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アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
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7-2.誘導

 クオリアは窓を開けて、朝日が昇るのに気がついた。窓枠に手をかけて、大通りの人影を見下ろす。


「ああ眩しい。夜まで寝るわ」


 あくびを噛み殺す。

 部屋の中に目を向けると、ネイメアが床に散乱した地図の中であぐらをかいていた。片手のひらを顎に押し当て、俯いている。


「アンタ、その座り方やめなさいよ……」

「クロエドは故郷からの帰り道、()()()()捕まった。これがどういう意味かわかるか?」


 クオリアは目元の隈を擦り上げた。同じようにネイメアも隈を作っている。


「帝国は知ってたんだ。地下道の存在も、その構造も……しかも、今回クロエドが捕まったことで、外部(オレたち)に地下道を知られていることもバレた。当然警戒レベルは跳ね上がる」

「フン……こうなるまで地下道が敵方に把握されているかどうかも確認できなかったの?」


 クオリアの皮肉に、ネイメアは動じない。


「それにしても、大事な侵入経路を使わせるとは思わなかったけど。アンタにしてはいいことするって見直しちゃったのに……」


 クオリアは傷つけてやろうとして、


「ああ、だけど。まさかアンタ、わざと向かわせたんじゃないでしょうね?」


 大袈裟に嘲笑う。


 それはクオリアにとって軽い中傷のつもりだった。


 しかし、予想に反してネイメアはわずかな硬直を見せた。


「……」


 一拍の沈黙。


「……あはっ……は……本当に?」


 クオリアはぞくぞくと身を震わせた。今度は本気で腹の底から笑い出した。


「アンタ……!あたしよりよっぽどタチ悪いわよ……!」

「……同時に、地下道が宮殿に繋がっていることの確認が取れた。侵入経路としては生きている」

「ふふ、無理しないで?魔法陣しか道はないって認めなさいよ。あたしがいてよかったわね?」


 ネイメアは「言ってろ」と漏らして、その場に寝転んだ。豪勢な柄の絨毯に、わずかに体が沈み込んでいた。


「……それよりお前、あれは処理したんだろうな」

「当たり前でしょ?さすがに子供に手を出すのは辛かったわよ。でもこれであたしの努力、伝わったわよね?」


 その時、そばのソファで寝ていたテュオが「んがっ」といびきを漏らした。


「コイツ、いつまで寝てんのよ」

「夜使い物にならなくなっても困る。寝せとけ」


 ネイメアが寝返りを打ち、背を向ける。


「……アンタは大丈夫なんでしょうね」

「寝る」

(そこ)で寝んじゃないわよ!……夜お荷物になられちゃ迷惑なの!!」

「オレとお前らは別行動。決めただろ」

「ッ一匹狼気取っちゃって……」


 クオリアは心の中で毒づいた。


(あたしを信じなかったこと、後悔させてやるわ……)


 ネイメアがまた寝返りを打って、クオリアの顔を訝しげに見上げる。


「お前こそ、大丈夫なんだろうな」

「え?だっ、大丈夫よ。アンタと違って広いベッドで寝るから!」

「いや違くて……魔法陣、任せて大丈夫なんだろうな?」


 一拍の間を置き、クオリアはバシッと持っていた図面の巻物を投げつけた。意図せずしてテュオの体に当たる。


「当然でしょ〜!?いいッ!?――''貴族は当夜、宮殿で催される夜会に招待されていなくなる。だから帝王も都庁にはいない''!余裕よ……!」


 指を突き刺して、時折何かを思い出すように言葉を詰まらせながら、声を張り上げる。

 ネイメアはその勢いに「それオレが言ったことだよな」と漏らした。


「違いますよォー」


 口を出したのはテュオだ。

 いつ目が覚めたのか、頬杖をついてクオリアを上目遣いで見つめている。


「はあ?違うって……?」

「だからァ、主様は毎年降臨祭の夜は奥方と坊ちゃんと一緒に本邸で過ごすんですよ。ホラ、貴族区画の一番でっかい家ね」


 クオリアは顎が外れるほど口を開けた。


「ハア〜〜ッ!?」

「これマル秘情報ですよ〜。帝王邸で働く古株しか知りません」

「……!……ッ!」

「伊達に帝王邸の騎士やってませんから!といっても騎士と認めてくれるのは、主様くらいですけどね〜」

「お前そういう大事なことは早く言っとけよ」


 ネイメアの呆れ声に、クオリアが「そうよ!!」と食い気味に叫んだ。


「えっだって、都庁にいないのは変わんないんですよ?」

「だからそういう……」

「そーいう問題じゃないわよ!情報一つで見え方なんて一切合切変わるものなの!!」


 クオリアがテュオの耳を引っ張る。

 ネイメアは「それもオレが……」と言いかけて、ふうと一呼吸ついた。


「だから一緒には行けないんだよな。マジで不安だ」

「なァっ……!あ、あたしのせい!?」

「ねーホント不安ですよね。あれやこれや。特に、バーバリック様ね。あの人ォ悪運強いので有名なんですよね。やけにタイミング()()いいと言うか……ま、でも竜滅作戦で手柄立てて夜会に招かれるってはしゃいでたし。それに、ペットとは懇意の仲なんで……うまくやりますよ」

「ふーん……」


 テュオは拳を胸に当てた。


「大丈夫ですよ!俺がついてますんで。俺が起動手順も聞き出しましたし、俺が警備を手薄にできますし、俺がバッチリ宮殿に乗り込みますんで!ドンと構えててください!」

「ちょっ……!?あ、あたしの計画は完璧だから!余計な口出しすんじゃないわよ、ネイメア!」

「しねーよ……」


 ネイメアがおもむろに体を起こす。クオリアはなんとなく身構えた。


「――真面目な話、お前ちゃんと考えてんだろうな。死霊団のこと」

「……そのこと?それこそ余計な口出しだわ」

「ニケラスは今単独で動いてる。あいつはお前に会えないことを受け入れた風に装ってるだけで、内心不満に思ってる」


 クオリアは腕を組んだ。


「フン、いい気味ね。放っておくがいいわ、あれにあたしを探す能はないもの」

「ニケラスはまだいい。問題は団員の方だ。文句の一つも言わず、お前を探すそぶりすらなく、ひたすら潜伏に徹している」

「それの何が問題よ?」

「わかんねぇよな。暴走しかねないんだよ」


 ピク、とクオリアの眉間が痙攣した。


「せめて会え」

「お断りよ」


 ぴしゃりと跳ね除け、指をトントンと二の腕に打ち付ける。


「会うわけないでしょ?知ってんでしょ、あたしはあいつらをラーチスに売ったのよ!峠で死ぬはずが、しぶとく生き残っちゃって……」


 片膝を立てたネイメアが、顎を軽くその膝の上に乗せる。無表情に見つめられ、クオリアはたまらず顔を逸らした。


「……あの時だってそう!国を守れなかった愚図ども、国が滅んだあの夜に死ぬはずだった!存在が誤算なのよ、ずっとね……!」


 荒い呼吸が混じる。喉がひくついた。


「それでもあたしのありがたいメッセージがほしい?だったら亡霊にかける言葉は一つだけよ――早く、地獄に堕ちるがいいわ」


 ネイメアはずっと黙り込んでいる。クオリアは勝ち誇った笑みをこぼした。



 *



 裏会のアジトで、死霊団の剣士たちは顔を寄せて囁き合う。ひび割れた壁際、賭け卓から離れた場所で。


「それで、ネイメアはなんだって?……」

「本作戦における俺たちの役目は陽動、だとよ。裏会が主導する西の貴族区画の襲撃だ。……見ての通り、奴ら温室育ちのお坊ちゃんだ」


 剣士はそばの卓に視線をやる。裏会の青年たちが談笑していた。


「武力は俺たち頼みだろう」

「おもりかよ。舐められたもんだな」


 クソッと舌打ちして、一人が続けた。


「あのガキ、足元見やがって……一体何モンなんだ?王女のことだって知ってたんだろ?」

「さあな。俺は最初から不気味だと思ってたぜ。白いしひょろいし、ありゃろくな育ちじゃねぇよ」

「王女だって一向に俺たちの前に姿を現さない。本当に生きてるのかよ?」

「ニケラスは嘘をつけるようなタマじゃねぇだろ。だいたい王女だって……数年やそこらで性格が変わると思うか?」

「ああ……癇癪持ちで性格悪いので有名だった。一度だけ見たことあるが、目つきのイヤなガキだった」


 赤い髪の少女。大人を見透かすような、鋭い金色の眼光が頭に浮かんだ。


「ちくしょう。どん詰まりだ、誰も信じられねぇよ」

「俺たちは駒じゃねぇんだ。ネイメアの命令なんざ、聞く義理もねぇ」

「わかってるさ。だから準備してきただろ」


 彼らは一層声をひそめた。


「段取りは?」

「できている。場所は掴んだ――都庁の最上階、そこに一軒家がある。ふざけた話だ、お偉いの考えることは訳がわからねぇ」

()()ね。庶民を見下ろして、さぞ良い気分だろうよ」

「悔しいが、宮殿は堅牢が過ぎる。せめてあの魔女に、俺たちと同じ思いを味わわせてやる……」


 ふと、隣の卓で青年たちが歓声を上げる。

 一人が、刃こぼれ一つない新品同様の短剣をかかげている。それを取り囲む二人がギザギザと鋭利な刃先に見惚れていた。


「やってやるさ。あのブタのせいで父上が大損こかされた。汚いカネ溜め込んでるだろうよ、俺たちでぱーっと使ってやろうぜ」

「僕は父さんの政敵を潰してやる。秘密文書を盗み出すんだ」


 いかにも高価な持ち物と、上着から覗く服装から、二人は貴族と見て取れる。二人の間から、平民じみた服装の青年がおずおずと口を出した。


「それ、前言ってた上級貴族だよね?大丈夫なのか?」

「はっ、一軒隣なんだ。奴のことはよく知ってる。今夜は誰もいないも同然だ。当主夫妻が夜会に行ってる間、第二夫人は愛人の家さ」

「本当にうまくいくのかな……」

「心配すんなよ、今夜はみんな宮殿だ。母上が朝から浮かれて困るぜ。ブローチ青か赤か!どっちでもいいっつの」


 甲高い笑い声が弾む。


「区画自体の警備も薄くなる。たとえ兵士が集まってきたとしても、僕たちは安全だよ」

「そう……だね。今から怯えてちゃ情けないよな」


 言い終えると同時に、平民らしき青年が団員の方を横目で見た。

 他の二人も釣られるように、椅子を軋ませこちらを睨みつける。


「何?おっさんら、盗み聞き?」


 団員はバツが悪そうに顔を逸らす。

 貴族の青年は鼻で笑い、「これだから貧民は」とわざとらしく肩をすくめた。


「……そういえば、副団長にお誘いを受けていたのに、よかったのか?」

「あ〜バーバリック、あいつうぜェんだよな。親の権力で副団長になっただけのくせに、偉そうにしやがって。俺一応同期だぜ!?」

「所詮妾の子だ、媚びへつらうことないよ」

「えっ妾の……?前妻だって聞いたけど」

「ああ〜ま、そうなんだけど……陛下が()()()()()()にしたからさ」


 「な?」と仲間に同意を求めると、嫌味な笑いが起きる。


「コーディンが騒ぎ立てるから、巷じゃそう通ってしまったけれどね。名籍(めいせき)上はそうなる」

「あいつマザコンだからな。知ってる?あのイカれたババア。人形抱きしめて外歩き回ってんの」

「でも皇配殿下は本邸に住んでらっしゃるんだろう?今夜だって殿下は本邸で過ごすって聞いたよ」


 平民の疑問に、団員は目を見開いて顔を見合わせた。


「えっなんで知ってんの?そーそー、じゃないとイカれババアがまた騒ぐんだろな。もはや帝都の都市伝説だよ、夜な夜な寝巻きで歌いながら徘徊すんの……」


 あはは、と彼らの軽快な笑い声に交えて、


「――聞いたか?」


 それは確認ではなく合図だ。


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