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アンダートゥ  作者: ただの
第六話 何も知らないで
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6-7.生き残ってしまった


「帝王……?」

「帝国の実質的な統治者だ。帝国の政治的な実権は高等評議会が握っている。そこの議員の一人。ま、言ってしまえば皇配――女帝の配偶者だ」

「それが女帝を差し置いて、帝王と?……」


 ニケラスの問いかけに、ネイメアが毅然と答える。


「皇配バラチカル・コーディン・オーディット。無論表で帝王呼ばわりするバカはいない。政治に無関心な女帝への揶揄だ」


 クロエドが「それで?皇配のいる場所に魔法陣があるというのか」と訝しげに聞いた。


「そ、都庁のてっぺんは帝王の別邸――執務室になってる」


 中央区画で最も背の高い巨塔。その屋上に、一軒家があるのだという。

 屋上全体は土を盛った庭園となっており、その中央に質素な家が建っている。


 異質な光景を想像し、クロエドは訳がわからない、と吐き捨てた。


「そこにある帝王専用の宮殿直通魔法陣。そう考えると信ぴょう性あるだろ?」

「要は帝都で最も高貴な人間の家に潜り込むってことだろう……?都庁にうじゃうじゃいる憲兵を突破して。無謀だ」

「……調査は進めているけど……テュオ」

「えーはいはい」


 話を振られたテュオが得意げに手を挙げ、


「おっしゃる通りです!――無理ですね」


 ニケラスの困惑を傍に続ける。


「場所は予想つくんですけど、ガードが硬すぎて確認はできてません。使い方だけでもと思って家人に探りを入れましたが……まー存在すら知りませんでしたよ」


 テュオは鼻を鳴らした。


「やっぱ一筋縄じゃいかないよな」

「茶番だな。現実的な侵入方法はない、女帝の居場所も分からない……これでどうして計画が成功できる?」


 ニケラスが「それ以外に方法はないのか……?」と漏らす。


「ある。第三の選択肢があるはず……」


 ネイメアが言葉の力強さとは裏腹に、肩を丸めた。


 一拍の間を置いて、すがるようにクロエドに向き直る。


「兄さん、何か知らないか?実のところ、兄さんを引き入れたのはそれが理由だよ」


 クロエドは困惑しながらも、()()に思い当たることがあった。


 それは、思い出すには苦いこと。無意識に蓋をしたことだ。


 意識を逸らすように思考を巡らすと、ふと思いついた。


(もし……選定会に……出ることができれば……?)


 選定会は宮殿で行われるという。だったら、そこに潜り込めれば……


「兄さんは帝都には詳しそうだ。旧区画の地図にはことさら詳しいはず。だって、十年前の生き残り……なんだもんな?」

「……!」


 クロエドは息を呑んだ。蓋から漏れ出した十年前の記憶が脳裏を掠める。


「あの災禍で、帝都の竜族は駆逐された。半地下も、周辺の貧民街もひっくり返す勢いで追い詰めたんだ。生き残った?一体どうやって?」

「……それは……」


 唇を噛んで、やっとの思いで言葉を絞り出す。


「俺が帝都にいたのは一時期だ……詳しくなんてない。脱出した方法も……参考にはならない……」

「……ッどうやって脱出した?なんでもいい、何か……」


 ネイメアの縋るような目に、俯く。


「言わない、絶対に……」


 拒絶したが最後、口を固く引き結んだ。


 そんなクロエドに、ネイメアは落胆の色を示した。が、最後には小さく「期待してるから」と呟いた。


(そんなことを言われようが……本当に、話せることは……)





「――というわけで、休める場所を用意してもらいました。ここにくるまで長かった……一旦小休止を取ろう」

「待て、ニケラス……!お前、俺たちを騙しておいて、そんな態度……!」


 クロエドが悶々とする中、ニケラスと団員たちの言い争いが聞こえてきた。

 壁に遮られて様子はわからないが、ニケラスは淡々と応じていることが伺える。


「騙したわけではありません。今話した通り、副官と決めたことです……情報が漏れるリスクを最小限にしたまでのこと。結果的に女帝には手が届く。皆さん、そのためなら命を賭けるとまでおっしゃったではありませんか」

「ふざけんな!!王女のことを知ってたら……!あんなに死ななかったかもしれないだろうが!」

「それは憶測でしょう。動揺が命取りになったとは限らない。あの蒼鹿が強過ぎたんです……」


 ニケラスは今の状況やこれまで伏せていたことを一通り喋ったようだが、団員の不信感は強い。

 誰かがニケラスの胸ぐらを掴み上げたのか、苦しげな声が聞こえてくる。


「ッ確かに、俺はあの人の裏切りに気づけなかった……俺の力が及ばず、この事態を招いてしまった」

「……っ……」

「でも。俺を選んだのは皆さんじゃないですか。俺は責任をとって副官()を殺したんですよ。これ以上、何を求めるんですか」


 冷たい響きに、団員たちが息を呑む。


「お前……」

「その辺にしておけ」


 年配の剣士が制止した。掴みかかっていた者が手を離す。


「……なあ坊、俺たちは何も隠し事をされたことにどうこう言いたいわけじゃない。ただ……お前は本当に、俺たちと同じ気持ちでいるのかと……」

「俺の復讐心を疑うんですか」


 すかさず口を出したニケラスに、たじろいだ声色になる。


「そういうわけじゃ……何か前とは違うように見えて、お前に命を預けていいのかが……」

「おかしいな」


 力強い口調に、いっそう場の空気が冷えた錯覚がした。


「そんなこと、初めて聞かれた。どうして……どうして今まで一度だって聞いてくれなかったんですか」

「坊……?」

「そう呼ぶのはやめてくれ。俺はもう弱虫のニケ坊じゃないんだ。貴方がたはいつもそうだ。見下して、持ち上げて、からかって、期待して。そぐわなければ、まるで被害者みたいな目で見てくる。

 俺は一度も……自分がここにいていいと思えたことは……」


 しばしの沈黙があった。誰も口を開けなかった。


「やめよう。疲れたんだ」

「ニケ……」

「疲れたんだ」


 重い沈黙だけが残る。


 きっと、ニケラスの本心は団の誰にも分からないだろう。クロエドは少しだけ彼に同情し、そして虚しくなった。



 *



 半地下をぐるりと回る。行き交う人々はほとんど背中を丸めるか、顔を隠している。


(蛇行する地下道……水路を辿れば、と思ったが……)


 クロエドは独自に調査をすべく、地下道を探す。案の定簡単に見つかりはしない。


 水路をのぞくと、顔が映った。

 久しぶりにまとまった睡眠をとったおかげで、顔色は悪くなかった。


 半地下の澱んだ空気とは裏腹に、水路の水はどこまでも透き通っていて綺麗だ。これも魔法の力なのだろうか。


(いつでもどこでも清潔な水が手に入る……''太陽と水の国''と呼ばれるのにも納得だな)



 問題は山積みだ。

 湖に囲まれた宮殿、そのどこかに閉じこもる女帝を殺す。

 ネイメアの話からして、現状計画はいまだ白紙に近い状態といえる。長丁場になりそうだ。


 まずは情報を集めなければ。クロエドは仮面をつけて、階段を登った。


 途中からニケラスが付いてきた。わざとらしく微笑んだ。


「クロエドくん。上へ行くなら付き合うよ」


 ニケラスは半地下や帝都の地図を握っていた。



 二人でめぼしい場所を回る。いくつか地図を買い足した。ニケラスのわがままで買い食いした。


「観光するの夢だったんだ」


 街灯が立ち並ぶ煉瓦の道、広場のテラスで休む。水路のせせらぎの音が心地よく響く。

 不思議と穏やかな気持ちになった。


「こんなところに住めたら素敵だろうね」

「……俺はもっと田舎がいい」

「へえ。クロエドくんは田舎育ち?」

「……ど田舎」

「それってどんな?あ、いや答えたくないならいいんだ」

「別に……放牧しか暇つぶしがない高原だよ。山岳に囲まれて、人間は出入りできない」


 年中崖の隙間から風が吹いて、その音が泣き声みたいだからと、''竜の泣き巣''と呼んでいた。

 クロエドはその語源を知っていても、謂れのない差別に泣く竜を皮肉ったものだと感じられて、その呼び名を使いたがらなかった。


「隠れ里か。そんなところが、きっと各地にあるのかもね。そこから帝都に越してきたのか。思い切ったね……」

「……正確には半分より少ない数だけ。帝国との和平を望む親交派だけだった」

「じゃあ残りは今も隠れ住んで……?俺に話してよかったのか?」


 クロエドは答えなかった。

 頬杖をついて通りを眺める。ちょうど孤児院の子どもたちが広場で遊んでいた。


「同じくらいの歳の友達がいて……」


 ぽつりと続けた。


「……そいつは親交派の両親について帝都へ行った。会いに行くのを両親は許さなかった。だから隠れて行ったんだ」


 十年前のことだ。

 初めての冒険は、後ろめたかった。それが余計に興奮を煽ったのを覚えている。


「初めて見る外の世界はいいことばかりじゃなかった。でも帝都は……楽しかったよ。人がたくさんいて、見るもの全部真新しくて。当然差別はされたが、せいぜい睨まれる程度のことだった。あの頃は、賢者の守護獣()が英雄だってもてはやされていたから」


 一人帝都へやってきたクロエドを、英雄は家に迎え入れてくれた。

 『よく来たな』と豪快に笑って、頭を大袈裟に撫でた。大きな手のひらだった。


「それが覆ったら知っての通りの有様だ。わけもわからず逃げたよ。助けを求めて、通りの家の扉を叩いた。一枚隔てた向こうに気配はあるのに、誰一人として出てこなかった。ちょうどこの辺だった」


 見渡した場所の静けさに、過去の光景を垣間見た気がした。


 剣の擦れる音が着実に近づく。


 順々に扉を叩いた。

 初めは控えめに。喉の奥が締まるにつれて、だんだんと力も強くなる。

 最後には拳の形に血の跡がついていた。


「今でも夢に見る。あの時の、扉を叩く焦燥感……肩を担いだあいつが、倒れ込んだ時の重み。それを見捨てて逃げた自分のこと……」


 忘れられない。

 地面に這いつくばってこちらを見上げる目。


 恨みなんかなくて、責めてなんかいなくて。

 純粋にこちらのことを心配していて、何かを託すような……そんな目。



「たまに思うんだ。どうして俺だけのうのうと……」



 いっそ睨んでくれれば良かった。




「……くだらない感傷だな。忘れろ」

「くだらなくなんてない。生き残った君は立派だった」


 ニケラスがきっぱりと言い切る。


 吐き気がした。

 そう言われたかったのかもしれないと思った。

 そのこと自体を見透かされた気がした。浅ましい自分を自覚して恥じた。


「そんなふうに思えない。だから殺したいんだ。仇を討たないと、あの時生かされた意味がなくなってしまう」

「……」

「でも、お前は女帝のことなんかどうでもいいんだろ。これ以上は……本当に後戻りできなくなるぞ」

「とっくにできないよ」

「このままネイメアに協力していいのか?王女だって、あいつに騙されているかもしれない。信用できるのか」

「できるわけないだろ?」


 思わず硬直した。

 あっけらかんとした物言いが逆に不気味だった。


「王女様は探し出す。なんとしてもだ。ネイメアには頼らない」

「お前……」


 クロエドが二の句をつげないでいると、向こうから人々の騒ぐ声が聞こえてきた。


「……なんだか向こうが騒がしいね。確かめてくるよ」


 気まずくなって、ニケラスと一緒には行かなかった。


 一人になって考えを巡らすと、よくないことばかりが浮かんだ。


 死霊団の不和といい、ニケラスの真意といい。

 味方内がこれだけバラバラで、どうしてこの大それた計画が成功するといえるだろう。


 宮殿への潜入、一つの可能性が頭に浮かぶ。

 選定会を利用したやり方。救世主を――


(アルバの手がかりは見つからなかった……だいたい、今更なんと言って近づく?あいつからしてみれば、俺はずいぶん勝手なやつだろう)


 だから、彼は一人で行ったのだ。

 もう二度と会わない方がいいのかもしれない、そう思った。


(でも……一人でやっていけるのか……)




「――大変だ、クロエドくん……!」


 あわてた様子でニケラスが戻ってきた。


「今すぐ隠れ家に戻ろう。向こうに人が集まってる――凱旋が始まる!ここにいたら危険だ」

「凱旋……?」


 思い当たる戦争はない。

 一体なんの凱旋だろうか。なにか胸騒ぎがした。



 二人は急いで隠れ家へ戻ろうとした。

 しかし、半地下への出入り口が封鎖されているのが遠目にも分かった。


 兵士が二人に迫ろうかの時、ネイメアが二人の背を掴んで路地裏に引き込んだ。

 彼は「黙ってついて来い」とだけ言った。



 連れてこられた場所は、帝都で一番広い通りをのぞめる宿屋の一室だった。

 潜伏場所にしては大胆だが、むしろそれが裏を掻いた印象を与える。


 二階部分の窓から、通りを埋め尽くす人々の頭が見える。隣でネイメアは双眼鏡をのぞいていた。


「一体なんの凱旋だろう?」 


 クロエドは鳴り止むどころか激しさを増す心臓の音に、冷や汗を垂らした。


 ニケラスが怯え半分に言う。


「皇女が戻ってくるって聞いたが……」

「……皇女?」

「ああ、そう話してた。()()()()()()()()()()()()()、って」


 第一皇女の凱旋。何を討ち取ったかまでは聞き取れなかったという。


 わっと外がいっそう沸き立った。

 車輪が回る重々しい音を掻き消すほどの歓声。


 それから、戦車が姿を現す。


「見ないほうが――」


 ネイメアが言いかけるが、クロエドの緑瞳はしっかりと戦車に乗った戦利品を捉えていた。



 それは黒い死骸だった。



 首だけになった竜の死骸だった。


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