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アンダートゥ  作者: ただの
第五話 闇夜境界
31/64

5-7.持てるもの

前回までのあらすじ:

 視界が悪く狭い岩尾根上、別働隊は城主の守護獣・ユーティティと激しい戦闘に発展する。最中、死霊団副官が城主に予見を使わせるべく、情報を渡していたことが発覚。死んだはずの亡国の王女の存在も示唆されるが……クロエドはユーティティの力を探るがその糸口も掴めず、強引な攻略を試みる。


登場人物

アルバ:

救世主とは言い切れない。新たな仲間を得られそうだ。


クロエド:

竜族の青年。疑心暗鬼はある程度ほどけたようだ。


ニケラス・ヴォルフレド:

死霊団の旗印。黒剣が使えないと言うが…


ラーチス・オーディッド:

山門城城主。真理の瞳という魔石眼の持ち主。


ユーティティ:

ラーチスの守護獣。非常に高い戦闘力を誇り、別働隊を蹂躙する。


「――俺は黒剣が使えないんだ」


 クロエドは思わず足を止めた。


(黒剣が使えない?)


 火のみに適性がある魔法使いが。死霊団頭領が。熔鉄(ようてつ)の一族ヴォルフレド家の者が――その象徴でもある黒剣を使えないなど。


 彼は耳を疑った。


「冗談だろ」

「面白い、なら普通の剣士と変わらないじゃないッ!」


 ユーティティは標的への攻撃を続けた。金属同士がぶつかり合う音が響く。


 彼女の動きは鈍くなったが、その戦意は鮮度を増している。

 クロエドは手をかざして、そのまま斬り合いを眺めることにした。先ほどの攻撃で魔力を消費しすぎたし、何よりニケラスの戦い方を見たくなったから。


「そうだよ」


 猛攻を受け切るニケラスは、表情を歪ませ声を張り上げる。


「黒剣は火魔法だと言われるが、あれは魔法をよく知らない人々がそう思いたかったってだけの、風評(デマ)だ」


 ニケラスは斬り合いに集中できていなかった。彼の意識は、目の前のユーティティではなく、その奥にいるクロエドに注がれていた。


「頑張れば、普遍的な火の魔石(持ってるもの)で万物両断が成せる――そんなわけないだろ?」


 受けるばかりで仕掛けてこないニケラスは、ユーティティにとって隙をつきにくく、仕留めにくい。

 じりじりと後退するニケラスを追い、クロエドと距離が離れていく。彼女に苛立ちが募る。


「黒剣の正体はね、()だよ。

 継承()血の契約()血の滲む努力()才能()!!(持てるもの)だ!」


 ユーティティはあえて背中の防御を解いた。

 戦闘中ずっと張り巡らせていた防御の魔法――幾重にも重ねた魔力のベールを一気に剥がしたのだ。


 それはクロエドの攻撃を誘うための行為だった。


「――そのどれも、俺は持ってるのに」


 クロエドはあからさまな誘いに乗らない。


 ユーティティは舌打ちした。


「くだらない。拗ねた男。だったら魔術()を使えば?与えられたものしか持てないの?」

「あなたは気丈だな。でもそろそろ魔力、なくなるだろ?いかな魔法使いでも、魔力が尽きればただの人だ」

「ふっ」


 ユーティティはクロエドの方を振り返って呼びかけた。


「ねー!!おにいさーん、私跳べるの」

「……?」

「飛行じゃなくて跳躍ね?これはさすがに見抜いてたよね〜?」


 空中で踏み込む魔法――クロエドはそう思うことにした。


 そして、その上で悟ったのだ。

 そんなことはどうでもいい。圧倒的な竜の魔法で捩じ伏せればいいだけだと。



「――私のこれって【魔術だから】!!【私、魔術師なんだ】」


「……ッ!?」


 魔術口上をやり返された。


 いや、問題はそこじゃない。

 その内容の重さ。命を危険に晒すことを代償とする言霊魔法ーー魔術口上において、彼女のそれの効力は絶大だということ。


 だって、魔法は魔術に必ず勝つものだから。

 竜の魔法を目の当たりにしたユーティティが、力を魔術だと明かすのは……自殺行為に等しい。


「ニケラス!!一旦逃げろ!!」


 みるみるうちに膨れ上がる魔力。クロエドの一声にあてられ、後ろでことを見守っていた剣士たちも動き出した。


「おせぇよ」


 ニケラスはユーティティが高速で詰め寄ってきたのに反応し、咄嗟に一歩足を踏み込んだ。


「っ!?」


 その足が、風にすくわれた。不自然に起こったつむじ風。決して強い風力ではないが、不意をつかれバランスを崩した。


 足をすくわれた。


 それを見逃すユーティティではない。



「――なんでもね、使い方なんだよね」 




 ざっくり。


「〜ッ……!」


 うめき声にもならない悲鳴。ポタポタと血が垂れた。


「傷は浅いでしょ?」


 ニケラスは血溜まりに両膝をつく。

 左目に、円月輪が突き刺さっていた。額から左耳の下へと向かう線。彼の目を、深すぎない程度に断っている。



 それが雑に引き抜かれる。


「ぐっ……うう……」

「次は右目(そっち)だ」

「やめろ!!」


 それまで沈黙していた副官が、立ち尽くす剣士たちをかき分けて飛び出した。


「ふふ〜ん、正念場だ」


 再戦開始。

 副官につられてニケラスの元へと群がる剣士たち。それらを捌きながら、ユーティティは笑う。


「お兄さんさー魔力尽きかけでしょ!?」

「!」

「そりゃそうだよねーあんなヤバいのどんだけ魔力食うんだっつーの!!」


 魔素は人体に蓄積するもの。

 日常生活でコツコツ体の中に溜めるのだ。それを魔法を使う時に魔力に転換する。

 自然物からかき集め、魔力に転換する方法もあるにはあるが、時間がかかる。溜まる前に負けるだろう。


「魔術は魔法に勝てない!?

 キャハッ――魔術師たるもの!!そんなん対策するに決まってんでしょーがぁ!」

「……!!」

「調子乗った魔法使いをぶっ殺すのはさぁ〜いつだって私らだって決まってんだよ」


 軽口を叩きながら、確実に獲物を仕留めていく。



 ――格が違う。


 クロエドは悟った。


 空を跳ぶ、魔術の連発。

 一回の魔術を使うのに、消費するのは魔力だけではない。思考だ。

 現象をイメージするだけで事足りる魔法と違って、魔術はその理屈を脳内で一つずつ読み上げるような労力が必要だから。


 いわば、脳の消費。考え疲れ――脳疲労を簡単に起こす。


 『魔術は戦闘向きではない』。そう論じられるぐらいには。


(それを、戦闘の要に組み込むなんて――!?)


 もしも、ユーティティの魔術の上位互換に値する魔法や、彼女の魔術を完封する概念を持つ魔法を操る魔法使いが敵対すれば。

 それだけで機動力も、速さも失われたも同然。

 彼女はただの円月輪を武器に使う細身の少女へと成り下がる。


 そのリスクを負ってまで、前に出る――



(魔術師としてだけじゃない。覚悟も、矜持も、何もかも――格上だ)



「ばいば〜い」



 彼女は武器を振りかぶった。その視線の先には、ニケラスを庇う副官の姿があった。



 *



 真っ暗闇を、光を辿って進む。


 前を進むネイメアの靴裏には魔導蟲の体液が塗ってあって、足跡が光となって浮かび上がる。それに足裏を合わせて進めばいいだけだ。

 アルバが簡単についてこれるように、とネイメアが考えた方法だった。


「ネイメア、大丈夫?何も変わったことはない?」

「ねーよ」

「ねえ、光が薄くなってきた。どこに足を置けばいいのか……」



 気づけば、後戻りできないところまでやってきたように思う。

 ここから先は、城との距離がぐっと縮まる。


 巨城壁から見える城の側面は、ある意味グロテスクだった。岩壁の中に碁盤の目状に窓枠が配置され、兵士が行き交う廊下がのぞめた。

 同じ高さの回廊、その窓際にこちらに照準を合わせた大弓がいくつか配置してある。城から漏れ出た灯りは、城壁上の人影を捉えられる程度には届いていた。


「どうする?走り抜ける?」

「……ああ……」


 ネイメアは足を止めて、何やら騒がしげな兵士の様子を見上げた。


 ネイメアの靴裏が煉瓦をかすめ、じりと音を立てた。

 アルバは身構えた。いつ走り出すやらと身を固めるが、彼はくるりと振り返った。


「お前を連れてくるかギリギリまで悩んだけど、これでよかったと思ってる」

「な……なにそれ?」


 アルバは半笑いを浮かべた。ネイメアが後ろ向きに歩みを進めるのに、


 (なんだか、嫌な予感がする)


 おずおずと追随した。


「……ねえ、どうして……ボクを連れてきてくれたの?前はあんなに……」

「親切だからとでも?」

「……え?」

「このためだよ」


 パチリと音がして、彼の指先に火が灯った。薄暗がりの中、彼の瞳が光って見えた――金色に。


 またも、彼が指を弾く。

 灯火が空高く上がっていく――それは視界の端にようやく捉えたこと。後になって認識したことだ。


 だってその間、別のものに気を取られたから。


 彼が崖底へと自ら進んで落ちていくのに。


「ネ――」


 城と反対側の崖底へと背中から倒れていった。

 わざとだ。闇の中に金色の何かの残像があった。




 ――その瞬間だ。


 目の前が真っ白になった。

 閃光だ。目を貫かんばかりの眩しい光が、空高くで放たれた。



「うぐっ……!?」



 瞼の内側は白く見えた。細い血管が透けていた。


 しばらく光ったとの体感があったが、実際には数秒にすぎない。


 目を薄く開き、涙の膜を透過してアルバが見たのは、あたりに光の雨が降り注ぐ光景だった。


 彼は目をこすりもせず、呆然と立ちすくんだ。



「――ひ……人です!!巨城壁の上に!!」


 城の方、窓際で兵士が声を張り上げる。酒瓶を手にした男が、窓から外を覗き込んだ。


 光は巨城壁をゆく密行者を照らし出していた。やがて光が止む。


「兵長、本当にきましたね」

「ひゅ〜さすが城主様。とんだバカもいたもんだ。はい装填用意!遊んでやれ」


 またもあたりは闇に閉ざされた。

 しかし、すぐに城の篝火が次々に点いて、道の先をより濃く照らし出しはじめた。


 あーあ、と誰かの声が目の前の暗がりから聞こえた。彼の声だ。

 アルバは暗がりに向かって、喉の奥から言葉を絞り出す。


「ネイメア……どういうつもり……?」

「言ったろ?囮だって。悪いけどこれも計画のうちなわけ」


 アルバは足を踏み出し、彼に迫った。


「……ふざけ――」


 言い終える前に、気づく。


 暗がり(そこ)には誰もいなかった。

 照らし出された細い道の上、後にも先にも自分しかいない。奇妙より恐怖が勝った。


「やれ!撃て撃て撃て!」


 目の前を矢が飛んでいく。矢尻に火がついている。実際よりずっと鈍麻な動きに見えた。


(――いない!!?)


 ネイメアの姿はどこにもないのに、彼の声だけが聞こえてきた。今度は、崖底から。


「走れ」


 強い風に背中を押し出された。注がれる矢に追い立てられるようにして、アルバは走り出した。



 *



 ラーチスは暖炉の前の定位置、気に入りの椅子に腰掛けていた。

 計画の失敗を悟った時の、敵の表情を思い返していた。


 ――おそらくあの男は、難民と城門の仲間を犠牲にしてまで、自分を含めた本隊を優先した。確実に帝都へ渡れるように。


 『王女などと響きの良い餌を与えれば、真偽を確かめるために、二度目の予見を使うだろう』……そう考えて、わざと情報を流したのだ。


 たとえ力を使わなかったとしても、万が一を考えて湖に兵を割かざるを得ない。

 目論見通り力を使ったとして、知れるのは王女の存在が真実だということ。


 どちらにせよ、岩尾根への意識は薄れる。



(――愚かなことです。自分の策略で王女を殺してしまったなどとは、夢にも思っていないでしょう)



 前提が違ったのだ。ラーチスが王女を重要視するというのが思い込みだ。


(王女の生死なぞ心底どうでもよいことです。

 祖国が滅び、生き延びてなお、何の噂も聞かなかった腰抜けの王女など、王の器ではない)


 しかし、生死不明だった王女が生きていたと知れたからには、証拠となる死体を回収しなくては……ラーチスは今頃湖の瘴気によって物言わぬ尸となっただろう王女の姿を想像した。


(王女の死亡確認など後からいくらでもできる。生け捕りに固執する必要など全くなかったのですよ)


 どうであれ放置する腹積りだった。その余裕が彼を冷静にさせた。

 死霊が峠を越えるという占い(予言)

 峠の影に見え隠れする黒ずくめの男たち。

 湖への侵入者の目撃情報……



(――さて、王女の死体はことさら簡単に見つかるでしょう。あの鮮烈な赤い髪は、一目見れば忘れられな……)



 そこまで考えて、ラーチスは胸の奥に引っかかりを覚えた。


「……?」


 その違和感の正体を自然と手繰り寄せようとする。


 赤い髪の男。鉄をも溶かす、火を帯びた黒剣。死霊、亡国の騎士――亡国の王女。



 何かを見落とした、そんな予感。



 その時、額に激痛が走った。

 眩む視界。目の奥が焦げ付く。額の真ん中が割れそうに痛む。


 それは予見の前兆だった。

 三つめの瞼がうっすらと輪郭を現し、隙間から魔石眼がのぞいた。



「まだ使えませんね……」


 ラーチスは額を抑え、息を整えようと深く吐いた。脂汗が瞼のへりを伝って涙のように見えた。



 真理の瞳の力は運や偶然によるもの。一度目は完全に防ぎようがない。

 ただ……二度目は多少、感情や心身状態が影響するところはある。

 強い感情の振れや強烈な知的好奇心、死の恐怖などの本能を刺激する衝撃――そういったものに後押しされる。

 もちろん、そちらも到底操れるものではないが……



 ラーチスは苦しげな呼吸の合間に、ふっと笑った。


 ――一生をこの力に狂わされた。


 力の解明に、途方もない労力と少年時代を捧げた。


 その結果わかったことがある。

 これは『答え』をもたらす力だ。わかってしまう能力。まるで神々が矮小な人間に、気まぐれに答えを与えるかのように。

 ひどく不親切なのも仕方のないことだ。彼らの視点は広大すぎて。人の時の流れでは測りきれないだけなのだ。


 これは紛れもなく恩寵だ。



「でも今は、邪魔――」




 ――そして。光の花火が上がった。

 


 ラーチスはやや体をこわばらせたのち、窓の外の光に吸い寄せられるようにして、それを見た。


 眩しさにうっと呻いて、自然と窓から身を乗り出して光のたもとを見下ろした。


 目も眩むほどのまぶしさ。生理的に滲む涙。残像の彼方。


 それは()()だけだった。

 そこにいるだけなのに網膜に焼き付いて、決して消えることはなくなった。



 ――空に血管のように広がる、光と影の羽根。マダラ模様の、百個百様の目。



「……が……ッぁあっ!!?」



 ラーチスはそれを認識したのち、額が裂けかけた痛みに悲鳴を上げた。


(は、発動……しかかってる!?)

 

 本能が瞼がこじ開けようとする。


「ぐうぅ……ッ!!」


 あれはなんだ と叫び声をあげて。



(か……考えるな!今は、ただ、考えるなッ……!)


 よろめき、窓枠を支えに外を見回す。強い光にまだ目が慣れない。


 そんなうすらぼけた景色の中、火が夜の闇を退けはじめるのが。弩の矢が巨城壁の方へ注がれるのが、分かった。

 兵士たちが城の灯りを目一杯点けて、闇夜を照らし出した。


「あ……」


 小さなシルエットが巨城壁を駆けるのが見えた。


「こ……子ども……?」


 巨城壁をゆく少年が一人。ラーチスは後ずさった。


「閃光……子ども……仲間?囮?また?……何のために?……」 


 これも敵の計画のうちなのか。わざわざ自身の存在を敵方に知らしめ、我が身を危険に落とす行為。


 いや、それより――


「今の光……あれの正体……」


 ただ不明。今はその一言に尽きる。分からないという恐怖が、力の発動を誘引していた。


 不明は合理で解くものだ。

 ラーチスはそう唱えて、三つ目の力にすがりたくなるのを抑えるべく、必死に合理的な思考へと意識を注いだ。


(……あの子どもは放置でいい。壁はちょうど帝都側の玄関、砦の壁に繋がっている。そこには十分な兵を配備してある。問題ない)


 本当にそうか?


(一つずつ合理でひも解く。その前に感情であたりがつく……ついてしまう)




「――あの化け物を帝都に入れてはいけない」



 確信だった。

 あの化け物の姿を頭に思い浮かべるだけで、つま先から震え上がる心地がした。それほどの恐れをもたらす何かを、見過ごすわけにはいかない。


(直接指揮を取って捕えるべきか。ユーティティを呼び戻す?いや……彼女は適任ではない。では誰を?)


 ちかちかと爆ぜて眩む視界、


「ぐっ……」


 ラーチスは膝を折った。


(これはまずい、本当にまずい。ここでオチれば……)


 オチれば?


「それが、目的……?」



 その時、勢いよく兵士が部屋に飛び込んできた。


「城主様!!大変です、ぼ……」


 ラーチスは窓枠に手をかけ立ちあがろうとして、


「――暴動です!!東門に、貧民が押し寄せています!!」


「……は……?」


 またも膝から力が抜けてしまった。


 彼は貧民が武器を片手に門に押し寄せる図を想像した。


(こんな時に……!?暴動の気配など、少しも……!)


 それはラーチスにとって想定外のことだった。


 完全に支配下に起き、動向を完璧に把握しているはずだった、取るに足らない人民が。

 対死霊のために兵を配置換えし、守りが薄くなった、よりによって今。


 まるで、誰かに仕組まれているかのように――



(まさか、(あい)……)



 ピシッと軽快な音で、額のまぶた(第三の目)は開かれた。


『――峠には死霊が巣食っている』


 これまで見聞きしたすべての情報が脳内を駆け抜ける。



『――母上は''星見の賢者(あれ)''を信じすぎている。あれは邪教の縁者だ』


 肩を強く掴まれる錯覚。目の前で金糸が揺れる。


『此度の遠征を終えたら、私は動く。分かっているな。千年王国を創るのだ。私と、お前で』



『――うるせェな!!』


 悲鳴に近い男の怒鳴り声が、姉の幻像をかき消す。


『テメェにオレの何が分かるってんだよ!!オレが神杖(しんじょう)の賢者でもなけりゃ見向きもしないくせに!』


 腕に、はたかれた痛みが残っていた。これはいつの会話だろう。 


『一度でいいから……兄上らしいこと、してみろよ……』


 取るに足らない記憶に思えるが、これも重要なヒントなのだろう。



『――反乱分子の影も形もない』


 今度は部下の軽口が聞こえてくる。


『城主様、知っておられます?今年の降臨祭(こうりんさい)の大聖堂の出し物。教父御自ら結界を張り直すんだそうですよ』


 祭り事は嫌いだ。自分たちが何を祀っているのか……知りもしないで、はしゃいでる。


『なんでもより強固になるようで。結界魔法を解く一瞬の隙をついて、城に曲者が入るんじゃないか――って帝都の騎士どもはピリピリしてるんですって』


 大教父の結界魔法。あんなものがなくても、城の守りは完璧だ。



『――王女は生きている!』  


 つい先ほど耳にした、敵の叫び。

 それが視界を切り裂いた。見覚えのない光景が広がった。






 ――少女が佇んでいる。


 冷たい石の柱が聳え立つ聖堂。篝火の光を照り返す、銀色の短剣を手にした少女が一人。


 大理石の床に滴る赤い血。赤い炎が彼女の肌を煌々と照らして。その髪は、燃え上がる炎に似ていた。





「…………あ」



 ふふふ、と誰かが笑った。自分だった。



「してやられました。ユーティティ……決して天国への階段には――」



 城主はその場に倒れ込んだ。「ラーチス様!」と伝令役の兵士が叫んだ。


 ゆっくり三つの目が閉じる最中、


「げ、限界です……すみません姉上……」


 最後にそう呟いた。





 同時刻、天国への階段の上で、ユーティティの身の毛がよだつ。

 対峙していた者たちはその形相に硬直した。可憐な少女の面影もない、憎悪と殺意が彼らの全身を打った。


 副官は、ユーティティが惰性で投げた円月輪を剣で弾く。彼女の動きの鈍麻の隙をつき、剣を振る。


 軽々と跳んで避け、彼女は距離をとった。その背後からクロエドが近づいてきていた。


「……」


 彼女は――そのまま退いた。


 空中を跳び、城の方へと向かう。


「何……!?」


 圧倒的に優勢だったのに退いた……


 その理由を考える前に、生き残った者は心底安堵した。安易だけれど、無理もないことだ。


 地の利をとられ、蹂躙を許した隊は、初めの半分以下に数を減らしていた。


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