7-7.交差する視線
アルバはホールに入ってまず、美味しそうな料理に釘付けになった。
煌びやかなシャンデリアの下、食事が光り輝いているように見えた。テーブルに広がる贅を尽くした料理の数々。匂いが空腹を刺激した。
「――皆様、ようこそ歓迎いたします」
壇上に、女性の姿があった。
「わたくしは星見の賢者と呼ばれる者。名をバルバラ、と申しますが……今はただ''星見''とそう覚えてくだされば幸いです」
(早速見つけた!……星見の賢者!)
透けた顔布を垂らし、長いひらひらとした衣装を身につけている。踊り子のような装いだが、肌は全て薄布に覆われており、不思議と上品な印象を与える。
「この会を執り行わせていただきます。なに、しがない占い師にすぎません。どうか、肩の力を抜いて。楽しくお話いたしましょう」
淡い青緑の髪色に、銀色の装飾のついたベールが被さる。
瞳は静けさのある赤い色だ。ちょうど、星見と目が合う。
アルバはなぜか、虹彩に見覚えがある気がした。目を細めて微笑まれ、釣られて薄ら笑いを浮かべた。
参加者が星見に群がる。星見は占いをしてみせているようだ。
「星の導きを読み解くのがわたくしの役目――」
アルバは料理を口に運びながら、さりげなく周囲を見回した。
鏡張りの壁に、わずかな給仕人と、壇上の数人の官吏が映り込んでいる。兵士が会場の外周を取り囲むように直立していた。
(なんか、視線を感じるな……でも賢者様はいない、よね)
主役とも言うべき神杖の賢者が現れない。一人ずつ別室に連れて行かれているのかとも思うが、そのようなそぶりもない。
やがて会場の明かりが一段階落ち、音楽が響き出した。
(一体……これからなにをするんだろう)
その時、星見が会場を抜け出すのが見えた。そそくさと足早に壇上を横切るのに、参加者や警備兵の注意が彼女に集まる。
アルバは不可解に思いつつも、注意を引くべき相手を見失うのはまずい、そう思った瞬間にはもう足が動いていた。
彼女の動きに便乗して、参加者の集団を抜け出し、兵士の死角を掻い潜る。
(結構、こういうのは得意なんだよね……)
ホールの外、星見は人目を避けた廊下の影で足を止めた。
顔布をわずかに調整する。それから目元に手をやった。
それはまるで、眼鏡の位置を直すような仕草だった。アルバはなんとなく、ゴーグルの位置を調整するセイカの姿を思い出した。
「どうしてだろう……」
アルバは巡回兵の気配に、咄嗟に身を隠した。
*
ラギネイアスは夜会会場から選定会を眺めた。
半透鏡の向こう、参加者の様子を伺う。周りの貴族は、ねぶるように鏡の向こうを眺めていた。
(なにも感じない)
そろそろ自分も行かなくてはいけないが、憂鬱な気分だ。
お前は違う――そうはっきり否定してがっかりした顔をされるのも、ちゃんと見ろと半ば怒鳴られるのもうんざりだ。
『本当に判断がつくのか』『自信があるのか』と責められたことも一度や二度ではない。
『どうやって見分けるのか』と聞かれたことも。
ラギネイアスは手の中の神杖に視線を落とした。
双頭の鳥頭の意匠を持つステッキ。杖先の金の鉤爪が、光を反射して照る。
何一つ、反応はない。
(そんなん、オレが知りてぇよ……)
「殿下……」
声をかけてきたのは、今し方会場を抜け出してきた星見だ。ラギネイアスは神杖を懐に仕舞った。
「言われなくても今行くから、急かすんじゃ……」
「違います、殿下」
星見がいつになく真剣な眼差しを向けてくる。ラギネイアスに耳打ちした。
「凶兆です。星の導きで――危険が迫っていると」
「は……危険って、なんだよ?」
「そこまでは……奪われる、とだけ」
星見が首を振るのに、ラギネイアスは「そんなわけ……」と漏らした。
何が奪われるのか――命という単語が脳裏を掠めた。
「オレじゃなくて、別の誰かに……」
「でも、殿下。あなたと陛下しか、私の占いを信じてはくれませんもの……」
*
選定会の会場に隣接するホールから、星見が出てきた。
金髪の青年を連れている。会場とは逆方向へと足早に向かうのがわかった。
「げ……!どこ行くんだ」
巡回の目を掻い潜るのもほとんど運だ。
立ち止まっても危険だが、常に死角の場所などない。流動的な動きに合わせて物陰に隠れるのに、神経をすり減らす。
(追うなんて無理……わっ!?)
首根っこを掴まれ、そばの部屋に引き摺り込まれる。ついに見つかったか、と息を止めた。
「――待たせたな」
「ネイメア……!」
ネイメアは人差し指を口元に立てた。
扉を隔てた向こうで、兵士がすれ違う気配がした。
「ネイメア〜!って……なにその格好?」
薄暗さに目が慣れると、彼の姿がよくわかる。
「似合うだろ」
「なんで女装……?」
裾が大きく広がったドレスだ。見てはいけないものを見てしまった気がして、アルバはたじろいだ。
ネイメアが「なんでってそりゃ……」と言いかけるのに、まくしたてる。
「や〜っそれどころじゃない!やばいんだよ!」
「早速かよ」
「だって!星見がどっかに行っちゃったんだよ!」
アルバは星見が青年を連れて、どこかへ向かったことを話した。ネイメアが神妙な面持ちで考え込む。
それから、「ちょっと」と言って部屋の隅に寄った。何かを呟いている。小声でよく聞き取れない。
「情報を伏せるのか?――いい加減にしろよ、勝手なことばかりしやがって……」
怒っていることはわかる。
やがて、ネイメアはアルバのもとに戻り、ふうとため息をついた。
「大丈夫そう?」
「全然。どいつもこいつもだわ」
「ごめんね……」
「いや、悪い。切り替える」
ネイメアがピシャッと頬を叩く。ベージュ色の白粉が飛びちった。
「よし、作戦を修正する。アルバ、お前に新しい仕事を頼みたい。予備光源を落とすんだ」
「予備……?」
「帝都中の照明、魔法道具の魔力を担う装置がある。そこの源を切るんだ。オレが主光源を落としても、予備が働く仕組みになってる。一瞬光は落ちるが、すぐ切り替わるんでまずいんだよ」
「予備なんてあったんだ……」
「アルバ、お前がオレより先に予備を落とすんだ」
アルバは先に、と聞いて身構えた。
「ぎゃ、逆じゃだめ?なんだよね?」
「予備光源は宮殿の地下、地下水道にある。ここより手薄だ。それとも宮殿の主光源を落とす自信があるなら、代わるけど?」
「遠慮します!」
鼓動が早くなる。アルバは果たして自分にそんなことができるのか、と自問自答した。
「よ、よし……!失敗しない、大丈夫。がんばれ自分……」
「なにその呪文。別にいいぜ、失敗しても」
「……失敗は……え?」
一拍、ぽかんと口を開けた。
「失敗してもいいの……?」
「許す。オレが取り返す」
「……」
「って、だからといってコケるつもりでやるなよ。気負うな、ってそういう話」
アルバはそれでいいのか、と動揺した。クロエドの命がかかっている。期待に応えなければ、と思う。
「いいからやってみろよ。オレの優秀さをなめんなよ」
ネイメアに「地図渡しただろ?」と促され、アルバは宮殿内の地図を取り出す。確かめずとも、大まかな作りは頭に入っていた。
地下水道につながる出入り口を教わる。
「トイレか……」
アルバはげんなりした。
「途中まで送る。案内役と交代するまでだ」
「地下水道の地図はないの?」
「ない!大体下流を目指しときゃいいんだよ」
帝都中の水路は、重力に逆らって下から上へ流れていた。水路の先は宮殿周りの湖と繋がっていて、湖からは滝に繋がり、河川へ流れ出る仕組みだ。
(なら、宮殿の地下水道の流れは……普通なんじゃ?だったら根本、上流を目指した方がいいような……?)
アルバは途中まで考えて、ややこしいと頭を抱えた。自分の目で確かめるしかない、と結論づけた。
扉に耳をつけて外の様子を伺っているネイメアに話しかける。
「あの、ネイメア?とは言っても、トイレまでどうやって……」
ネイメアは黙ってスカートを指差した。
廊下で兵士とすれ違う。
「意外と堂々としてりゃバレないもんだよな」
「うう〜つらい。体勢がつらいよぉ……」
スカートの下からアルバは呻き声を上げた。




