5-6.魔法使いの戦い
前回までのあらすじ:
計画決行は早まり、アルバはネイメアと共に巨城壁をゆくことを決断する。ネイメアの企みは分からないが、彼は信じられる人だ──アルバは彼を信じ切れるだろうか。
一方、病み上がりのクロエドはニケラスの手引きで別働隊と共に天国への階段へ。しかし、そこには城主ラーチスとその守護獣ユーティティが待ち構えていた……!?
登場人物
アルバ:
ようやく信じられる人に出会った。
クロエド:
竜族の青年。魔薬治療を終えるが、どこか夢現で本調子とはいえない。
ネイメア:
貧民街の少年。難民引渡しのための考えがあるようだが、アルバには隠している。
ニケラス・ヴォルフレド:
死霊団の旗印。どうやら死霊団は魔女との繋がりがあるようだ。また彼の口ぶりからして、帝国への復讐の意は薄いようだが……?
副官:
実質的に死霊団を率いているのはこちらのようだ。ニケラスにヴォルフレドとしての働きを強く期待しているのがうかがえる。
ラーチス・オーディッド:
帝国の第四皇子。第一皇女を次期皇帝に担ぎ上げる。神なき世界を望んでいる。
ユーティティ:
五大獣族の一つ、蒼鹿の少女。ラーチスの守護獣。両足が鹿のような見た目をしている。
大教父:
太陽神教の分派・カルヴァドス派の教主。帝都大聖堂の教父だが、自らを大教父と名乗るなど少々不遜。黒い噂のある人物らしい。
ひとり、また一人と崖底へ落下していく。きゃはは、と女の甲高い笑い声があたりに響き渡っていた。
敵の、それも親玉に待ち構えられていた衝撃を消化する間もなく、軽やかな獣人の立ち回りに翻弄され、剣士たちはなすすべがない。
「ば……場所が悪すぎる!一旦ひ……!」
先頭の剣士が叫び、後ろを振り向いたところで、背中に蹴りが入った。衝撃で足を滑らせ、ぎりぎり地面の出っ張りにしがみつく。
「ぐっ!」
雌鹿はその人外の足で彼の手に乗り上げた。頬は桃色に染まっていた。
「――見上げてんじゃねェよ」
彼女は彼の顎を蹴り飛ばした。その勢いでのけぞった彼の頭には、細かく深い切れ込みが入っていた。まるで果物のように赤い汁を吹き出して落ちていった。
「さ、次、次」
一人が怒りのままに彼女に剣を振り下ろした。
「――風の魔法使いだッ!!」
彼女は剣の軌道をかわした。続く攻撃を細い岩尾根の上で身軽に避けるが、土手っ腹に蹴りを入れられ、空中に放られた。
剣士たちが勝利を確信し笑むのも束の間、彼らは奇妙な光景を目にした。
「う……!浮いてる……!?」
雌鹿は膝を抱えた体勢で空中に浮いていた。
「飛行魔法か!?」
彼女は悪戯っぽくべえ、と舌を出した。何か薄いものを横投げする動作をしたかと思うと、
(分が悪すぎるッ!!)
攻撃を喰らった剣士たちの体のあちこちがぱっくりと裂けた。首筋が裂け、崖下に背中から落ちて行った。
先頭がはけるとともに、彼女が岩尾根に軽やかに降り立つ。その奥で、彼女の主人が微笑んでいた。
「――遊ばないでください、ユーティティ」
一方的な蹂躙だった。雌鹿は息も上がっていない。
足場の悪い高所で、獣族の身体能力の高さを駆使し速攻を仕掛けてきた。
剣の間合いに入らない中距離から斬撃の類の攻撃を繰り出し、その合間に単純な体術で崖から蹴落とす。
集団の後ろに控えるニケラスには、暗くて狭い道の先の様子は見えなかった。折り重なって見える仲間たちの背中だけ見えた。
ただ、悲鳴や落下音で先頭から順々に処理されていることがうかがえた。それ自体が後ろに続く剣士たちに必要以上の警戒を誘い、動きを鈍らせる。
「なぜッ……」
その時、動揺した副官が半ば叫ぶようにラーチスに問うた。
「なぜここにいる!?ラーチス!!」
「あれ?ああ、情報を流してくれたの、あなたでしたか」
「……な……」
ニケラスはラーチスの言葉に目を剥き、副官を凝視した。
「わざわざどうも、助かりました。城攻めは陽動で、密行者が湖を渡るんですよね?」
「……ッ!?貴様……!?」
副官は思わず城の方へと視線を外した。
「ああ、安心してください。民は素通りさせました」
「……は?」
「あれですよね?黄金島へ逃すおつもりなんですよね?秘密裏に船を出してる不届き者がいると聞きました。
実はその方の素性、まだ掴めてなくて。だから泳がせることにしたんです」
副官が激昂する。
「ふ……ふざけるなぁッ!王女はッ……!!」
口走ったその一言に、ニケラスは全身を震わせた。
「それも話したのか?」
くっくっく、とラーチスは堪えきれないといった様子で笑った。
「――民の中に亡国の王女がいる?」
全員が驚愕の表情を浮かべた。ただ、
「王女……?」
剣士たちの困惑の反応からするに、どうも彼ら――ニケラスと副官以外は王女の話を知らないようだった。
「とっても魅惑的な情報です。まるで、誘われていると思うくらいには」
「……ッ!!」
副官は動揺を隠し得ない様子だ。
クロエドは亡国の王女について自身の記憶を探った。
(国王一家は滅びの夜に全員死んだと聞いたが……)
その証拠に王妃の死体が民衆の前に晒されたとかいう胸糞悪い話があったはずだ。
「どこで知りました?」
「え……?」
「私の力について、どこで知りました?」
さらりとした言葉の温度。その奥にある冷ややかな殺意に副官は戦慄した。
ラーチスは首を傾げる。
「おかしな話ですよ。なぜ知っているのですか?私の力については、何より、他の何より、厳重に情報統制してきました。はて、死人がどこで、どうやって知ったというのです??」
「……」
「端的に言って」
薄ら笑いを常に浮かべているような男が、ふいに影のかかった無表情を見せた。
「屈辱です。これ以上なく」
「――ははははは!!!」
副官が高笑いした。恐怖や動揺を押し込めた反動で、その笑い声は過度なほどによく通った。
「更なる恥辱をとくと味わわせてやる、ラーチス!――民の中に王女がいるとの話は真実だッ!今から兵を差し向けたとて、間に合わない!!貴様は力を使うべきだったのだ……!ははは……!」
「王女のことは非常に残念です」
「はは!は、はは……は?」
「残念だなぁ〜」
期待した反応を得られず、呆けながら彼は聞いた。
「……予見は……?」
「しませんよ。だって、どうでもいいじゃないですか?王女の生死なんて」
「……」
「ユーティティ、あの男は要りません。赤い方を生け捕りで。どうやら彼の方が頭ですから」
それだけ言いつけると、彼は毛布の如く厚いマントを翻して去っていった。
クロエドはすかさず風魔法を使った。真空刃を城主の背中に注ぐイメージで。
「――何?お兄さん、すごく嫌な感じ」
すべて軌道を逸らされた。
雌鹿は、自身の手の甲から流れる血を舐めとった。捌ききれなかった風の刃がかすってできた傷だった。
「今のって魔法?それにしてはちょっと変だね?」
「今ので三つ分かった」
「……ふふん?」
「一つ、ここは風魔法と親和性が高い魔導地だ」
魔導地――魔素に富んだ場所。魔法が使いやすい場所。
岩尾根という魔導地では、四元素の中でも風魔法が使いやすいのだ。クロエドは実際に使ってみて実感した。
魔法の使いやすさは、地形や場所の特徴に左右されるものだ。魔法と、場所には親和性がある。
例えば、海上ならば水魔法。空ならば風魔法。そこにあるべきものほど魔法は馴染む。
人々が共通して抱く『この場所なら、この魔法は使いやすいだろう』――そんなイメージが反映される。逆に、海中で火魔法は使いにくいし、空中で土魔法は使いにくい。……常識的に、考えて。
「二つ、お前の斬撃は風魔法ではない」
ひゅう、とユーティティが口笛を吹いた。
彼女は人差し指をくるくる回す。遠心力に乗って、黒い金属の輪が回った。
「よく見えたね」
「……」
クロエドの緑色の瞳孔が微かに縮んだ。
彼女が見せびらかしているそれは、円盤の外側に鋭利な刃がついた投擲武器――円月輪だ。
立ち回りを工夫し、巧みに隠していたが、彼女の攻撃の正体は風魔法ではないのだ。
「三つ、今の魔法を防げなかったお前の持ちダネは魔法ではなく魔術だ」
敵の攻撃が魔法か魔術か分からないうちは、魔法を使うのが定石だ。
だからユーティティはクロエドの攻撃を、魔法でさばいたはずだ。
魔法は魔法と拮抗するものだが、傷がついたとなれば、それなりに等級が低い魔石を使ったためにイメージで押し負けたということは明らかだった。
(おそらくそれこそ風魔法の魔石。たかが一呼吸の風を生む程度の魔法を、よくここまで効果的に扱える……)
同じ魔石を使っても、使い手によって魔法の形は異なる。魔素を魔力に転換する技術力や、シンプルな魔力量に影響されるのだ。
ユーティティはクロエドの風の刃――目には見えないそれの軌道を捉え、ずらすという神技をやってのけている。
魔法の出力や使い方からして、なるほど守護獣を務めるだけある実力を備えた人物であることは間違いない。
(――だが、さすがに風魔法で空を飛ぶなんてできるわけがない。だから、そちらの正体こそ魔術だ)
空を飛べる魔法。そんな強力な魔法だとしたら。
彼女ほどの使い手ならば、先ほどの攻撃はその魔法でもっとうまく対処できたはずだからだ。
「――お兄さん、学都のヒト?」
ユーティティは伸びをして、トントンとその場で飛び跳ね始めた。
「ふふ、分析、得意なんだねぇ。えらいえらぁい……そ〜ここって私の独壇場なのぉ」
(……揺らがないか)
クロエドは''魔法名の宣言''といった魔術口上を期待して、あるいは表情の変化や言動から情報を引き出すために三つを指摘した。
魔術口上――魔力を込めた台詞のことだ。
中でも、命を危険に晒すことを代償に魔力を得る、言霊魔法に基づいた『魔法魔術の暴露』は有名だ。
しかし、彼女は顔色一つ変えず、今も冷静に魔力転換を行っている。かすみ程度の魔力残滓がちらつく。
(……印象と違って賢い女だ。急所を的確に切り裂き蹴り落とす効率的な戦い方。情報を一つも渡さない徹底ぶり)
風魔法と、空を飛ぶ魔術の連携。絶望的なまでに地の利はあちらにある。
彼女の視線はほとんどニケラスに注がれていた。獲物を前に舌なめずりする捕食者の圧を放っている。
「時間稼ぎ」
クスッとユーティティは笑って言った。
ニケラスといえば、ようやく我を取り戻してきたような印象だ。ようやく剣を抜いた。
他の面子は――いかなベテランといえど仲間を、しかも仲間の裏切りによって、瞬く間に失くした死霊団の士気はガタガタだ。稼いだ時間で多少冷静さは取り戻したろうが……
(前に出られるだけ邪魔というもの。クソ、こっちは病み上がりだぞ……)
「――そろそろいいかな?」
「ニケラス、二人でかかるぞ。黒剣を使え」
「!お、俺は……」
「どのくらいかかっ――」
クロエドが言い切る前に、一番前にいた剣士がユーティティに仕掛けた。飛び跳ねる彼女が降り立つ直前の、浮いた瞬間を見計らって。
「――万物両断ねぇ」
彼女は剣士の一振りをかい潜って、彼の肩口あたりに浮かびあがる。
「は……」
剣士の体に隠れてしまい、詳しい彼女の動きは見定められなかった。
が、不可解だということは分かった。
土に降り立ち、足の屈伸にのせて勢いよく地面を蹴る。その一挙がなければ、あり得ない勢いで跳び上がった。
その一挙が存在すれば、彼女は今頃黒剣によって肩から腰まで一刀両断されていただろう。
「斬られなければいいだけだねぇ?」
崩れ落ちる男を足蹴にして、ふたたび戦いの火蓋は切って落とされた。
「ニケラス!!」
「む、無理だ……」
クロエドは岩尾根の狭い道の上、重なる騎士の背中の奥、ユーティティの動きを目で追った。
(疾い!!が、追える……!)
隙を見て魔法で援護しようと手をかざす。
しかし、ユーティティがたくみに敵の懐に入り込むせいでタイミングを見出せない。
(――この魔術を交えた高速戦闘で立ち位置まで考えるか!!)
魔術を使うのは、端的に言って頭が疲れるものだ。
抽象的なものをイメージする魔法と違って、魔術はその理屈をいちいち思い浮かべるようなものだから。
その時思考の大部分は魔術発動のために消費され、戦術など考える余地はない。
クロエドは病み上がりの、働きの鈍くなった頭を叩き起こし彼女の動きを追う。
その甲斐あって糸口を掴む。
(飛ぶ――跳ぶ?空中で、跳んでいる?)
彼女の人外の足は、よく見れば常に地面から離れている。ひづめの形の足跡も見当たらない。
(空中で踏み込んでいるのか?)
クロエドはぐっと唇を噛んだ。頭の中を思考が駆け巡る。ぐるぐる……
(そんな理屈――そんな現象、魔術で再現可能なわけがない!!
魔法魔術の見分けで最も簡単なのは、魔石を使用しているか。次点で、どれだけ荒唐無稽かだ。
物理的な法則を破る魔法魔術において、より常識的にありえない現象を起こすのは、まず間違いなく魔法だ。魔法は何でもありだが、魔術は現象の条件をことごとく決めるもの。ゆえに、単調で単純な現象になりがちだ。
空中で踏み込む――普通に考えろ、空気は踏めない。その時点で霊文は破綻する。魔術として成立はしない!……)
ぐつぐつ脳が煮立つ。頭の中の自分がぶつぶつ呟く。
(クソ、前提が覆る……!バカか俺は!こいつ魔法つか……!!)
――そこまで考えて、ふっと降りてくる、単純明快な答え。
「……あれ?」
ユーティティは剣士の死体を盾に、最後尾のニケラスとの距離を詰める。
後続の騎士の攻撃によって紙のように両断される死体――その下半身、またぐらから飛び出す。
素早い動きに反応が間に合わず、やはり最小限の動きでその後続も切り裂かれる。
大の男が、小柄で細身の少女一人に一太刀も浴びせられない。
「あとは腰抜けだけかぁ〜っ!キャハハ……!」
じりじりと後ずさり、生き残った者たち。彼らを押し除けて、クロエドは前に出る。
「お兄さん、知ってる?峠は境界――祭祀なの。見えない世界と重なる場所……」
ユーティティは胸の前で手を組み、祈るポーズをとった。が、すぐパッと手を開いて、ヒラヒラと払うように両手を振った。
「――なんてね!?要はいわくつきなんだよねぇ人が死にすぎっから!
ここはさァ!天然の処刑場だからさァ!足を踏み入れた時点で、死ぬの確定だからさァ、キャハハ!」
少女の顔つきが、瞬時に豹変する。奥歯がぎりと鳴り、険しい獣の本性が剥き出しになった。
「死に損ねごときがァ〜っラーチス様の眠りを妨げるなんて、許されないんだよ!!」
そこで、ニケラスは気づいた。
岩尾根という細い道。その両脇の断崖絶壁――全員、城と反対側の崖へと落とされていたことを。
細道を境界に見立て、死の側へと突き落としているのだ。
そんな小細工を弄するまでの、強者の余裕……
「――疲れの色が見えるな」
そんな彼女にクロエドは対峙し、剣を適当に向けた。
浅く短い呼吸を繰り返すユーティティ。酸欠なのか焦点が揺らいでいる。
「お兄さんは元気そ〜」
すると、クロエドの剣が燃え上がった。
「どう見える?」
「へえ〜火魔法?」
火の増幅に伴って、周辺の風は巻き取られ、収束する。
(風で火の勢いを……?)
ユーティティはその火魔法の姿に、相手が自分と同じく、それなりの使い手だということを感じ取った。
「……ふふん……?」
ボンボンと小さな爆発音を立てながら、燃焼はさらに激しくなっていく。
巻き取られる風の流れで、ユーティティの髪がなびいた。
(風と火に適性があるのか。
困ったなぁ、風で火を助けてる。わざと見せつけてるんだ。風魔法が刺さりづらいイメージを抱いちゃうねぇ)
ユーティティはこの間に息を整える。クロエドの魔法を見届けようと待った。
しかし――
「……まだ?」
――燃焼が、終わらない。
剣身が溶け始めるほどの炎の熱を、肌で感じる。
(火魔法にしては……)
整えた息がまた上がる。
「ふふ……ちょっと、強すぎるよね?……」
剣身を覆う火は周りの風を取り込んでさらに巨大化する。炎の大剣が出来上がる。それでも膨れ上がるのはやまない。
「火魔法の範疇じゃないねぇ」
ユーティティの額に汗が伝った。
火魔法――指先に灯るひと指しの火を生み出す魔法。最低位に位置する四元素の魔法の一つ。
「火系統の高位魔法ってところかな?うん、そう思っておこう!」
虚勢を張って笑い飛ばす。
クロエドは彼女の言葉に、わずかに微笑んだ。
「――そうか。そう思えばよかった」
ユーティティは魔力転換を終え、はやる気持ちを抑え、敵の出方に集中した。
「考えすぎるのは悪癖だな。こんなのは、単純な話なんだ。俺は魔法使いなんだから、余計なことは考えないでただ信じればいい」
「これだから魔法使いは。すぐ魔法でゴリ押ししだす」
「宣言する。【この魔法は火魔法だ】」
「ーーッ!?」
ユーティティは、クロエドの魔力が増幅するのを感じ取った。魔法名の暴露という魔術口上によって。
「一撃で片をつける」
「くそ……」
とっくに剣身は熱で溶けていた。柄を握るクロエドの手は硬い鱗を纏った皮膚に変貌している。
両者が睨み合う一拍。
直後、炎の大剣は大雑把に、横薙ぎに振られた。
(――大味!!ただの剣の形をした炎ッ、見切りは余裕――)
ユーティティは横の大振りを上に跳んで回避した。
間髪入れず、上空からクロエドめがけて円月輪を投げる。
同時に、彼の首の切り裂き方を思案した。彼の懐に跳び込む、そのルートを模索する。
「〜〜ッふっ」
ユーティティの口からつい笑いが漏れた。円月輪がクロエドの放った真空刃とぶつかり合い、弾かれたのを見て。
「何が一撃だよ!」
襲いくる真空刃を咄嗟に避ける。最小限に仰け反った。
(――と見せかけて、ブーメランでしょ!刃は戻ってくる!)
ユーティティはそれに気づいていないように見せかけるため、真空刃の軌道を目ではなく魔力探知で追うにとどめた。
(最短距離で跳び込むッ!)
踏み込むため、両足に力を入れた。
その時――
「は……あぇ?」
足に激痛が走る。
左大腿を貫通する槍。土の槍だ。
「――土、魔法……?」
痛みでうすらぼけた視界の端、岩尾根の岩壁が棘状に盛り上がっているのを捉えた。そこから発射されたと考えられた。
「ッ!!」
真空刃が背中に直撃する。予測した通り、ブーメランのように戻ってきたのだ。
ユーティティはバランスを崩し、岩尾根上に落下した。地面に両膝をついて悶える。
「〜〜ッ…!!」
鋭利な土槍は大腿に刺さったまま。
落下の際、先端がぶち折れた。その衝撃でより深く突き刺さっている。
彼女は半身をついて足を引きずった。
「なんで……!?風と火でしょうが!?」
ユーティティは声を荒げ、近寄る人影を見上げた。人影の正体はニケラスだった。
「横槍入れやがって!!お前の魔法か!?」
「違う……俺の適性は火だけだ」
じゃあ、とユーティティはクロエドを睨む。
彼はいつのまにかユーティティの背後、岩尾根の先へと通り抜けていた。
「三適性持ちか……!」
「ああ……当てずっぽうが得意なようだな」
クロエドがその場で剣を縦に軽く振る。
「――全部だよ」
ピシッと水滴が飛び散って、ユーティティの頬にはねた。
それは水の剣だった。
クロエドが水魔法で生み出した水の剣。先ほどは炎の大剣だったものが、今度は水の剣に変わっている。
「水のないところでそれだけのもの、作れるはずが……!?」
四元素の魔法には適性が存在する――一つ、ないしは二つだ。
稀に三つの適性をもつ者もいるようだが、全てなど……ユーティティは聞いたことがなかった。
(何より四元素の魔法は低位魔法――最低位だよ!?どれもその範疇を明らかに超えている!
どんなに優れた使い手だろうと、私でさえ、ひとまわり規模の大きな気体を生み出す程度なのに――剣を模倣するなんて……!?)
ユーティティは歩み寄るクロエドを、息を飲んで見上げた。
彼女は知らないことだが、竜の魔法は一般的な魔法とは全く違う。
最低位の枠など遥かに飛び越えた、魔女にも匹敵するイカれたレベルの四元素の魔法。
彼らには魔石という媒介すらも必要ない。竜族は生まれつき魔法使いとして桁違いに強いのだ。
ふい、と彼はユーティティから興味なさげに顔を逸らす。彼女に背中を向け、奥へ向かった。城主を追おうとせんばかりに。
青筋を立てて、ユーティティはドスの効いた声を絞り出す。
「……てめー……」
「ニケラス、足だ。斬り落とせ」
「無理だ……」
「その足は魔術。魔導器だ。魔術文字が刻まれている。黒剣なら――」
ユーティティは二人の会話の最中に、円月輪を投げた。
彼女には二つの選択肢があったが、挟み撃ちされる前にと、ニケラスへの攻撃を決めた。
「……無理なんだ!だって俺は、黒剣が――」
ニケラスは自分めがけて投げられたそれを、剣で弾いた。
「使えないんだ」
弾き落とされた円月輪には両断の名残など一切なかった。金属同士がぶつかり合った、ただそれだけ。




