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アンダートゥ  作者: ただの
第六話 何も知らないで
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6-9.蓋をした記憶

 

 ぼんやりとしたまま家に帰った。


「アルバ殿、どうしたのですか……」


 そう聞かれただけなのに、勝手に涙が溢れてきた。


 ハッケーが慌てながら手を伸ばすのが視界の端に見えた。柔らかい毛並みが肩に優しく触れた。



 アルバは、ただそれだけのことで素直に話すことにした。


 自分が竜族の村で暮らしていたこと。

 ある日突然救世主と呼ばれたこと。

 竜族と帝国の橋渡しをするべく、帝都まで旅をしてきたこと。


 堰を切ったように話が止まらなかった。

 ハッケーは口出しせず、真剣に耳を傾けてくれた。


「アルバ殿。申し訳ありません」


 だけど、彼は開口一番そう言った。


「私ができることは……何も……本当に申し訳ありません」


 ハッケーは国に通報することはせず、アルバを匿い続けてくれる。

 しかし、それ以上のことはしてくれそうにない。



 アルバはもはや選定会に参加する意味を失ってしまった。


(どうしたらいいのか分からない)


 それどころか、生きる意義をもなくした気分だった。

 このままずっとハッケーたち家族と暮らしていく、そんな安穏とした日々を想像した。


(どこかで働いて……そのためには身分証がないとだめか……)


 気だるい体を引っ張る。



 その矢先、彼が現れた。

 都庁への道途中、夕暮れのことだった。



「……前の話ならなしにしてよ。やる意味なくなっちゃったから」

「何の話?」

「……誘いに来たんじゃないの?ネイメア」


 彼のそばにはニケラスがいた。心なしかやつれた印象だ。


「そう、誘いに来た。行くぞ、選定会」

「……あいにくだけど、もうどうでもいいんだ。知ってるんでしょ?ボクの故郷、なくなったって……」

「帝国がやった。憎くないのか?」

「ボクはクロ兄とは違うよ。そんな顔も見たことがない女帝のことなんて、どうでもいい。ましてや復讐なんて」


 ニケラスが口を開きかけ、


「もう死んだもののために生きている人が命を落とすの?そんなのおかしいよ」


 言葉を飲み込むのが分かった。

 その反応に何か違和感を覚え、アルバは迷いながらも口を開く。


「そういえばクロ兄は――」

「捕まったよ」


 ニケラスが「帝国の兵士に……」と唇を噛んだ。アルバは少し迷ってから、「なんで?」と聞いた。


「クロエドくんは凱旋を見たあとすぐ故郷へ戻ろうと……っ途中で兵士に見つかって、それで……っ」

「こいつを庇って捕縛された。捕縛だ、まだ生きている」

「……ああ、そう……助けに行こうっていうんだね」

「アルバくん、君の協力が必要なんだ……!選定会に本物の救世主の君が行けば、注意が引ける。その間に救い出せる!」

「本物じゃないよ。じゃなきゃこんなことにはならない」


 ニケラスが言葉に詰まり、ネイメアが続ける。


「アルバ、あの獣人はお前を助けてなんかくれない。あいつはあくまで帝国側の人間だ」

「……そう、だけど……」


 俯くと、ネイメアが短く息を吐いた。ため息に聞こえた。


「……分かった。……無理強いはしたくない。お前はもう何も関係ない。全部忘れろ。それで、ちゃんと……――」


 アルバは彼が何を言うのか、怖くて耳を塞ぎたかったができなかった。



 背を向けられた。胸が痛くなった。


 今引き止めなれば。衝動が湧き上がる。



 一方で、そんな自身を引き留める引力も感じる。



「ま……待って……」



 声はか細くて、誰にも届かない。






 ――気づけば、目の前にあの黒い竜の死骸が横たわっていた。

 オレンジ色の光が落ちて、長い影が伸びていた。


 都庁の広場の中央で晒し者にされていたのはすぐに分かった。


(なんでこんなことするんだろう)


 死んでから痛めつけられた跡が、くっきり残っていた。今まさに石を投げつけられるのを見た。


 アルバはいや、と首を振った――


(なんでできるんだろう。同じ人間なのに)


 辺りを見回す。善良そうな人だった。石を握る誰も彼も、普通の人だ。



(そりゃそうだ。ボクに石を投げつけた人たちだって、いい人だったじゃないか)



 故郷での記憶。蓋をして閉じ込めた。


 ある人は泣きながら手を振り上げた。

 ある人は睨みながら拳を握りしめた。


 彼らは口々に言う。



『お前ら人間のせいで』



 今、アルバは何もせず立ち尽くすばかりだ。


 彼はその竜を石から庇うこともできた。やめろと叫んで彼らを止めることもできた。


 そうはしなかった。



(だってあの時、そうして庇ってくれる人はいなかった。……いなかったんだよ)



 いつもそうだ。できるけどしない。

 できない理由も、しない正当性も簡単に見つかるものだ。



『――それでいいの。かわいいあなた』



 悪魔が囁く。


 いつだってやらないことを選んできた。目を背けた。知らないふりをした。



『それがあなたよ』



 それが自分。何もかもから逃げて、生きている実感をも失った空っぽな人間だ。



 だけどそんな自分に、彼は言うのだ。



『――それでちゃんと……やりたいことができるといいな』










「嫌だなぁ……」



 アルバはハクアを見上げた。


「もう嫌だ……」


 絞り出す。


 こちらを見下ろす白く綺麗な顔面。精巧な人形が、女神の微笑を貼り付けたようだ。


「そんな自分、好きになれないよ」


 醜悪だ。女神を装うだけに、いっそう穢らわしいと感じた。


 爛々と輝いていた彼女の赤い瞳が、途端に濁る。


「君はそんな目をしていたんだね」


 足を踏み出した。

 背後で彼女が何か言っている。耳を塞ぐ必要すらない、もはや耳に入らない。



 アルバは膝をついて、黒竜に手を触れた。


「ごめんね」


 何に対してか、そう口をついて出た。

 飛び出た緑色の目玉が痛々しかった。自分まで痛くなった気がした。


「知りたい。あなたが見たものをボクに見せてくれませんか」



 アルバは彼の額に触れた。

 それから自身の額を寄せる。無防備な頭を差し出して、記憶に触れようとした。



「ボクにできること……なんでもするよ」



 死骸に残った記憶。残り香の様にかすかなもの。


 それを取り巻くように、憎悪と無念がうねっていた。うねりに自我が持っていかれそうな心地になった。


 それでも無理やり暴くことはしなかった。

 ただ、剥き出しの自分を差し出して、なされるがまま。



 すると見えてくる。ようやく会えた。


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