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アンダートゥ  作者: ただの
第五話 闇夜境界
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5-2.死霊の通り道

前回までのあらすじ:

情報を頼りに件の一団との接触を試みる二人は、合言葉を知る少年と出会う。


登場人物

アルバ:

救世主の少年。使命と食い違う目的を持っていたことが発覚した旅の同行者・クロエドと気まずい状態にある。樹海を抜け、なんだか頭がクリアになった気がする。


クロエド:

族長の命を受け、アルバの旅に同行していた。しかし、その目的は族長の意思に反するものだ。精神の侵食を自覚していない。


ハクア:

アルバにしか見えない白い少女。峠に来てから、やたらと元気だ。


ネイメア:

少年。アルバとクロエドを一団に紹介する。


ラーチス:

山門城の城主。


ユーティティ:

ラーチスの側近。五大獣族・蒼鹿の少女。

 山門城上層、城主の私室。大鷲が窓辺に降り立った。


「ああ〜っやっと戻ってきたぁ――あれ?なぁんだ、返書ないですよぉ」


 ユーティティはえいっと餌肉を鷲めがけて投げた。


「これだから宮仕えは!不敬ですよねぇ。……ラーチスさま?」


 ユーティティが振り返った先、ラーチスは手紙を読んでいた。毛布をぐるぐる体に巻いて、暖炉のすぐ前の椅子に腰掛けている。笑みを浮かべた頬に汗がつたっていた。


 ユーティティはラーチスに手紙を差し出された。

 先ほど彼の姉から届いた方の手紙だ。促されるままに目を通す。


「ええっとぉ……あれ?''予見''の意味は結局分からなかったんですねぇ。それよりも、面白い問題が?……」

()()()()()()()()()()()()。あの''真昼の星''です」

「……それって……」


 ユーティティは驚いた表情で口元に手をやり、


「ごめんなさいラーチスさまぁ、わかりませぇん」


 上目遣いではにかんで笑った。

 ''真昼の星''といえば、黄金島が独占する、神の魔法を宿すと謳われる魔石のことだ。

 分かってはいるが、すっとぼけてみた。


 ラーチスは、やれやれと言わんばかりに苦笑いする。


「一大事件ですよ。たかが魔物被害に予見が起こるなんて、と思って姉上を向かわせて正解でした」

「ちょうど北の任務に向かわれるところでしたねぇ、寄り道をとっても嫌がられてました」

「ええ。一年間サボりの手助けで手を打ちました……しばらく激務です。その甲斐ありましたよ」


 ラーチスは温かい茶を注いだカップを両手で包んでいた。カップで暖をとりながら喋り始める。


「極めて高度な政治問題へと発展しています。厳密には……宗教問題ですね。

 当然です。()()()()()()()()()が見つかった。隠された歴史があることを示唆しています。それは太陽神教に不都合な歴史です。大教母が黙っていない」


 ユーティティは、んーと口を尖らせた。


(黄金島とは協定関係にあるけれど。すでにいち宗教国家として見なされ、危険視されている。

 大教母は帝国の再三の友好条約を跳ね除けた。帝国の権威に従わない……ラーチスさまの敵ね!)


「さらに、帝都の大聖堂も介入します。''カルヴァドス派''がこの機会を黙って見ているわけがありません。主張としては、まあ『帝都付近で見つかったんだから、本流はウチだ』ってこじつけでしょうね」


 太陽神教と対立する分派――それが『カルヴァドス派』だ。率いるのは、帝都の大聖堂。

 歴史からして派生した宗教だが、大教母に取って代わろうと、大聖堂の教父は歪めた歴史を広めている。


(ラーチスさまの味方の立ち位置だけど……よく思ってないみたぁい。あのハゲ、私もきらぁい。ラーチスさまの敵ね!)


「加えて、第一発見者のジャックという商人は、結社の庇護を受けています。ただでさえ厄介な立ち位置の、あの''魔商(ましょう)連合''の組織です。連合は魔石郡の所有権を主張し、この機に権力を握りに揺さぶりをかけてくる」


 ユーティティは『魔商連合』との言葉に首を傾げた。


(なんとなくしか知らなぁい。たしかぁ、魔法道具を独占しようとしたカルテル(商人組合)だったかなあ?

 金という魔力に富み、皇族の権威をおびやかす……ラーチスさまの敵ね!)


「理解できました?」

「はぁい!――つまり!大教母様と、大聖堂と、お邪魔組織の商人組合……この三者が綱を引き合うのが予想される、まさに政治の縮図といった大事件!というわけですねぇ」

「バカなふりしなくてもかわいいですよ、ユーティティ」


 ユーティティは「てへへ!」と舌を出した。


「魔石群の所有権が誰に渡るか、を主軸とした戦いになるはずです。いち早く()()は深く食い込めた。これは大きなアドバンテージです。

 姉上は守護を名目にエンダーソンの町を探りつつ、監視の目を光らせる……()()()()?」


 ラーチスの意図を察したユーティティが、キリッとした顔を作る。


「――『こんな面倒なことやってられるかァ!私は一刻も早く北に向かうぞぉ』」

「くく……姉上が居合わせて本当によかった。ぜひ帝国皇族の威厳を守ってください」


 ユーティティの変顔と物真似に、ラーチスは笑いを堪えて言った。


「『貴様わかってて私を差し向けたな。どこまで見通していた?こうなる前に布石は打てなかったのか』」


「何度も言ってますけどね姉上。私の力は万能ではないんですよ」


「『''真理(しんり)の瞳''保有者が……』」


「私はホンット〜に関わりたくなかったんです。それだけです」


 ユーティティは堪えきれずクスッと笑った。咳払いして続ける。


「『しかし、今度の予見は外れなのではないか?ジャック・ジャックが言っていたぞ。()()()()()()()()()()()……存在しないとな』…………!」


 彼女は喋っていて、何かに気づいたようだ。ラーチスはそんな彼女の様子を見つめていた。


「姉上……馬鹿ですか?私は人名とは言ってませんよ。まあ、無理からぬことですが。

 一度目の予見はいつも非常に断片的。今度は『アル』『ダァト』『エンダーソン』……この三つの言葉だけでした。

 一体何を意味するのか。エンダーソンの魔物被害の助力要請を受け、()が発動したあの段階では、分かりようもない。ただ、未来で抱くだろう疑問の答えを示している。そのことは経験上疑う余地もない。ゆえに、姉上も私の要請を引き受けてくれましたね」

「……」

「確かに『アルダァト』からは聖霊が連想されますし、エンダーソンも町の名前です。そして聖霊から名付けをすることは一般的なこと。ですから、予見が指すのはエンダーソンの住民ではないか?そう先入観を抱いてしまう」


 その通りだ。だから第一皇女は返答に疑問を抱かなかった――彼女の手紙からそう伺えたし、ユーティティも同じく疑問には思わなかった。


()()()()()()()()()()()……妙ですね?確かに、ジャックさんもそれを人名だと思い込んだ可能性はあります。

 けれど、たった一言。いないときっぱり言い切るのは、いささか不可解ではありませんか?

 人は普通、断言を避けるものです。相手が皇族ならば、なおさら迂闊な発言はするものではない。商人ならば、そこまで頭が回って良いはず」


 彼女の頬は上気してほのかに赤らんでいた。


「その人物を知った上で、隠していると……?」

「私は、魔石郡の所有権が誰に渡るか?――この答えこそ、この人物が握っていると考えています」


 真剣でいて余裕ありげな主人の眼差し。射抜かれて、ユーティティは胸がきゅっと締め付けられた気がした。


「さて……三者を抑え、皇族が所有権を握ることで帝国の威厳を示さねば。調子に乗った彼らには、ここらで誰が主人かを思い出していただきましょう。

 ユーティティ。姉上がエンダーソンに駐留する限り、三者への牽制にもなります。

 じゃじゃ馬(姉上)をとどまらせ、三者に睨みを効かせる間、私は鍵となるジャックという人物について調べます」

「……はぁい、ラーチスさま。仰せのままに」


 ユーティティは恍惚として主人を見つめた。彼はカップの飲み物を口につけ、「あっつ」と漏らしている。


(好きっ……!)


 行き場のない感情から自身を抱きしめて、体をよじらせた。



「――お話は終わりましたかね?」


 兵士が現れた。私室の入り口の扉に寄りかかって、二人の話をずっと聞いていたようだ。


「ちょっとぉ何の用?」

「城主様にゴホーコクが。仰せのとおり、峠の見回り強化しましたがね、いつも通りでしたよっと。いつもよか多少密行者は多いですが、これも頭の悪い貧民ばっかで」


 兵士はラーチスに聞こえる程度の声の大きさで、ユーティティに向かって喋った。ラーチスは暖炉を前に、兵士に背を向けたまま報告を聞いていた。


「どいつもこいつも、だいたい湖を通ろうとするもんだから楽なもんでした。峠が騒がしいってのも、まあ時期が時期でしょう?もうすぐ……」


 ユーティティは兵士の頬をギリリ、と物凄い力で引っ掴んだ。それから小声で言った。


()()の話はやめてぇ?ラーチスさまはそういうの嫌いなの、だからタルタニヤではやらないってしてんだからねぇ」

「ずびません」

「……あの〜もっと寄ってくれます?別に何の成果がなくとも怒りはしませんよ」


 パッとユーティティは手を離す。ニコニコする彼女に対して、兵士は心の中で(馬鹿女が)と呟いて、彼のそばまで近寄った。


「あなたの見解としては?」

「反乱分子の影も形もないですよ。なんですっけ、占い師に言われたんでしょう?こう言っちゃなんですが、占いなんて当たらないのが前提で楽しむもんじゃないですか」


 ユーティティは兵士の軽々しい物言いに青筋を立てた。


「ただの占い師じゃねェよ……陛下のお気に入りの''星見の賢者''だよぉ?わざわざ大鷲飛ばして知らせてきたんだよ?何もないわけないよねっ」

「ちなみに書面にはなんて?」


 ふう、とラーチスは息を吐いた。


「タルタニヤ峠が何やら騒がしいのは……''死霊(しりょう)''のせいだそうです」


「霊?やっぱ祭りのせ……」


 兵士はユーティティに蹴飛ばされた。



 *



 ネイメアに連れられ、二人は奥の部屋に足を踏み入れた。

 薄暗がりの部屋いっぱいに、人がいる。

 同じ装いの男たちがまず目に入った。黒いマントに、暗い赤を差し入れたデザインの武装……剣を差している。剣士だろうか。目元を揃いの仮面で隠している。


 一部、それぞれ別の装いの部外者らしき者たちもいるが……おそらく自分たちと同じような立場だろう。


「ネイメア、新入りか」

「ああ、オレの予定じゃ最後だ。ヨゼンがよこした」

「それより城主が勘付いたと?」

「それを前提に動いた方が良い、って言った」



 仮面の男の一人がクロエドに話しかけた。


「――あなた、魔人ですか?ご苦労でしょう、生きるのに」

「おい!素性は触れない探らない、そういうルールだ」


 ネイメアが咎めるのに、男は自分のものと同じ仮面を取り出して言った。


「どうぞ。役に立ちますよ」


 クロエドは仮面を押し付けられるままに受け取った。ネイメアは男を睨みつけて言った。


「決行は一週間後なんて悠長なこと言ってらんなくなったぜ?なあ」

「まあ待ってください。揃ったことですし、まずは改めて俺から説明させてください」

「はあ?……」


 その男が部屋の照明の下に向かう。彼を取り巻くように、剣士たちが後ろに下がって空間をあけた。


「お集まりの皆さんは事情は違えどみな、同じ目的を抱いているかと思います。『山越え』――難攻不落の関所、山門城を突破し帝都に至ること。

 我々はそれを(たす)ける一団。''死霊団(しりょうだん)''と、名乗っております」


 アルバは死霊との不穏な響きに、自然と息を潜めた。


「我々もまたとある目的を掲げ、タルタニヤへとやってきました。それは、城を攻め落とすこと」

「……!」

「我々の目的は、城主ラーチスの首です」


 部外者たちは、それぞれ動揺の反応を示した。そこに剣士の一人が口を出す。背筋の伸びた、壮年の男だ。


「誤解しないでいただきたい。我々はあなた方を巻き込むつもりはない。あくまで、無事に向こう側へ送り届ける所存だ」

副官()の言う通りです。納得いただけるかは分からないが、我々のことを開示しようと思う」


 剣士たちが次々と仮面を外して、素顔をあらわにした。生々しい戦いの傷跡が残る者も多い。


 ひときわ目を引くのが、クロエドに仮面を渡した男だった。

 燃えるような赤い髪。目元を中心に火傷のあとがあった。うっすら開いた瞼の間からのぞく瞳は白くなっていて、視力が残っているかは怪しい。


「俺の名はニケラス・ヴォルフレド。この死霊団の頭領……みたいなものですかね」

「そこは言い切れ、坊」


 剣士の一人の軽口に集団からわはは、と笑い声が上がるが、


「ちょ……ちょっと待て!あのヴォルフレド!?お前が……!?」


 ネイメアの叫びがかき消した。緩む雰囲気が締まる。


「お前ら、()()……!」

「いかにも。我々は亡国の生き残りの騎士団である」

「あのお!」


 アルバが手を挙げた。


「全然分かんないんですけど……」


 アルバは空気を読まず口を出すことにした。完全に置いてけぼりにされている。


 ニケラスがアルバの前にしゃがんだ。


「ごめんごめん、外で待っててくれる?」

「はっ!?」


 露骨に遠ざけられ、アルバは心底焦った。


「いい、そのガキも置いとけ」


 助け舟を出したのはネイメアだ。

 アルバはすかさず彼らを交互に指さして言った。


「なんというか、関係が分かんないんですけど?ネイメアは死霊団じゃないんですか?」


 アルバの疑問に、ネイメアはハッと笑ってニケラスに目配せした。


「もっともだぜ」

「そうですね……では続けます。ここに集うのは三つの団体だと思っていただきたい。

 一つめは、我々死霊団。二つめは、帝都から山越えに協力いただく、我々の協力者。『裏会(うらかい)』という組織です。その代表者が彼、ネイメアです」

「うらかい……?」

「帝都の反乱分子、秘密組織だ。あんま探んなよ」


 ネイメアが腕を組んで、アルバに忠告した。


「三つめが、あなた方。純粋に山越えを目的とする方々です。その中に、我々があなた方を守る理由があります。それこそ、我が国の難民。我々は城攻めをしつつそれを陽動に、我らの国の民を帝都に渡したいのです」


「待って待って?難民?難民って何?」


 アルバはすっとぼけてニケラスの淡々とした説明を押し止めた。情報が多すぎて一旦整理したい。


 ネイメアは顔をしかめた。


「……お前、話の腰を下りすぎると、叩き出すからな?」

「故郷を追われた人々……」


 ぼそっと誰かが呟いた。


「何らかの理由で、故郷にいられなくなった。戦争や迫害のために、逃れざるを得なかった……」


 呟いたのはクロエドだった。アルバは久しぶりに彼の声を聞いた気がした。


「その、難民が帝都に入ると助かるの?でもその、帝国の城を攻撃するんだよね?敵同士なんじゃ……」

「アルバ、その辺複雑なんで、割愛な」


 ネイメアがアルバの疑問を跳ね除けた。


 ニケラスが気を取り直して続ける。


「我々があなた方という第三者を引き入れたのは、非戦闘員の我が民をあわよくば守っていただきたかったからです」

「おっ……と言い方?」

「素性を隠して山越えを企む以上、それなりの訳があるのだと思います。我々はその開示を一切求めない。特別な働きも強いない。それでもあなた方を帝都へ抜けさせると約束します。その代わり、せめて……協力する心持ちでいてほしい」


 愚直な物言いに、一同が静まり返る。


「……バカか?」


 そんな中、ネイメアは声を荒げた。


「うぉい副官ッ!何を言うかと思えば、お願いかよっ?難民の話する必要あったか!?」

「ニケラスはそういう男だ」

「その話をしなければ、信じてもらえないと思った。俺は正直に話したい。たとえいっときの仲間だとしても……信頼を勝ち取るために、できることをしたいんだ」


 ニケラスの眼差しに、ネイメアはうっと唾を飲み込んだ。


「ざっけんなよ……オレの立場も知らないで……!難民引き渡しはオレのマストだ、復讐だか何だか知らないが!……っ」


 言いかけて、ネイメアは唇を噛んで黙った。


「――復讐って、どういうこと?」


 アルバの問いに、辺りがシンと静まり返った。

 集団からぼそりと誰かの呟きが聞こえる。


「……戦争知らないガキが、半端な気持ちで突っ込んでいい話題じゃないけどな……」

「やめろ、何も知らない。子どもだ」


 ニケラスが声がした方に向かってたしなめる。副官は冷静に彼に呼びかけた。


「ニケラス。何にせよ城攻めの理由は話すつもりだった」

「それは……分かってます。……俺たちの国は、帝国に滅ぼされた……」


 ニケラスはたまらずといったふうに顔を伏せた。


 そこに、剣士の一人が「坊」と呼びかける。

 低く押し殺した声色は、咎めるような響きと、話せと後押しするような圧があった。

 呼びかけたのがどの剣士かはわからない。アルバが見やった時、彼らは皆……憎しみのこもった目つきをしていた。


「正確、には……一人の魔女に滅ぼされた」

「邪教の女魔法使いか」


 魔女との言葉に即座に反応したのはクロエドだった。

 一瞬の間をおいて、集団の中の剣士たちが変わるがわる続く言葉を紡いだ。



「――その女は、水の魔法使いだった」


 幼子のような愛らしい見た目。舌足らずの甘い喋り方。 


「暗い月夜に突然現れた」


 王城の真ん中に降り立った。幾重もの防備が、まるでないもののように。


「一夜にして国丸ごと水に沈めた」


 黄金の杖を一振りして、命を根こそぎ奪っていった。



 ……残されたのは、


「おびただしい数の、死体……!」


 悪臭たちこめる地獄。

 ぷかと浮かぶ人の群れ。わいた蛆虫。とけた皮膚。飛び出た目玉、舌……全身はちきれんばかりにふくらんで。生前の姿などわかったものではない。 


「それが……我が子だと知った時、恨まずにいられるのか……!!?」 



 怒りと憎しみのこもった叫びだった。



「――必ずあの千年魔女を八つ裂きにしてやる……」


 最後に呟いたのは、ニケラスだった。無表情で、その目は虚無に満ちていた。 


「その女の名前は?」


 クロエドは静かにたずねた。



「太陽と水の国の皇帝……女帝――カーレンディス」



 *



「あら?」


 宮殿の一室で、小柄な少女が素っ頓狂なかすれ声を上げた。

 豪勢な部屋には、これまた豪勢な調度品がこれでもかと詰められている。色味の豊かな壁紙と絨毯はそれぞれ違う柄で、どこか騒がしい印象を与える。薄暗い暖色の灯り、混じり合う数々の香水の匂い……


「ああ……死人が、峠を越える」


 木製のわびしいドレッサーの鏡に、その姿が映っていた。金色の髪をとかしている。鏡の中の女の、ほんのり赤らむ頬。口角に押し上げられている。


 あたりには髪にくしがひっかかってブチブチ、ブチブチと千切れる音だけが響いていた。


「ラディシャちゃんはどこにいったの?」


 彼女の声はひどく幼い。ラの音が特に幼女が発するそれを思わせた。


「陛下。殿下は旅立たれました」


 杖をついた女が彼女の背後から語りかけると、彼女は鏡の前の台におもむろに突っ伏した。ひやりと冷たい台に頬を押し当て、形の歪んだ唇から吐息が漏れる。


「ラディシャちゃん……おかあさまを、がっかりさせないでね」



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