表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
49/64

7-4.畜生の国

 

 玉座に掛けた金髪の少女が微笑む。

 右肩から左腰へとたすき掛けした色鮮やかな赤い懸章が、長い金髪の癖毛にはえていた。小さな頭にティアラを載せ、仰々しい王笏を持つ。


「ラディシャ、よくぞ難しい任務を果たしてくれました。これで先代の賢者も浮かばれましょう」


 ひざまずくラディシャに、少女は彼女の前へと歩み出た。長いマントが擦れる。


 そして、そばに侍る高官が抱える台座(ピロー)から、勲章を手に取った。直接ラディシャの胸につけてやる。


「母の期待以上の働きでしたよ」



 そんな光景を、遠目に見る者がいた。

 宮殿の玉座の間、広いホールで一人、ワイングラスを手に神妙な眼差しを向ける。


「チッ偽物が……」


 青年は苛立たしげにグラスを回し、一口含んだ。


 勲章授与式を終えると、宮廷楽団の音楽がホールを満たす。

 そばで、夜会の参加者が玉座を眺めながら話しているのが聞こえる。


「いやはや陛下はお美しい。御子が二十人以上いるとは思えませんな」

「まあ、二十人なんて。噂でしょう?くすくす……」


 下卑た世間話に、わざと大きく舌打ちしてみせた。


(見下しやがって……)



 まばゆいシャンデリアの下、華やかな夜会で集まった貴族たちが談笑する。

 社交の場を兼ねたこの会、水面下でさまざまな駆け引きが繰り広げられていた。


「次期皇帝はラディシャ殿下で間違いないでしょうな」


 列を作るように囲まれるラディシャと違い、青年は周囲に遠巻きにされていた。


 彼はむしろ、それが望みだった。

 しかし、どれだけ人を寄せ付けないよう務めても、彼らの噂話を装っての陰口は嫌でも耳に入る。


「極めて私的な……」

「クスクス……虚言だったのでは?……」


 青年は吐き気を覚え、会場を離れようと飲みかけのグラスを給仕人に押し付けた。


「殿下。――ラギネイアス殿下」


 貴族が一人、彼に話しかけた。

 高等評議会――帝国の意思決定機関の議員の一人だ。

 柔和な物腰で近づき、


「今日の見せ物も楽しみにしていますよ」


 擦り寄って、ささやいた。


 適当に生返事した。


 いまや選定会など夜会の見せ物に過ぎない。

 ラギネイアスはそのことをとっくに受け入れていた。


 初めは必死に探したし、一人一人の顔を見て言葉を交わしたものだが、今は誰も彼もが賢者に取り入ろうとする醜い動物にしか見えなくなった。


「ところで……殿下、騎士団長殿はいつごろ戻られますか」


 ラギネイアスはそれが本題かと気づいて、あからさまに顔をしかめた。


「るせェな……あいつは任務中だっつってんだろ」

「お言葉ですが、この国最大の抑止力を貴方様の都合で振り回すのは、いかがなものかと」

「あ……?あいつはオレの守護獣だ。だろ?たかってんのはテメェらだろうが」

「そんな子どもみたいなことをおっしゃらないで」


 議員が眉を八の字にして、上目遣いをする。頭に血が昇るのが自分でも分かった。


「ねえ――皇配殿下」


 ラギネイアスは咄嗟に振り返った。

 声をかけられた皇配がこちらに顔を向けるところだった。


 相変わらず無表情で、何を考えているのか全く読めない。


 ラギネイアスは咎められるかと思って身構えた。

 しかし皇配は何も言わず、彼を一瞥するだけだった。まるで関心がないようだった。


 黙っていると、議員が口を開こうとする気配がした。

 もはや怒りの感情は失せ、『早く終われ』と念じるばかりだ。


「――殿下、お姉様がお呼びですよ」


 女の声だった。

 見ると、薄い顔布の下、星見の賢者が微笑んでいた。



 宮殿のバルコニーに連れ出される。


 涼しい夜風が吹いて、小さく息をついた。

 周囲をきょろきょろと見回す。人影はなかった。


「姉上は?」

「あ、嘘です。僭越ながら、お寂しそうだと思ったものですから」


 ラギネイアスは星見の言葉にややたじろいで、


「何言ってんだお前……」


 絞り出した。

 星見は微笑むだけで何も言わない。ラギネイアスはいたたまれず、たずねた。


「あの会議、あのあと……オレをなんて言ってた?」


 山門城から書状が届き、評議会を抜けた。

 その時も、議員の一人である皇配は、ラギネイアスの勝手気ままな行動を咎めもしなかったのだった。


「なんとも。皇配殿下は何も言いませんでした。ですから騎士団長殿は遠征から連れ戻されずに済んだのです」

「……」

「言葉が足りないお方ですが、その分行いは雄弁です」


 星見が耳打ちする。


「ここだけの話ですが……ラギネイアス様のわがままに便宜を図っているのは皇配殿下ではないかと。公的な遠征となったのは、あの方が秘密裏に……」

「はあ?なんでンなことする?……」

「実の息子だからでは?」


 星見がにっこりと笑いかける。つられて、ラギネイアスの口元がほんの少し緩んだ。


 それを抑えようと、ラギネイアスはバルコニーから湖の方を見下ろした。


 次の瞬間、全身に悪寒が走った。


「ッ……!!」

「殿下?」


 鳥肌が立ち、額に脂汗が滲む。


「どうされました……?ご気分がすぐれないのですか?」

「違う、何か……変な……」


 真っ黒な湖が広がっている。

 何隻もの船がこちらへ向かっていることは分かるが、薄暗くてよく見えない。


 それでも何か、得体の知れないものが現れたかのような危機感――強烈な違和感を覚えた。


「無理をなさらないでください。選定会の方はわたくしにも執り行えますから、お休みくださいませ……」 


「――ラギー」


 現れたのは姉のラディシャだった。

 星見はラギネイアスの顔色を心配げに伺う。片手を振り上げて、下がらせた。


 星見がラディシャに向かって、膝を沈ませ頭を下げる。

 ラディシャは引き下がる星見を振り返りながら、「あの女は……」と言いかけた。


「いや、いい」

「……姉上?」

「ラギー!そんな情けない顔をして、どうした?まだ憂いているのか?例年通り、夜会を催したこと」


 ラディシャは腰に手を当てた。


「……オレはずっと反対です。大聖堂のジジイは暗殺された、まだ犯人は捕まってない……」

「は、宮殿に押し入るなど不可能だ。この警備だぞ?ぬかったやつは私が殺す」


 迷うほどに広い宮殿内。警備兵が巡回しており、死角は少ない。

 自信ありげな物言いに、小声で反論する。


「結界はもうない。カラザ宮の結界だって……!母上が狙われてもおかしくない」


 からだを患って、カラザ宮の私室で療養する女帝。

 大教父が死に、結界が剥がれた今、暗刃がそこまで迫りかねないと危惧していた。


「ラギー、母上の私室の結界は生きている。あれは特別だからな」

「オレも通れないぐらいの、ですね」

「そう言うな。母上の男嫌いは今に始まったことではあるまい。カラザに立ち入れるのも、特定の侍女と皇族だけなのだぞ?」

「でも……見舞いにも行けない。どうせあの人は、オレのことなんかいなきゃ良かったって思ってるでしょうけど」

「ラギー」


 咎めるような声色に、ラギネイアスは姉の顔色を確かめた。


「我が子を嫌う母親などいまい」


 真っ直ぐ諭すような物言い。ラギネイアスは目を背けた。


「姉上は……特別だから」


 数十人いる皇子皇女の中でも、第一子である姉は露骨な特別扱いを受けている。

 唯一女帝と直接的にやりとりできるのは、この姉と、側近の星見の賢者くらいだろう。


「お前は神杖の賢者なのだぞ?母上は、とりわけお前に期待している。どうだ調子は?今日こそ見つけられそうか?」

「こんなことしたって無駄ですよ……」


 脳裏に先の貴族たちの噂話が蘇った。


『――極めて私的な理由で、騎士団長を駆り出すなど』

『賢者といっても所詮は子供ですね』

『そんなくだらないことにかまける前に、早く本物の救世主を見つけ出してもらいたいものですよ』

『でなければ、もう一度預言を聞かせてほしいものだ。今度は完全な』

『たった一度きりの預言でしょう。案外虚言だったのでは?陛下に構われたくて、ねえ――……』


 嘲笑の笑い声。いつだってそうだ。

 この煌びやかな場所は、歪む口から飛び出す腐った言葉に塗れている。


 ぐっとこらえて、できることをしてきた。


 その後、何度目かの選定会の場で女帝が言い放った。



『――もういいわ』





 ホールに戻ったラギネイアスは、重々しい雰囲気に息が詰まらせた。


「ラギー、私のそばに」


 ラディシャに連れられ、ホールの奥まった一室へと足を踏み入れる。


 防音が施された談話室だ。そこにはすでに数人の貴族が集まっていた。


 暖炉の前、安楽椅子にかけて酒を煽っているのは、皇族の血を僅かばかりだが引く上級貴族の男。部屋の隅には皇配の姿もある。


 黒ずくめの貴婦人が、毅然とラディシャの前へ歩み出た。


「相談事と聞きましたが、いささか仰々しいようですね」

「お久しぶりです、()()。また昔のようにご教示頂きたく」


 煌びやかな場に一際目立つ黒一色のドレス。


 帝国五貴族に名を連ねる女当主だ。

 その漆黒の出立ちから、『黒婦人(くろふじん)』とあだ名される。

 彼女は昔、ラディシャ付きの宮廷教師だった……ラギネイアスはその頃と何ら変わりない、彼女の冷たい目つきに思わず身を引いた。


 姉のそばから離れ、隅に寄る。


 全体をそれとなく見回した。

 他にも属国の貴族に、商業団体の来賓客……錚々たる顔ぶれだ。ラディシャが集めたのだろうか。


「皆、力を抜いて構わぬ。私の個人的な相談の会に、外の階級(しがらみ)は持ちこまぬ。

 知っての通り、私は実力を重んじる。たとえ奴隷であろうが、働きには敬意を払う」


 上級貴族の男が鼻で笑った。安楽椅子の背もたれを背中で押しながら、顎を上げる。痩せた頬が赤らみ、シャツの裾が飛び出していた。


「じゃ、おじさん生意気なクチ聞いていいわけ?ラディシャちゃん」

「目を瞑ろう」

「ケケケ……」


 ぬっとカーテンの影から少年が現れた。ラディシャの守護獣である竜族の少年だ。

 いやでも目を引く白髪に、だらしない上級貴族の男は途端にスッと冷めた顔つきになって言う。


「まずは竜滅作戦の快挙、オメデトゴザイマス、()()殿()()。そんで、さっさと本題に入ってくれますかね?私も多忙なんで。みなさんもでしょ?」


 男は周囲の反応を伺う。

 ラディシャは「違いない」と言って、部屋の中を練り歩きながら話し始めた。


「次の皇帝として、皆の意見も聞いておこうと思ってな」

「おいおい、そうと決まったわけじゃないでしょ。陛下はご健在です、アナタが言ったことだ。評議会でも意見は割れている。そうでしょ、会長」


 意見を求められた皇配は何も言わず、そばにいた星見の賢者を横目で見た。


「うふふ。お元気ですわ。皆さまも先の評議会でお姿を拝見されたはずですが?」

「星見よぉ、最近クオリティ低いぞ。どこの孤児かと見紛ったぜ」

「まあ、不敬ですこと……」


 論点がずれ、黒婦人が口を出す。


「殿下、皇位継承は評議会の任命と臣民の信任によるもの。貴女の一存で決められるものではありますまい。教えたはずです」

「私は自惚れぬ。客観性を鑑みてなお、私が最も相応しいと自負している。他の弟妹(きょうだい)では決して務まらぬ、貴殿らも理解しているはず」


 ラディシャは皇配の前で足を止めた。


「この票取り争い。私と貴殿らではどちらにつくのが優位だと考えるだろうな」

「……!」


 ラギネイアスは場の不穏に息を呑んだ。

 皇配の瞳が緩慢に動く。ラディシャの顔に焦点が合った。


「――殿下、本題を」

「父上、私を暗愚と思うなら、一言そうおっしゃってください」

「私などの言葉、天命に選ばれし殿下にはかえって毒となりましょう」

「……そうですか」


 ラディシャは長テーブルの真ん中にやってきた。

 白竜が椅子を引き、座る。彼女の挙動を伺う一人一人の顔を、ゆっくり見回して確かめた。


「私はあまねく臣民の信を受けたいと望んでいる」

「ご立派なことです!それで、殿下が皇帝になりましたら、私めはどんな恩恵を受けられるのでしょうか?」


 上級貴族の男の自棄めいた皮肉に、ラディシャは毅然と答えた。


「私が皇帝になった暁には、秩序を約束する」

「というと?」

「あらゆる異種族に人権を与え、帝国民の名簿に名を連ねる。身分証の所持を許可する」

「……は?」


 一瞬場の空気が凍った気がした。ラギネイアスはわずかに身を乗り出す。


 上級貴族の男が呆けたのち、


「何……何を……それこそ、混沌極まれり!その卑しい竜を我らと同じ人間と抜かすか!」


 立ち上がって叫び、ラディシャの守護獣を指差した。


「勘違いするな。名籍(なのふだ)の制度は。身分証(カレンダエ)は本来、国が民の名と所を把握するためのもの。''人間証明''などとは卑しき者の戯言よ」


 そして、とラディシャは続ける。全員が押し黙って彼女の言葉を待った。


「そして。半地下を取りつぶし、出頭に応じないすべての日陰者を国外追放、あるいは掃討する――臣民統制だ」


 ラディシャは背もたれにわずかに体重を預けた。


「地下街の存在は我が国の大きな損失である。()()()()()()()が犯罪に手を染める例があとをたたぬ。魔導蟲も辟易するほどの魔法犯罪の数――太陽のもとに引き摺り出す。闇は駆逐だ」


 淡々とした語り口に、皆言葉も出ない。


「法も見直す。慣習や暗黙の了解の類はすべて明文化し――」

「ま、待て待て!どれだけの不満や抵抗があるか、真剣に想像したことあるのか!?」

「狼狽えるか。悪行に身に覚えのない者は、狼狽無用」

「ぐっ……!」


 上級貴族の男が反論を飲み込むと、傍から黒婦人が静かに口を出す。


「その正論は詭弁です。殿下、過激な皇帝はすぐに身を滅ぼす。歴史がそう言っているのです。カーレンディス陛下の治世が永く続いたのは、陛下が賢明だったからです。仕組みを作り、政治を他に任せ、権力を分け与えた」


 冷ややかな瞳を向ける。


「貴女は絶対王制のもと民を苦しめた、暗黒の旧時代に逆行しようとしている」

「笑止。陛下は愚かだ。皇族の血を重視するがあまり、評議会や特権階級のほとんどを身内で固めた。

 能力に貴賎は関係ない。取りこぼした才能が、どれだけ帝国の損失を招いたかを思うと、私は怒りに耐えない」

「……」

「その上、体制の腐敗を許した。おのが利益ばかり求める衆愚のいいなりに、権力をみすみす奪われたのだ。気にすることといえば、皇族の血を絶やさぬことばかり。陛下が市井でどう噂されているか、知らぬ貴殿らでもあるまい」


 ラディシャの顔に影が落ちた。ラギネイアスは姉の放つ圧力に身を震わせた。



「――犬畜生にも劣らぬ多産(畜生腹)。皇子ら全員種違い。肢体で国を広げる、''帝国の魔女''と」



 その場の全員が絶句した。



 黒婦人が静かに問いかけた。


「殿下……貴女は王と認められたく、わたくしどもを集めたのではないのですか」


「誰がそんなことを?言ったはずだ、私はあまねく臣民の信を得たいと望んでいる――臣民でないものは、徹底的に排除する」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ