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アンダートゥ  作者: ただの
第五話 闇夜境界
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5-1.タルタニヤ山門城

前回までのあらすじ:

 エンダーソンの樹海を抜けた二人は、帝都の関所・山門城へと辿り着く。


登場人物

アルバ:

救世主の使命を果たすため、帝都を目指している。


クロエド:

竜族の青年。アルバの護衛役。


ハクア:

アルバにしか見えない白い少女。

 タルタニヤ峠を越えると帝都だ。


 その城は峠の関所になっていた。タルタニヤ山門城――山間の鞍部にたたずむ古い城だ。


 関所にゆく最短の街道は、もっとも険しい山道だった。

 岩肌を削って作った足場は狭すぎて、馬車どころか騎乗も許されず、徒歩で進む他ない。

 岩壁に手をつきながら進むと、足元の道がどれだけ細いのか、地上からどれほど遠く離れているのかが嫌でも分かる。下をのぞけば、切り立った崖が吸い込もうと口を開けている。


 その代わり、見晴らしは良い。

 遠く山々を覆う雲海。眼下の谷間を埋め尽くす木々。自然に放り込まれ、人間の無力さと自然の雄大さに気おされるばかりだ。


 そんな崖路を越えると、岩が散乱する山道に入る。

 赤く色づきはじめた葉が枝の先から降ってきた。風に煽られ岩に降った落ち葉の間に、石畳が崩れた跡が見えた。街道として整地された名残りだろう。


 山道を抜け、本街道に至る。山の木々に囲まれた、緩やかな勾配のジグザグ道だ。石を積んで整地した広い道幅。山道というより林道といった印象だった。商人の馬車や馬にまたがる兵士の一団が行き交う。


「――ねえ、あんたたち今脇道から出てきたの?」


 通りすがりが二人に向かって言った。


「バカだねぇ、あそこは旧街道。危険で急な坂道が険しすぎるって、今じゃシカや獣人しか通らない。文字通りけもの道なんだよ」



 アルバは、いつのまにか頭に乗っていた赤い葉をその辺に捨てた。風に乗った葉は、空へと舞い上がる。


 彼はそのまま遠い空を……本街道の先を見据えた。


 広がる山々の影に隠れて、山門城の頂点――上空に突き抜ける尖塔だけが見えた。


 目的の場所はまだ遠い……






 第五話 闇夜(あんや)境界






 はるか上空に突き抜ける尖塔、城の壁を跳び登る。わずかな煉瓦の凸凹を足場に、少女は軽々と登りつめた。


 短いタイトスカートからのぞく、細く締まった足――それは人間のものではなかった。足先は鹿のひづめ(それ)だった。


 山門城の頂点でもある細い塔の上部は、鳥の小屋になっていた。手紙を運ぶ役目を負った鳥たちの寝床だ。

 少女は餌を撒いた。鳥が餌に群がる間に、寝床に紛れていた手紙を取り出す。


 裏返して紋章を確認すると、少女はにんまり笑い、軽やかに塔から飛び降りた。



「――ラーチスさまぁ〜お手紙ですよ。お姉様からです」


 城の中庭。

 鳥小屋(郵便箱)から取り出した手紙をかかげて、少女は言った。大きな枝角の冠をかぶっていて、こてんとこびるように可愛らしく首を傾けた。


「ご苦労でした。すぐに目を通します」


 ラーチスと呼ばれた男が答えた。

 両手を腰の後ろに組み、金髪に蒼い瞳が印象的な痩せた男だ。優しげな微笑を浮かべている。

 よほど着込んでいるのか厚着をした上に、肩から毛布を被っている。寒さからか若干猫背になるのをこらえて、背筋を伸ばそうと力を入れていた。


「話の腰を下り申し訳ありません。ええと……通行証がないと?」


 彼は通行人を見下ろしていた。庭に面した、数段高い位置にある城の回廊から。


「えっええ。わたくしはしがない帝都の商人でございます。行商のおり野党に襲われ、通行証を奪われてしまい……命からがら逃げ戻ってきたのでございます。つきましては、城主様に通行証を……」

「無理です。次」  


 兵士が商人の両脇に立ち、腕を乱暴につかんだ。


「お待ちを!城主様!」


 城主――ラーチスは、城の門の外に放り出されようと兵士に引きずられる商人を、横目で見下ろした。


「お願いします、明日までに戻らなければ逃亡とみなされ、私の家族が……!」

「戻ったところで処罰されてしまうのですから、同じことでは?」


 商人はラーチスの言葉に愕然として、全身から力が抜けたようだった。 


 そんな彼の目の前に、枝角を被った少女がトンと軽やかに降り立った。


「はいはぁい、暴れないでねっ。仕方ないでしょお?身分証(カレンダエ)も通行証もないのに通してあげらんないよぉ」

「ううっ、うううっ……そんな……」


 商人は涙目で見上げた。

 耳下までの短い髪の毛をかきあげ、耳飾りが揺れた。それだけなら可愛らしい少女だが……拭いきれない違和感がある。

 この寒い高所地でひどく薄着だし、つま先はまるで鹿のようなひづめだ。歩行のバランスを取るのが難しそうなほど細い足が、短いスカートから伸びていた。


「さ、ばいば〜い」


 少女は笑って、男を軽く蹴飛ばした。


 商人は出口の城門の方向によろめいて、顔をゆがめて悔しそうに去って行った――心内では、ほくそ笑んで。



(――接触した。やっと顔を拝めた、『剥ぎ角(はぎづの)蒼鹿(あおじか)の――)



 彼が門下の通路に差し掛かる時、


「ユーティティ」


 ラーチスは回廊を離れる去り際、微笑を浮かべたまま端的に命じた。


(はりつけ)で」


 ユーティティ――少女は、にんまりと顔を赤らめながら笑って、


「……はぁい、ラーチスさま」



 地面を蹴った。



 *



 二人に話しかけてきた通りすがり――親切な人は、旧街道を抜けて疲弊した様子の旅人に対して言った。


「客引きってんじゃないけど、うちまだ空きがあるからどう?うちの宿、こじんまりしてるけど眺めがいいんだ」


 山の中腹は、峠道の休憩所。ちょっとした宿場町になっているそうだ。

 恐らく旅に出た頃の彼らなら、招待を一旦断ったかもしれない。

 しかし、そんな気力はとうになかった。その人は簡単な地図をアルバに握らせて、引いていた馬に乗って去っていった。



 二人の間に会話はなかった。

 ずっとだ。衝突も、擦り合わせも、妥協も、何もない。分かり合うための行動を互いに何ひとつ起こさず、無言のまま足だけは前に動かす。

 彼らが歩く時の離れぎみの距離感が、現状の気まずさを如実に表している。

 文字通り歩み寄りすら難しい心の距離感で、『関所を抜ける』――その共通する目的のために、ただ自然と行動を共にしていた。



 クロエドは一人先を歩きながら考え込む。以前掴んだ情報のことを思い返した。


――『それで二つ目は邪道だけど……もっとも急ぐ必要がある。一ヶ月半後、エンダーソンの樹海を抜けた先、関所付近でとある一団が集う。彼らは非合法的に帝都へ渡る一団だ。彼らに乗じるのもいいし、その中にいる''渡し屋''に協力を仰ぐのもいい』



 ……このために急いだ。


 クロエドは一団が峠の集落に潜伏している情報とともに、落ち合う約束をした場所も、合言葉も聞いていた。


 あとは一団に接触するだけだ。時間の猶予は十分にある。



 ただ――体が重い。

 眠りが浅い……どころか眠れない。昼間もうとうとして、崖から転落しそうになった。

 目の奥が常に重苦しくて、たまに頭痛がする。なんだかずっと、変な声も聞こえる……


 煙草を吸うと、それがなくなった。しばらくは気分が良くなって、頭が冴え渡った。エンダーソンの魔女に言われた規定量はとっくに超えているが、知ったことではない。


 まだ自分は何も果たしていない。体に鞭打ってでも、進まねば……



 そんな、何に突き動かされているかも全く分からないで、彼は着実に破滅の一途をたどっていた。



 そんな背中を眺めていた白い少女が、ふふ、と小さく笑った。


『またふらふらしてる。また崖から落ちても助けてあげないよ』

「ハクア、もう!大人しくしててよ。なんだってこんなに元気なんだか……」

『だってここ、すごく――』

「うるさいって!ああもう……」


 アルバは苛立って、くしゃと髪を巻き込んで頭を抱えた。

 悲しそうなハクアの顔が目に入り、うっと息を呑んだ。キュッと口元に皺を作って、今にも泣き出しそうな表情だ。

 八つ当たりで声を荒げたことを多少後ろめたく感じながらも、アルバは続ける。


「さっきみたいに、ボクの体を勝手に動かすのって今までもやってた?」

『……わたしはあなたが、ゆるしてくれたってそう思ったから……』

「二度と……!」


 アルバは怒鳴りかけたが、彼女の表情を見て踏みとどまった。


「やらないで……はあ。たまに記憶が飛ぶのはそのせいだったんだね」

『……どうしたのアルバ?へんだよ、怒ってるの?まるで……』

「べつに、少し疲れてるだけ」


 アルバはハクアに指摘されずとも、自身の苛立ちを自覚していた。同時に、それも無理はないことだと自分に言い聞かせ、なだめていた。


(――女帝を殺す……なんて)


 信頼していた兄貴分の目的が、まさか自分の使命と真っ向から対立するものだとは、思いもよらなかった。


 竜族の族長である祖父に託された使命は『帝国の神杖の賢者に会い、竜族と帝国の橋渡しをする』ことだ。

 救世主の本懐たる邪神討伐の道すがら、竜族の汚名をそそぐことが、彼に課せられた役目。


 その使命を手助けすべく、クロエドはアルバの旅についてきてくれた……そう思っていた。


 それが、彼は実の祖父に敵対する真意を隠していたのだ。


(それであの妙な態度……うう〜釈然としない。何がしたいんだよクロ兄は……)


「あっもういっそクロ兄の記憶を覗くとか……!ハクア、できる?」

『あれはアルバの意思に依存してる……そういう力なの』

「ボクの……意思?」

『そんなのどうでもいいわ。かわいいあなた――あなたは何かを知ろうとなんてしないもの』


 ハクアはアルバの首に抱きついて、囁いた。


『何もしないでも、あなたはいるだけで世界を救うわ』


 ハクアの赤い瞳には、アルバの顔が反射していた。

 彼はふっと笑みを浮かべて言った。


「ちょっと、消えて」


 単純に目障りだと思った。


 ハクアは、アルバの拒絶に一瞬瞳を震わせて、そのまま無表情を崩さず、すうと消えていった。


 アルバは腑に落ちない何か……胸のあたりで渦巻く熱が、不快で、嫌で、たまらなくて……


(――なぜだろう、自分の感情を拾えない。なんだかずっと、眺めてる気がする。自分の後ろ姿を……)


 しかし、アルバはそれきり考えないようにした。

 ぼうっとしながら、兄貴分の背中だけを追いかける。五感が受け取る、新天地の情報だけを頭に巡らせた。



 *



 幸運なことに、クロエドが約束の場所を見つけるのに時間はそうかからなかった。


 それは宿屋や店が並ぶ通りの一角にあった。その建物の一階部分は茶屋になっており、脇の押し扉を抜ければ二階部分へと続いているだろうことが伺えた。


 『''山羊の角笛(つのぶえ)''を探せ』――それが月の見える丘で得た、手がかり。


 茶屋の店先の、山羊の角を模した木製の吊り下げ看板。落ちる夕陽が作り出した看板の影が、扉の絵にかかって角笛みたいに見えた。


 クロエドは脇の扉を押した――


「それ飾り扉なんだよ」


 表の長椅子にかけている兵士が言った。装いからして恐らく巡回中だろうに、角の杯に注がれた酒を悠然と飲んでいた。

 彼の言う通り、扉は押してもびくともしなかった。

 

「引き戸なのに、ドアノブがないだろ」

「兵長、そろそろ……」


 咎めるような部下らしき兵士に「これで最後にするって」と杯を揺らして答えた。


「……そうですか」


 クロエドは短く答えて、兵士たちに背を向けた。そして茶屋の裏手に回る形で、路地へと入りこんだ。


 路地の奥は狭く、薄暗い。茶屋の背面に沿うように、下り坂になっていた。

 クロエドは慎重に周囲を見渡して、階段を降りていった。  


(関所の兵士……本当にただの巡回中なのか?……)


 兵士たちはのんびりとした態度を見せていたが、裏で別の目的がある可能性を捨てきれない。


 その時だった。


「――おい」


 すぐそばの影から声が投げかけられた。

 気配は全く感じなかった。黒いローブを纏った何者かが、音もなく距離を詰めてきた。


 反射的にクロエドは手を伸ばすが、するどく払われ、次の瞬間には首元に刃物を当てられていた。


 流れるような滑らかな動き。当てられたのは銀の短剣だ。 


「ここで何してる?」


 クロエドは疲れのためか、簡単に急所を許してしまった。

 後ろでアルバが目を見開いて、硬直しているのを視界の端で捉えた――役立たずめ。


「山を越えるなら大角に聞けと」


 クロエドは一か八か合言葉を口にした。


「ここに山羊はいない」

滑り鹿(すべりじか)ならいる」


 一拍の間を置いて、


「……そっちのガキもか?」


 その人は短剣をおろした。少年だった。



 *



「隊長、どうしたんですか」

「いやなに、気になって」


 二人組の兵士は、茶屋の裏手の坂を下っていった。

 その先にあった外側から鎖で施錠された扉を見て、あれと声を漏らした。


「勘が外れたか」

「そんな時もありますよ。気が済んだなら戻りましょ。城主様になんて言いましょうね……」


 兵士たちは去っていく。隊長らしき方は、名残惜しそうに背後を気にしていた。



 そんな様子を、二人は施錠された扉の内側から息を潜めて眺めていた。

 扉の上部のすりガラスは、外からは見えないが中からは見える不思議な仕組みになっていた。


「そろそろ潜伏も限界だ。城主が勘づいている」


 少年の言葉に、部屋の中にいた男が動揺した様子で立ち上がった。

 狭い部屋の真ん中にある机に書類が広げられており、扉を監視するように椅子が配置してあった。


「なぜだ?''予見''は別のことに使われたんだろ?」

「ああ、例のエンダーソンの一件で使われた。それは本当だ。その上で勘付いた……そう思った方がいい」

「……仲間に知らせてくる」


 男はそう言って、奥の部屋へと足早に向かった。


 少年が二人の方を向き直る。


「さて……名前と正体は隠していい。紹介したやつだけが知れる」

「弱みを握られるのか」

「そう言うな。敵にこちらの人数や内部事情を知られないための処置だよ」

「一人しか知らないというのは、むしろ危険だと思うがな」


 クロエドの悪態に、少年はさらりと答えた。


「言いたければ言えばいい。初対面で素性を知らない同士、それでも信頼で成り立っている。そういう集まりだ」


 少年は、薄汚れ疲れ切った様子の二人を下から上まで観察した。


「それで、なんて呼ばれたい?」


 クロエドはそのまま本名を答えた。


「お前は?」

「アルバ……」


 アルバは少年を見上げる。アルバの方が背が低いから、フードの下から顔が見えるはずだった。


「お前……」


 しかし、フードの中身はまるで暗闇に塗りつぶされたかのようで、うっすらとした輪郭さえ見えなかった。


「人間味がないな。気持ち悪いよ」

「はっ?」


 突然の悪口に、アルバは面食らった。


 少年はフードを脱いで、彼らに顔を見せた。

 肩上まで伸びた、灰色がかった色素の薄い茶色の髪の毛。伸ばしているというより、切っていないといった印象だ。しかし髪の毛自体は手入れされているのか、艶があって美しい。


「よっぽど過酷な旅だったようだから、野暮なことは聞かないでやるよ。ただ……紹介者が責任負うって仕組みだ、もし裏切ったら。いや妙な真似したら」


 端的に言って、


「――速攻で殺すからな」


 美形だ。自然な長いまつ毛と大きな目が印象的だった。瞳は薄づきの紫色。

 しかし顔色が悪い。白すぎて不健康そうだ。


「よろしく兄さん方。オレはネイメア。もちろん偽名だ」


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