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アンダートゥ  作者: ただの
第四話 善行には最適な日
23/64

4-10.すりかえ

前回までのあらすじ:

 アルバはハクアの力を借りて魔女を倒すことに成功した。これで町に平和が戻ってくるはずだ。


登場人物

アルバ:

救世主の少年。彼の扱う不思議な力は、ハクアがもたらしたものに思える。


クロエド:

竜族の青年。紆余曲折あったがエンダーソンでの彼の目的は果たされたのではないだろうか。まだ旅の途中。


ジャック:

エンダーソンの商人。探し物を見つけた。問題は山積みだ。


魔女:

分裂魔法の使い手。名という存在証明を自ら手放した。魔女は''なる''ものであって、彼女は魔女にはなりたくなかったようだ。

 

「……あ」


 アルバは灰の中から、目的のものを見つけた。


「あった!よかった、これでみんな助かるね」


 ''それ''は町を救うために必要なものだった。

 ハクアが言った通り、魔女が隠し持っていたのだ。


「集めてたのかな。何に使うつもりだったんだろう……」


 燃え残る炎が、不死鳥の形を映し出すかのように揺れていた。



 その後、アルバは主人のいなくなった教父の部屋に足を踏み入れた。


 本棚の片隅、埃を被った魔導書を一冊引き抜く。


 魔女の記憶を見て気になっていたのだ。


 その魔導書――魔術の手引き本。


(これがあれば、ボクにも使える……)


 題名は、結界魔術『禁域』。


 アルバは、指先がかすかに震えるほどの興奮を覚えながら、その知識の扉を開いた。


「……」


 しかしその中身は、真っ白だった。


 生涯かけて練り上げた魔術。

 教父は、人生の結晶をこの世のどこにも遺さなかった。



「くだらな……」



 自然と肩の力が抜け、ふう、と息を吐いた。



「――アルバ!ここにいたんだ!」


 その時、ダァトが部屋に飛び込んできた。


「避難所にいなかったから心配したんだよ?今まで何してたの?」

「え?ああ……隠れてたよ」

「大丈夫だった?ここの神像はもう使い物にならないって……」


 ダァトはふと思い出したかのように続けた。


「ねえマーシャリーと一緒にいたの?」

「ううん」

「いつのまにかマーシャリーがかけてくれた避難所の結界が解けてたんだ。どこにいるか知らない?」

「……見てないや」

「そっか。どこに行ったんだろう……」


 ダァトの表情は不安げだった。そんな彼を元気付けようとアルバは笑顔を作る。


「そんなことより。呪文がわかったんだ。行こうよ、樹海へ!」


 そして誘う。空気を読まず強引に。そんなところが幼い。



 一方、町に戻ったジャックは目の前の光景に驚きを隠せなかった。


 町全体を守る魔除け――教会の神像の効力は、黒魔術の影響で時間が経つほど薄れていく。

 樹海から逃げ出した魔物たちが、無防備となった町に甚大な被害をもたらすことは避けられない。

 そう考え、二度目の侵攻から町を守るべく、戻ることを選んだのだが……


 予想に反して、町では一人の犠牲者も出ていなかった。

 建物には魔物が残した爪痕が生々しく残るものの、誰一人として魔物に襲われ命を落とした者はいなかった。


 そして、それは今は亡き町長の豪邸を避難所として、結界を張って彼らを守った者がいたからだった。


 その正体は、確認せずとも想像がつく。当然ながら、()()は忽然と姿を消してしまったわけだが……


「ジャック……!マーシャリーを知らないかい?あの子はあんたを探しに行ったんだ」


 女将の問いかけに、ジャックは一瞬だけ目を伏せた。


「知らねぇ……」


 ジャックは、彼女の正体を明かさなかった。



 クロエドには理解できなかった。

 ジャックにとって彼女は悪人のはずだ。

 妖精への憎悪から町を巻き込んで、町長を含む多くの人間の命を奪った。教父と結託してダリアスを殺した可能性すらある。


 それなのに――


「なぜ言わなかった?」

「これでいい」

「情けをかけたつもりか?あの女はあんたの友人を殺した」


 ジャックが押し黙る。

 『それでも、孤児たちを我が子のように可愛がっていたのは間違いないし、最後に町を救ったのも事実だ』……そんな理屈を頭に並べているのだろうか。


 クロエドはジャックの心情を推し量ったが、理解も納得もできなかった。


 ジャックは静かに、少々の迷いを残した声色で言う。

 

「いいんだよ。何にせよ言ったところで信じらんねぇだろ。あいつらの認識じゃ町に魔女は存在しないんだ。マーシャリーは誰かの記憶の中で永遠にいい先生でいられる。その方がみんな嬉しいだろ」

「あんたの建前には反吐が出る。単に、都合が悪いだけだろ。一つの真実が芋蔓式にあんたの悪行まで暴きかねないからな」

「……」

「そもそも、なぜあの女が町を守る?何か裏があると思わないのか」

「思うか」

「魔女だぞ」

「――あいにく俺には化け物と人間の違いが分からないんでな」


 クロエドはそれ以上何も言わなかった。


 だが、疑念は深まった。やはりジャックには何かしら邪教との繋がりがあるのかもしれない……その可能性を一層確信した。


 こうして、エンダーソンの失踪者名簿にまた一つ名が連なることとなった。



 ジャックは町の状況確認を名目に、町民へ次々と指示を飛ばし仕切り始めた。

 その姿をクロエドは遠巻きに眺める。煙草(えんそう)を取り出した。

 ふと、この草葉の異名を思い返した。煙管に詰めるそれが、いつのまにか最後の一つになってしまったことに気づく。結局癖づいてしまったと自嘲した。


(……目的は達した。自分の手で魔女を下すことは叶わなかったが、魔女は不死身()()()()と分かったのが大きい。

 次は殺れる。妖精も死に、樹海を抜ける当初の目的も果たせそうだ。だが……)



 ――あの時。夢見心地がとけた時、目の前には無惨に弾けた化け物――妖精の残骸があった。

 残る浮遊感。濡れた手のひら。不思議と殺した実感があった。


 後からジャックが渋って話したことだが、妖精が内側から破裂して飛び散ったのは、それが伸ばした手を自分が握り潰した瞬間だったという。


(……あれは夢だったのか?まだ何か樹海には秘密がある……分からないことが多すぎる。知らなければ、命取りに)



 それからクロエドは人目を掻い潜って、町長邸の書斎を探り始めた。


 町長の家系は''エンダーソン一族''と呼ばれ、昔からこの地を治めてきた。

 魔鼠侵攻の際に分家もろとも滅んだかの一族が、樹海の秘密を握っていることは間違いない――


 埃だらけの書棚。端の一冊の本に、最近誰かが手に取った跡があった。

 埃が引きずられ、払われた跡。本を縛っていたらしい紐が断ち切られている。かすかな魔力残滓がまさに消えるところだった。


 その本――【エンダーソンの水の循環について】の内容は酷く難解だった。

 暗号や比喩表現、見たこともない文字の羅列……分かる者にしか分からないように編まれている。

 まるで、誰かから隠すみたいに。著者が意図的に読者を混乱させようとしているのが伝わった。


 そもそも本に正当性があるのか、真実味に欠けるのでは――そう考えつつも、クロエドはかろうじて解読可能な箇所を拾い読みする。



 ――水の善き精霊は、魔物や死期の近い人間を惹き寄せる。町全体が特殊な土地、魔導地(まどうち)となっている……


 ……しかし、樹海に棲みつく水の悪き神が迷い込んだ人間を喰らうのもまた事実である。そうした、樹海で無念に死した魂が魔物に転じて水を穢す。

 樹海を巡る水の浄化が間に合わず穢れきる時、魔導の恩恵はたちどころに呪いへと変わり、腐蝕の地に変貌をとげる。


 これが太陽神教において、この地が危険視される所以である。

 人から森を守ることが、エンダーソン一族の使命である。


(注釈……『この場合、水の善き精霊は上昇する螺旋を司り、水の悪き神は下降する渦を司る』……)



「――渦……」


 クロエドはラッドラットのことを思い返した。

 『顔をよこせ』と迫る人喰い魔……


(爺さまは……邪神のことをこう言っていた。『二つの顔を持っている」……)


 ()という共通点。偶然とは思えない。


(水の悪き神とは……ラッドラットのことを指しているのか……?奴が邪神そのもの?だが、水と鼠に何の関係が……?)


 疑問が頭を掠めた瞬間、忍び寄るような足音が耳に入った。


「……誰か来るな」


(竜樹と妖精(水の精霊)。竜族と渦神……水と竜に何らかの関係があるのはもはや疑いようがない。……必ず暴いてやる)



 扉が音を立てて開いた。部屋に足音の主がしのび足で入ってくる。


「うわ!見ないと思ったらこんなとこにいたのか」


 叫んだのはジャックだった。クロエドは背を向けたまま、本のページをめくる。


「もしかして樹海の秘密が分かった?」

「いや」

「まあそう都合よくいかないよな。なんかこう、イイ感じの真実が転がってれば良かったんだが…………」


 ちらちらと反応を探るような動きがわずらわしい。クロエドは本を閉じて、ため息混じりに言った。


「……あんたの考えてることは大方分かる。魔女の正体を明かせない以上、町の人間に何をどう説明してなだめようか悩んでいるんだろ」

「……まあそうだな。今夜はひとまず、町の安全確認や現状の把握に注力させりゃいい。でもいずれは……な?」


 本来まとめ役になるエンダーソン一族が全滅し、教会も機能を失った今、自然と暫定的なリーダーとなるのはジャックなのだろう。彼もそれを意識して状況をどうにかしようと動いている。


「なっ?何かいい案ねぇか?」

「……ここらではっきりさせておくが、報酬を要求する。あんたに半ば脅される形で協力させられていたわけだが、あんたの秘密を知り、ここにとどまる必要もなくなった。どうとでもしてやる」

「おいおい!俺たちは対等な取引を交わしただろ!友人をゆするのかクロさん!」

「今ので金と物資で済ませる気がなくなった」

「わ〜かったって。物資はあとで女将から受け取れ。金は……そーだないいもんやるよ、ほれ」


 ジャックがピッと取り出したのは薄い木の板だった。酒場で彼と初めて出会った時、兵士を退けた代物だ。


「――身分証(カレンダエ)か」


 国が発行する正当な帝国民の証だ。持てば国からの恩恵が受けられる。

 異種族には発行されないことから『人間証明』とも揶揄される崇高な魔具だ。


(何も刻まれていない。黒塗りの木札に金色の魔石……)


 大抵の身分証は、魔石の欠片が埋め込まれた木札の形をしている。持ち運びやすいそれは、関所の通行証の代わりにもできるらしい。


「おう偽造の」

「……は?」

「まあ孤児の身元偽装するのにちょっとな」

「そんな犯罪の証拠が何の役に立つんだよ……」

「クロさんも見たろ?それ使ったら兵士が引いてったの。要人の証明なんだと。黒塗りに金は警告の意味で『それ以上探るな、関わるな』ってことだから退けって帝国兵は教わるんだと」

「……!」

「ちなみにこの情報もかなり高値がつくんで、こいつが金の代わりな」


 思いがけず貴重なものが手に入り、クロエドはごねてみるものだと思った。詳細が分からない以上使い所は慎重に考えるべきだが、まさしくいざという時の切り札になる。


「どお?」

「……構わないが、こういうのはあんたの得意分野だと思うがな」


 クロエドは頭の中で一連の流れを整理してみた。


 表向きには――突如樹海に現れた人喰い魔が探索隊を蹂躙したことから始まり、二度の侵攻があった。

 一度目の魔鼠侵攻では、町長一族含む探索に反対する町民が消えて。

 二度目は空の異変を皮切りに、樹海の魔物が町に雪崩れ込んだ。じき、教父らが失踪したことが断定されるだろう。


 パニックを鎮めるに足る劇的な何かなど存在しない。


(俺が言うのもなんだが、町の連中からしてみればこいつも相当怪しく見えるだろう。援兵が来ないうちに丸め込んで主導権を握りたいってところか。

 実際、田舎だからと調子に乗って、やってきたことは非人道的。おまけに身分証の偽造なんてやってるくらいだから、叩けば余罪がいくらでも出てきそうだ。

 嘘をつけばボロが出るものだし、さてどうす――)


『全員殺して口封じすればいいんじゃない?』


 クロエドは頭の中に湧き上がった台詞を、自分の黒い思いつきだと思って否定した。


「さすがに極端すぎる……」

「この際極端でもいいんだよクロさん」

「……あんた一度牢に入った方がいいんじゃないか?」



 クロエドは、すべての汚名を人喰い魔に被ってもらうことを提案した。

 存在が公になっている人喰い魔を元凶として、余計な混乱を招くだろう『二人の魔女』や『竜樹』のことは伏せた方が無難だ。


 さらに、本来死体が残らない魔物であるはずの彼らには、死骸――厳密には着ぐるみの外側が樹海に残っているのだ。

 魔物としての彼らの異常性を示しつつ、存在証明と死亡証明を同時に果たすことができる。妥当な結論だと思えた。


(まあ無意味な延命……といったところだが。あとはこいつの人望次第だな)



 それからクロエドがさらに情報を探すために本を読み漁る傍、ジャックはとあるものに釘付けになっていた。


 それは、かの一族の家系図だった。


(載ってないか……)


 ジャックがちらと横目で見たのは、ダリアスの遺体とともに見つけた身分証(カレンダエ)であった。

 ダァトの母親が身につけていた貴金属のアクセサリーだ。札の形を取らない、異様に凝ったそれには、名前と生年月日が刻まれている。

 掠れて読めない部分もあるが……



(……ダァト・エンダーソン)






 夜、町長邸――避難所の仄暗い広間。人混みを掻き分けて進むジャックの足に何かがぶつかった。 


「おっと悪い……」

「おじさん!」


 蝋燭台を手にしたダァトだった。


「ねえ、マーシャリーは?マーシャリーがいなくなったってホント?」

「それは……」

「おじさん、今日樹海に行ったんでしょ?ならマーシャリーは樹海にいるかもしれない、だっておじさんを探しに行ったんだもん」

「ちょちょ、待て待て」


 ジャックは慌てた。なぜ樹海に行ったことをダァトが知っているのか。周辺で会話を聞いているだろう町民の反応が気になり、冷や汗が滲む。


「探しに行かなきゃ、一緒に行って!」

「ダァト、分かるだろ。緊急事態なんだ、危ねぇんだよ。明るくなったら探しに行くから」

「じゃあ、その時は連れてくって約束して」


 ジャックはダァトを抱き上げて、人気の少ない廊下まで連れて行った。


「……できない!」


 そして彼の両肩を掴んで言い聞かせた。


 ジャックはダリアスや町長らの死体の件は後回しにして樹海に置いてきていた。

 思わず目を逸らしたくなる死体がごろごろ転がっているのだ。そうでなくとも、子どもの彼を連れていく選択肢はあり得ない。


「ねえ、お父さん見つかった?」

「……なんでそんなこと聞く?」

「これ!」


 ダァトが振りかざしたのはペンデュラムだった。


「――持ってるんでしょ」

「は、はっ?」

「おじさんの友達が言ってた!」 


(……あいつか!)


 ジャックは友人――行商人の顔を思い浮かべた。


 ダァトはその隙をついて、ジャックの上着のポケットをまさぐる。


 ジャックはペンデュラムを二つ持っていた。

 ダリアスに託されたものと、先程樹海で見つけ出したもの。呪文が必要な二つで一組の代物。


 ペンデュラムを一つを引っ張り出すと、もう一つの鎖がそれに絡まり、釣れそうになった。

 ジャックは取られまいと反射的に鎖を掴む。ダァトの手がこわばって止まった。

 

 ポケットから垂れたペンデュラムに目を留め、ダァトの表情が変わる。


「やっぱりそうだ……世界に一つだけって言ったのに」

「おい……!」

「ねえおじさん、本当のこと言っていいよ」

「……なに?」

「おれ捨てられたんでしょ?」

「な……なんでそうなる」

「だってお父さん、おれのこと邪魔だって思ってたんだもん!嫌いだって思ってたんだもん!――お父さんは王国に、おれのことを連れてってくれなかったんだ!」


 わあと泣き出して、ジャックは息を呑んだ。


「こんなの、こんなのうそなんだ。全部うそなんだ」


 ダァトは手にした自分のペンデュラムを床に投げつけようと腕を振り上げた。


 その瞬間、なぜか彼の手の中で白い魔石に亀裂が入った。ダァトは亀裂の振動に、思わず手を止めた。


 ジャックはその姿を見て、迷った。

 ダリアスはすでに死んでいる。それを伝えるべきか。


「……本当のこと言っていいよ……」


「……」


 伝えるべきだ……





 ……それから、ジャックは呆然と床に散らばる白い石のかけらを眺めていた。


 視界の端から子どもの手が伸びて、かけらを拾い集めるのが分かった。


「――ジャックさん、ボクさっきダァトに樹海に行こうって誘ったんだけど断られたんだ」


 ダァトの友人だ。

 あの時、やっとダァトが孤児院に来てくれたとぬか喜びした時。ダァトは自分ではなく、彼の手を掴んだ。


「……そりゃそうだろ」

「でもジャックさんと一緒なら怖くないからいいって」

「……」



 アルバはつい先ほどのこと、ダァトを樹海に誘い、断られた時のことを話した。


『――行こうよ、樹海へ!』

『何言ってんの?……』


 『子どもだけで行くなんて危ない』。そんな、至極真っ当な理由で突っぱねられたのだ。


(その前には、二人で行こうって誘ってきたくせに。言ってることがころころ変わるんだから……)


 アルバは彼の性格を考えてみた。


 ダァトは年齢の割に賢い子だった。怖がりで、素直じゃない。


 マーシャリーのことを嫌いだと言って、本当は好きだった。

 ジャックのことを信じられないと言って、本当は信じていた。

 ダリアスは帰ってくると言って、本当は帰ってこないと分かっていた。


 行こうと思えば行けたのに、樹海に入ろうともしなかったのはそのせいだ。



 ジャックはかけらを一つ拾った。

 ダァトが叩き割ったもの。割らせたのは自分だと思った。彼は一度はためらったのに。


 結局何も言えなかった――真実を伝えられなかったから、彼はジャックに失望したのだ。


 最後のかけらを拾い上げる。


 アルバが手のひらの上のそれを取った。


「あ、ありがとう。でも、もういいよ――」


 子どもが、思いついたいたずらを喋るように、ひそひそと囁く。


「ボクにいい考えがあるんだ」


 アルバは、ジャックの持っていたペンデュラムを片手に一つずつ掲げて見せた。



 *



 ダァトは夜の暗闇の中、町の広場の噴水のそばで膝を抱えて泣いていた。


 ふと、目の前に人が立つ気配がした。


「……ダリはお前を好きじゃなかった。自分の意思でお前を捨てて出て行った」

 

 ジャックの声だった。


「ごめんな、ダァト。もっと早く言うべきだった。もうそれは手放せ。持っていても、辛いだけだ」


 ダァトの手の中には、先ほど自分で叩き割ったペンデュラムの残骸があった。


 鎖の先で砕けた魔石の一部が微かに光っている。その淡い光は、まるで彼の心に残るわずかな未練を表しているようだった。


 顔を伏せる彼の目の前に、ジャックの分厚い手が差し出される。父の手とは全く違うそれに、記憶が甦った。



『――おまえのために作った、世界でたったひとつのお守りだ。離れていてもいつもそばに感じられる……』


 そう言って、父は贈り物をくれたのだ。


 仕事場の父が好きだった。弱々しくとも、あの背中が好きだった。机に向かう熱心な横顔。

 時々さりげなくダァトの様子を伺った。細い指が手際良く動いて、創り上げた魔法道具を一番に見せてくれた。

 それが愛情でなくて、何だというのだろうか。


 ……そんな自問自答が、わずかな未練を揺さぶる。


「どうした?」

「お父さんに……まだ会いたい……」


 ひっひっとしゃくりあげる自分のことが、自分でもよくわからなかった。



『――なんで?』


 それは、ジャックとは似ても似つかない少年の声だった。


「え……?」


 顔を上げる。そこにはぽつんと魔鼠が立っていた。

 音もなく夜の闇が被さって、魔鼠の姿を隠す。


 次の瞬間、一点に凝縮した巨大な瞳孔に見下ろされた。


『ううん、水みたいにはうまくいかないね。貴方で最後だったのに、ああ食べ損ねた……』


 魔鼠の声が低く低く響いて、遠ざかっていく。


 と思いきや突然、


『あ〜〜私ってかわいそう!』


 顔の周りで数十人が一斉に喋ったように聞こえた。


『あんまりかわいそうで食指が動く』


 ピシッと額が指で弾かれる。衝撃に、意識が――




「……ここにいたんだね」


 アルバは、避難所から拝借したランタンで彼を照らした。噴水のそばでうずくまっている。


 ごくっとアルバは喉を鳴らした。

 ダァトの隣に腰を下ろして反応を伺うが、彼は何も言わない。


 意を決して、話しかけてみる。


「――あのね、お父さんはダァトのこと捨てたんじゃないんだよ」

「……え?」


 反応があったことに、ほんの少し勢いづいてアルバは続けた。

 

「事情があって、ここにはいられなくなったんだって。でも君と一緒にいることを諦めたわけじゃない……」


 アルバは一呼吸置いてから言った。


「地底王国に旅立ったんだ、いつかこれで君を呼ぶんだって、ジャックさんに託したんだよ」

「……何それ、そう言えって言われた?」

「ううん。その時にはこう言って迎えるんだって。約束だから忘れないで。()()()()()()()()()……って」



 ランタンの光が届かない闇の中。

 アルバを追いかけてきたジャックは彼の嘘を聞いた。

 取り返しのつかない嘘を。


 ダァトの手の中に、アルバから渡されたペンデュラムがあった。月の光を反射して、金色に輝いた気がした。


「ね!そうだよね、ジャックさん」




 ――後の話だ。


『なぜあんなことを言った!?良かれと思って言ったのか!?』

『なんでそんなに怒るの?』

『お前は知らないだろうが、ダリアスは――』

『だって、夢がなきゃ生きられないんでしょ?』


 彼の言葉に、ある記憶が呼び起こされた。小さなシルエット――


『……お前……あの時の……』


 溶岩洞窟で出会った少年。

 影がないあれのことを、自分の作った幻か魔の類だと思っていた。


 ゆっくり上から下へと視線を下げる。

 裸足の、白い子どもの足が、彼の影の上を跳ねるようにして踊り踏むのが見えた。


『心配しなくても大丈夫。これは僕が王国に持っていくから』


 アルバはペンデュラムを二つ揺らして見せた。


『ジャックさんもこれしかないって思ったから、()()()()()()んでしょ?』



 *



 翌日、早いうちにクロエドはエンダーソンの魔女の元をたずねた。目立たない裏通りの粗末な宿屋。これといった被害はない様子だ。


 彼女は来客に気づいて尚、椅子に足を組んで座り、ゆったりと煙管を吸っていた。


「おや早すぎない?ちょっと待てる?選りすぐりの薬をつけてやろうと思ってたの、ああほんとよ。少し吸ったら仕事する。みんなのとこにもすぐ戻るから……」

「必要ない。これと同じものを」


 それをカウンターに置いた時、彼女の手が止まった。クロエドを見上げる目が警戒の色を帯びる。


「……あんた、これをどこで。よくないものだよ」

「ただの鎮痛薬だ」

「これは魔薬(まやく)だ。人の心を鈍らせる。あんた……戻って来れなくなるよ」


 ただの煙草ごときに大袈裟なことだ――クロエドは淡々と問うた。


「売るのか?売れないのか?」

「……分かった。いいかい、左から順に、一日一回にとどめな」

「破格だな」

「もうこれっきりだからさ」


 内心笑いが止まらなくて。


「――''きょうだいよ、永遠に''」


 クロエドは別れの挨拶を口にした。




 張り詰めた夜が開け、太陽が昇ってしばらく経った頃だ。

 町を発つ前に、アルバはダァトにペンデュラムのかけらを渡した。白い石の破片を麻布で包みこみ、そっと差し出す。


「これ……集めたんだ、大事なものだと思うから」


 石は綺麗に割れてくれたので、破片を集めるのに苦労はしなかった。


「それにまた会えるかなって。ダァトがお父さんみたいなすごい魔術師になったら、これを直せるよね?その時は会いにきてもいい?」


 ダァトは困ったように微笑んだ。

 きっと彼は、父親のような魔術師になる夢を支えに、これから先も生きていけるだろう。



 同じ頃のことだ。クロエドの提案に沿って、ジャックは樹海で見たものを町民に話した。


 その後、探索隊によって、人喰い魔の死骸と共に、その周辺で発見された町民の遺体も迅速に回収された。そのあまりにも無惨な姿に、速やかに火葬が執り行われたのだった。


 人喰い魔の死骸は明らかに仲間内で殺し合っていた。不可解な事象に人々は首を傾げるしかなく、事態は未解決事件の一途を辿っていた。


 二人の魔女は死に、元凶の竜樹も滅びた。

 今や町をおびやかすものは何もない。


 ジャックにはそう思えるのだが……


「なんでそんな魔物が?」


 当然民はそうもいかない。


 町の中心の広場で、立て直しを指揮するジャックに探索隊の隊員が話しかけた。


「あの……俺たちには本当のことを教えてください」


 ジャックは隊員に囲まれ、返答に詰まる。クロエドは遠くから彼らを傍観していた。


「狩人さんは魔女を探してたでしょ?その人喰い魔って、魔女の手下……とかじゃないんですか?」


 その言葉を引き金に、集まっていた人々は口々に騒ぎ始めた。


「ああ、確かにそうだ……」

「俺は昔からおかしいと思ってたぜ!失踪が不自然に増えたのも邪教が絡んでたんだよ!」

「この町は邪教に目をつけられてるんじゃないんですか?もしかしたら、ずっと昔から……?魔女のことは勿論、確かなことは結局何も分かってない。また襲われない確証はどこにもないんですよね?」


 復興作業に没頭することで、誰もが不安や疑念から目を逸らしていた。それが一気に噴き出す。


「それは――」

「だいたい、アンタも十分怪しいんだよ!!アンタが来る前は、ここはそれなりに活気があったのどかな田舎町だったんだ。穏やかで、綺麗な水と緑が自慢の……!」


 人混みの中から飛び出してそう叫んだのは、酒場でジャックと口論になった男だった。


「それが、樹海がきな臭くなったせいで何人も町から出て行った。数が減って金の回りが悪くなったのに付け込んで、アンタら商人が土地を買い占め始めた!無機質な倉庫が立ち並んで、故郷は見る影もなくなったさ……!」


 そうだ、そうだったと呟きが聞こえる。


「それでもここを捨てられなかったのは、家族が樹海にいるからだよ!全部、アンタら下衆な守銭奴の思い通りさ!それもこれも、アンタが邪教徒だったともすれば説明がつくんだがね……!?」

「……!!」


 ジャックは詰め寄る人々に後退りをした。

 人々の顔を見回すと、群衆の奥にいた友人――行商人と目が合った。

 ばつが悪そうに目を逸らし、そそくさと去っていくのが見えた。


(あンのやろ〜!!)


 ジャックは危機を脱する言葉を探して必死に頭を回した。その時、


「そ、そんなの言いがかりですよ!」


 どこからか彼に味方する声が上がった。続けて、別の女性が声を張る。


「疑って潰し合うのいいけど、後にしてくれないかい!?だいたいどうするっての?こいつをとっ捕まえて、そのあとは?

 悔しいけどね、今のあたしらが頼れんのはこの守銭奴だけさ!こんな異常事態を仕切れる奴が他にいるかい!?」

「――女将の言う通りだ!」


 最後の声の主に、全員が眉をひそめた。


「アンタが言うか!!」

「いいや言わせてもらおうか!町長の座は空白、教父はおっちんだ!おそらく。めぼしい権力が不在の今、次に何が頼れる!?」


 ジャックは腹底から叫んだ。


「それは金だッッッ!!」


「最低だ……」


 呆れた表情を浮かべる町民たちをよそに、ジャックは続ける。


「そして俺には金がある!!」

「嘘つけ、お前に金がないことはみんな薄々勘付いとるわ!そこにいる奴が借金取りなのは知ってんだよ!」


 指をさされた行商人がぎくりと目を泳がせた。構わず、宣言する。


「金のアテはある!!――これが証拠だ!」

「……!!?」


 ジャックが腕を高く突き出す。


 行商人が目の色を変えて、困惑する集団に割り入った。


「ま……''真昼の星''……!!」

「なんだそれ」

「さ、最高級魔石!!ひとかけらで国一つ買えるとの伝説のっ!!」

「く、くにひとつ……?」


 ポケットに収まる程度の青々とした魔石だ。

 それは、ジャックが死にかけながら洞窟から持ち帰ったものだった。



 行商人はこれ以上ないほど興奮していた。


(あ、あの形……!石群から採った跡!おそらく樹海にはまだ大量の''真昼の星''が眠っている……!

 俺の目に狂いはなかった!ジャックに投資して良かった……!真昼の星は我が結社が全て買い取る!!)


 余談だが、行商人は所属する組織の意向に反して、友人のよしみでジャックに協力していた。



「――売ってください!!相場の五倍で買い取ります!!」

「待て待て、おかしいだろ!それを持ってたなら、なんで今まで換金しなかったんだよ!」


 口を出した町民が、ハッと気づいた様子で顔をこわばらせた。

 その姿に、ジャックは内心ほくそえんだ。


「まさか……樹海に……!?」

「その通り。偶然、ほんと偶然。おっと探しに行こうったって無駄だぜ。見つけられない。見つけても死ぬ。運良く持ち帰れたところで、下手なルートで売ってみろ。消されるぞ」

「……!?」


 町民が唾を飲み込む。ジャックの話には妙な説得力が感じられた。


「――つーわけで金に物言わせてもらうがな!今すべきは犯人探しじゃねぇ!そんな余裕はねぇ!なぜなら危機が去ってないのは明らかだから!」

「認め……!」

「だァから、とにかく守りを固めんだ!魔具は頼れず神像がただの重い石像になった今、頼れるもんは物理!丸裸でそれこそ邪教に襲われてみろ、町丸ごと簡単に消し飛ぶぞ!」



 その時、がちゃがちゃと重たげに鎧を鳴らして若者が駆けてきた。町の警備にあたっていた若者だ。


「――ジャックさん!!しっ侵入者です!!」

「な、なにぃいい!!?言ったそばから!魔物かぁ!?」

「りゅっ……竜です!!」


 そばの壁にもたれて場を静観していたクロエドは、思わず身構えた。竜との言葉に一瞬頭が真っ白になった。


「竜って、竜って……あの!?」

「もう、すぐそこまで来てます!」

()()()()()!?皆殺しにされたはずなのに……!?おい、どうすんだジャックッ!」

「てめぇ手のひら返して頼りやがってッ!いいからありったけの武器を持て!!やるっきゃねぇだろ!」


 クロエドは辺りを見回した。


(竜……里の者か!?追いかけてきた……!?何しに!?)


 気配を辿ると同時に、大きな翼のある影が落ちる。


「――上だ!!」



 翼をはためかせて竜が勢いよく舞い降り、土埃が舞い上がった。


 警備を任されていた町の若人たちが、震えながらも槍を向けた。


「囲め、囲め!!」



 ――白い竜だ。


 生気のない緑色の瞳孔。鉄色の重々しい首輪と手枷。翼に刻まれた痛々しい紋様――里の者ではない。


 同胞の無惨な姿に怒りが胸を焦がし、クロエドは剣を握った。


(()()()だ……!!?)


 すると白い竜の背から、主人らしき甲冑を纏った人間が飛び降りた。


「だっ誰だ……!?」


 槍にいっそう力を込め、若者たちは警戒を強めた。

 だが、その人は状況を全く意に介さず悠々と歩みを進める。


「――あん?山門城の遣いだ」


 女だ。

 豊かな金髪を結い上げた女。蒼い瞳。豪奢な刺繍が施されたマントをたなびかせ、ドレスの長い裾が揺れる。

 惚れ惚れするほど美しい女だ。挙動の一つ一つがゆったりとしてそれでいて無駄がない。ただそこにいるだけで覇気がある。


「エンダーソンの代表者は前へ出ろ」


 その言葉には抗い難い威圧感があった。

 土埃にまみれひっくり返っていたジャックは、周りの町民に引っ張り起こされ、


「な、なんだよオイ――」


 彼女の前に押し出された。


「かあっ!!?」


 彼女の姿を上から下まで見て、顎ががくんと外れそうになるほど口を開ける。


「こっこっこ、こ、()()()殿下……!!ご機嫌うるわしゅう……」

「立って名乗れ」

「はっ、わたくしは……」


(こ……皇太女……!?)


 クロエドはひとまず人混みの後ろへと下がって身を隠した。


(だ、第一皇女……!?まさかあの竜は……噂は本当だったのか……!!)


 『第一皇女の守護獣は竜族』――くだらないと一蹴した噂話が事実だと知れて、クロエドは震えた。



「〜〜エンダーソン一族に代わりまして、わたくしが主導者を任せられております、です」

「好かんな」

「はい……え?」

「長ったらしい物言いも世辞も好かん。今の私は不肖の弟の尻拭いに来た、不憫な姉に過ぎんのだぞ?」


 鋭い眼光に、ジャックは思わず言葉を詰まらせた。


「率直に言え、ジャック。私に何を願う?貴様の憂いごと、一才合切私が消し飛ばしてくれる」


 まるで眩しい陽光に照らされたような錯覚があった。


「――お待ちください!この男の言うことを信じてはなりません!」


 そこに、先程言い合いをした男が割り込む。


「ム……?」

(ま、まずい……超権力!そんなのきちゃったからぁ……!)

「この男には邪教徒の疑いがかかっています!しかし今や我々には頼るべきものがなく、この胡散臭い男の口車に乗るほかなかったのです!

 そんな、まさに町が乗っ取られようとしていたその時に、皇女殿下がいらしてくださった!殿下、どうか我々を邪教の魔の手より守ってください!」


(ほらあー!俺が消し飛ばされんだけど!)


 ジャックは帝都の牢獄にいる自分を想像して縮み上がった。


「ジャック、貴様邪教の者だったか」

「滅相もありません!!私は敬虔な信者でございます!帝都の大聖堂で聖名を賜ったくらいの!」

「あん?あ〜……」

「嘘です!こいつはただのジャックです!聖名なんか聞いたことないですよ!」

「ぐぅーッ」

「悔しけりゃ言ってみろ!生まれた後神様に授かるありがた〜い名前だろ、胸張って言えんだろ!」

「ん〜?」


 不敬にも皇女の前で言い争い始めたのに、周囲の町民たちは心底ハラハラした。


「じゃあ絶対笑うなよ!!俺の名前はァ!……」


 ジャックがビシッと自身を親指で指差す。


「――ジャック!ジャックだ!」


「は?」


 時が止まった。


「――俺の聖名はジャックなんだよぉ!!」

「ほんとにただのジャックじゃん」

「だからそう言ってんだろぉお!!」


 聖名はかなりの希少価値があるもので、求めたからといって授かれるものではない。

 しかも大概、とんでもない額の寄付金と引き換えに手に入れるものだ。


「ぶふっははははは!!!」


 皇女が吹き出して笑い始めた。

 大金はたいて苦労してもらったものが、もう持ってたものだった、みたいな悲劇に。皇族の威厳が消し飛ぶくらいの、品のない笑い方で。


「ぇええへへへへ、へへはは……!」

「こ、皇女殿下ァ……!」

「ンンッ悪いなァ貴様!悪いぞ、私からいかつさを取ったら何が残るというのだ!」


 笑いを抑えた皇女の、ある種の可愛らしさや親しみやすさ。それまでの場の緊張も解けた。


「笑ってすまんジャック・ジャック。愉快な貴様を邪教徒とは思えん」

(――よっしゃぁあ勝った!ありがとう大聖堂のハゲ教父!)


 皇女は気さくにジャックの肩を叩き寄せ、耳にふうと囁いた。


「だが貴様臭いな。腐肉の臭いがする」

「……へ?」

「すえ臭し。貴様は邪教徒ではないが、深く関わっている」


 ぶわっと脂汗が滲み出た。


「――今は問わぬ」


 皇女はそのまま前へ歩む。人々が自然と道を開けた。


「じき山門城の援兵も到着する。弟が渋ったゆえ、戦いには向かん雑兵だ。しばし私が貴様らの盾となろう。なに、皇族の務めだ」


 振り返る彼女に後光がさしたように見えた。


「――私は帝国が第一皇女ラディシャ・オーディッド。帝国の日暈(にちうん)である」


 神々しさに見惚れるばかりだ。


 白い竜が竜化を解いた。凛とした彼女の後を、ずりずりと足裏を擦ってついていくのが対比的だった。


「……竜族……」

「初めて見た」

「十年前の生き残り」


 町民たちが口々に言う。クロエドは彼らを睨みつけた。


「――生き残りって?ねえどういうこと?」


 騒ぎに釣られていつのまにかそこにいたのだろう、アルバがそばにいた行商人に聞いた。

 クロエドは一瞬横目でアルバのことを見たが、すぐに興味なさげに逸らした。


「ああ、知らないよね。君はまだ物心ついてないだろう頃の話だよ。

 ――昔、帝都には竜がいたんだ。ああやって人間の姿をとって女帝に忠誠を誓った。先代の賢者様が守護獣に迎え入れるくらいには目をかけてやったんだけど……弑逆したんで、反乱の意ありとして女帝は竜を処刑したんだ。でも、一匹だけ生かしてやった」


 行商人が視線を送る先。

 大柄な少年だ。歪に竜の特徴を残した姿。囚人のような鉄のマスクに白髪が押さえつけられている。

 主張の強い太い首輪と手枷。猫背が重みを伝える。その印象とは対照的に、まとった服は上等だ。


「それがあれ、当時赤子だった竜ト」

「――トカゲ!私のそばを離れるな」  


 アルバは彼の名前を聞いて、ひどく悲しくなった。


「女帝の慈悲と権力の象徴だよ。最も次期皇帝の座に近い第一皇女があれを侍らせるだけで、邪悪を飼って制御できるまでの圧倒的な力を示している」



 クロエドは首輪のついた竜族の少年に近づこうと、足を踏み出した。皇女の後ろに付き従う、哀れな同胞に。


(――生きている。やはり生きている。何としても、接触したい……!)



 その時、手首を掴まれた。


「待って……!」


 アルバが腕を引いていた。



「――魔法が解けてる!!」


 クロエドはやっと、素顔があらわになった自分の姿に気づいた。高揚のためか、竜の鱗が手の甲にまで広がっている。

 

 ――魔具の効果が、消え失せた。


 ぐらりと目眩がして遠近感が狂い、白い竜がずっと遠のいていくのを感じた。



「は……ああ……はあ、はあ……」



 息が荒くなる。選択を迫られる。


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