだ海は見てないんだ」

「そりゃぼくたちもそうだけど」コスが続ける。「確かにマルティは海には行かないと思うよ。なんでまた」

「情報さ」レイヴンは相変わらずぼんやりとした声で答える。「フェネックさんが言ってただろ、海水を使って情報のやり取りをしているって。海棲動物に直接訊いてみようかと」

「ねえレイヴン、ぼく泳いでいい?」オリュクスが言葉尻を跳ねのけて訊ねる。「海に着いたら、ここから出してよ」

「泳げるのかよお前」コスが呆れたような声で言う。「海に行ったこともないのに」

「生まれたばっかりの頃、なんか泳いでたような気がするんだ、ぼく」オリュクスはひるまない。「前足で掻いて、後ろ足でもこう」

「ああ、確かに」レイヴンは懐かしい母星のことを思い出しながら──にも関わらずあまり愉しそうにでもなく──答えた。「オリュクスたちは巣を濃霧地帯に作るからね……生まれた仔は霧の中をびしょ濡れになりながら飛んで──つまり泳ぐようにして、母親の乳のところまで移動するんだ」

「でもね、オリュクス」キオスが少し声のトーンを低くして警告を送った。「地球の海には、獰猛な生き物もいるよ。サメとか、シャチとか」

「そうさ。お前なんか、あっという間に餌食になるよ」コスも溜息まじりに忠告する。

「大丈夫。走って逃げる」オリュクスは自信満々に答える。

「だから、どうやって走るんだよ、水の上を」

「無理だよ」

 収容籠の中が騒がしくなる中、湖の上を通りかかり、そこで水浴びをしている動物たちを見つけて降下しはじめた。

 そこにいたのはカバだった。全身水中に浸かっているもの、目と耳と鼻だけを水面上にのぞかせているもの、ごく浅い岸辺近くで歩き回るものなど、全部で何頭いるのだろうか──数十頭、もしかすると百に近い数が群れているのかも知れない。大群だ。それらが全員、そう深くもなさそうな水溜りの中でのんびりくつろいでいる。仔を背に載せた者もいる。

「こんにちは」レイヴンは声をかけた。

 ぱらぱらと数頭が頭を動かして上を向いた。水中からのぞいている目をちらりと多少上に向けた者もいたかも知れない。だがどの個体からも返答はなかった。

「あの」レイヴンはさらに下降し、話しかけた。「この辺に、何か珍しい生き物が通りかかったりしませんでしたか? いつもは見かけないような、見慣れない形の動物が」

 ばしゃばしゃばしゃ

 ざぶざぶざぶ

 カバたちの動きに合わせて水音が響く。だがどの個体からも返答はなかった。

「えーと」レイヴンはもう少し近づいた方がよいだろうかと判断し、下降しようとした。

「レイヴン、気をつけてね」キオスが素早く告げる。

「え」思わず下降を止める。

「うん、カバは狂暴だから」コスも同様に注意を促す。「ヌーやシマウマたちも、カバとはあんまり話が通じないって言ってたし」

「そ、そうか」レイヴンは少しずつ上昇を始めた。「まあ、あまり大した情報も持っていなさそうだし、まっすぐ海を目指そう」


「海?」


 その時突然、その水の中にいるすべてのカバたちが一斉にレイヴンを見たのだ。

「海だって?」

「海に行くって言った?」

「海か!」

「ほう、海ね」

「ああ、海」

 カバたちは一斉に、思い思いのコメントを返し始めた。だがそれは、レイヴンの知りたい事ではないようだった。

「あの、海に何か、あるんですか?」それでもレイヴンは、コミュニケーションの端緒を手放すまいと必死で発話した。「ぼくたちは仲間を探していて」

「水の中はいいよなあ」

「冷たくて気持ちいい」

「ああ、俺なんで陸上に残っちまったのかなあ」

 カバたちは引き続きそれぞれ思い思いに語り続けた。

「昔、ご先祖さまたちの中には海に戻って行った者もいたって、父さん言ってたけど」

「海だったら、飯食う時だけ水から出て歩いて行く必要もないのに」

「ああ、海」

「いいよなあ」

「あ、あの」レイヴンの声は今やすっかりカバたちの海称讃のそれにかき消されてしまっていた。「──」

「行こう、レイヴン」コスが言った。

「あ、ああ」レイヴンは気を取り直して浮揚推進を再会した。「さよう、なら」そっとカバたちに告げる。

「海で、私たちの親類に会ったらよろしく伝えてね」一頭の雌のカバが、初めてコミユニケーションを取りにきた。「お気をつけて」

「あ、はい」レイヴンは慌ててまた下を向いた。「ありがとう。お元気で」

 そうして湖を後にする。

「レイヴン」コスが訊ねる。「海にもカバがいるの? 親類って」

「いや」レイヴンは飛びながら答えた。「クジラのことだろう」

「クジラって、元は陸上に住んでたの? 海に戻ったとか言ってたけど」キオスも訊く。

「どうもそうらしいね。彼らの先祖は海から陸地に上がって来たけれど、クジラたちはその後再び海へと戻って行ったらしい。どうしてかはわからないけど」

「そのクジラたちが、海水を使って情報を送ってくれるのかな」コスが推測する。

「うん……多分ね」レイヴンは考えてから答える。

 しばらく皆は黙っていた。

「大丈夫なのかな」コスがそっと呟く。「ちゃんと、必要なことを報せてくれるんだろうか」

「クジラたちの方は『陸地にいればよかった』とか『どうして海に戻ってきたんだ』とか言ってたりして」オリュクスが笑いながら言う。

「いや、それは」レイヴンは飛びながら苦笑いする。「大丈夫だよ、きっと」

「『ああ、陸地』」オリュクスはなおもそんなことを言う。

 一行はともかくも海を目指して進んだ。

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