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アンダートゥ  作者: ただの
第六話 何も知らないで
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6-6.帝王の座すところ


「――女帝は私室を出ない……たまに公務で顔を出すが、全部替え玉だ。殺るなら乗り込むしかない……」


 ネイメアが皇宮の図面を並べ始める。


 クロエドは先の会話を反芻して、どこか集中しきれなかった。振り払おうとして頭を振るった。


「外殿には評議会室とか、謁見の間。庭園のある中殿に、皇族の私的居住区の奥殿……」


 図面は大まかには半円状のつくりだ。ネイメアが指を差しながら宮殿の構造や位置関係を説明する。


「特徴的なのは外郭だな。宮殿は湖の真ん中にある。船を使わないと入れない、天然の防壁だ。

 帝都の水路を見ただろ?帝都中からこの湖まで、外側から内側に、重力に逆らうべく流れ込んでいる。

 このバカみたいな規模の魔法は、女帝の魔法なんだろうな」


 国丸ごと沈める水の魔法だ。そんなことも可能だろう。


「当然警備は抜かりない。湖岸には軍船が係留されていて、桟橋や船の管理は兵士が担ってる」


 図面には兵士の配置まで詳細に記されていた。湖と、帝都内を縦断する運河とを繋げる大滝。それを挟み込む崖に基地がある。


「ここまで分かっているのか……」

「まあな……と言いたいところだけど。肝心な場所が分からない。女帝のいる奥殿――カラザ宮の場所がな」


 ネイメアは指を離して、図面を遠めから俯瞰する。


「カラザ宮はおおよその位置も絞り込めていない。最北にあるだとか、地下にあるだとか……曖昧な噂だよ。なんせ特定の侍女だけが出入りを許されているらしく、内部情報を得にくい」

「何か手立てはあるのか?」

「さあな。外からじゃこれが限界だ。これ以上の情報は望めないと割り切る。入ってから探す」

「……は?」

「問題は皇宮に入る手段だ」


 あまりにさらりと言い放つので、クロエドは面食らった。


「まず旧下水道を伝うルートだ。裏会が長年にわたって半地下を調査した結果、やっと存在を掴めた……『蛇行する地下道』と呼ばれている」

「蛇行?」

「早い話が迷路だ。複雑すぎて……確実な道を確保できていないのが現状だ」


 ネイメアは考え込んでか俯いた。


 ……率直に、計画の杜撰さに不安を覚える。


 クロエドは散らばる紙面を見回した。地下道の地図らしきものにも描き込みはされているが、白い部分が目立つ。


「他には?」

「え?」

「まず、と言っただろ。別の案があるはずだ」

「……一応な。……お前ら、魔法陣って知ってるか?」


 クロエドは魔法陣との言葉に顔をしかめる。


「いや……俺は知らないよ。クロエドくんは?」

「……黒魔術の儀式に使われる紋様のことだろ。魔術的円環と混同されやすいが……ただの模様だ」

「魔術的円環……?」

「……お前、知らないのか?スーヴァ語で魔術的円環(サークル)だ」

「……ごめん、勉強嫌いなんだ」


 クロエドがネイメアを見やると、「面倒な説明はお前がやれ」と言いたげに顔を歪めた。


 仕方なくため息混じりに話し始める。


「スーヴァ語は俗に言う魔術言語だ。魔術に使う、魔力を消費する文字……サークルはこの文字を使って作る。読み解けば魔術式になる」

「それは知っ」

「対して、魔法陣はただの模様。黒魔術……例えば悪魔召喚の儀式で有名だ。聞いたことあるだろ……『悪魔が現れると地形が変わる。その紋様をサークルと呼ぶ』なんて……適当言っては、魔術師を怪しげだと非難したんだ。差別の口実にな」

「ありがとう。物知りだね」

「常識だろ……?」

「――それだよ」


 ネイメアが思いついたように口を出す。二人の視線が集まると畳み掛けるように話し出した。


「黒魔術、特に有名な悪魔召喚のイメージから、魔法陣は異界とつながる扉――みたいな扱いをされてる。床に描かれた魔法の紋様から、悪魔が這い出てくる童話、有名だよな。そういうイメージ。

 今回目をつけたのはそれだ。''転移魔法''っていったら、なんとなく分かる?」

「……反対だ、絶対に使わない」


 クロエドがきっぱり言い切る。「正気か?」と口にして、露骨な非難の目を注いだ。


「テンイ……?初めて聞く言葉だ」

「ニケラス、世紀の大犯罪者っていえば誰が思い浮かぶ?」

「それは――扉の魔女」


 クロエドの耳がぴくとそば立つ。黙り込んで、ネイメアを見つめ続けた。


「さすがに知ってるよな。大陸中飛び回っては扉に魔法をかけ、混沌を招く大魔女。その魔法の現象を''転移''っていうんだよ」

「扉を開けたら全く別の場所に出る、だっけ?行きたい場所に瞬時に行けるなんて、夢のような魔法だね」

「――その夢は悪夢だがな……」


 扉を開けたら別の場所。

 おとぎ話のような事象だが、扉の先が天国とは限らない。クロエドはそのことを十分に知っていた。


 海の真ん中、火口の淵、遥か空の上――いたずらでは済まない悪質な魔法。

 魔女の魔法。だからこそ、彼女は大量殺人者として名を馳せているのだ。


「ネイメア……転移の魔法のかかった扉には何の変哲もない、よく知られたことだ。魔法陣なんてもの存在しない」


 ネイメアは皮肉めいた笑みを浮かべた。


「『魔法があれば魔術もある』。そうだろ?

 結界魔法があれば、結界魔術が。飛行魔法があれば、浮遊魔術が。回復魔法があれば、治癒魔術が。

 上位魔法と下位魔術の関係性だ。

 だって魔法を、魔石がなくても使えるようにと真似たのが魔術なんだから。

 だったらあるだろ?転移の魔法があるならば、それに値する魔術が」


「――ありえない!荒唐無稽すぎる……!」


 クロエドが声を張り上げるのに、ネイメアは淡々と告げた。


「実際に成功してる以上あるんだよ」

「なに……?」

「宮殿直通の秘密の通路。転移の魔術的円環……便宜的に魔法陣と呼ぶ。これを使う。場所はそう遠くない」

「……どこに?」

「都庁のてっぺん――帝王が座すところ」


 ニケラスが「帝王……?」と呟いた。



 *



 ハッケーはその邸宅の長い廊下を歩いていた。

 質素で使い古しているが掃除の行き届いた空間。花瓶が飾られていた。

 細かい装飾が施された名匠のそれではなく、素人が焼いたような簡素でどこか親しみのあるもの。

 挿してある素朴な花々は、表の小さな庭園で摘んできたものだろう。


 家が主人を現しているとハッケーは思った。そこはこの帝都で最も裕福なはずの大豪邸だった。


 辿り着いた執務室で、主人はいつもと何ら変わりない様子で机に向かっていた。姿勢が良かった。自然と背筋が綺麗に、適切に伸びていた。


「ご報告申し上げます」


 ハッケーが言うと、ペンを滑らせる手をピタと止め、主人は顔をゆっくりと上げた。表情は乏しく、無愛想で真面目な印象を与えた。


 ハッケーはあらかじめ話すと決めていたことをそのまま口にした。そうしなければ緊張で報告どころではなくなる。


 主人はハッケーが話し始めるとすぐまた書き物を始めた。頷きも返答もせず、黙ったままだった。


「――以上。作戦は無事完遂。迅速に事を終え、予定を大幅に早め帰還する見込みです」

「かくも皇女は非凡か」


 主人は顔色を変えず、それだけぽつりと言った。空いた窓から涼しげな風が吹くが、ハッケーの額には汗が滲む。


「恐れながら――」


 二言、三言続けた後、ハッケーは懐から()()()()を取り出した。主人の仕草に促されて机上に置いた時、ごとりと重い音が響く。


「『神の遺産』は確保しました。ご命令通り、秘密裏に……」

「良きように」


 主人がハッケーの言葉を遮って言った。それは『良きにはからえ』という意味だった。


 ハッケーはこの言葉が恐ろしかった。

 主人は献上されたそれを観察する。全体を舐めるように見てから淡々とたずねた。


「息子はどうだ」

「……ご立派に任務を遂行なされました。()()()()()()様は……」



 ――名前を出した途端、脳裏が焦げ付くような光景が蘇る。


 血生臭い戦場に引き戻された。


『貴様ら、呪ってやる』


 敵の死に際の泣き声。恨みのこもった呪詛だった。

 崩れた家の瓦礫の下、仰向けに地面に挟まれ、息も絶え絶えに恨み言を叫ぶ。


『私たちが何をしたというの。こんなことをお前たちの神は赦すというの』


 叫びはごろごろとした音に塗れていた。喉の奥で血のあぶくがたっているのだった。口の端からわずかに溢れた。


『そう喚くな。貴様も神の言葉を語る()()か。まったく……俺様は信心深い方でな、ずっと不思議でならないのだ』


 バーバリックが指を鳴らす。ハッケーは顔を背けたくなったができなかった。首が固定されたかのように恐怖で動かない。


『神が人間の言葉を喋るのか?』


 鳴らした指先で、火の塊が揺らめく。


『――どうして神が人間の言葉を喋るんだ?人間が犬の言葉を喋るか?』


 その火種をふわりと飛ばす。


 家だった木々に引火すると、


『よくも……よくも、私の……!!』


 あっという間に燃え広がって、その邪教徒は言葉ごと炎に飲み込まれていった。


 笑い声が鮮明に響き渡っていた。

 ハッケーは飼い主の高笑いに心の底から冷える思いがした。


 彼の残虐が、邪教徒に、自分に向けられているうちはいい。

 だが、それがもし、命より大事な家族に向けられたのなら――



 ……ふと思い出した。こんな自分と似ていると言った少年のこと。


(似たもの同士か。一体どこが似ているというのか)


 ハッケーは眼前の主人を見据えた。常に自身の命運を握る存在だ。


(私は所詮奴隷なのだ。たとえバーバリック様が死んだとて変わらない。ままならない、すべてが……)


 どこまでいっても、誰かの所有物なのだと思い知らされる。



「――見事敵を葬りました。最も討ち取った数が多いことを、皇女殿下にお褒めいただきました」

「……怪我などなければそれで構わぬ」


 自身の口角が片方、醜く歪むのが分かった。


 去り際主人が、


「何か言い残したことは?」


 と聞いてきた。珍しいことだ。


 ハッケーは彼を鋭い人だと思った。


 頭の中にはつい昨日再会した少年――アルバの後ろ姿が浮かんでいた。


 救世主の存在を報告するか迷っていた。

 彼が手配書の特徴書きに合致することにも気づいていた。


「まだ言えません」


 だけど確定ではない。

 彼の黒い瞳を頭に思い描き、そう自分に言い聞かせた。


「いいだろう」


 まだ言えない、との不遜な態度。だが、それを主人が許容することはわかっていた。『良きように』とは、そういう意味なのだ。



 執務室を後にして、ハッケーの足はだんだんと速くなる。それに比例して忙しなく頭が回って、余計な事を思い出させる。


『アルバ殿、お一人なのですか』

『そうだよ』


 一人なのかと聞けば、そうだとたった一言答えるのみ。


『親戚の方はどうしたんですか』

『別れたよ。でも大丈夫……――』


 アルバの保護者だった男はどうしたのかと聞けば、別れたとそれだけ。


 はぐらかされていると肌で分かった。詳しいことは話したくないという圧を感じ取って、それ以上何も聞かなかった。


 そんなのは慣れたことだった。

 知ってしまうだけで、消されることだってある。何も聞かない、何も知らない。それが最も安全だ。


『良きように』


 それでいて、期待に応えられるように上手く立ち回らなくては。望む通りの働きをしなければ命はないと分かっていた。


 廊下の花瓶を割った次の日に来なくなった侍女がいた――獣人だった。


 物より価値の低い我々ではあるけれど、物以上の働きを求められる。


 いつか殉職するか、主人に殺される。

 それを理解した上で、主人が決して言葉にできない意図を汲み取り、先回りして事を済ますのに心血を注ぐ。


 それと同じ事を、あの少年に求められている気がした。



 窓枠に手をつく。空いた隙間からひやりとした空気が流れ込む。

 そこは高い高い場所で、帝都を奥の方まで見渡せた。まるで吸い込まれそうだった。


「せーんぱい!」


 呼び止められた。調子のいい軽薄な振る舞いが鼻につく、そんな青年。

 窓から離れて歩き出すと、彼は隣にぴたと張り付いた。


「先輩!お久しぶりです、無視しないでくださいよ」

「テュオ……何か用ですか」


 青年はいつも違う格好をしている。今は憲兵の装いをしていた。


「つれないなぁ。数少ない同僚じゃないですか。みんな死んじゃったし」

「……」

「俺、今度ばかりはかなり危ないんですよねぇ」


 いつもと違う真剣な影のある声色に、ハッケーは身構えた。


「まだ大聖堂の捜査を?」

「ああ、交換留学って言ってくださいよ。流行りらしいですよ」


 彼が横で大聖堂での思い出をペラペラと話し続けるが、内容は頭をすり抜けていく。


 ハッケーは彼が大教父の暗殺に関わっていることを容易に推測できた。


 すると、無性に気になってくる。

 本当に暗殺の犯人が手配されている少年なのか、と……


 極秘任務に探りを入れるのは御法度だと理解していた。

 しかし、これも情報収集だと自分の内に口実を作った。


「――大聖堂の事件……巨城壁の、を渡った少年が暗殺者だと、そんな噂が広がっています。貴方は……その、見たんでしょうか」

「え?」


 まごまごとした口調。テュオがあからさまに目を見開いた。


「えっ?え〜珍しいですね。あんまりそういう野暮なこと聞かないタイプだと思ってたのに」

「茶化さないでください……」


 ハッケーは顔を背けた。テュオが自分の横顔を興味津々といったふうに凝視している気がした。


「――イタ!イタタ!ちょっと先輩、やめてください魔法使うの」


 どうやら強制的によそを向かせようと魔法を使ってしまったようだ。テュオの首が不自然にねじれている。


 ハッケーは「すみません……無意識で」と謝りながらも、そのまま意識的に魔法の発動を続けた。


「それでどうなんですか?」

「えっ脅しですか〜?は〜なんだか変わりましたね……」


 ほんの少し魔法を強める。


「あーっちょぉ……!まっ、か!関係ないと思います!」


 そう口にした途端、首がガクンと元に戻り、テュオは咳き込んだ。


「関係ない?」

「ないですよ!……っと、これは勘なんですけどね?あくまで勘ですよ……」


 ハッケーは安堵した。勘だと念押しするが、それが建前なのは分かっていた。


(そもそも、山門城の暴動と大教父の暗殺は別々の事件で、結びつけるのには無理がある……)


 確かに大枠で捉えれば、暴動の鎮圧に大聖堂の騎士団が駆り出され、そのせいで賊の侵入を許したかのように見える。

 さらに、その賊が山門城を通ってきたとするなら尚更だ。


 しかし……大聖堂は鉄壁の防護と印象深い。

 大教父の結界は有名だ。果たして易々と突破できるものだろうか。


 しかも、わざわざ山門城を通ってとは。


(腑に落ちない。あの城主を掻い潜る労力を割く必要性があるのだろうか?……)


 それに、なぜ暴動の鎮圧に助力が要るのだろうか。たかが貧民の暴動程度、あの城主ならば十分に対応できる。なんなら、あらかじめ予期して未然に防ぐこともできただろう。


 おそらく、城主を知っている者ならば皆違和感を抱いたはずだ。 


 すなわち、すべて城主の筋書きなのでは?と……


(しかし……ラーチス殿下が大教父を暗殺するとは思い難い。殺すならば、政治的な効果を最も得られる形で成すはず……)


 しかもこの筋書きでは、出し抜かれたとして山門城の株が下がってしまう。



(――であれば、やはり暗殺者は存在する……山門城の威信を傷つけてでも捕まえたい犯人が……)



 ハッケーは生唾を飲んだ。


「では、なぜ追われているのでしょうか」

「さあ……城主様がやたら気にしてるとかって。でも普通あんな子どもより、もっと気にすべきもんがあると思いますけどね。ま、()()()はもう尻尾掴んでるとかなんじゃないですか?」


 おえ、とえづくテュオ。

『そっち』とは犯人のことを指しているのだろうか。


「……?では少年はあえて手配したということですか」

「そーです。あ、そうかもです。あ〜でも逆に何も掴めてなくて、それが唯一の手がかりだったりして!なーんて、テキトーですよ?」


 テュオが笑い飛ばすが、ハッケーは彼の話を真面目に捉えた。


(唯一の手がかり……仮にそうだとして、何を掴む?アルバ殿からしか辿れない、何か……)


 ふと、アルバの横にいた保護者の姿が思い浮かんだ。何の根拠もない想起だった。


「……変なことを聞いてすみませんでした。では急ぎますので」

「あっあーちょっと待って!俺も野暮りたいんですけど」


 テュオが手を上げる。


「先輩、転移の魔法陣って知ってますか?」


「は……?」


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