5-9.惰性という名の堕落
前回までのあらすじ:
アルバはハクアに頼り窮地を脱する。その先、待ち構えていたネイメアに誤魔化し混じりに厳しい言葉を投げかけられる。
ニケラスはこの惨状に、深く息を吐いた。
虐殺を生き残り、復讐を誓い、集った仲間たち――もうたったの五人程度しか残っていない。
「……」
斬られた片目がじくじくと痛む。どうせ視力はほとんど残っていなかったが、それでもこれで完璧に喪ったのだ。喪失感と痛みが胸を抉った。
「ニケラス、見せてみろ。大丈夫だ、傷は深くない」
片膝をついて、ニケラスの傷を見つめる副官。
片目を失い、遠近感が狂っているからだろうか。ニケラスには彼の顔が、やけに歪んで見えた。
「――よかった、まだ剣は握れるな」
ははは。
誰かの笑い声が聞こえてきた。
『――ははは、まだまだだな』
十にも満たない子供の頃のこと。
『先生、もう一本お願いします』
『ニケラス、焦るな。お前にも剣の才能がある。急いて潰してしまっては勿体無い』
『先生は、そう仰ってくれますが……気遣いは無用です。分かっているんです。才能がないことは。よく笑われますから、無駄な努力だって』
『笑われているか。だからなんだというのだ。笑わせておけ――だ』
不意に涙が滲む。
『お前はすぐ泣く。ニケラス』
『すみません……弱くてすみません』
『なぜ謝る?それがお前の良いところだろう』
……ヴォルフレド一族の落ちこぼれ。俺に目をかけ、導こうとしてくれる。そんな大人は一人しかいなかった。
『――私は凡人だ。才能も名前もない。だがそれでも、私には剣で上り詰めた自負がある。お前は昔の私と似ている。お前には私の教えが必要だ』
自惚れかもしれないけれど、妻子のない先生は、俺を息子のように大事にしてくれたと思う。
『鉄は鍛えてこそ刃となる。お前の才能もまだ打たれる途中なだけだ』
『なれるでしょうか?……ケ様……た、隊長のように……』
『……お前もまたヴォルフレド。熔鉄隊を体現する者。''血が望むままに''……』
――なりたい。名に相応しい剣士に。
追うべき理想はすでにあった。
''完璧なヴォルフレド''。本家に生まれついた、千年に一人の天才。熔鉄隊の象徴――隊長は雲の上の人だった。
一族の端くれの俺にとって、まともに会話することも、視線を交わすことすら叶わない存在だった。
見上げて、憧れるだけ。だけどたった一度、一言だけ。もらったものがあった。
『――両親はすでにおりませぬ。血も薄く、黒剣も達せず。限界も知れたもの。若君がお目をかけるほどではないかと』
修練場、稽古の途中に呼びつけられた。
開口一番、彼の世話役は淡々と侮蔑を口にした。隊長はその人の言葉をまるっきり無視して言った。
『目がいい』
あの時の、あの方の金色の眼光。今でもよく覚えている。
『続けろ』
たったそれだけのことが、この弱い心を支える。
『――熔鉄隊が騎士団に?』
『まだ噂だがな。若君の決定だ。ヴォルフレド騎士団とやらに改組すると』
『王家に忠誠を誓い、国家の犬に成り下がると……?』
それは思いがけない話だった。
隊長の独断に、先生は激怒した。
『――隊長!!見損なった……貴君を見損なった!!なぜ王家に降った!?ヴォルフレド領が千年守り貫いた自治を手放すのか!?』
一言、二言交わせたとして。まともな会話にはならなかっただろう。
『たかが女のために……』
隊長と先生は同期だとしても、対等なんかじゃないのだから。
隊長はいつものように、身を翻して去る。先生が隊長の後ろ姿に注ぐ視線――いつだって同じだ。
身を焦がすような嫉妬と、それを誤魔化すための、ヴォルフレドへの狂気じみた崇拝。垣間見えるのは……実力を認め、長として期待する純粋な信頼……
その時ばかりは違った。遠目でも分かった。
――ただ、憎悪。
国が滅んだ。
仕えるべき者も、いるべき場所も無くなった。
水浸しの、国だったものを見て、俺は――
『――復讐だ』
みな口々に、呪いの言葉。理不尽にすべてを奪われた者として当然の反応だ。
先生は俺の両肩を痛いくらいの力で掴んで、訴えた。
『――王妃の遺体のなんたる凄惨さ……許せぬ……!さぞ無念であっただろう……!我々が敵討ちを成すのだ。あの方の遺志を継いで……!』
戦禍の最中、焼けた両目。まだ見える。
こんなに近くに、先生の目。見逃すはずもない。
『務めを果たせ、お前にしかできない。生き残ったヴォルフレドしか――』
焦点が合わない。
『お前が、やらねば』
この人は、俺の後ろの何かを見ている。
「はははははは……」
笑っているのは、自分だ。
ニケラスは立ち上がって、副官の眼前に剣の切先を向けた。
「言い訳を聞こう」
「弁解をさせてくれ」
副官は必死の形相で訴えかけた。
「――お前を守るためだった!」
周りは息を呑んで、彼らを見守った。
込み上げる痛みや笑いを堪えるようにか、ニケラスの上半身が左右にゆっくり振れた。ともなって、切先もゆらりと振れる。
「お前が生き残るために必要なことだった!!王女なんぞ!!あの小娘のために我々が犠牲に――」
「本当は俺に才能がないことくらい分かっていたんだろう」
ニケラスは彼の言い訳を遮った。小声だが、力強い声色だった。
「俺は国が滅んだあの日――」
ぼそりと呟く。裏切り者にしか聞こえないように。
その呟きを聞き届けた裏切り者は、目を丸くした。
「先生」
裏切り者が口を開きかけた、その瞬間。
彼の首は飛んだ。
「――処刑は斬首」
誰もが言葉を失った。
「裏切り者のあなたには、帝国流に死んでいただくがよろしかろう」
生温い球体が断崖を跳ねながら落下する音が、静けさにやけに際立っていた。
「もっとも、誰もあなたの死体を埋めはしないが」
*
「――死人に起き上がってほしいなんて乙女思考、マジで持ってるわけ?」
渡し屋は口を開きかけ――
「なんの話ですかー?」
青年が口を挟む。渡し屋は多少苛立ちながら答えた。
「いつも通り棺を運べと言われた。その通りにした」
「え?ありがとうございました?」
「全員棺の中で息絶えていた。分かっていたことだ」
「……どういうこと?俺棺全部積まなきゃいけないんですか?」
青年は荷馬車の荷台を見やった。屋根がついた箱型の荷台の中は、押し込めば数十人は乗り込めそうだ。
「お前は言った。本物の仮死薬を使うからと」
「ああ言った」
「それがどうだ。真っ赤な嘘だ」
「仮死薬は魔薬だ」
ネイメアはそれが当然かのように言った。
「なに……?」
「よく勘違いされる。ただの薬でも霊薬でもない、魔薬だ。''黒魔術で創った薬''……って言ったらなんとなく分かる?」
つらつらと語る。
――薬師って実験するだろ。
その辺の草とか鉱石とか、自然の力。そういうの病人に試すの。それでよく分かんないけど効くなコレってのを書き留めた。
それが今の薬学の教書。地上で発展した真っ当な薬学だから、地上薬学っていう。
対して、真っ当じゃないのを地下薬学――魔術的薬学っていうんだ。
蒼鹿の枝角を煎じた粉と百人産んだ妊婦の胎盤、水銀ひとさじを混ぜた薬。何でも病気が治るらしい……
人を殺した赤ん坊の肝を、聖杯に注いだ竜の血にひたす。飲めば不老不死になれるらしい……
……とんでもないよな。''黒魔術禁書''というタイトルの、有名な魔導書の内容さ。
地下の由来は、魔術で盛んな地底民が書いたからと言われてるが、真偽の程はどうだかね。
こいつのおかげで、黒魔術の名に負のイメージがまとわりつくことになった。今でも覆せそうにない……
と、脱線したな。
とにかくこんなにきな臭いのに、魔導書通りに魔薬をつくろうとするやつがたくさんいた。人間ってのは、可能性にすがりたがるからな。
さて、この魔薬……本当にこんな、奇跡みたいな効能の薬が出来上がると思うか?
答えは是だ。
トンデモ材料をレシピ通りに集めること自体を儀式として見立てた。
『満月の夜に作る』とか『誰にもバレちゃいけない』とかもな。
ギリギリ可能な手順を、倫理観ぶち壊して踏んでいく。その道中で犯した罪が、盲目的に成功を信じさせる。
……分からないか?
これは魔法だよ。本の通りに作れば、奇跡の薬が出来上がるって魔法だよ。
魔術ではあり得ないんだ。
魔導書はあくまで、魔術の理を書いたもの。現象の定義を言葉で説明するもの、現象が起こる条件を設定するものだ。
ちゃんと勉強してればさ、こいつは魔導書の皮を被ったクソだってすぐ分かるんだよ。
魔薬の祖。
信仰と闇の権化――人を弄び、堕落させる最低な魔法。
これ闇魔法っていうんだ。
この禁書を創った奴は、闇を堕落と解釈した。堕落が魔法を生み出すというキモい解釈に基づいて、手順を追って堕落していく人間を、嘲笑うかのような。下卑た魔法を創り出した……
「――理解できないだろうな?だから、これだけわかれ。
つまり仮死薬の正体は、魔術と見せかけた魔法ってことだ。そして見せかけた以上……解式が必要になった」
使用者を騙そうと代償の要る魔法を、代償の要らない魔術だと偽ったために、魔術と同じく解式を設定する必要が出てきた。
''この魔法には解き方を作らなくちゃいけなかった''、と言い換えてもいい。
「作者の身になって考えてみろ。仮死の解き方――''死人の起こし方''になると思わないか?」
――仮死薬とはあくまで仮死にする薬であり、起こし方を知らない限りは、ただの毒薬にすぎない。
仮死薬――一時的な仮死状態をもたらし、のちに息を吹きかえす奇跡の薬。
仮死とは甦ることを前提とした状態といえるため、このように仮死と蘇生はセットの効能だと思われる。
誤解だ。
おとぎ話の通りなら霊薬といえるだろう。だがこれは現実で、この薬は魔薬なのだ。
渡し屋は顔を歪めた。
「だけど……!解き方が……あるんだろう……」
「クソみたいな魔法を創る作者だぞ。一体どんな解き方を設定すると思う?」
「……」
「いい加減認めたらどうだ?お前の思う仮死薬なんて存在しない。所詮空想物なんだ。現実に、そんな都合のいいものはないんだよ」
「そんなこと、分かっていた」
「理解してない。こうして突きつけられないと、お前は分からなかっただろう。
奇跡に縋らないと耐えられないほどの苦しみに、お前はとっくに限界を迎えている」
ネイメアは淡々と告げた。
「ここから逃げろ。こんなところにいちゃダメだ。自分の力で、自分の足で、ここを抜け出せ。
誰かにそう言われたかった気がするか?すでに言ってもらったこともあるんじゃないか。
誰かに連れ出してほしいのか?人は人を救わない。誰もお前を優しく殺してなんかくれない。
自分を救うのは自分だ。どれだけ嫌いな自分でも、お前にはそいつしかいないんだ」
*
「まだいたのか、お前」
ネイメアは棺の一つに座りこんでいた。青年が棺を荷馬車に積み込む間、何かを待っているかのように、悠然と。
そこに現れたアルバ。複雑な心境にあった。
渡し屋とネイメアの会話のほとんどは、よく理解できなかった。
しかし、これだけは分かる。
ネイメアは渡し屋の最後の支えを手折ったのだ。彼がこの場を去り、舟に乗って湖をゆく後ろ姿――失意に溢れていた。
「ひどいことをした」
怒りが湧いた。
その理由をアルバは無意識に感じ取っていた。ネイメアの言葉が、アルバにも深く突き刺さって傷を残したからなのだと。
「あの人にってだけじゃない。みんな、みんな死んじゃったじゃないか……!」
それを認めたくないからだろう、色々と正論じみたことを言ってみたくなった。
「ネイメア、言ったじゃん!裏会に入るために、この人たちを無事に帝都に渡すことが必要だったんだよね!?そのために、ボクは囮になったんだよね!?なのに、結局死なせちゃったんじゃん……!」
ネイメアは彼の方を見もしない。
「信じろって言ったのに……!信じたのに!殺したのは君だ……!」
アルバは、なぜこんなに自分が声を荒げているのか理解できなかった。
「――言いたいことはそれだけか?」
「え……?」
ネイメアは棺の蓋を開けた。
「……なんっ……で……?」
アルバが驚いたのも無理はない。目の当たりにしたから――棺の住人が上体を起こすのを。
「起こし方を知らないってわけじゃない」
その女の人はあたりを見回すこともせず、ネイメアの顔色を伺った。
ネイメアが「悪い」と言うと彼女は頷いて、またも質の悪いベッドに体を休めた。
「なんで……!?」
「まだあんの?」
「あるでしょ!?できるんじゃん!?あの人に教えなかったッ!」
蘇生方法が実行できることをネイメアは渡し屋に教えなかった。アルバは責め立てた。
「知ったところで奴にはできない」
「そういうことじゃ……!」
「そういうことだよ。知ってしまえば、また奴は手軽な希望に縋り出す。できもしないのにな」
「なんなの……!?何がしたいの!?」
ネイメアは取り乱すアルバに対してひどく冷静だ。その温度差が余計にアルバの怒りを激化させた。
「オレを人殺しだと言ったな。それはお前もだろ」
「……ッ!」
「オレの魔法――お前流に言えば、消えたり出てきたりする力。フッ全然違う。ま、とにかく。オレはお前を見ていた。壁の上で何をしたかも知ってる」
「……!」
「別に責めるつもりはない。殺されそうなら、殺していいよな?でも同じように、殺したなら、人の殺しを責めるなんてお門違いだろ?」
「やりたくてやったんじゃない……」
「それ。理由のつもりか?その方がずっとタチが悪いぜ」
ネイメアは毅然と言い切る。
「オレは自分の意思で、やるべきことをやる。その時、後悔はしない。後悔するくらいなら。やるなって話になるだろ」
「君は異常だ……」
「異常なのはお前だろ?魔法の形はお前の頭の中身に基づく。意思じゃない?なら無意識か。無意識で、あんなふうに殺したいのか。死体を、かけらも残さないで。弔うこともできないように」
「うるさい!!ボクのせいじゃない!」
「お前のせいだよ!!お前が殺した!やらされてるだって?仕方ないだって?」
ネイメアはアルバに指を突きつけた。
「その惰性を、選んだのはお前なんだ!選んだことの代償を、支払うのはお前なんだ。取り立てられて、こんなつもりじゃなかったと言っても、その時にはもう遅いんだよ」
アルバは混乱していた。一体なぜこんな口論をしているのだろう。なぜこんなに苦しいのだろう。回らない頭が、押し殺していた本心を弾き出す。
「帰りたい……!」
「ならなぜ峠を抜ける!?お前はここへ来てはいけなかったんだ!!」
「だって……」
「――オレはお前みたいなやつが一番嫌いだ」
アルバはきゅうっと絞られる喉奥から、やっとの思いで言葉を吐き出した。
「――だって!仕方ないじゃん……!そうしたらきっと認めてもらえるから。おじいちゃんの言う通りにすれば。角も翼も魔法もなくったって!ボクは竜族の一員だって認めてもらえるんだから……!!」
一度口に出したら、止まらなくなった。
「嫌だった!救世主って何なの?そんなわけわかんないモノだってある日突然言われて、邪神を倒せって、ここを出ていかなくちゃいけないって。嫌だったけど出て行ったんだッ……みんなのために!」
救世主と言われて、まず思ったのは。
やっと竜族の一員として認められる、ということ。
「あんなに外に行きたいって言ってたくせに、セイカはついてきてくれなかった。ボクがひとりぼっちなのは、ボクが誰も信じられないからだって、そう言われたんだ。ボクは……ボクのせいで、みんなに受け入れてもらえないって、そういうことだよね?」
セイカの言葉。御神木の前で、突きつけられたあの言葉。忘れようにも、頭にこびりついてずっと忘れられない。
「クロ兄はついてきてくれた。守ってくれたよ。でも、冷たいんだ。クロ兄がボクを嫌いだってことはちゃんと分かってた。目が、叔父さんと一緒だから。いつ見捨てられるんだろうって、こんな右も左も分からない広いところで、いつ置き去りにされるんだろうって、いつも不安だった……!」
一人で旅立つのは嫌だった。だから、ついてきてくれる人がいると分かった時、本当に嬉しかった。
だけど、今となっては。かえって一人の方が良かったのではないかと思う。
そばにいるのが、自分を見てくれない人だったなら。より一層寂しさを感じてしまう。
「ハクア……!ずっとそばにいてくれる。でもそんなの普通じゃないことくらいわかってる。怖いよ。怖い……!悪いモノなんだって、悪魔なんじゃないかって、そんなことくらい、分かってるんだよ……!!頭の中に入ってきて、その時はなんだか夢みたいな気分で、きっと何かを忘れてて、覚えてないことも分かってなくて……!」
自分にしか見えない友達は、言って欲しいことを言ってくれる。甘い言葉を囁いて、心の隙間に入り込む。いつのまにか、それを受け入れた。
そのうち、確かに失ったものがある。それが何かは覚えていないけれど。胸にぽっかり空くこの穴が、嫌でもそれを教えてくる。
「――でも、殺した人の感触が残るようになった。どうしよう?この力がハクアのものだって、ボクはもう知ってしまってるんだ」
巨城壁の上で、意図して力を使った。その生々しい感覚が残っている。
それを拭うかのように、喋り立てる。
ネイメアはアルバの勢いにわずかに目を丸くしたのち、じっと彼の黒い瞳を黙って見つめた。
「周りの人に好かれたくて、置いていかれたくなくて、ボクは演技してた。子どもらしくしていれば、なんにもわかんないバカのふりしていればって……!」
「ふと我に帰るんだ。ボクは宙ぶらりんで、ひとりぼっちで、たださみしくて、目を逸らしたくて、何も知らないふりして、そのうち本当に何もわからなくなっちゃったんだって!」
「――いつだってよぎるんだ。ボクをあそこへ置き去りにした人の、後ろ姿が……」
アルバは自分の一番古い記憶を思い起こした。ずっと知らないふりをして沈めてきたその記憶。
女の人が去っていく姿。
その女の人は、自分の顔を覗き込んだりなんてしなかった。それはそう思いたかったってだけの、都合のいい夢だった。
彼と目を合わせるのはいつだって、ハクアだけだ。
「もう……もうわかんないよ。自分のことが怖いんだ。ボクはボクが嫌いなんだ……」
アルバの顔は涙や鼻水に塗れていた。しゃくりあげる喉が痛む。
ずっと誰にも言えなかったことを、思ってはいけないと言い聞かせてきたことを、吐き出した。どうしてか、彼は聞いてくれる気がした。
「――バーカ!」
ぶっきらぼうな言い方。アルバは面食らった。
「へっ?」
「大丈夫だから」
「な……何が……?」
ネイメアがじっと見つめてくる。
「――大丈夫」
アルバは彼の根拠のない一言に、ぐっと全身に力が入った。
どうしてこんなに、苦しいんだろう。苦しいのに不思議と安心するのは、どうしてなんだろう。
誰かにずっと、そう言ってほしかったのかもしれない。
「何がだよぉ……もお〜っ……」
泣きじゃくるアルバのそばに、ネイメアはずっといた。
慌てて慰めの言葉をかけたり、背中をさすったり、そういうことは何もしなかった。ただそばにいて、アルバのことを見ていた。
アルバは涙を拭うのに必死で彼の表情は見えなかったが、なんだかずっと優しい視線を注がれているような気がした。静かで温かい闇に包まれているような感覚だった。
*
「人を、殺しちゃったんだ……」
湖のほとりに横たわる丸太を椅子代わりに、二人並んで座っている。
「その時はそれが正しいと思ってそうした。というよりは、何か朧げで……よく考えてなかった。言い訳かもしれないけど、力を使う時は……自分じゃないみたいなんだ」
「力?」
「ほろびの力だって……ハクアが言ってた」
「……?つまり、力を使う時は何かに操られてるってことか?」
ネイメアは考え込む。
「よく分かんないけど……使わなきゃいい。魔法に限らず、大きな力には必ず代償がある。有名なのは、例えば……体の一部とか、寿命――記憶とか」
ネイメアは探るような声色で言った。
「記憶……確かに、ボク昔のことどころか最近のことも曖昧なんだよね。ずっと、夢を見てるような感じで」
「その歳でジジイかよ」
「そういえばボク、何歳なんだっけ」
ネイメアは『そこから?』と言いたげに、わざとらしく顔をしかめる。
「だって、いくつの時おじいちゃんに引き取られたか分かんないし。本当の歳なんか一生分かんないよ。あ、ネイメアはいくつなの?」
「……16?」
「お互い事情があるね……」
ネイメアはばつが悪そうに目を逸らした。頬杖をついて湖の方を眺める。
「魔法が使えないのも、その力のせいなのかもな」
「なんで?」
「……なんとなく?てか、あー……だから……信じてないとかって話は撤回しとく」
「……別にいいのに」
「でも火の魔法使いたいなー」と、アルバは剣を振る動作をした。手のひらの付け根を頬に押し当てたネイメアが微笑む。
「――魔法がなくても魔術があるよ」
「……え?」
「楽な方」
「……それって、逆じゃ……?」
アルバにとっては魔術習得の方が、彼を信じるよりずっと難しいことだが。ネイメアは、逆だと考えているようだ。
ネイメアが一つ伸びをして立ち上がる。
薄紫色の瞳がアルバを横目で見下ろした。
「ニケラスたちがここへ来る……あの兄さんもな。お前も一緒に行け。たぶん、あの人は魔術には詳しそうだ」
「クロ兄と……」
アルバはそっと目を伏せた。
あの時、彼の部屋の扉をノックできなかったことを思い出す。何を言うべきかは、いまだに分からない。




