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アンダートゥ  作者: ただの
第七話 なぜ夜闇は私を排するのか
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7-1.揺らぎ

 

 帝都中央西区、孤児院の裏手。

 小ぶりの花弁に彩られた庭に座り込んで、少女は本を広げていた。



 表紙の文字に刺繍が施された、古い大本。院の奥から引っ張り出してきたことは、大人には内緒。


 ざらつく紙を大事にめくる。探るような手つきで、文字を指でなぞった。


 ふいに、花弁を踏みしめる音がした。すぐ前までやってくる。


「だれ?」


 片足を上げる気配。風を切る微かな圧が頰に当たる。少女は反射的に指を引っ込めた。


「あ……!」

「悪いわね」


 本を踏みつけられた。紙が破れる音が聞こえた。


「アンタは不運だっただけ。……でも知らない方がいいことってあるじゃない?」





 ハッケーは朝一番に舞い込んできた知らせを思い返して、眉根を揉んだ。


 それは、音楽隊の子供の一人が事故に遭った知らせだった。孤児院の近くの水路にうつ伏せに浮かんでいたらしい。

 そばで目を腫らした弟が、短い鉛筆を握って勉強をしていた。妹は隅で膝を抱え、時折鼻を啜っている。


(今日は学舎には行かせられない……)


 水路は浅瀬だった。


 奇しくも今日は降臨祭当日、音楽隊の晴れ舞台のはずだった。

 ハッケーは異様な熱気漂う帝都に、不穏なものを感じずにはいられなかった。



 腰掛けた椅子がきしむのと同時に、入り口の垂れ幕がわずかに擦れる音がした。


「アルバ殿、どこへ行かれるのですか」


 見れば、アルバは荷物を背負っている。まるで、ここを後にするかのようだ。


「今日は……家の中で過ごしましょう。祭りは来年もある、その時には私が……」

「ごめん。もう行かなきゃ。黙って行こうかと思ったけど、カッコつかないね」

「それはどういう……」

「出ていくよ。これ以上お邪魔しちゃ悪いしね。お礼は……」

「何を言っているんですか!アルバ殿、帝都は今とにかく危険なんです。考え直してください」


 アルバが、天幕の中に視線を左右させる。


 それから外へ出るのを、ハッケーは追いかけた。


「せめて教えてください。これからどうするのか」

「選定会に出る」

「……!どうやって?」

「……()()()()()?正規の手続きを踏んだんだよ」


 ハッケーにはそれが不可能だということを分かっていた。それを指摘していいのか迷い、言葉に詰まってしまう。


「そんなわけって顔してる。やっぱり知ってたんだね。ボクは関所の門を通って帝都に入ったんじゃないって。

 でも、そりゃそうか。ボクの生い立ちからして、身分証を持ってるとは考えづらいもんね」


 図星をつかれひるむが、意を決して口にした。


「密行したのですね……」


 アルバは何も言わず、ただ悲しそうに微笑んだ。その頬は強張っていた。


「いいえ、そんなことは……今やどうでも良いことです。アルバ殿、どうやって手続きを踏んだのですか」

「ネイメアのおかげだよ」

「ネイメア……?」


 アルバが頷く。ネイメア――あの時酒場で彼と引き離した少年のことだろう。


「ネイメアがボクを帝都に連れてきてくれた。次は、賢者様のところまで連れて行ってくれる」

「駄目です!!」


 ハッケーは、アルバが裏社会の人間の手をとったことを悟った。

 アルバの密行に関わる少年。晩鐘の構成員が遠巻きに見つめる少年。

 間違いなく、大教父暗殺にも関わっている。直感だが、疑う余地もない。


「貴方は騙されている!利用されているんです!それがわからないのですか!」

「分からないよ!!」


 アルバのどこか痛々しい叫びに、ハッケーはたじろいだ。


「こうするしかないんだ。だって……!……っでなきゃ!君が何かしてくれるの?」

「……そ、それは」


 口ごもると、アルバは「ほらね」と言って駆け出した。

 振り向き際、朝日が反射したのか、一瞬瞳が赤く光って見えた。


「アルバ殿!……」


 ハッケーは追いかけることもできたが、そうはしなかった。迷うように伸ばした手が、力をなくして垂れた。



 *


 

 半地下の階段を下る。二重の足音が小気味いいリズムを刻んで、アルバの考え事を促した。


(……怒って、たかな)


 ハッケーが自身の身を案じてくれていることは分かっていた。決めたことだ、と言い聞かせる。


「アルバくん、大丈夫だよ。クロエドくんは……生きてるから」

「ニケラスさん……」


 アルバの前を下るニケラスは、ほんの少し顔をこちらに向け微笑む。


「きっとね」


 アルバは苦笑いした。


 ニケラスに案内されやってきた裏会のアジトにはまばらに人がいた。

 賭け事で盛り上がる卓をよそに、隅に固まる一団がいた。


 タルタニヤ峠で出会った死霊団の剣士たちだ。前にも増して眼光鋭く、殺伐とした雰囲気を纏っている。

 彼らが見つめているのは、頭領であるはずのニケラスだ。


「いいの?」

「行こう」


 彼らの脇を通って、ニケラスは淡々と二階に続く階段を上がった。


 ニケラスは仲間に疎まれ、孤立しているようだった。アルバは二者の間に漂う刺々しい空気に、はっと思い当たった。


(もしかして……クロ兄を助けに行ってくれるから?)


 帝国への復讐を虎視眈々と狙う彼らは、この半地下に潜伏しているのだろう。

 それに反して、ニケラスが救出に全面的に協力するつもりなのが、仲間の反感を買ったのかもしれない。


「あの……ごめんなさい」

「え?ど、どうして謝るんだ?」

「その……ニケラスさんは、どうしてクロ兄を助けに行ってくれるの?」


 ニケラスは足を止めるばかりか、わざわざ一段降りてまでアルバに寄ってくれる。


 彼はクロエドのために、ネイメアのレガリア探しに加担している。

 確実に何かを隠している彼の、個人的な目的を果たすための計画に。


 ……しかし、そのことをニケラスは知っているのだろうか?


 アルバはそう思って、ハッケーと同じことを彼に言いそうになった。だけど、口にすればもう戻れなくなる気がして、


「騙されてるかもって……思わない?」


 半端にこらえた。


 アルバが俯くと、ニケラスは優しげに言う。


「不安なんだね。確かに、ネイメアは多少秘密主義だけど……大丈夫だよ」

「多少どころではないと思うけど……」

「えっ?ええと……あ、ネイメアはね、下層で育ったから苦労したんだって。前に言ってたんだ。たまに懐かしむように昔の話をしてくれる」

「え、そうなの?」


 アルバはネイメアの昔の話など聞いたことがなかった。


「物心ついた時には親はいなかったと聞いたよ。いついなくなったかも覚えていないそうだ。いつもお腹を空かせてて、土を……食べるかどうか悩んでやめたとか……笑い話だってさ」

「……」

「そこでは魔薬が唯一の娯楽で、みんな簡単に手を出すらしい。おかしくなっていくのを間近で見るのは嫌だったと……」


 ニケラスの言葉尻がしぼむ。

 アルバは、どうしてネイメアがあそこまで魔薬に詳しいのか分かった気がした。


「きっと俺が想像もつかないような苦労をしてきた人だと思う」

「……うん」

「俺はネイメアのこともクロエドくんのことだって、よく知らないよ。でも目を見れば分かる。優しい人だ」


 アルバはニケラスの顔を見上げた。

 痛々しい火傷の痕。潰れた片目。目元が優しげに緩む。


「だからやめるなんて言わないでくれ。アルバくんがいなくなると……ほら、俺はクロエドくんを助けられる自信がないよ」


 ニケラスが寂しそうに笑うのに、アルバもつられてクスと笑ってしまった。


「そんなことないよ……クロ兄は、ボクのこと」


 小声に、ニケラスが聞き返す。

 首を振って「なんでもない」と言った。


 ニケラスが廊下の奥の扉を開く。

 そこにはネイメアの姿があった。真剣な横顔に、アルバは鞄の肩紐を握り込んだ。


(信じてみよう)


 アルバの来訪に気づいたネイメアが、一瞬驚いたのが分かる。すぐ驚きを押しこめたのも。荷物を置け、と身振りで伝える。



 アルバは見逃さなかった。

 彼が手にしていた紙を、さりげなく傍に積み重なる紙に混ぜて隠すのを。



(……大丈夫。それでもこの道を行く)



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