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アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
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7-3.惜しむらくは不夜


 アルバはもらった服に袖を通した。

 選定会のためにあつらえた礼装。あまり目立たないように、と地味な色味だ。細部の拙さがいかにも庶民が背伸びしてこしらえた印象を与えるが、意図的なものだろうか。


「どう?」

「いい。普通だ」


 ネイメアが真面目な顔つきで、上から下まで視線を動かす。


「喜んでいいやつ?」

「お前の印象に残らない顔の作りが特にいい」

「それ元からだよね!?」


 ネイメアの軽口に自然と肩の力が抜ける。きっと緊張を和らげるためだ、そう思ってアルバは感謝した。


「……?」


 が、ネイメアが心底不思議そうな表情を浮かべるので、


(本気で思ってるやつだこれ)


 感謝を撤回した。



 気を取り直して、深呼吸する。


 いよいよ待ち望んだ選定会だ。

 帝国の賢者が預言した救世主。賢者本人が本物を見出す。我こそは救世主、と主張する人々の中から。


(よく考えれば結構間抜けな話だよなぁ……)


 皆、自分を特別だと思いたがっている。

 例に漏れず、自分もそうだった。いや、今でも……アルバはしみじみとこれまでの旅路を思い返した。


(たった数ヶ月が、長かったな……これでやっとはっきりする。自分が、救世主なのか。そうじゃないのか)


 アルバはその実、今日という日が来ないことを願っていた。曖昧にしておけば、可能性に縋っていられるから。


「――聞いてたか?」

「えっ、あ、うん」

「おい、下手に取り繕うのやめろ。いいか?」


 ネイメアが念を押すように喋り始める。


「オレが宮殿の光源を落とすまで、お前は選定会で注意を引きつける。そのあと闇に乗じて地下牢獄へ向かえ」

「牢獄……?そこにクロ兄がいるの?」

「案内役をつける。余計なことはせず、そいつに従うんだ」

「案内役?」

「宮殿にも協力者がいる。すぐ分かる」


 アルバはあまりのさらっとした物言いに、あんぐり口を開けた。


(!?いるんですか協力者!)


「念を押すけど、クロエドを連れ出すこと以外は絶対するな。間違っても他も助けようとか、考えるなよ」

「わ……分かってるよ」


 アルバは自分の役割を心中で確かめる。

 早い話が囮役だ……密行の時と同じ。


 しかし、自分が注目の的になるイメージはできない。


 ()()()()()()である自信がない。


 『さっさと賢者に会って家に帰りたい』などと思っていた少し前の自分が懐かしいくらいだ。


「注意を引くって、具体的にはど……」

「二人。覚えろ、一人は女。顔布をつけた女だ。''星見の賢者''を名乗る占い師、女帝の相談役だ」

「賢者……」

「上位の魔法使いのことだ。戦っても絶対に勝てないから、無謀なことはするなよ」


 ネイメアの声が一段と低くなる。


「もう一人も賢者だ。''神杖の賢者''って言えばわかんだろ?」

「……!それって、救世主の預言をした……!」

「その昔、神が持っていた杖。それが神杖だ。杖を通して神と繋がり、ことばを預かる。だから預言者」

「……どんな人なの?」

「金髪碧眼で目つきも口も悪――……」

「まっ待って!やっぱ自分で確かめる」


 アルバは手をパタパタと振った。


「だって、ずっと会いたかった人なわけだし……!?なんかやっぱりイメージ壊したくないっていうか!?」

「へー。……ちなみにどんなの想像してた?」


 ネイメアが意地悪そうに笑う。

 アルバはずっと探し求めていた帝国の神杖の賢者像を想像した。


「きっと髭の生えた渋いおじさんだ。手が大きくて、あんまり喋らないの。優しくて、色んなこと教えてくれるんだけど、ちょっと不器用っていうか、背中で語る系っていうか〜」

「ぶっ!くっククク……」

「なに!?いいでしょ!?」

「どっからきたんだよその願望は……」

「そ、それは!お父さん、みたいな……」


 言いかけて、アルバは黙った。自覚していなかった願望をまさに今知って、ほんの少し恥ずかしさを覚えた。


「……お前、父親は?」

「……覚えてない。そんな人だったらいいなってだけ。別に、笑ってもいいよ」

「ハッ顔も知らない親に会いたいのかよ?」

「……ネイメアは?会いたくないの?」

「親なんざオレを生んだだけの他人だろ。って、なんで知ってんの?会ったことないって」

「あ。ニ、ニケラスさんにちょっと」

「は〜?あいつ、意外と口軽いんだよな……」


 ニケラスが語っていたネイメアの過去。

 思えば、彼のことはよく知らない。峠で言っていたこともほとんどが嘘だったのかもしれない、とアルバは今更思う。


「ネイメアは……親代わりの人とかいる?家族とか、兄弟みたいに育った人とか」

「……それが何?」

「ボクにはいたんだ。でもたぶん死んだ」


 養親である『おじいちゃん』、そして幼馴染で唯一の友達であるセイカ。きっと生きてはいないだろう。


「その人たちは、ボクが救世主であることを望んでた……と思う。ボクがみんなをあの場所から連れ出すことを期待してた……」


 救世主になって、やっと『ここにいていい』と思えた。

 でもだからこそ、あの村を出ていかなければいけなくなった。その皮肉が、あの時はとても苦しかった……だけど、


(――だけど、なんであそこにしがみつかなきゃいけなかったの?)


 アルバは自問自答した。ぐちゃぐちゃな思考に、次の言葉を失った。何を言いたいのか、整理できない。



『アルバ、みんなが死んで、嬉しいね』

 


 白い少女が耳元で囁いた。優しい声色だった。


「あ……ごめん、何が言いたいか分からなくなっちゃった」

「怖いんだろ」

「……そうかも。たぶんいろんなことが。本物だって自信がないんだ。賢者様の目に留まることが、本当にボクにできるのかなって……」


 ニケラスは『本物』のアルバに助けを求めた。偽物には用がないということだ。


 アルバはなんとなく鏡を見た。見慣れない自分が、服だけは立派な自分が、ヘラッとした表情を浮かべている。


 滑稽だ。


「ねえ、ネイメアは……ボクを本物だって思ってるんだよね」

「思ってねーよ」

「でも……え!?思ってないの!?」


 心臓を掴まれたような衝撃に、アルバは目を丸くして彼の顔を見つめた。


 ネイメアが大きく頷く。


「んなわけねーだろ。最初からずっと、一瞬たりとも思ったことねーよ」

「で、でも、それじゃボクは……」

「やりようなんていくらでもある」

「ぐ、具体的には?」

「それはお前、その時々で違うだろ」

「……」


 アルバは言葉を失った。


 それから、何故だか笑えてきた。




 小舟に乗り込む。船体がぐらと揺れ、黒い水が波打った。


 宮殿を取り囲む湖。すっかり日は落ちて、辺りを照らす灯火が黒い水に反射している。


 向こうを見上げると、遠く、遠くに光を放つ宮殿が鎮座していた。

 まばゆい明かりを身体中に纏う、白い宮殿。濃紺の石柱をところどころに抱く。


 周囲を見渡すと、いくつもの船が宮殿へ向かっている。

 アルバが乗り込んだそれは他と比べて質素で、人数も多い。


 脇を通るゆったりと泳ぐ派手な装飾の船。これまた派手に着飾った人々が乗っている。

 扇を手にし、たっぷりとしたドレスを揺らして。こちらを見下ろす視線に混じる、侮蔑や嘲笑に近い何か。


 兵士が桟橋を蹴って、沖を離れた小舟が静かにゆく。


 ふと黒い湖に点々とした火が映って、アルバは空を見上げた。


 火を灯した気球が空を上がっていくのが見えた。


 白い街が、いくつもの光の粒を空に上げていた。


 街そのものも、ふんだんな光を纏っている。まるで、夜を追いやる真昼のようだ。


 なぜだか、さびしい思いがした。


(……頑張ろう)



 アルバは目を瞑って、本当の真昼のことを思い出す。


『あとでな』


 淡白なネイメアの挨拶に、なんだか嬉しいような気がした。


『ネイメア。やっぱり……名前だけ、教えて』


 真っ直ぐたずねる。ネイメアは、いつもみたいに少し得意げに笑んだ。



『――ラギネイアス』



 それが会うべき神杖の賢者の名前だ。


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