表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
58/64

7-13.崩落


 ネイメアは荒い呼吸を繰り返しながら、女帝の私室を後にした。


 能力の連続使用――長時間闇に溶け何度も瞬間移動を繰り返したことの弊害か、割れるような頭痛が彼を襲っていた。

 胸がひゅっと浮く感覚に悶え、胸の辺りを握りしめる。


 まだ、あの感覚が手に残っている。

 人の首を裂く時の、太い血管を断つぷちりとした手応え。何度やっても慣れることはない。


 白い、白い指先が震えている。


 喉奥からこみ上げるものを飲み込んだ。



 扉の隙間から身を滑り出す。すぐテュオの姿が目に入った。


「――これから帝都の地盤が崩壊する」


 ティアラをテュオに向かって投げ渡す。


「混乱に乗じて引き上げるぞ……持ってろ」

「まっマジぃ……?てか大丈夫?顔色……やばいよ」


 さっと顔を逸らした。



 テュオに連れられ、宮殿を通って地下水道へ向かう。

 たかが光源が落ちたくらいで、と避難を急がなかった貴族たちが、血相を変えて兵士を怒鳴りつける様子が見てとれた。

 出口は押し寄せた人々の群れが固めているだろう。



 地下水道で、クオリアが待っていた。

 腕を組んで、うろうろと辺りを歩き回っていたのが、二人の姿を見た瞬間、ぱっと明るい表情を浮かべる。


「遅いわよ!」


 クオリアはネイメアの白い顔に、はっとした。

 背を丸め、今にも倒れ込みそうな姿に。触れようとして、やめた。


「なによ、アンタ……疲れちゃって」

「……」

「ねえ!どうだった?あの女の死に顔!」

「黙ってろ!」


 彼の血走った紫色の瞳に、クオリアは「……なんなのよ!!」と悪態をついた。


 「あたしの、あたしのおかげで……」――ぶつぶつ呟きながらも、確保しておいた脱出経路へと二人を連れていく。



 地下水道の奥から、地鳴りのような音が響き始めていた。

 女帝が死に、水の魔法が解けた今、天へと昇っていたはずの水が、本来の居場所である地底へとなだれこんでいる。


 すでに薄く水が張った地下の先。

 クオリアが目線で示すそこには、激流と化した滝があった。


 荒れ狂う濁流に乗って、湖へ。滝から落ちて、運河へ出る。

 うまくいけば、河を伝って遠く南へ逃げられる。


「死にはしないわ、ビビって水を飲むんじゃないわよ」

「……」

「聞いてんの、ネイメア!」

「クオリア様ぁ、生身でいけるもんですかね!?」


 テュオの最もな指摘に、クオリアは強がった。


「死には、しないわよ……!」

「お前、ニケラスはどうした?」


 不意のネイメアの追及に、口篭る。


「……あいつは先に逃げたわよ!」

「どこから?」

「……?そ、それは……」


 クオリアは目を泳がせた。

 自分を見捨てて去った男の行方など、もはや意識の外にあった。どうしたかなど知るはずもない。


「元来た道を戻りましょうよ!きっと彼もそうしたはずですよ」

「で、でも地下道への扉はこっちからじゃ開けられないって……!」

「見た目はね!?ちゃんと仕掛けがあるに決まってるじゃないですか!」


 クオリアはニケラスの嘘に気づいて、カッと血が上るのが自分でも分かった。


「お前、殺されなくて良かったな」

「え……」

「今頃、死体になって水路に浮かんでいたかもしれないぜ」


 押し黙る。

 返答によっては、殺すつもりだったのだろうか……そう思って。


 水路に浮かぶ自分の姿を想起した。殺めて水路に捨てた、少女の死体と重なった。




 しかしその後、出口は容易に見つけることができた。



(なんなのよ――どいつもこいつも、訳が、分からないわ)



 岩壁はほんの少し空いていた。




 *




 逃げろと言っているのに、そうしてくれない。むしろ、賢者から向けられる殺意は増している。


 アルバはねじ伏せたハクアを見下ろした。


『殺してしまおう 賢者を! 殺されそうになったら 殺してもいいんだよ ね!!』


 ネイメアが言っていたことだ。アルバはぎゅっと唇を噛み締めた。


「ボクはしない」


 今度は殺さない。殺させない。

 それが正しいかなんて分からない。ここで殺しておいた方がいいのかもしれない。


 でもしない――アルバはハクアが内側で煮立たす高揚を抑えこんだ。

 あの時のように、この衝動に身を任せれば、ずっと気が楽だろうが。


『どうして?』

「しつこいな。なんでも何もないんだよ」


 アルバはふと、子供を宥めるような気持ちになった。


(――子どもだ。ハクアは子どもなんだ)


 無邪気で、悪辣で、わがままが通らずぐずっているだけの。



 ビシ、と頭上で嫌な音がした。


 天井に大きな亀裂が走る。岩塊が落ちてくる。


「――!?」


 賢者との間に、崩れた岩が積み上がった。


 岩を挟んで、一瞬彼と目が合う。

 アルバが身構える前に、彼はすぐ目を逸らした。


 賢者が天井を見上げる。何かに気づいたように肩を跳ねさせる。


 そして――弾かれたように踵を返した。

 最後に一度、恨めしげにアルバを睨んで。



 その間にも、どんどん天井に亀裂が入る。

 アルバは後ろへ下がる。


(賢者が逃げた……!)


 崩落から逃げ出した。アルバは駆けながら、ほっとした。


 呼応するかのように、白く変貌した姿が解かれる。全身に逆立つような激情も、しだいに緩んでいった。



(良かった……殺さなくて済んだ)



 距離を取ったあたりで膝に両手をつき、荒い息を整える。

 ぐし、と顔を腕で拭い、アルバは前を向いた。


 地下が崩落しつつある。

 巻き込まれる前に外へ逃げなくては。


「クロ兄を探さなきゃ」


 地下牢獄らしきものは見当たらなかった。では彼はどこに?


『近道がある。そっちを行けば、カラザに入れる』


 先の賢者の言葉がよぎった。


「カラザ……」


 女帝のおわす宮殿。そこにネイメアがいるかもしれない。

 都合のいい一筋の望みに賭け、続く道へと足を踏み出した。



 *



 クロエドはふらつく足取りで、表へ出た。


 天井を支えていた蔦が切れて、垂れる。土砂が崩れ落ちた。

 小さな滝はいびつに分たれ、至る所に注がれて水飛沫をあげる。


 クロエドは今まさに崩れ落ちる土砂をぼんやり眺めた。その下には、ちょうど卵がある。


 それに気づいて、反射的に体が動くが。


 一歩足を踏み出したところで止まってしまった。



 ――土砂が卵を潰す。

 殻が弾ける直前、わあ、と声が聞こえた。さほど怖がってはいない、土砂の影がかかったことを不思議に思っての感嘆の声だった。



 次の瞬間、悲痛なうめき声が上がった。

 温めていた卵が潰れたことに泣く、巨鳥の鳴き声だ。

 目の端から大粒の水滴が落ちて、低く、鳴いた。



 クロエドはひりつく思いで、それをただ見ていた。



(ああ、俺は、俺は――)



 あたりが崩落するのを、何もせず立ちすくむ。



(俺は何をしているんだろう……)



 たまらず膝が折れた。



「――クロ兄!」



 背後に、肩で息をするアルバがいた。

 強引に手を引いてくる。


「逃げよう!!」


 放っておいてほしい。そう口にすることもできず、ただうなだれた。

 焦るアルバはなおも腕を引くが、仕方ない、体が動かないのだ。


「助けに来たんだよ」

「……」

「ここに残りたいの?ねえ、こっちを見て!!」


 何も、何もする気が起きない。


 痺れを切らしたのか、アルバが腕を引く力を緩めた。


「全然目が合わないね、ボクたち」

「……」

「何を考えてるの?いつも、ちっとも分からないよ。一緒にいたのに、お互いのこと何にも知らないね」


 皮肉めいた口調に瞼を閉じかける――



 その時、がっと腕に強い力が走った。強く握られた。



「死にたいの?でも、ごめん。ボクは助ける。ボクのエゴで、クロ兄を助ける」



 クロエドは初めて、アルバの顔を正面から見上げた。



「――生きていて欲しいんだ。黒竜の記憶を見たからってだけじゃない。ボクが、君のことをもっと知りたいから」



 明らかに前とは違う顔つきをしていた。以前のような空虚はない。


 ひかれる力強さに、つられて、膝が浮いた。






 地下水道へと逆戻りする。

 カラザ宮の出口を探す暇はないし、何より竜族の姿をさらしているクロエドを宮殿に連れて行くわけにはいかない。


 下水道の激流を見下ろした。

 崩落が進み、下水道の形が変わっている。激流の先は、排水溝の一つにつながっていた。


 どこに出るかも分からない。

 アルバは一瞬息を呑むが、隣のクロエドに怯えを気付かれてはいけないと思って、強がって言った。


「大丈夫」


 ふとネイメアの声と重なった。嘘でも、そう口にすることに意味があるのだと思えた。



 激流に飛び込む。


 排水溝を抜ける。長く、長く息を止めた。水流が体を殴りつける。



 それがふっと和らいだ。何かに覆われる気配がした。


 目を開くと、水の向こうで緑色の瞳がゆらぐのが見えた。クロエドが彼を庇うように抱き抱えているのだった。



 なぜだか、たまらなくて、泣きそうだ。



 排水溝の先は宮殿の側面に位置する断崖のような場所だった。

 穴が立ち並ぶ、その一つから宙に放り出される。



 高い場所だった。

 明け方の一番寒い時間帯だった。冷たい風が頰に触れて、冷たい水が体を固まらせた。


 月が見える。

 薄く、白む空に溶け込んでいく月が。


 下には、湖が広がっている。広く深い湖。

 死にはしないだろうが、きっとひどく寒いだろう。


 目を閉じて、叩きつけられる衝撃に備える。




 その時、ふわりと体が浮き上がった。


 重力の重みがぐんと全身にかかる。



「――!」



 一匹の黒竜が、彼を抱えて湖上を飛んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ