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アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
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7-10.試し

 

 宮殿どころか、帝都中の魔法による照明も落ちた。

 しかし、街灯が全て消えても、水辺に浮かぶランタンや宮殿の魔力供給に頼らない原始的な灯りは残っていた。


 帝都の人々は、照明が消えたことを疑問に思いながら、宮殿を眺めた。

 光を絶やしたことのない不夜城が、真っ黒に塗りつぶされていた。



 ひるがえって宮殿は、混乱に陥っていた。

 一面の闇。機能停止した魔法道具。あちこちから混乱の声や悲鳴が上がる。


「――何事だ!?」


 ラディシャは暗闇に、五感を研ぎ澄ませた。


 隣で一粒あかりがおこる。

 守護獣が指先に火を灯していた。


「トカゲ!」


 不安げに、こくりと頷く白竜。ラディシャは椅子から立ち上がった。


「行くぞ」

「どこへ行かれる?」


 口を出したのは皇配だった。


 彼の横で、上級貴族の男が騒いでいた。


「な、なんなんだよォ!?おい、もっとあかりつけろ!」

「どうやら光源が落とされたようですね」


 黒婦人が静かにオイルライターを点火した。


「先生。地下の光源も破壊されたと見るが、いかがか」

「間違いないでしょう。確かめに行くというのですか?」

「無駄だ。私は疾く陛下のもとへ」


 ラディシャはトカゲを連れ、部屋の出口へ向かう。


「賢明とは言えませんな」


 皇配の冷徹な声が彼女の背中を打った。


「皇帝の器とは何たるか、今一度問うべきか」

「そ、そうだ!賊が入り込んでるってことだよな!?皇女殿下、あんたこの混乱を放置して自分だけ安全なところへ逃げるってのかよ!?」

「そうではない!」

「あなたが何をおっしゃろうが、そう見えるというだけで負けというもの。これも天命、資質を示すがよろしかろう」

「……!」

「お逃げなさるか。帝冠が泣きましょうな」


 ラディシャは皇配の言動に、拳を握りしめた。


「父上、期待に応えた暁には私をお認めになるか」

「――【私の票を約束しよう】」


 言霊だ。皇配が言葉に魔力を乗せた。それは、真実を表す意味合いだった。


「なッ……!?皇配殿下ァ!」


 上級貴族がわなわなと震える横で、ラディシャは片手をあげ、守護獣に命令する。


「トカゲ!貴様はカラザへ――」

「おやめなさい。鎖の伸びた獣に、何の信用がありましょう。新たな混乱を生むだけ」


 黒婦人がささやかに言う。細身の煙草(パイプ)に火をつけた。細長く煙があがる。


「試しは始まっています。それとも、わたくしども五貴族の忠告を無碍になさいますか。皇女殿下」


(あいもかわらず舌ばかりよく回るわ……!)


 ラディシャは机を拳で叩きつけた。


「先生も私に票を投じるというのならば話は別だがな……!?」

「投じましょうとも。わたくしは元より、陛下よりあなたを推していました。諫言を容れる器を証明できるのであれば、の話ですが」

「言霊をもって誓えるか」

「【五貴族の票を約束します】」

「く、黒婦人までェ……!!」


 ざわ、と部屋の中が騒ぎ立つ。


 守護獣が「ラディシャ様……」と小さく鳴いた。

 口々に紡がれる言葉の束が、ラディシャの肩に重くのしかかる。


 暗闇の中、黒婦人がパイプを煙を吐き出す。ほのあかりに照らされた彼女の瞳は、まるで獲物を値踏みする獣じみた気配があった。

 彼女だけではない、この空間に浮かぶすべての瞳が、そんな圧を放っている。


 ラディシャは腕を振り上げた。


「――待機!!」


 一片の迷いもない命令を白竜に下し、部屋を飛び出した。


 混乱に陥った会場の中、人の海の隙間を縫って進む。


(母上――いや、警備は万全。賊にカラザの兵士を突破できるとは思わん。たとえ母上の私室に迫ったとて同じこと。女ひとり返り討ちにできぬ母ではあるまい)


 壇上に飛び乗り、ラディシャは高官が持っていたランタンをむしりとった。


 すう、と大きく息を吸いこみ、肺に力を込める。


「――鎮まれ!!」


 透き通った声が響く。壇上にホール中が注目した。混乱する貴族たちが、鋭い雷鳴に打ち付けられたように硬直する。


「私は帝国が第一皇女――」


 名乗りを上げながら、思う。


(それに……()()が向かうだろう)



「――ラディシャ・オーディッド。帝国の日暈である」


 顔の横に掲げたランタンの火種が、ばちりと爆ぜる。次の瞬間、そこから光が溢れ出した。


 まるでとろみのある水のように、ホールの水路に滴り落ちる。

 魔力を宿した光の雫は水流に乗って広がり、水路を淡く満たしていく。


 足元に広がる彼女の光の魔法が、居並ぶ者たちを支えた。

 ランタンの光に照らされた堂々たる風貌。壇上を見上げた人々は、眩むような錯覚に息を呑むしかなかった。



 *



 ラギネイアスは宝物庫の中を確かめた。

 ()()()()――三つの神器や歴史的な価値ある宝物のことを指しているかもしれないと考えたからだ。


 埃ひとつない金色の空間。眩しい照明が宝物の金属に反射している。


 ラギネイアスは神器の台座を確かめた。


 巨大な本に、削り出しの魔石、そして冠。


「――ない」


 ラギネイアスは空の台座に目を見開いた。三つのうちひとつだけ――冠がない。


「盗まれた……?」


 ラギネイアスが呟くと、


「ありえません!」


 星見が珍しく声を張り上げる。


「だって、なぜ帝冠だけを?ほかの神器はここにあるのに、宝物だって手をつけずに、なぜ!?それに、こんなに早く……」


 ラギネイアスは宝物庫の中をさりげなく見回した。


 確かに、誰が入ったとも思えない。入り口は厳重に封鎖されていて、門番も健在だった。鍵は魔術的なもので、あらかじめ定めた魔力を鍵として開く。


 まるで、帝冠そのものが最初から存在しなかったかのようだ。


 星見は取り乱したことを自覚したのか、ハッとして目を泳がせた。それから、取り繕うようにか声をひそめて話し出す。


「殿下……告白申し上げます。箱庭に新たな素体が運び込まれたこと、陛下は大層お喜びになったのです」

「素体……?」


 星見は自身の杖を両手で握りしめた。


「竜族の……生き残りです。つい先日、捕縛したのです。おそらく知らずして、滅んだ故郷に帰ってきたところだったのでしょう……よほどショックを受けたのか、さほど暴れなかったもので」


 咎められるのを恐れているのか、やや杖が震えている。身長を超えるほどの杖の先、綿密な装飾が揺れていた。


「しかし、生き残りが一人とは限りません。もしこれが、何らかの陰謀だとして……竜族の残党が関わっているとは思えませんか?」

「その捕まったやつを助けにくるってことかよ……?」

「十分ありえるかと。……申し訳ありません、早くお伝えするべきでした。カラザの秘め事に殿下を煩わせるのが、忍びなくて」

「んなことは……どうだっていい」


 強がりだった。

 カラザの秘め事――女帝の箱庭で繰り広げられる不穏な何か。

 きっと自分は知らなくとも、姉は知っているのだろう。


「地下水道へ行きましょう。もし、人目を避けて宮殿に侵入するなら……あそこ以外に道はありません」


 突如、バツッと不吉な音が立つ。あたり一面暗闇に覆われた。


「復旧しない……地下の方もやられたか」


 星見は杖の先に火を灯した。


「急ぎましょう、殿下」

「どうなってやがんだよ……クソ……」



 *



 クオリアは、テュオが階段を上がるのを階下から見送った。

 つい先ほどネイメアから、カラザ宮の入り口の座標が伝えられたのだ。急げ、との命令つきで。


「クオリア様は行かないんですか?」

「あたしは地下で待つ。万が一のために脱出経路を確保しとくわ」

「ん?……あー、なるほど?それじゃ、気をつけてください」


 憲兵に変装していたテュオは階段を駆け上がっていった。

 地下水道から宮殿へ潜りこむ。つゆ払いと援護のため、ネイメアのいるカラザ宮へ急ぐ。


(知ってんのよ、連続で使える魔法じゃないって……ネイメア、泣いて感謝しなさいよ。このあたしが、アンタを生かして逃してあげる)


 そばの男が、胸に手を当てる気配。


「王女様、手伝います」

「……そういえば、アンタいたわね」


 クオリアはニケラスと二人きりになったことに、辟易した。




 地下水道に待機するクオリアは、二人の逃げ道を確保するべく辺りを探索した。

 暗闇に怯えた兵士たちはすでに地上へ引き上げたようだ。拍子抜けだ、と鼻で笑った。


 水路の水に手を浸し、流れを確認する。


「知ってる?光源はあくまで魔力供給装置。水に乗せて魔力を届ける。流れそのものには関係ないのよ」

「この水は、女帝の魔法と聞きました。本当にそんなことが可能なのでしょうか」

「できるわ。だから、あたしたちの国は滅んだ」


 水流を遡るように進む。


 滝があった。滝、とはいえ水流は逆だ。

 滝壺の方から、クオリアのいる高所へと水が上って流れていた。


「この水路を辿れば、湖に出るでしょうね。ま、沢下りはごめんだけど。で、ニケラス。アンタが通ってきた岩扉はどこよ?」

「王女様。岩扉のバルブは地下道側にしかありません」

「……なに?」

「入ることはできても、出られません。俺はてっきり宮殿に入るものと思っていて……」 


 ニケラスが半ばためらいがちに言うのに、声を荒げる。


「なッ……なんで言わないのよ!?テュオ、あいつも!」

「さあ……彼のことは分からない。だけど、俺は貴女と話したかったから」


 ニケラスに見据えられ、クオリアはほんの少しひるんだ。腕を組んで距離を取った。


「フン……尋問ってわけ?いい度胸してるわね、少し強くなったからって調子乗ってんじゃないわよ!!黒剣も使えない愚図のくせに」

「それは貴女も同じじゃないですか」

「あたしとアンタを一緒にしないで!あたしは王族なのよ!!」

「でも、ヴォルフレドだ」


 ニケラスは仮面を外した。

 焼けた目周りの痛々しさに、クオリアが目を背けることはなかった。


「単刀直入に言います。貴女に、死霊団を託したい」

「は……?」

「あの日、貴女が現れて……」


 クオリアの困惑に構うことなく、話を続ける。

 クオリアは苛立って、自身の二の腕を握り込んだ。


「引き連れた難民を助けたいと言った。

 俺は嬉しかった。貴女が、民の指導者に相応しく、立派に成長したと思った。

 まさか、密行させるなんて大胆なことを言い出すとは思いませんでしたが……」


 峠の隠れ家に潜む彼らに、近づいたのはクオリアの方だ。

 交渉を持ちかけた。騙すために。


「それも彼らを遠くへ逃し、新しい人生を与えるためでした。貴女は王家の役目を果たそうと――」

「黙りなさいよ。アンタ、あたしを評価するの?たかがヴォルフレドの末席が、直系のあたしを?わきまえなさいよ。殺すわよ……」


 額に浮かぶ青筋。屈辱に、腑が煮え繰り返る思いだった。


「アンタ、昔からハッキリ言われなきゃ分かんない子だったわよね。

 教えてあげる。どうして、アンタたち別働隊の動きがラーチスに読まれていたと思う?」

「……!」

「あたしが!バラしたからよ!なぜかって!?死んで欲しかったの、アンタたちに!」

「……どうして、ですか」


 なぜ、と責めたいのを押し込めた問いかけ。クオリアは嘲笑で応えた。


「あの夜死に損ねたから、機会を作ってあげようって、慈悲よ!何が復讐よ、あの峠に辿り着くまで何年かかった!?越えようと決意するまでは!?

 あたしが来るまで、十年何もしなかったくせに!復讐ごっこでも、何かやった風に思えちゃうんだから不思議よね……!」

「ッどうしてもっと早く来てくれなかったんですか!?……」


 ニケラスが前のめりになって、縋るように言った。


「生きてるって知ってたら、貴女を守ったのに」

「無理よ。誰もあたしを守れない」


 仕舞い込んだはずのひややかな本心を、引き出される。


「アンタら全員、ただの愚図じゃない!!あの夜、国と一緒に死ねばよかったのにッ!あの峠で死ぬはずだったくせにッ……死に時逃した亡霊風情が、のうのうと講釈たれんじゃないわよ!!」


 ニケラスが傷ついたのを表情から察するが、それが余計に勢いづかせた。


「あたしがどんな思いで生き延びてきたと思ってんのよ!?あたしはッ……!魔女に……ッ!」



 クオリアの脳裏に昔の記憶がよぎった。


 その人は、彼女の手に触れて言った。指を絡めて、悲しそうに微笑む。



『――魔女になっても、友達だよ』



「……ッ……!」


 クオリアの瞳は潤んでいた。込み上げる喉の痛み。口の端が勝手に開こうとするのを、全身に力を入れて耐えた。


「王女様……」


「その目やめなさいよ!!なんでみんな、いつもそんな目で見るの!?あたしを、あたしを責めないでよ――!」



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