5-3.使命
前回までのあらすじ:
山越えを企む組織・死霊団。その正体は帝国に滅ぼされた亡国の騎士団であった。彼らの計画の目的は、山門城城主ラーチスの首だという……
一方のラーチスは、死霊の存在に勘付いているようだが……?
登場人物
アルバ:
使命を果たすべく帝都の賢者に会うため、山越えに参加する。
クロエド:
竜族の青年。女帝を殺すべく、正体を隠しながら旅を続けてきた。
ネイメア:
帝都の秘密組織・裏会の代表者。
ニケラス・ヴォルフレド:
死霊団の頭領。赤髪の青年。顔の両目付近に焼けた痕がある。
ラーチス:
山門城の城主。
「――はっきり言おう。今回の城攻めは、女帝殺しの布石にすぎない」
副官が言った。
亡国の滅びた理由は、帝国との戦争の結果だと世間では語られている。
『女帝は無辜の民を虐殺した魔女』……集められた第三者は、この衝撃的な内容を広める役目も持っているのかもしれない……クロエドの口角が上がった。ぞくぞくと背筋に興奮が走った。
「宣戦布告だ。難攻不落の山門城を落とし、皇族の首を取る」
同じ目的を持つ者に、出会ったから。
それから、死霊団の頭領ニケラスは作戦を説明した。
団を二つに分ける。正門から真っ向に攻め入る方と、秘密の裏道を通って城の中枢に潜り込む方。
前者を囮に、少数精鋭が一気に城主のもとまで駆け上がるのだという。
「秘密の裏道?」
「『天国への階段』と呼ばれる、切り立った岩尾根のことだ。ぎりぎり見張り塔の一部に飛び込める。
旧街道から逸れた先にある天険。獣人でも諦める断崖絶壁……夜は多少凍る」
「……他に道はないのか?」
クロエドの心配に、ネイメアが会話に割り込んで答える。
「いくつか候補はあるぜ。だがなぜ候補として割れてると思う?」
嘲笑うように言い放つ。
「死んだからだ。挑んで失敗した。全員な。中には城が用意した罠ってのもあったぜ?階段が二つあるとか、妙な噂が錯綜しててな、おそらく意図的にデマが流されてる。
地道に検証した結果、人が手をつけられないところ。自然様が勝手にぶっ殺してくれる、そのルートが最も安全ってわけだ」
ネイメアはトンと拳でクロエドの胸を押し除け、ニケラスの前に歩み寄った。
「なあ、鹿や大角山羊ですら尻尾巻いて逃げんだぜ?普通の人間が通れるかよ?」
「方法はある」
「ハッキリ言ってやろうか?オレはお前らを信じてない。本当に難民を助ける気か、怪しいもんだって思ってるんだぜ」
「俺たちが自国の民を見捨てると?」
「難民はどこをどう通る?まさか、正面突破とか言わないよな?」
「彼らには闇に紛れて湖を渡ってもらう」
「死人のルートだぞ」
「生きて渡る」
二人は束の間、睨み合った。
「その、湖とは?」
口を挟んだのは、沈黙を決め込んでいた第三者の一人だった。自分に関係ある話になるやいなや、会話に参加してきた。
「山門城のすぐそばに広がる湖だ。死者送りのな」
「えっ死者……ですか?」
「不吉ではあるが!最も迅速に、かつ大量に渡るならこれしかない。心配せずとも、我々が囮を引き受ける。必ず守ってみせる」
ニケラスが力強く言ったのち、神妙な面持ちで周りを見回して語りかけた。
「……もちろん、ここで引くというなら止めはしない。だが断言できる。我々と協力する以外に、関所破りは成らない。これまで誰ひとり……生きて、山門城を抜けた密行者は存在しない。あの男が城主の座に就いた日から、ただの一人も」
「城主様ってどんな人なの?」
アルバの問いに、剣士たちがこぞって答える。
「タルタニヤ峠と、関所付近の帝都貧民街の一角を治める優男……本性は極悪非道、冷酷無比。拷問好きの変態ヤロー。それが城主ラーチスだ。つい最近も、奴に……」
「頭もキレるが、何より''予見''が厄介すぎる。だが、あのクソ野郎の予見をもう一度でも……」
よほど恨みを買っているのだろうか。
「その''予見''って、な――」
「黙れ、お前たち。城主の秘密は我々が得た最大の情報だ。ここで明かすことはできな……」
「――城主には弱点がある」
副官はニケラスの言葉に目を剥いた。彼を凄まじい形相で睨みつける。
「ラーチスは俺たちの脅威にはならない……そのことだけ伝えておきたい」
一拍の間。副官はため息をついた。それから集まった人間たちに向かって言った。
「決行の時機はこの弱点による。頃合いを見て、決行に移す。分かったら今日は解散だ」
「決行は一週間後と聞きましたが……」
「それを今から詰める。おって詳細を伝える」
副官がネイメアに視線を送る。彼はフッと不敵に笑った。
その後、集まった人間は次々と会合場所から出て行った。
アルバとクロエドは最後の一組となった。ニケラスが彼らに問う。
「……あなたは、残りますか?」
「ああ。あんたたちに協力する」
クロエドはローブのフードを脱いだ。
「……!!」
久々に顔を堂々と晒した。不思議と開放感や高揚を感じた。
ニケラスの顔はひきつっていたが、それは決して嫌悪からではなく、興奮からくるものだ。
「十年前の生き残りといったら、伝わるか?」
「これは、これは……ああ、はは!光栄です……!感謝します神よ……!」
ぶつぶつと呟き始めたニケラスとは会話にならなさそうだった。彼の目には涙が溢れんばかりに溜まっている。
副官が彼の代わりにクロエドに話しかけた。
「故郷で竜といえば、特別な意味を持つのです。いい意味で。我が国には竜の血を引くとされる者も多いゆえ。特に、ヴォルフレド家は有名です」
副官の言葉に、アルバはなんだか複雑な気分になった。喜ぶべきことなのに、自分の居場所が失われるような気がして、怖い。
「俺は腐ってもヴォルフレド……そうなんですよね、隊長……」
「坊、泣くにはまだ早いだろ?」
さめざめと顔を覆って泣き出した彼を、剣士が囲んて慰めた。
「ああ、そうだ……名前を伺っても?」
「……く、クロエド……」
クロエドは他人の情緒不安定に完全に引いていた。
「クロエドくんと呼んでも?」
「構わない……」
「よかった、友人として助け合おう。単刀直入に聞くけど、君も女帝に恨みを?」
「……言葉じゃ、言い表せないほどには」
「よかった。同志だね」
ニケラスの遠慮のない物言いに、アルバははらはらする気持ちで彼らを見つめていた。
(よかない……微塵もよかないよ……)
ネイメアがアルバに近寄ってきた。
「マジか、本物の竜族……ってことはお前も?」
「人間です」
「あ、そう。じゃ知らなかった?」
「知ってるよ」
「何お前、なんか不貞腐れてる?」
死霊団はクロエドをまじえ、再度作戦の話を始めた。
「最大の敵は、''剥ぎ角''……タルタニヤ獣士団だ。非正規のルートで山越えを企む密行者を捕縛する、人外で構成された一団……あたりの岩山を駆け巡る獣人たちだ」
「団長は蒼鹿のユーティティ。奴の異名から、獣士団は剥ぎ角と呼ばれるようになった。若い雌鹿で、城主ラーチスの守護獣だ」
「城主を相手どるなら、まず間違いなくこいつが邪魔になる。あの女がいつ何時でも、飼い主にべったりへばりついてやがるからな」
「この女の力については、不自然なほど聞かない。獣族だから、魔法使いではあるだろうが……」
アルバは壁際の椅子で、さみしげに彼らを眺めていた。
隣には同じように、輪から外れた男がいた。片足を失った松葉杖の男。椅子に掛けていた。
彼は退屈そうなアルバに食べ物を分けてくれた。
「ねえ、聞いてもいい?なぜ死霊団って名前なの?」
「えっ?ああ、それは……俺たちはみんな国を失った時……死にかけて。そこを死霊に救われたからだよ」
「幽霊とは違うの?」
「あはは……幽霊も死霊も亡霊も悪霊も、みんな同じだよ。みんな境界霊――魔物だ」
13月の魔物――『境界霊』。初めてその言葉を耳にしたのは……
(したのは……?)
アルバはそれがいつだったか、どんなふうに知ったのかを、全く思い出せなかった。
「俺たちを助けたのは、''坩堝''と恐れられた死霊さ。故郷にはそういう古い話があってね。
死のまどろみの中、坩堝と約束を交わした。必ず王をこの地へ連れ戻すように……と」
男が伏せ目がちに呟く。
「『坩堝の王』を探して帝都へいく……それも俺たち、死霊の目的の一つなんだ」
「……死ぬの?」
アルバには、なぜか一瞬彼が薄らいで見えた。今にも消えそうなのを繋ぎ止めたくて、つい口をついて出てしまった。
「……死なないさ、そういう作戦なんだから……」
「……?」
「そういえば、もうすぐお祭りだね。そのお祭りに備えて、この時期は関所の人の出入りが多くなるんだ。
そのお祭りはね、死者が帰ってくる日って言われてるんだよ……」
「マツリ……って何?」
「――ネイメア!」
副官の声だ。アルバは彼らの方に目をやった。
ネイメアが苛立つ副官に対して、毅然と言い放つ。
「お前らはラーチスを舐めすぎてる。予見の力は脅威だが、それがなくとも奴は強い。この作戦じゃ詰むぞ。奴は必ず完封してくる」
「お前が言った。一週間もあれば奴は絶対睡眠に入る……これまでの調査からして、そこらが限界だと」
「話が変わった。勘付かれてる」
「勘付いたとの根拠が薄い。お前の話が本当なら、ラーチスはもっと直接的に叩いてくる。それこそ、ここを割り出して……違うか?」
「まだ探りの段階だ。だからまだ間に合う。決行は早めるべきだ……!」
「二度目を使ったというなら、お前の暴論にも頷けるが?」
クロエドが口論に割って質問した。
「絶対睡眠、それがやつの弱点か?」
「説明します。二人ともその間、少し頭を冷やせ」
ニケラスが二人を黙らせ、続ける。
「まず……予見とはラーチスの持つ特殊な力のことだ。予言、神の啓示、未来予知……そういった先見の能力の類と考えてもらうとイメージしてもらいやすいと思う」
「未来予知か……」
「この脅威的な力にも弱点がある。それが''絶対睡眠''だ。絶対睡眠とは文字通り、絶対に目覚めない眠りのこと。彼は、力の代償に必ず決して目覚めない長時間の睡眠を強いられる……」
クロエドは目を見開いた。
(絶対睡眠に入りさえすれば、殺すことは造作もない。赤子を捻るようなものだ……)
ふつう魔術に代償は要らない。だからラーチスの能力は魔法だと考えられた。
現象を言葉であらわすというのが魔術の本質だ。
確かに、あらわすための特殊な言語を扱うのに、術者は魔力を消費する。だから魔力という代償が必要、などと解釈することはできるが……
ここでいう代償は、他人からすれば全く関係していないと思えるものを設定することができる点において、全く魔術的ではない。
未来予知と絶対的な眠りには、何ら関係性はない。
ただ本人にとってはそうというだけで、引換券として成立する――それが魔法なのだ。
「ただしこの絶対睡眠、いつ陥るかは本人にも分からないのだそうだ」
「……は?」
「さらに、この予見自体も同じで、基本的に発動は本人の意思によらないのだという」
「……なんだそのクソ能力は?」
「彼は起きている間、二度予見ができる」
畳み掛けるようにニケラスは説明を続けた。
「一度目は非常に断片的、曖昧で不完全な予見……これは完璧に偶然で起こるもの。『望まずともふっと降りてきてしまう』らしい。
でも二度目は違う。二度目は強烈なビジョンで完全なもの。だけどその代償か、二度目の予見をすると間もなく絶対睡眠に陥るという大きな弱点があるんだ」
「……!」
クロエドは口元に手をやる。
(致命的だ……絶対睡眠のタイミングが読める。二度目さえ引き起これば、奴は何もできない)」
手のひらの下で、唇は醜く歪んでいた。
「しかし、二度目はある程度は意思で押さえ込むことができるらしく、ここ最近奴は狙ったタイミングで眠りに入ることが多かった」
「そして今回、我々は奴がすでに一度目を消費したという情報を得ている」
副官の合いの手に、ニケラスが頷く。
「奴が最長起き続けていられたのは七日。七日も待てば、決行の夜には奴が落ちている可能性が高い」
「そういうことか……」
クロエドは淡々と言い放つ。
「二度目が起これば、決行を早めることは可能なんだな」
危うさすらある戦意に満ちた彼の言葉。ニケラスは一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。
アルバはひとり、考える。
(いや……違う。今二度目が起これば、それこそ城攻めがバレてしまうんじゃ……?そしたらたぶん、こっちの対応は間に合わない。すぐ一網打尽に……
ネイメアは勘付いてるって言うけど、もしそれがほんとで。予見抜きで、決行予定日までにここを突き止められたら、それも一網打尽……
わ、わかんなくなってきた。めんどくさ。とにかく分が悪い……)
ネイメアがクロエドに話しかけた。
「兄さん、二度目は起こらない方がいい。それで城攻めのことがバレるって可能性が高いからな。
奴には守護獣――念話ができる部下がいる。そいつに予見の内容を送れるぐらいには、オチるまでに猶予がある」
「……ラーチスの弱点。この致命的な情報、誰が掴んだ?」
魔法使いには魔法使いをぶつけるものだ。魔法と拮抗するのは魔法、だから。
ただし、魔法にも練度がある。ある程度の力のある魔法使い……希少な彼らを、都合よく用意できるとも限らない。
勿論そういう時にも対抗方法はある。
定石は、相手の魔法の法則を知り、法の穴をついて出し抜くこと。
つまり情報戦だ。
それが分かっているから、魔法使いは魔法を隠す。魔法名を伏せる。だというのに……
(――詳しすぎるんだよ)
敵方にここまで能力の詳細が筒抜けということは通常考えられない。
用意周到、冷酷無比な城主様ともあろう方なら、尚更あり得ないことだ。
「裏会だよ。対外秘なんで詳しいことは言えないな」
「裏会とは……」
「言ったろ。帝都の反乱分子、秘密組織!それ以上は探るな。存在自体が秘匿されてんだよ、明かすだけ誠意を感じてほしいくらいだぜ」
「まあ、納得いかないだろうねクロエドくん。でも裏会は信頼できるよ」
「なぜ言い切れる?」
「彼らとの契約には俺の命をかけたんだ」
クロエドはニケラスの告白に眉をひそめた。
「……ひとつ、気になることがある。俺が掴んだ情報には、一団に与する''渡し屋''がいるとの話だった。その渡し屋は……あんたなのか?ネイメア」
「……ちが」
「違うよ」
ネイメアは自身の発言を遮ったニケラスの横顔をうかがった。
「渡し屋は峠の住人……舟守だった。密行を手助けする噂があった。彼にはすでに協力を拒まれた」
「……!?ニケラス……!!お前……!!」
「渡し屋が介在しないだけで、湖を渡る計画自体は変わらない。余計な混乱を防ぐために、難民には伏せた。分かってくれ、ネイメア」
「ふっ……ふざけんなよ!!この計画、渡し屋の協力は不可欠だと、言った!オレは言ったよな!?」
「必ず無事に渡らせる!信じてくれ、ネイメア……!命をかける。その理由が、あなたにもわかるはずだ」
「てめぇ命いくつあんだよ!?もういいッ!」
ネイメアが身を翻す。
「どこへ行く!」
副官が制止する。
彼は去り際、淡々と言い残した。
「――オレはオレのやり方で、やるべきことをやるだけだ」
*
「……はあ」
ネイメアは峠の通りを歩いていた。すでに辺りは暗くなっていた。
歩きながら、後ろに向かって声を張り上げる。
「で、なーんでついてくんの?お前」
「なんとなく……気になって?」
アルバは彼の後ろをつけていた。
なんとなく、あそこにはいたくなかったし、何より彼のことが気になったから。会合場所を出ていく彼を追ったのだ。
「うざ!ついてきていいって言うとでも思ったか?ガキ」
ネイメアは振り返って、二、三歩後ろ歩きした。彼の姿が外灯の届かない闇に隠れる。アルバは近づくが――
「……あれ!?」
ネイメアはいなくなっていた。突然目の前から姿を消したのだ。アルバは不可解な出来事に、首を傾げるばかりだった。
「ふん……」
同刻、アルバを巻いたネイメアは建物の影から、動揺する彼を見ていた。いたずらが成功してほくそ笑むような表情を浮かべ、その場を離れた。
通りから離れて、急な石階段を軽やかに降りてゆく。
「――あっいた!」
振り返ると、階段の上にアルバがいた。
「……げえ」
嫌そうな顔をしたネイメアは足早に階段を降りる。アルバは追いかけ、角を曲がった。
「あれ……なんで?」
その先に、ネイメアの姿はなかった。
なんでーと言いながらアルバはきょろきょろ辺りを見回して、道の先へと走って行った。
……それをネイメアは上から見下ろしていた。
階段横の落下防止の柵に肘をつき、手のひらを頬に押し当てる。
「ふん……」
それから、ネイメアは外灯もない、人の通りから外れた寂れた道に行った。緩やかな下りの坂道だ。
ネイメアは首を回して後ろを向いた。
遠くに見える峠の家々から暖色の灯りが漏れていた。その灯りをどこか名残惜しそうに見上げたのち、向き直って夜の闇の中へと歩いていった。
「――見っつけた!」
その声に、ネイメアは体ごと振り返った。
灯りで若干の逆光を背負っているアルバが目に入った。
「しつけーな、ほんと……」
アルバが追いかけると、ネイメアはその先にあった高い木の方へ逃げた。
アルバはこの遊びに、少し楽しくなってきていた。
彼が木の後ろに隠れたと思って、アルバは太い幹に手を添えて木陰を覗いた。
「ねえ、なんで逃げるの?」
勢いよく覗いた先に、やはり彼の姿はなかった。
「どうなってんの……?」
いよいよ不可解だった。
この短時間で木の上に登ったというのだろうか。音もなく?
「……はー……」
見上げた木の上は薄暗くて、人がいるかどうかは確認できない。
……やはり、そんなアルバをネイメアは遠くから見ていた。彼が木の周りをうろうろするのに、
「ふん……」
と笑みを浮かべた。
ネイメアは納屋の屋根の上に座っていた。
坂道の先にあった小屋――納屋の周りには、薪割り台や斧があって、その辺に丸太が積み上がっている。そばに森があって、木々の近くに台車が雑に置かれていた。
納屋は崖の近くに建っていた。ネイメアは屋根の上から、崖の方を眺めていた。
「――やっと見つけた!」
「ぎゃあああ!」
いきなり肩を叩かれ、ネイメアは悲鳴をあげた。
「はあっ……!?お前っ……なん……!」
「ふっふっふ。ボクこれでもかくれんぼ鬼ごっこは負けたことないの。セイカが弱いってんじゃなくて、ボクが強いってわけ」
「セイカ……」
「ああこっちの話ね!」
アルバはネイメアの隣に座って距離を詰めた。
「うげぇくっつくな!」
「じゃあもう逃げないって約束してよ」
「あー分かったから、離れろよ……!」
ネイメアはため息をついて、アルバを押し除けた。
「何が望みだよ?兄さんには言えないことか?」
「……別に?望みとかは。ただ気になった……ような気がした?」
「は?何が?」
「ネイメアが……?行くところは面白そうだなって思った?」
「なんで疑問系なんだよ」
ネイメアは膝を立てて頬杖をついていた。ちらとアルバを見た。彼の服には小枝がささっており、薄汚れていた。木登りでもしたのだろう。
「ふ……なあ助けてほしいなら、お前のことを言えよ」
「ボクのこと?」
「そっほんとの名前、歳、出身に育ち、あと好き嫌いとか?」
「本当の名前はアルバ……」
アルバは目を伏せた。
「知ってほしいのは名前だけ。それ以外は……分からないから」
ネイメアは不満げな表情を浮かべたが、すぐに肩をすくめた。
「……はあ……」
アルバはため息に釣られ、彼の様子を伺った。
彼は崖の方、遠く夜空を眺めていた。
「オレはネイメア……今はな。帝都の貧民街で暮らしてる」
「貧民……」
「ただのコソ泥だよ。裏会の代表者って話だけど、ほんとは代理でな。務まってるかは……分かんないけど。だってオレ、まだ仮会員だし」
「……え?」
「今回のは入会テストみたいなもんでさ。難民の引き渡しに成功すれば、晴れて一員として認められんの」
「……」
「裏会に入りゃ臭い貧民街ともおさらばだ。皇宮にも潜りこめる」
「そんなこと、話していいの?」
「お前も言えよな?やりたいこととかやりたくないこととか、何でもいいんだけど?」
「……分からない」
ネイメアは一瞬むっとしたが、彼の表情に何を思ったか、黙った。彼の顔をじっと見つめ、もう一度口を開く。
「……知ってるか?''王権の象徴''ってのがあんだって」
「王権の……?」
「いつか、オレはあの女帝からその象徴を盗んでやる。それで、本当の王様を見つけるんだ、オレたちみたいなのを見捨てない、本当の王様に……それが、オレのやりたいことで――」
「違う……!ほんとのほんとに、分からないんだよ……」
アルバが吐き出した言葉に、ネイメアは眉をひそめた。
「お前……なんなんだ?自分が誰か分かんないとでも言いたいのか?」
「自分が、誰か……?」
「気持ちわる」
ネイメアの軽口に、アルバはなぜか恐怖を覚えた。
見捨てられるのではないかという焦りと、この人にだけは無視されたくないという思いが胸に込み上げる。
そんな気持ちで……自分が誰か?を必死に考えた。
「……あ」
そして、一つの答えが頭に浮かんだ。
「ボクはきゅ……」
「――おい」
不意に低い声が響いた。
二人が振り返ると、カンテラを掲げた男が納屋の下からこちらを睨んでいる。
「人の家の屋根で何してる。降りてこい」
*
「子ども二人が夜に出歩くのは感心しない」
「オレをこいつと一緒にすんな!」
「兄弟か」
「こいつの冴えない顔と、オレの整った顔のどこが似てるんだよ!?」
小屋の中、男は灯りをともした。壁掛けの照明に次々と火が灯り、真っ暗な部屋が一気に明るくなる。
「まぶし……」
「ここは俺の仕事場だ」
がっしりとした体型の男だ。鍛えられた腕に刻まれた傷が、長年の労働を物語っているようだった。
歳の頃は四十、五十代か。髭で覆われた口元と鋭い目つきが印象的だ。
散乱していた仕事道具――ノミや彫刻道具を拾い上げた。
アルバはあたりを見回した。
壁際に木材や彫刻品が並んでいる。どれも精巧だが実用的というより装飾的なものばかりだ。床には削りくずが散乱していた。
「すご……何の仕事をしてるんですか?」
「……家具職人だ」
目に留まったのは、端に寄せられた箱の数々だった。ちょうど人間が入る大きさの――
「棺桶?」
そう反射的に呟いた瞬間、うっとアルバは突然吐き気に襲われた。頭がくらくらして何かが迫り上がる。
「どうした?」
「いや……あの箱って……?」
「ああ、死者送りに使う……ま、運び道具だよ。そろそろ売れどきだからな」
ネイメアは男に視線を向けた。彼は黙ってネイメアを見つめた。
「いい腕してるよな、本当。舟守の趣味にしては上等だ」
「……え?」
「こいつが渡し屋だ。峠の家具職人にしとくには惜しいって、お前も思うだろ?」
アルバは目を見開いて男の顔を見た。彼の顔色には一点の動揺もない。
「――二人か?」
肯定だった。
「単刀直入に聞く。なぜ断った?死霊と揉めたか?」
死霊との言葉に渡し屋はやや目を見開くが、すぐに平然と答えた。
「……事が大きい。関与したくない。それだけだ」
「今の作戦じゃお前にまで疑いの目がいく。だったら……」
「俺が渡すのは、後にも先にも死人だけだ」
取りつく島もない。そんな印象だった。
「……お前のやり方自体は割れてんだよ。棺に密行者を紛れ込ませてんだろ?どうやって兵士の検問を潜り抜けているかは知らないが、そこに秘密がある。
それが割れない限り、湖を渡るのは危険すぎて到底選ぶに値しない」
「協力はしない」
「だったら!!――本当の天国への階段を教えろ……!」
(ほんとうの……?)
アルバは場の緊張に息をひそめた。
「『天国への階段をゆけ。片方は罠だ。俺は本当の階段を見つけた』……そんな話を聞いてな。湖が使えない以上、そちらを行くしかない」
「協力はしない」
ネイメアがぐっと拳を握り込む。
アルバは一触即発の空気に割って入った。
「ハイ!ボクを、その……作戦とは関係なしに渡してもらうのは可能ですか?」
アルバは、湖の渡り方について探ろうと雑に話題を変えた。
ネイメアはすぐアルバの唐突な提案の意図を察したようだが、表情はバカと叫びたがっているようだった。
「理由を聞く。納得できればつれてゆく」
意外にも男は真剣に取り合ってくれた。
椅子代わりの丸太に腰掛け、両手をすり合わせながら、やや上目遣いでアルバの顔を見る。
その眼光に、アルバは怯んだ。下手な嘘なら見抜かれてしまいそうだと思えた。
ゴクと唾を飲む。
「……選定会に参加する。帝都の賢者に会わなきゃいけないんだ。ボクは……っ救世主だから」
告白は二度目だ。
「……!?」
隣でネイメアが息を呑むのが分かった。
アルバは自分の胸の鼓動で吐きそうになった。果たしてどんな反応が得られるだろう。
「そうか。実は俺も救世主だ」
「え」
アルバは渡し屋の唐突なからかいに、半ば呆れて半笑いになった。
「な……何言って?」
渡し屋がアルバの反応にフウと息を吐いた。かたわら、ネイメアは目を見開いた。
「お前……!まさか知らないのか?」
「な……何を……?」
……それからの話は、アルバの頭を真っ白にした。愕然として、瞬きも忘れた。
それは――
「賢者の予言は不完全だった」
邪神を打ち倒すだとか。
13月に現れるだとか。
魔を滅ぼす力を持っているだとか。
とにかく市井の間を駆け巡る間に尾鰭はついたものの、かの賢者の預言はたった一つの条件しか示さなかった。
「''聖痕を携えた''。それしか分からない」
渡し屋が言った。
当時幼かった神杖の賢者――預言をした賢者当人がそう明言したのだという。
聖痕がどんなものかは預言者本人でさえ知らないということだ。
何が起こるかは想像に難くない。各地で自称救世主が溢れかえった。どうせ本物は分からないのだから。
「……マジで知らなかった?」
アルバは渡し屋の話に、ひどいめまいがした。衝撃の余韻がガンガンと頭を揺らした。乾く口が、なおも言葉を紡いだ。
「知らない……知らないよ!ボクはただ……おじいちゃんに、お前は救世主だからって。邪神を倒して、人間との……」
そこまで言って、竜族の里の話をするのはまずいと思って口籠った。ネイメアは取り乱す彼を、憐れんで言った。
「だったらお前、その爺さんに騙されてんだよ……ふつうそんな大事なこと伏せないだろ」
「ボク、すごく山奥から来たから……おじいちゃんも知らなかったのかも」
「田舎でもそんなとこあるかよ。じゃなきゃ……お前――もしかして海を越えてきたのか?」
渡し屋がぴくりと反応する。
「北の?西の?」
「北なわけねーだろ!オレが聞いてんのは、お前も難民なのかってこと!」
「そんなの、分かんないよ……」
「ッまたそれかよ!?分かんないわけないだろ、自分のことだぞ!?」
「――分かんないんだよ!!覚えてないんだから!」
アルバは声を張り上げた。喉が痛くなった。
「何も……覚えてない!何も知らない。考えない……!だって、そうすれば……!」
頭を抱える。
(そうすれば……)
何かを思い出しそうな衝動があるのに、思い出すことなど何もないのだと思えた。




