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どうぶつたちのキャンプ  作者: 葵むらさき


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第16話

「ん」オリュクスは走りながら、一瞬上を見上げた。

「オリュクス! ここだ、ぼくだよレイヴンだ!」レイヴンは叫んだ。

 だがオリュクスはすぐに前を向き、そのまま走り抜けた。立ち止まりもせず、それどころか一ミリパーセクたりとも速度を落としすらせず。

「オリュクス?」レイヴンは愕然としながらその動物の背を追視した。「待つんだ、君!」

 オリュクスの背はみるみる小さくなってゆく。

「オリュクス!」レイヴンはもう一度叫び、そしてようやく今どのような状況であり自分は何をするべきであるのかについて気づきを得た。

 オリュクスを、追いかけなければ。

 オリュクスは、立ち止まらなかったんだ。

 全速力で浮揚推進を開始する。

 だけど、何故彼は立ち止まらなかったんだ?

 ぼくがここにいることがわからなかったのか?

 けれど彼はぼくの呼びかけに反応し、上を見上げてきた。

 彼の生物反応感知帯に、ぼくの存在は検知されたはずだ。ぼくの声は聞こえ、ぼくの姿も見えたに違いない。

 なのに、何故彼は立ち止まらなかったんだ!

「オリュクス──!」叫びながらレイヴンは浮揚推進を続けた。

 やがてアードウルフが最初に走るのをやめ、オリュクスはけらけらと笑いながらその横を走り抜けた。

 次にツチブタが走るのをやめ、同じくオリュクスはけらけらと笑いながらその横を走り抜けた。

 そして最後にイボイノシシが──すでにがなる力も残っていないようだった──立ち止まったかと思うと地に倒れ伏し、オリュクスはその横を走り抜けたがその時だけ笑っていなかった。

 オリュクスは、ついにそこで立ち止まったのだ。

 レイヴンは遥か後方からそれを確認し、彼自身もきりもみ状態となって地上に落下しそうだったが歯を食いしばって飛び続け、ついに追いついた。オリュクスに。

 オリュクスは、世にもつまらなそうな顔をしてたたずんでいた。

「オリュクス!」レイヴンは最後の力を振り絞って呼んだ。「さあ、一緒に帰ろう。コスも、キオスもここにいるよ」収容籠を前面に押し出し、オリュクスにこれからするべきことを示す。「さあ、この光を見て──」

「いやだよ」オリュクスは言った。

「そう、いやだとも。こんな光──えっ?」レイヴンは何を言われたのか一瞬わからなかったが、見るとオリュクスは首を振りながら後ずさりしていた。「オリュクス?」

「ぼく、走っていけるよ」オリュクスは誇らしげに姿勢を正して言った。「走って帰る」

「いや、君」レイヴンは相変わらず何を言われているのかよくわからなかったが、差し向きオリュクスの希望に沿うことは不可能だということを伝えなければならなかった。「帰るっていうのは、どこかその辺の穴倉とか草陰とか木の洞とかにではなくて、ぼくらの故郷、星に帰るんだ。宇宙を渡っていくんだよ、この地球から出て」

「うん」オリュクスは素直に頷く。「ぼく、走って宇宙を渡っていく」

「できるわけないじゃん」コスが収容籠の中から叫んだかと思うと大笑いしはじめた。「馬鹿だな」

「できるさ。ぼくは君とは違う」オリュクスは一ミリたりとも臆さない。

「無理だよ、実際のところ」キオスも困ったように説得しようとする。「遺伝子分解してもらって、収容籠に入りなよ。早く帰ろう」

「遺伝子分解したら、走れる? その中で」オリュクスは疑り深げに目を細めて訊く。

「それは」レイヴンは咳払いした。「できない」

「じゃあいやだ」

「少しの間だけだ。すぐに星に着くから。すぐにまた、故郷の星で思い切り走れるさ」

「ほら、レイヴンを困らせるなよ」コスが溜息をつく。

「そう、レイヴンは地球から早く出たいんだよ」キオスも言う。

「あ」レイヴンは思わず肩をすくめた。「いや、そんなことは、その」

「ふうん」オリュクスはその時はじめて、自分を迎えに来た小さな生命体のことに興味を示した。「レイヴンは、地球が嫌いなのか」

「いや、君、そんな、それはぼくはその」レイヴンは慌てふためいた。

「わかったよ」しかしそれは意外な効果をもたらしたのだ。「少しの間だけ、走るのを我慢するよ。早く帰ろう」

「え」レイヴンはきょとんとしたが、オリュクスは自分からさっさと光を浴び、収納機構に身を任せ、籠の中に吸い込まれていった。

 突然のように、静けさが訪れた。

「──ああ」

 レイヴンはやっとのことで状況を理解し、ほう、と息をついて、上空へ昇り始めた。

 ──帰ろう。うん。

 三頭の動物たちは無事、レイヴンにより発見された。後は元来た道を逆に辿り、殻に任せて帰路に着くのみだ。

 さよなら、地球。

 今回は、なんだかあっという間だったな。レイヴンはそんな風に思う。それに、前来た時よりもずっと楽に仕事ができたし、拍子抜けするほどスムーズに事が運んだ。

 人間に出会うこともなく。ああ、なんてラッキーだったことだろう!

 早く帰ろう。子どもたちは元気でいるだろうか。もちろんそうだ。パートナーのラサエルにはまず感謝と、無限の愛を込めて抱きしめ、今回の土産話をたっぷり聞かせてあげよう。驚くかも知れないな、地球へ行ったはずのぼくがこんなに無傷で──多少疲れてはいるが──特別療養を必要としない状態のままでいるなんて!

 さあ、もうすぐ対流圏を抜ける──


「レイヴン」


 誰かが呼んだ。

「え?」レイヴンは収容籠を見た。


「レイヴン、助けて」


 まただ。

「──」レイヴンは収容籠を見ていた視線を、恐る恐る声の聞こえてきた方に向けた。

 彼の隣、収容籠のある方とは逆側に。

「助けて、レイヴン。ぼくはまだここにいるよ」

 そしてそこには何者もいない。

「ぼくだけじゃない。マルティ、マルティコラスもいる。他にもまだいると思う」

「──誰だい?」レイヴンはひとまず上昇するのを止め、かすれた声でそう訊くしかなかった。

「探しに来てよ、レイヴン」声は質問に答えず、そう繰り返すのみだ。

「誰なんだ? どこにいる?」レイヴンはぐるりと周囲を見渡した。

 誰もいない。

 そしてそれきり、声は聞こえなくなった。

 呼びかけても返事はない。

「どうするの? レイヴン」コスが訊ねる。「地球に来たのは、ぼくたちだけじゃなかったってこと?」

「──ぼくには何の情報も与えられていないけどなあ」レイヴンは困惑した。「しかし……」

「マルティコラスもいるって言ってたよね」キオスが確認する。「探しに行くの?」

「けど、どこへ?」レイヴンはさらなる困惑を覚えた。「一体何者なんだ──誰の声だったか、わかるかい?」動物たちに訊く。

「いや」

「わからない」

「悪い奴なのかな」それぞれが答えたり意見を述べたりする。

「悪い奴って」

「どうして」

「わかんないけど」

「レイヴンをだまそうとしてるってこと?」

「ええっ、ひどいよ」

「帰らせないようにしようとしてるんじゃないの」

「でもマルティもいるっていうのが本当ならどうする?」

「そうだよ、マルティがいるなら一緒に帰らなきゃ」

「ううん……」どうするべきか。レイヴンは想い悩むあまり、きりもみ状態になって遥か彼方の地上まで落下しそうだった。「マルティコラス、か……」

 その動物の名は、今回の任務の中には含まれていないものだった。

 しかし今、臨機応変に立ち回る能力を、レイヴンは問われているのかも知れなかった。

 あるいは、ガセ情報をそれと見抜き無視して本来の任務完遂のみに徹する不動の精神力を、かも知れない。

 どっちにする──?

 どっちにすればいいのか判断つきかねる内にも、レイヴンは再び地球の大地へ向かい降下していた。それが自分の、どういう類いの能力による行動であるのかすらわからぬままに。

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