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アンダートゥ  作者: ただの
第一章 なぜ夜闇は私を排するのか
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1-5.すべては二者択一


 島の真ん中には一軒家が建っていた。

 水もないのに、表の水車がカラカラと音を立てて回っている。

 石と木でできた家は住人とは似ても似つかない素朴な出来だ。



 ()()()。その印象はすぐに打ち砕かれた。


 扉を抜けるとまた扉があった。

 多層になった構造は住人の狂気を確かに示していた。


 数枚の造形の違う扉を開いていくと、最後には見慣れた二人の我が家の居間が現れた。

 部屋が丸ごと拡大されたように、二回りほど大きいのが不気味だった。


「ワォこれが君の原風景なんだね、アルバ。君が最も帰りたい場所」


 女は大きな椅子に飛び乗った。

 足を組んでパイプを咥えている。独特な香りの煙が上がっていた。

 鶏はあちこち突きながらうろつく。


「なんで名前……」

「私の扉を開いたろ? 鍵を使ってさ」

「秘密基地の天井扉のことだよね? 鍵なんてかかってなかったし、持ってないよ」

「いいや、扉は鍵がかかってるものだ。確かに君は口にしたはず、そう! 私の一番好きな(言葉)。『なんでもする』!」


「おばさん不審者だね。同胞なの?」


 セイカが訝しげに聞いた。


「見ての通り私は竜だよ。でもそっちより相応しい肩書がある」



「――魔女。私は扉の魔女。可能性を選ぶ魔法使いだ」


 チロ、と赤い舌が形のいい唇を舐めた。


「魔法っておじいちゃんが見せてくれた……」

「え! ワタシも見たことない。大人しか使えないのは知ってるけど」

「あはは! 成人の儀? まだやってんだ、これだから原始の民は」

「原始の民って何?」

「長い歴史の中で竜族も枝分かれしてね、私はその別たれた民の末裔なのよ。だからほら人間と混じって角もない。対して君らは大元の一族で……ってそんなのママに聞けばいいでしょう?」



「――私は退屈で退屈で死にそうになってるの。 一瞬を永く感じるタチでね。 さあ早く君らの可能性を見せておくれ!」


 パチと鳴らした指と同時に床下が抜ける。二人は気づかないうちに扉の上に立っていたようだ。



 アルバは尻から落ちた。

 鈍い衝撃を味わう前に、一面の黒い空間に浮かぶ無数の扉がアルバを打ちのめす。


「嫌な予感しかしない……」



「さあ最初の扉を開けて!」


「早く〜」「開けろっ」だの煽る魔女の掛け声があちこちから響いてきた。

 アルバは考えても仕方ないと、一番近くにあった焼けこげた扉を開いた。どこか見覚えのある灰色の街並みが広がっていた。

 似つかわしくない扉が二つ並んでいる。


「一瞬の激痛と一生の鈍痛どちらを選ぶ?」


 前者の素朴な木造りの扉は小さな子どもの手作りか、不細工な形のリボンや''友達''を描いた絵なんかで飾られていた。

 場から浮いている、むしろ不気味さを醸し出している。


「そっち! 二択だよ? もっと悩まないと!」


 魔女の揶揄を無視して、さほど悩むことなく開いた。

 先ほどの光景とは雰囲気が一変して、静かな月夜に見下ろされた大きな城を目の前にあった。穏やかな水音がする。


「また二択? 自分が好きな人と自分を好きな人、どちらを選ぶ? おや、究極の選択だね、面白そう……ってねえ!」


 同じ造形の扉が二つ。アルバは片方を簡単に開いた。


「ねえねえもっと悩まないと! 選択って重いんだよ、後悔しますよ」

「どっち選んだって後悔はすると思う……だから、惹かれた方を直感で選ぶ!」


「ハイハイ……そういうのって分かってないからだよね、重みが。もしくは思考の放棄。人生を変える選択だと思った方がいいよ」



「な〜んて、私にしては優しいご忠告」


 またもや空間が現れた。

 今度は狭い。両側をそびえたつ崖に仕切られている。前後に扉があった。


「過去か未来か。あらどっちを選んでも本質は一緒だわ。こんなの選ばなければいけないなんて残酷ね」


 アルバは迷わず体が向いていた方を選んだ。

 その先は冷たいひやりとした空気と血の臭いが充満する荒野の真ん中だった。


 満天の夜空の下、


(何か間違った?)


 とアルバは初めて不安になった。


「託して殺すか奪って救うか。手遅れじゃない? いいえまだ。さああなた様の可能性は?」


 アルバは最後の二択に手をかけた。

 最早どちらでも良かった。

 そこは自室だったのでアルバを安堵させた。


 自分のベッドに横たわる骸骨が目に入るまでは。


「うっ、うわあああ!」


 床板だったものが、むせかえるほどの甘い匂いを発する花畑になっていた。


「しっしんでる……!?」


 魔女が現れて言った。


「そりゃ死ぬわ。人間って死ぬわ。いいことよ。知らなかったの?」

「なんなのこれ……! 何がしたいの!? ここが最後!?」

「死んだからね。人生の最高の最終地点に辿り着いたのよ、おめでとう」

「この先は……?」

「終わり。遊びは終わったでしょ、欲張らないで」


 パタパタとパズルが崩れ落ちるように空間は姿形を元いた居間に戻した。

 すぐ横にセイカがへたり込んでいた。


「今のって何なの!?」

「これはねアルバあなた様の未来、可能性の旅路」

「こっこんな訳わかんないのが?」

「その通り正しい選択をするための材料がいつでも揃っているとは限らない。でもあなた様の場合は少なすぎるのも確か。更に言えば必ず二択、極めて珍しい……ついでに選択の数自体も極端に少ない……ぶつぶつ……あなた様とっても興味深くって……」


 恍惚と早口に独語を続ける魔女。アルバの周りをうろつき回り、舐めるような視線が全身に注がれた。


 アルバは『悪いものには関わらない』という母の教えを反芻するはめになった。


「アルバ、まだあなた様から代償は頂かないことにするわ」

「なっ何の代償だよ?」

「願いをかけて扉を潜った。地下で餓死したくないって願いをね。欲望には代償が要るものよ。 さあ最後に私の魔法の恩恵を授けてあげる」


 魔女は箒を振るって正面から歩み寄ってきた。


「幸せになりたい?」


 アルバは問いに素直に答えた。


「なりたい……」


 魔女はアルバの耳元で囁いた。


「なら『何もしない』で代償を払うことね」


 アルバはその温度の無さに本能的に体を引いた。


 パタパタとまたも空間が崩れると同時に、魔女の姿も遠のいていった。




 アルバはセイカと二人、暗闇に取り残された。

 ぽっかり一つの窓が浮かび上がっている。窓からは見慣れた夜の村の光景が広がっていた。ほとんど通ったことがない村外れの道が見えた。



 窓は親指と人差し指を目一杯開いたくらいの隙間が空いていて、誰かの話し声を涼しい風がのせてきた。


「お前があの魔女の誘いに乗って勝手に外界に行って、連れ戻すために何人が犠牲になったのか分かるか!!?」

「そうだな。まさか貴重な同胞を5人も失うなんて! しかも結局任務失敗なんてとんだ無駄死にだよな? 5人も捧げてくれるほど俺を愛していたとはね! 驚きだよ」

「黙れ!! お前のためではない、ヒルシュマのためだ!」

「その母さまはずっと死にたがっているみたいだけど? 頭の方がダメになってんのに無理に生かして、拷問癖治ってないんだ?」


 頬を殴る鈍い音がして、アルバは思わず自分の頬が無事か撫でてみた。


(ひえ……物騒な……とても出ていけないよ……)

「クロ兄?」


 いつのまにか隣でセイカも会話に耳を立てていた。


「俺がなんでわざわざ戻ってきたか分かる? 未練だよ」

「なんだそれは。聞き苦しい言い訳だ。 つまるところお前は理解したのだろう? 外界に我々が人として生きていける場所は存在しないのだと」

「……」

「渦神に感謝するがいい、お前の裏切りの最もらしい理由づけになった。一生同胞に尽くし詫びて生きろ、それをもってお前の成人とする」

「!! ジジイ……俺を閉じ込めておけると……」


 アルバは盗み聞きを悪い気がして囁いた。


「だいぶ仲悪いんだねぇ、セイカ……」

「嘘つき」

「なにが……」

「神様じゃない、クロ兄はあの魔女に連れてかれたんだ。母さんはそれを隠して……外では生きられないってなんで? 何も知らない。教えてくれない……」

「……」

「だったらもう確かめるしかないよね」

「え?」


 目を見張る間にセイカは勢いよく窓を開けて飛び出して行った。


「話は聞いたわ」


 アルバは投げやりな気持ちで窓下の草地に飛び降りた。今まで隠れていたところがどこかの納屋だったのだと知った。


「全部教えて。ワタシが知りたいこと全部って意味だよ。クロ兄が神様じゃなくて魔女に選ばれたって村中にバラされたくないのならね」

「……どこから聞いていた?」

「それはそう、全部よ」


 叔父は長く息を吐いた。


「妹そっくりの大した嘘吐きだな。吹聴は好きにするがよい。最もお前のような小娘の言うことなど誰も本気では聞かぬだろうがな」

(そりゃそうだよ……)


 アルバはセイカには悪いが、ここで斬り捨てられなくて良かったと思った。


「こんな時間までどこ行ってた?」


 セイカが不服を訴える前にクロエドが聞いた。

「それはその……」アルバが圧に押されて言い淀むが、


「魔女のとこ」


セイカはハッキリ答えた。


「またあの女は……はあ。おかげで自警団長様にお前らの捜索頼むとこだったよ」


 クロエドの父である叔父は、族長の息子でもあり村の自警団の長である。


「……痛む?」

「俺の名誉を売ろうとしてたのは忘れてないぞ〜セイカ」

「……ごめんなさい」

「……聞きたいことは俺が答えてあげる。伯母さんには内緒にしてね」

「セイカ〜はじめっからクロ兄に聞いておけばよかったんじゃ?」

「う……」

「いけると思ったら考えなしにすぐ飛びつくんだから」

「ゴメン……叔父さんワタシにだけずっと冷たいし、弱み握れると思ったら……」


 セイカが時折勇気ではなく無謀を発揮するのがアルバは嫌いではなかった。

 周りを顧みず行動しがちなアルバを止めるのはもっぱらセイカの役目。それが逆転するのが二人が似たもの同士だとかえって分かるのがいい。



 二人は兄貴分の両脇を固め、彼の腕をしっかり抱きかかえた。

 島で見た夜空の美しさには及ばないが、心地よい淡い光を放つ星々が彼らを見下ろしていた。


 真夜中だった。村中が寝静まっている。


「今日は伯母さんも爺さまも帰ってこないって。家出がバレなくてよかったな。にしても今までどこにいたんだ?」

「あのね御神木のとこ……内緒にしてね? ワタシたちのね、秘密基地があるの」

「もしかして根に隠れた地下貯蓄庫?」

「そうだよ! なんで知ってるの?」

「うーん今察した。俺も引っかかったからね、そこの扉に。二人もでしょ?」

「そう……」


 アルバは『なんでもする』という一文を頭に浮かんだ。

 この完璧にすら見える大きな存在の兄に、なんでもすると言わしめた願いとは何だったのだろう?


「魔女が外に連れ出したの?」

「まあね。外界……っていうか多分俺が暮らしたのが世界の真ん中で。大きな学舎に通ったんだ。あの時はびっくりしたな、魔女の扉を潜ったら全員同じローブを着た人間がズラーっと……」

「人間がいるの!?」

「人種は人間が一番多いよ。アルバも外界のどこかで生まれたはずだ。帰りたくなった?」

「(ジンシュ?)ううん。ボクの原風景?ってやつははあの家だったから」


 クロエドは顔を引き攣らせて「へー」と絞り出した。


「帰りたい場所が今いる場所だなんて、これ以上ないね」



 クロエドは自身の原風景を思い出した。

 想像もつかない世界の色。草木の青い匂い、踏みしめた土の柔らかさ。胸いっぱいに広がる澄んだ空気。果てしなく広がる地、遠くの地平線。

 記憶にない場所なのに、何故か懐かしい……



「クロ兄どうして戻ってきたの? 外は……そんなに悪いところだった?」


 セイカは少しだけ恐れていた。本当は外界は自分が描くほど大したところではなく……弱い自分を劇的に変えてくれるほどの何かを、それは持ち合わせていないのではないか?と。


「そんなことないよ。セイカにここは狭すぎるよな。いつか自分で確かめて……いや、何なら……一緒に悪いことやってみる?」

「悪いこと……?」

「冒険はいつも、ちょっと後ろめたいものなんだよ」


 アルバは悪い誘いに胸躍る気がした。

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