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アンダートゥ  作者: ただの
第六話 何も知らないで
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6-2.太陽と水の国

 尋常じゃない人混みだ。

 屋台がずらりと並ぶ大通りを、埋め尽くす人々。それぞれが違った雰囲気の装い、違った匂いを纏っている。


「いつもこんなに人が多いんですか?」

「いいや。もうすぐ降臨祭だからだよ。知らないで来たのか?」


 人影まばらな店で一番安い果物を手に取る。なるべく新鮮そうなものを吟味する間に店主と世間話を交わした。

 店主の話によると、今は祭りを目前に控えた時期らしい。


「こうりんさい?」

「神様を祀んのさ。ま、昔はちゃあんと深き神を祀ってたが、今やその座は皇族にすげ変わってる。それに……」


 降臨祭は''この世とあの世が繋がり、祖霊が帰ってくる日''とされている。

 古くは神を降ろす神聖な儀式だったが、現在は死者を悼み、先祖に祈りを捧げる祭儀となっている……アルバはそんな話に目を丸くした。


「死んだ人が帰ってくるなんて本気で信じてるの?」

「まさか。ただの名目さ。かといって本来騒ぐような日じゃないが。まあいいさ……こういう時期はものがよく売れる」


 やたら時間をかけて選んだ割に、最初に目についたものを差し出した。しぶい顔つきをされたので、保存食もいくつか付け足す。


「さっき着いたばかりなんだけど、都庁?って……」

「案内所に聞きな。でなきゃ地図を買うか?」

「え?地図?」

「ああ、いや……この辺は見かけよりずっと複雑なつくりだ。お上りさんにゃきついから、素直に役人に聞くんだな」


 アルバは店主が言った通りの金額を手渡した。

 店主は手の中の硬貨と彼の顔を交互に見つめたのち、小さくため息を吐いた。

 

 ちょうど品を受け取ったころ、店先に人が集まり始めた。そそくさと退散する中、「おい」と呼び止められる。


「時計塔を模したでかい建物だ。そら、向こうに見えるだろ。迷うなよ」

「あ……ありがとう」



 アルバはわずらわしい人混みを避けながら、複雑な区画を彷徨い歩く。


 まずは自分が訪れるべき場所――帝都政庁を目指していた。

 それこそ、都心の玄関たる中央区画の門を抜けてすぐの案内所で盗み聞いたこと。旅人はまずは''都庁''へ、と。


(できるだけ、兵士や役人とは関わりたくないからな……)



 親切な店主の言う通り、路地は入り組み迷路のようだった。

 石造りの白い街並み。景観が統一されているのが、かえって道を分かりにくくしている。

 石橋の下をくぐり、階段を上っては下り……階層を行き来させられるたびに、自分の位置がわからなくなっていく。

 建物はどれも背が高く、周囲の様子が見渡しにくい。見上げる太陽がやけに遠く感じられた。


「地図、買っとくべきだったかな……」


 人目を避け、目的地への直線最短距離を行こうとしたばかりに時間がかかる。

 余計に疲労が溜まって、そばを流れる小川のせせらぎが耳にこもった。


(やけに水路が多いな……)


 街中至る所に()があった。大小さまざまな用水路に澄み切った水が流れている。

 不思議なことに、水流はあべこべだ。重力に反して、低いところから高いところへと流れているのだった。


『ここは好きじゃない』


 それまで黙りこくっていたハクアがぽつりと言った。小道に座り込み、用水路に足を浸して。その背中が寂しそうに見えたので、アルバは思わず声をかけそうになった。



 *



 結局アルバは素直に大通りを行くことにした。

 あれほど迷ったのが嘘だったかのように、ものの数分で辿り着いた。考えてみれば当然だ。自分が滑稽で笑えた。



 帝都区画オーディット――宮殿の正面玄関にあたる中心区画。


 その一角を占めるひときわ大きく立派な建物が、''帝都政庁''と呼ばれる行政庁舎だ。

 アルバは建物の頭にある巨大な時計を目印に、そのふもとまでやってきた。あたりを見回すと、多くの余所者が出入りしている。


 この''都庁''が身分証の発行や人民管理を担っているからだ。帝都への移住や商売を考えた時、まずこの都庁を訪れなければならない。



 都庁目前の庭園は喧騒にまみれていた。

 出入り口の近くには大きな広報板があり、何人かが足を止めていた。端の貼り紙が目に留まる。


「''次期王は誰?''……」


『……カーレンディス陛下が病に臥せったという噂が広まり、帝国領の慰問訪問が永久停止となっただけでなく、国民の前に全く姿を見せなくなったことから、帝位を退くのではないかという声が後を立たない。

 第45回国民聴取では、国民の八割が次期王に第一皇女ラディシャ殿下を推す結果となった。女帝陛下はかねてより『強き者』に王位を譲ると発言されており――』


(ラディシャ……エンダーソンで見かけた女の人?……そういえば、どうしてあんなところに……?)


 その張り紙の下敷きに、古びてぼろぼろになった紙切れが錆ついた釘で打ち付けられていた。


『竜族ノ情報求ム! 竜族を滅ぼすことは帝国の悲願である』


 古い新聞の切り抜きのようだ。アルバはほんの少し眉根をひそめ、視線を逸らした。


 ふと隣の会話が耳に入る。


「殺されたって……」

「死人が起き上がったって話だ」


 がやがやと噂話で沸き立つ。彼らの視線は広報板の一点に注がれている。

 顔を上げた時、その張り紙が目に入って息を呑んだ。



 自身を指す手配書だった。



「――号外!号外だよ!''大教父''暗殺!」 


 背後で新聞売りの少年が叫ぶ。


「殺したのは、おれと同じくらいの子どもって話だよ!どう、興味ある?新聞買ってかない?」


 小汚い格好の少年は、広報板に足を止めた大人たちに呼びかける。


「そいつはあの巨城壁を抜けたって話だよ!この話、どこも掴んでないネタだよ、どうだよ」

「バカ、もうお上が張り出してんだろ!ほらここ」

「あれ、ほんとだ。――ねえ、お兄さん」


 張り紙に目を丸くした少年が、次の瞬間アルバの肩を叩く。アルバの心臓は跳ね上がった。


(まさかあの一瞬で、あの暗闇で、あの距離で?みんな殺したのに、どうして――)


 大教父暗殺の犯人――十代前半の小柄な背丈に、色素の薄い茶髪、赤い瞳……巨城壁を抜けた少年。

 瞳の色だけは違うが、それでもその手配書の特徴書きは完全に自分のことを言っている。



 少年はアルバの顔を見上げ、首を傾げた。


(まずい、こんなところで)


「……大丈夫?顔色悪いけど。あれ?あはは、人相書きとちょっと似てない?」

「そ……そうかな……」

「でもどう見ても背丈が違うや。ちょうどおれと一緒くらいって話だからさ」

「……え?」


 少年の言葉に息が詰まる。アルバの視線が左右に行き来した。


「ところで、新聞……」

「ごめん」


 アルバは口元を抑え、足早にその場を離れる――


「やっぱり一部もらっていい?」


 その前に、硬貨を差し出した。少年は満面の笑みを浮かべた。



 アルバは都庁の建物の影に身を隠した。

 建物の壁をつたう水路――張り巡らされた水のガラスに自分の姿を映してみる。

 初めて今の自分の姿をはっきりと認識した。


「こんな……」


 ひどく見違えるほどではないが、前とは確実に見栄えが違っている。

 以前より背が高くなり、顔つきも多少精悍になった。まるで数年分の時が一気に流れたかのようだ。見た目の歳は十五くらいだろうか。


 その時、水のガラスに映った自分の瞳が、一瞬淡い赤色に光った気がした。それはハクアの瞳と同じ色だった。


 アルバはその不可解な現象がハクアの存在と関係していることを漠然と感じた。が、明確な答えは見つからない。


(こんなことにさえ気づかないなんて……)


 自身の身体の変化に気づけない。それほどの無頓着さに自分のことながら笑ってしまった。


 しかしこれなら、手配書の条件に該当しない。おかげで帝都を自由に歩ける。



 そう気を取り直したアルバは早速塔を登る。

 厳かな都庁の片隅、螺旋階段の外側を一定のペースで登っていく。

 罵声飛び交う階層を通り抜け、やってきたのは儀典局だ。


「――選定会には身分証がないと出られません」

「……え?」

「ですから、選定会は宮殿で催されます。身元も知れない者を通すわけにはいきませんから」

「だっでもだって、帝国民じゃない人が救世主だってことも……」

「その場合は通行証があれば」

「異種族だったら――」

「そんなことはあり得ない」


 それは事実ではなく、前提だ。そんな言い方だった。


「下の階へ戻ってください。記録局では新たな帝国民を歓迎します。

 ただし、身分証の発行には時間がかかります。一年で済めば良い方でしょう」

「え……?い、一年?」

「あら?でもアナタ、見たところ異民でもなさそうだし、通行証があるはずですよね?それとも、貧民街の――」

「すみません、大丈夫です」


 これ以上話を続けるわけにはいかないと直感した。

 身分証も通行証も持っているはずがない。そのために密行までしたのだから。


 去り際、アルバの後ろに並んでいた人が声を張り上げた。意図せずして内容が聞こえてしまう。


「すぐに神杖の賢者様に御目通りはできないのですか?」

「申し上げた通り、然るべき謁見の場を設けておりますので……」


 通りすがりの男がからかい半分に言った。


「兄ちゃんも自称救世主?まーた救世主が一人増えたよ。一体何個世界があるんだか」



 夕方、途方に暮れたアルバは辿り着いた広場のベンチで黄昏れていた。西の下街、小綺麗な邸宅が並ぶ住宅街だった。


 広場で肌艶のいい子どもたちが歌っていた。高く伸びる高音。歌声に映える楽器の演奏は、どこかがちゃがちゃした印象を受けるが、不思議とまとまりも感じる。

 途中で見かけた帝都孤児院、そこの音楽隊らしい。見物客が話していた。


「上手ね」

「あそこで目立てば、黄金島の聖歌隊に引き取られることもあるんだって」

「上手くいけばスターね。特にあの一番前の列の女の子。目が見えないみたいだけど、綺麗な子ねぇ……」


(上手くいけば……か)


 アルバは頬杖をつく。と同時に、奥の列の男の子が盛大に音程を外した。恥ずかしそうに背中を丸め、みるみる口が閉じていく。


(何事も、そう上手くはいかないけどね……)


 心の中で皮肉った。


 どの宿屋でも身分証の提示を求められた。区画の移動にもだ。


『ここより先は特別な許可証が必要です』

『東は獣族の街なんだ。旅人が訪れるようなところじゃないよ』


 東の区画、獣人街の門番がそう言った。 

 どこにも居場所がない。こんなにたくさん人がいるところで、ひとりぼっちなのは自分くらいだろう。そう思って惨めになった。


 背を丸めた時、歌がやんだ。

 周りが音程を外した少年を慰めているのが気配だけで分かった。いっそう惨めになった。


 おもむろに新聞を広げてみる。


『帝国の英雄、またもや邪教徒を殲滅!』


 センセーショナルな見出しがまず目に飛び込んできた。庶民派でやや下品な印象だった。


 邪教徒狩りの話など目に入れたくもない。ページを適当にめくる。


「''帝王''の功績……帝王?」


 ふと紙面の目立つ太字が目に留まった。


『……なんといっても帝都の開発だろう。獣族のスラム街を整備しただけでなく、カルヴァドス大聖教会と王権のわだかまりを解消し、大聖堂を建立したことで帝都は聖地として産声を上げた……

 さて、民草が最も関心を寄せるのはその御血筋だろう。()()が、我が帝国が誇る神杖の賢者の父であることは今や周知の事実である。だが、もう一人の息子、すなわち帝国騎士団副団長である――』


 アルバはその続き、名前を思わず読み上げた。



「''バーバリック・コーディンと賢者は腹違いの兄弟であるが''……」





「――アルバ殿?」



 聞き覚えのある声がした。


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