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アンダートゥ  作者: ただの
第六話 何も知らないで
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6-3.再会と企み


「孤児院の見学はご自由にどうぞ。都庁の許可が降りれば気に入った子どもを引き取ることができますよ」

「遠慮します……」


 今の自分の立場なんて孤児と同じようなものだ。アルバは帝都孤児院の乳母の提案をやんわり断った。


「アルバ殿、ここで待っていてくださいね。すぐ戻りますから」

「ああ、急がなくたって……」


 言い終える前に、ハッケーはアルバを孤児院のホールに置いて、奥の部屋へといなくなった。

 彼の家族――弟妹がここの音楽隊に一員らしい。ハッケーは彼らを迎えにきて、そこで偶然アルバと再会したのだった。


(かなりツイてる……泊めてもらえるなんて)


 適当に野宿をすると話したら、帝都に滞在中は泊めてくれると言うのだ。素性を詳細に明かしたわけでもないのに、殊勝な人だとアルバは思った。



 ふいに辺りを見回す。孤児院のホールは一見綺麗に掃除されているが、出窓ベンチの下にある隙間にはおもちゃやら絵本やらが追いやられている。


 何気なく拾い上げた絵本には、火を吹く竜の絵が描かれていた。絶対不変の悪者の象徴。竜は魔物と刷り込まれて帝都の子供は育つのだろう。


「ねえ、ねえ、読んでこれ」

「……え、ボク?」


 突然現れた人懐っこそうな幼い少女に本を押し付けられた。よく見れば、音楽隊の最前列で歌っていた子だ。目が見えないのか、両目を瞑っている。


 文字が読めないから、とせがまれて、アルバは渋々タイトルに目を通す。


「いいけど……こんなの読むの?」


 『帝都奇譚集』と黒地の表紙に金文字で刻まれている。いわゆるオカルト本というやつだった。

 パラパラとめくると、竜や魔女、幽霊の挿絵が目にとまる。子どもに読むのをためらう内容だったが、期待の圧に押し負けて仕方なく最初のページを開いた。


「えー……せ、『世界に散らばる死体』……」

「もっと気持ちこめて」

「……『×××年のある日同時刻に、突如世界中に人間の体の一部が出現するという怪死事件が起こった』。おお……?」


 思わず困惑を漏らした。


「これほんとにここにあったやつ?」

「奥の方にね」


 少女は、ホールの隅にある戸棚を指した。戸棚の影に隠れて、扉が佇んでいた。

 「つづき!」と叫ばれ、とりあえず読み進める。


「そ、『捜査によると体はまだ生暖かく、また頭部が現れた瞬間声を発したという証言もあったことから、何百人という生きた人間が瞬間的に分離し』……」


 内容の過激さに少女の顔色を伺う。

 わくわくした目をしていた。その目に急かされるまま、投げやりに最後まで読み上げた。


「『しかし、のちの捜査によると証言の八割が信憑性に欠け、集団虚言によるもの、もしくは悪戯ではないかと考察されている』。おわり……ん?」


 紙切れが挟まっているのに気がつく。


「魔女……」


 『扉の魔女?』と殴り書きされていた。


 「それみせて」少女はアルバの手から、素早く紙切れを奪う。


 おそらく話の半分も理解できていないだろう。

 アルバは少女が無邪気に続きをせがんでくるのに、故郷で待つ幼馴染のことを思い出した。彼女もこういう話が好きだった。


(将来有望だなこりゃ……)


 「次はね、こっち」とページを開いて強引に見せてくる。アルバは素直に手に取った。


「いいけど……えーなに……『帝国はかつてより、邪神に与した罪深き竜族と』は……」


 途中まで読み上げたところでアルバは押し黙った。少女が続きをせがむのをよそに、食い入るように読む。


『――竜族とは敵対関係にあったが、その慈悲の心で同盟を組むに至った。その証として、竜族の戦士を神杖の賢者の守護獣として迎え入れた。

 しかし、この慈悲はもっとも最悪な形で裏切られることとなる。

 守護獣となった戦士が、恩義ある帝国を裏切り、賢者を殺したのだ!

 この許し難き蛮行に対し、女帝は竜族の殲滅を命じた。帝国に住まう竜族の駆除には成功したが……』


 この先は破り取られている。


「これはダメ」


 アルバの頭の中はとたんに真っ黒に塗りつぶされた。

 竜族の悲惨な過去。樹海での会話がつぶさに思い出される。


『――あの人が!!殺すわけないだろうが、絶対に!!あり得ない、分からないか!?……はめられたんだよ!!』


 あの時と同じ気持ちが蘇って、胸の奥がざわついた。

 クロエドが言っていた『あの人』とは、おそらくこの守護獣のことだろう。

 守護獣とは皇族一人につき一匹与えられる専属の獣族の従者、だったはずだ。


(それが本当なら、先代の神杖の賢者様は皇族のはずだし……何より、そこまで強い絆を結ぶほどには仲が良かった……?)


 バーバリックとその守護獣ハッケーの関係を見る限りでも、その関係は強固だ。二人の関係は近かったに違いない。


 それが、なぜ殺したのか。

 女帝にはめられたとクロエドは主張したが、その理由は――


(竜の血は不老不死の霊薬だから……?)



「ねえ、ねえ!」


 いきなり大きな声で話しかけられ、アルバは辺りを軽く見回した。

 思考を巡らす間に少女はいなくなっていたようだ。代わりに近くにいた幼い少年が手を突き出してくる。


「その本、返せよな」

「え?あ、ごめ……」


 彼は、アルバが握りしめる本をひったくるように取ると、ホールの隅で涙ぐんでいた少女に手渡した。


「ほら、取り返してやった!また何かあったらおれに言っていいよ」


(とったわけじゃないけど……)


 アルバは彼があんまり得意げな顔をしているので、その主張を飲み込んだ。



「――ここにいたのですね。勝手に動くなと言われたでしょう」


 満足そうに胸を張る彼の肩を掴んだのはハッケーだった。


「兄ちゃん!だって、おれ、ほら……今いいことしたから!」


 アルバは驚いて、二人の姿を見比べた。

 彼がハッケーの弟――あまりにも似ていない。


(人間っぽい……)


 獣の要素が色濃く出たハッケーと違い、弟の方の見た目は人間に近い。瞳孔や耳は獣だが、手足は人間のそれだった。さぞ楽器も巧みに弾けることだろう、と思った。


 弟が破れた楽譜を振って喚く。ハッケーは話半分に聞きながら頷いていた。


「おれは歌も楽器もキライだから、騎士になるの!いいこといっぱいして、いつか兄ちゃんみたいに騎士団に……!」

「分かってる。失敗は恥ずかしいことではない……アルバ殿、お待たせしました」


 彼の足の後ろから、おそらく妹のほうであろう少女が顔を覗かせた。こちらも風貌はほぼ人間だ。


「ううん、全然」

「知ってる人?」

「私の恩人だ。しばらく一緒に過ごすから、挨拶しなさい」


 兄の足にしがみついて隠れる妹と、じろじろとアルバを観察する弟。

 よく見れば、弟の方は先ほど歌を失敗した子だった。



 彼らは東の獣人街に住んでいた。

 高い土壁の柵に覆われた、固い赤土の地面が広がる区画。どこからか藁草と焚き木の匂いがする。

 門番はハッケーの顔を見ると無言で一礼し、人間のアルバを素通りさせた。


「狭い家で申し訳ないのですが……」


 家と言うが、木の骨組みに丈夫な布を張った天幕だ。

 物は多過ぎず、家具は必要最低限で質素。色味も地味な物で統一されている。


「全然そんなこと!本当にありがとう。ボク一人じゃどうしたらいいか分からなくて……」

「アルバ殿、お一人なのですか」

「そうだよ」


 天幕の中を忙しなく妹が動き出す。恥ずかしがってか、いまだに一言も発さない。

 弟の方は相変わらずアルバにちらちらと視線を送りながら、姉に言いつけられるままに夕食の支度を手伝っている。


「親戚の方はどうしたんですか」

「別れたよ」


 一拍のち、ハッケーが息を吸い込む。彼が口を開くのを遮った。


「でも大丈夫、ボクだって少しは成長したんだから。背だって伸びたでしょ」


 ハッケーは少しの間、アルバの姿をじっと見つめた。


「……ええ、驚きました。しかし変わりませんね、匂いは……すぐにわかりました」


(あれ、もしかして臭う……?そういえば最近体拭きしかしてないな……)


 アルバは気になって、それとなく自身の服を嗅ぎ始めた。そんな様子を見てハッケーは目元を緩ませる。


「先に湯浴みをしますか、食事の準備に時間がかかりますから……裏手にあります」

「ゆ……?」



 夜空の下、お湯を張った樽の中に放り込まれる。下敷きになった火の魔石が熱を持ち、水の温度を調整していた。


(どういう仕組みなんだろう……)


 故郷では共用の蒸し風呂浴場があったが、こちらの方が水をたっぷり使う分いくらか贅沢だ。

 初めこそ、鍋の中で茹でられる肉の気分になって文化の違いに面食らったが、じんわりと体に染み渡る熱が疲れを溶かしていくのを感じて、存外気持ちがいい。

 疲労と一緒に悩みまで溶けていくようだった。


「あーあ……でもなぁ……これからどうしようか……」


 樽の縁に腕を預け、湯気越しに星を眺めた。今だけは何も考えまいと決めた。



 *



 朝早く目が覚めたアルバは獣人街を散策することにした。

 すでに家の中にハッケーの姿はなく、隣で弟妹が互いに寄り添うようにして静かに眠っていた。



 夜明けの街はまだ眠っている。

 がらんとした通りを吹き抜ける風に、昨晩の焚き火の匂いが残っていた。


 歩きながら今後のことを思案する。


 身分証のないアルバは選定会への参加は叶わない。

 人間であるアルバは、帝国民としてごくありふれた外見だ。身分証を持っていること自体はおかしくない。

 しかし、身元を明かせない以上発行ができない。詳細な手続きは知れないが、作成途中で詰まって役人に怪しまれることはできれば避けたい。


(となると……)


 脳裏に浮かんだのは、ハッケーの主人であるバーバリックだった。

 旅の道中出会った、あの不躾で傲慢な男。


 彼は帝国騎士団の副団長を名乗っていた。

 それなりの権力を持つ人物のはずだ。ハッケーに便宜を図ってもらえば、道は開けるかもしれない。


 だが、昨日読んだ新聞の記事が胸をざわつかせる。


(あの人の父親……()()って何なんだろう。この国で一番偉いのは女帝陛下だよね……?)



 人通りが増えてきた頃。考え込んでいた時、すれ違った獣人と肩がぶつかった。

 カバンを落としてしまい、軽く謝って拾い直すその間に、獣人は足早に去っていった。


「にいちゃん、すられてる!」


 その言葉にハッとして、振り返る。角を曲がる獣の尾を見逃さなかった。


(やられた……!)


 声の主はハッケーの弟だった。彼はすぐさま角を曲がってスリを追っていった。


「ちょっ……待って!?」


 アルバも走って追うが、ぐんぐん距離が開く。獣人の脚力に加え、人や建物を軽々と飛び越える身のこなし。人間のアルバが到底追いつけるものではなかった。


 やっと姿をとらえた頃には、弟はとある建物の前で地団駄を踏んでいた。

 ぜぇと息を切らすアルバとは対照的に、体力が有り余っている様子で、ピンと黒い尾を立たせている。


「くそ〜っ逃げ込んだ!ここ!」

「さ、酒場……?」


 木造の年季の入った建物だ。

 壁には荒々しく重いタッチで描かれた獣の落書き。酒と煙の匂いが漂ってくる。


 迂闊に立ち入れない雰囲気だ。

 治安の悪い獣人街、朝から飲むような奴らが中でたむろっているのは容易に想像できる。


「もういいよ、諦めよう」

「なんでだよ!悔しくないのかよ」

「絶対危ないよ……雰囲気からしてやばそ……」

「負け犬!おれは行くから。騎士になる男がこんなとこで引けるか」


 彼は二、三歩足踏みをしてから、意を決して大扉を押し開けた。


「ああもう、いいって言ってんじゃん……!」


 アルバも半ば投げやりにそれに続く。



 中は、昼間とは思えないほど薄暗い。

 暖色の照明の下、酒と葉巻と獣の匂いが混ざり合う空気。ざらついた笑い声と、樽のテーブルを叩く音。


(やばい、旅が終わる)


 弟が一歩足を踏み入れた瞬間、薄暗がりに無数の瞳が浮かび上がる。傷だらけの獣人たちが、侵入者を値踏みするようにこちらを見据えていた。


 木製のカウンターの奥、屈強なバーテンダーがグラスを拭う音だけが響く。


「あいつ、どこだ……?」 


(なんなら人生も終わる)



 瞬間、派手な音が鳴り響いて、アルバの肩が跳ねる。ガシャッと何かが割れる音だ。


「――話が違うな。王権の象徴(レガリア)は渡さない。それで決着がついたはずだよな?」

「場所は教える。今回の作戦に干渉はしない。こちらの要求も二つ。レガリアは預かる。()()の記録をもらう」

「意味がわからない。釣り合いが取れていると思うか?なぜ今更話を変える?」


 二人組の口論だった。

 片方がテーブルに拳を打ちつけた体勢で、立ち上がったまま相手を見下ろしている。


 その対面に座る相手は、薄く色のついた丸眼鏡をかけた若い男だった。

 気だるげに深く腰掛け、真っ直ぐ目の前を見据えていた。


「ボスの気は変わりやすい」


 会話の相手と全く目が合わない姿勢だ。淡々と続ける。


「お前は条件を果たしたが、遅かった。前払いが遅いのは良くない。信頼性がない」

「ハッふざけろよ」

「そもそも疑問は多い。どうやって侵入するか?作戦が成功したとして、誰が――」


(あれ……?)


 アルバははたと気づいた。


「条件を飲むなら、お前がこそこそ嗅ぎ回ってる情報を渡す。()()()の話だ」

「……ッ!」


 眼鏡の男が自分の側にあったグラスを、タンと音を立ててテーブルに叩きつけ、差し出す。

 差し出されたグラスを凝視するのは、見知った気配のその人。思わずアルバは声を漏らした。


「ネイメア……?」


 彼は勢いよく振り向いた。その両目は大きく見開かれていた。


「なんでここに」


 数日前に別れた少年。感動とは無縁の再会だった。


「知り合いか。ゲ……」

「黙れ」


 ネイメアの低い一言。

 丸眼鏡の男は黙って煙草に火をつけた。細い紙の筒を咥える。筒をつまむ指――十本の指すべてに指輪がはまっていた。


「あ、邪魔してごめん。もう帰るから」


 アルバは努めて冷静に言った。

 無意識とはいえ、会話に水を差してしまった。しかもかなり物騒で、真面目そうな話題の。周囲から注がれる視線が、鋭く肌に突き刺さる。


「待て、アルバ」

「え?」


 ネイメアは男に向き直って、冷ややかに告げた。


「正直がっかりした。『晩鐘(ばんしょう)』がこんな情報も自力で掴めないとはな。信頼性が落ちたのはお前の方だよ」

「……」


 レンズの奥、瞳だけがぐるりと上を向く。ようやく男はネイメアと目を合わせた。


 ネイメアはフッと笑った。

 それからアルバの前に歩み寄り、その手首を掴み上げた。



「――こいつは救世主だ。選定会に出す」



 腕を高く上げられ、アルバは硬直した。



「意味は分かるな?――段取りも、工作もすべてオレがやってやる。お前らはただ、()()の場所を吐けばいい」


 ほんの少し男の眉根が痙攣するが、表情は変わらない。煙を吐きもせず、アルバの顔を見つめる。


 アルバは背中に嫌な汗をかいた。それから、


「えっ」


 とだけ発した。情けないことに、それしか言葉が出てこなかった。


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