4-9.たった独りの私たち
前回までのあらすじ:
クロエドはペンデュラムの導きによって''惑わし''を抜け、泉に辿り着く。ダリアスの行方を知るかもしれないパンを問いただすところ、教父と魔女が泉に現れる。
魔女は確かに実在しており、竜樹を狙っているとの話も事実だったようだ。事態は魔女と妖精と竜の三つ巴に発展するが……
登場人物
クロエド:
竜族の青年。妖精の魔法によってかなり不安定な状態にある。魔女殺しへのこだわりは帝都の魔女への復讐心からきているようだ。
ジャック:
奴隷商人一族の出。魔法道具を取り扱う商人だが、魔法には詳しくない。友人ダリアスの生死を確かめ、事件の真相を知るべく樹海の奥へ進む。
魔女:
鼠の仮面を被った邪教の女魔法使い。魔法の概念をぶち壊す、不死身の化け物。なぜ竜樹を狙っているのだろうか……
ダリアス:
地底民の魔術師。ダァトの義理の父親。教会の告発を試みたため教父に消されたと思われていたが、妖精に救われていたことが発覚。旅立ったはずが、どうも樹海にいるらしい……
少年は一面の水のただなかに出る。
果てしない水の真ん中に立っていた。泉を引き延ばしたような鏡面の世界。
その奥に巨大な竜が鎮座している。大樹と同化したような見た目をした、ひびわれた老竜だ。ぴくりとも動かない。
「町で見た人たちがいっぱい……」
ぼんやりとあたりを見回す。たくさんの白い人影が歩いていた。町の通りで見かけた人々だ。
惑うそぶり一つなく、真っ直ぐひとところへ向かう。みな木の麓――老竜に吸い寄せられていた。
「みんな死んだんだよ」
喋りかけてきた影。並ぶほどの背丈だった。
影に連れられ、横並びで歩く。
「しんだ……」
死んだのか。覚えはない。
今となってはどうでもいいことのように思う。
「みんな楽園に行くんだ」
「楽園……?」
「うん。みんながここに集まる理由が、死んでからようやく分かった。この樹はいわば橋なんだ」
影はおもむろに向こうを指さした。
「あのひとが橋の案内人だよ」
妖精が立っている。遠近感という概念がよく分からなくて、全てが遠いようにも近いようにも思える。
「スープ……?」
「よく来ましたね。待っていました」
スープに似ていた。見た目が似ているだけで別物だ。
彼女はもっと大きな何かに値している、そう感じた。
「かわいそうに。さぞや重かったでしょう」
「あ……」
「彼らはわたくしがひきとります」
「……?」
なぜか無性に泣きたいが泣けない。
彼女は少年を優しく抱きしめた。
「あなたの心がすこしでも軽くなりますように……」
ぬるま湯に包み込まれた。何かの鼓動が心地よく水に振動していた。
(ボクも楽園に行くのかなぁ)
何かが引き剥がされていく。外側から削げ落ちる。
間違いなく自分の一部が失われていくのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう?
嬉しいし、悲しいし、寂しい。
そんなことばかり思って、
「もどってこい」
やはり邪魔が入る。
少年は教会の病人用のベッドに横たわっていた。
頬を撫でられる感覚がする。ぬるい水滴が落ちてきて、顎を伝う感覚も。
「つめたい。ごめんね……ごめんね……」
ずしりと肉体の中身が沈殿する感覚があった。重みが戻ってきた。
「うあああああ!!!!」
それが自分があげた叫び声だと気づいたのは、そばにいた彼女の大層驚いた表情が目に入ったからだ。
「アルバ……くん……!?い、生きてた……」
溢れ出る汗が背中を湿らせる。名前を呼ばれて初めて自分が自分だと認識できる。
乾いて突っ張る唇が動く。彼女の名前を読んだ。
「マーシャリー……」
アルバは体を起き上こし、顔を撫で下ろした。
(なんだ、この強烈な違和感……なんだよ、この……!!)
喪失感。
アルバは頰に爪を立てた。
「息が止まってたから、てっきり……神様に追い返してもらえたんだ」
「そんなんじゃない!!」
マーシャリーはアルバの剣幕に体をこわばらせた。
「あ……ごめ」
「僕……そうだ、なんで?なんでこんなことに……」
「そ、それは……」
「あ……ああそうだ、魔女に……」
言い放つ。
「――マーシャリーに突き落とされた」
途端、彼女の顔は無表情に固定された。瞳から感情の色が失せた。
「アルバくん。混乱してるのね」
「嘘が、うまいんだね。知らなかった。騙された、まさか、こ、殺すなんて」
「落ち着いて……違うの」
マーシャリーから段々と焦りの色が滲み出る。
「何が違うんだよ!?あれはお前だろ!?それともなんだ、同じ顔の別人か!?」
「そうよ!わっ私じゃない!私たちは……双子なの!」
アルバは言葉を失った。馬鹿げた言い訳だ。
嘘にしてはお粗末で、真実だとしたらいっそう許し難い。
「あなたが会ったのは私の姉なの!ごめんなさい、あなたを生贄に黒魔術を……知った時にはもう遅かった」
「下手な嘘すぎて逆に信じちゃいそうだよ……」
「私たちは二人で一人を演じてる。使い魔みたいに五感は共有できないけど、念話ができるの……
わ、私は魔女だけど力の弱い出来損ないよ。姉は私を処分させないために庇ってくれて、この町ではなるべく私を表に出してくれて……だから……ごめんなさい、こんなことが言いたいんじゃ……」
「魔術は失敗したの?」
「してないわ……」
「僕の代わりに何が生贄になった?」
「……姉は言いたがらなかった」
なんて役立たずなんだろう。ならば自分で確かめる、とアルバは立ち上がろうとした。
しかし、筋肉が小刻みに震えて、どうにもうまく動かない。凝り固まった体の不自由さが腹立たしさを助長する。
「魔女はどこ?」
「あなたが眠ってからすぐに樹海へ……今さっき妖精を見つけたと」
「ダメだ……!!」
アルバはマーシャリーに向かって叫んだ。
「妖精は殺しちゃダメだ!!あれは――」
*
『どうしてこんなひどいことを!?』
なぜ私が怒っているのか、全く理解できない。
「マーシャリー。それが命令でしょ」
『そんなの!いくら救世主だからって……まだ子どもなのよ!』
「違う、その子は……」
『お姉ちゃんは私と同じ気持ちだって思ってた……いつから私たち、違っちゃったの?』
頭の中に響く声を、拒絶した。
『待ってまだ話は――』
魔女は両手で顔を覆い、目を瞑っていた。そんな、先の会話を思い返していた。
(わずらわしい……)
何もかもだ。
「やめなさい」
負け犬に群がるラッドラットたちを止める。
多少血肉を貪られたろうが、構わない。
思わず主への良い土産が手に入った――魔女はクロエドの剣を放り捨てて、本命のもとへ向かった。真っ二つに割れて落ちた仮面を踏む。
ジャックは倒れ伏したクロエドを回収するため、こそこそと近づく。その時あらわになった魔女の顔を見て、その正体を知ってしまった。
「……」
魔鼠が小さな体で魔女の行手に立ち塞がっていた。
放り捨てたクロエドの剣を拾い上げ、切先を向けてくる。剣には何の力もないのに、愚かなことだ……そう思った。
彼は、背後に広がる泉――卑怯にも隠れ続けている妖精を守っていた。
魔女は苛立ちを飲み込んで、口角を上げた。
「ありがとう。ここまで簡単にこられたのはねずみのおかげよ。さすが私の一の使い魔ね」
「おれはもう……あんたの使い魔じゃない!!おれは樹を守る!」
「呆れた。まだ私に構ってもらえると思ってるの?私何度も態度で示してきたわ。あなたのその、前の主人を私に重ねる遠い目――本当に嫌い」
首が一つ、どしゃっと転がった。
ラッドラットが、別のラッドラットの首を投げたのだ。そうさせたのは主人たる魔女だった。
「こんなものまでこそこそ作って。どうだった?代わりになった?」
(代わりにしたくて……!)
「怒らないでよ!まだいっぱいいる」
魔女が両手を広げる。くるる……と鳴いて木の影から、ぞろぞろと顔を出した。
クロエドを囲んだラッドラットたちも一斉にパンの様子を伺う。
「パン……!」
「出てくるな!」
ようやく妖精が泉から体を出す。
パンは体躯に見合わない剣を震わせた。
「あなたの目で見た妖精はもっと美しかったけど……何?こうしてみるとただの小汚い沼女じゃない」
「ッうわあぁっ!」
パンは侮辱に対する怒りに身を任せ、飛びかかった。
気だるげにあしらわれ、土の張り手に弾かれて泉に跳ねる。水飛沫をあげた。
「ああ、濡れねずみの騎士さま。あなたまで妖精にひかれるとは……」
「くう……」
突如、パンの頭の内側に魔女の声が発露した。
『――愚かね。そんなに抱き込まれて……自分の姿をよく見て。ひどいものよ』
「え……?」
妖精がパンの背中を支える。彼女の鈴の鳴るような美しい声が聞こえたが、魔女の声に遮られて段々と遠ざかった。
パンはその時、おそらく初めて、泉の水に反射する自分を認識した。
「これが……おれ……?」
痩せこけたからだ。肉がそげて浮き彫りになった目玉……
『獲物に気づかれにくいように、からだの端から少しずつ魔素に分解してゆっくり吸われつづけてたのよ。
でも気づかなかった。多幸感でいっぱいだったでしょ?そうやって獲物をとどめつづけるのが、妖精の役目なの』
魔女の念話がパンの頭の中に低く響き渡る。パンはその言葉の意味を必死に咀嚼しようとした。
「パン……!しっかりして、どうしたの?私を見て」
「つれないのね、妖精さん。ようやく会えたのに……雨越しではなく」
妖精は魔女を睨みつけた。
二人の女が対峙する合間で、パンは洪水のような魔女の念に殴りつけられ頭を抱え苦しむ。
『''それ''は精霊だとか、竜樹の守り人だとか、時折まるで神聖な生き物のように言われるけど、そんなんじゃない。
それは機構なの。竜樹を守るためだけに創られた、ただの水人形なのよ。
竜樹は魔を誘い、引き寄せ、糧にして成長する。そのためならなんでもする。懸命に生きる人の心の隙間につけこんで、何人も泉に沈めてきた……たかが樹のために……!』
魔女の念話には怒りや憎しみの念がこもっていた。
表では、負の感情を上手に覆い隠した魔女が、しれっとした顔で妖精を見据えている。
「お願い、もう彼を傷つけないで……!」
パンはスープの顔を見上げた。自分を庇おうとする必死の形相だった。
「なら妖精さん。私がはじめに言ったこと覚えてる?」
魔女は表の会話と念話を同時にこなす。
『さぞ慰められるよい心地だったでしょうね?でも勘違い。それには言ってほしいことを的確に汲み取ってこだまする、まさに水鏡の仕組みが備わってる。
意思なんかないの!――離れなさい!!最後の機会よ!』
言葉にせずともパンに伝わった。魔女の最後の叫びの裏にある命令が。
「覚えてる、覚えてるわ!あなたの望み通り話をする!だからもうやめて……」
パンの頭も心もぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
つい、口にした。
「――スープはおれをだましてた?」
魔女はパンの失言に、顔を曇らせる。
(この馬鹿……なんのための念話だと……!)
瞬間、妖精の表情から慈愛の色が失せた。首をぐりんと回して、パンの目をじっと見た。
「――ちがうの、パン。騙したかったわけじゃない……わ、私は……あなたのそばにいるだけで、あなたを蝕んでしまう。でも一緒にいたかったから言えなかったの」
(……!!念話が聞こえてた?)
妖精は、まるで二人だけの念話が聞こえていたかのような言葉を紡ぐ。魔女は警戒しつつ、彼らの会話を見守ることにした。
「もう一人でいるのは嫌なの。私を大事にして。あなたを大事にするから。うんって言ってくれたよね。ねえパン……ツィアリカの一部になるの嫌?」
「いやじゃないよ……」
「そう言ってくれると思ってた。ずっと一緒にいてね」
籠絡の一部始終は、大変に短くつたなく馬鹿らしいものであった。魔女は両頬を手で拭うように抑えた。
(化け物が……!地底民を滅ぼし、何百年もの間、ヒトの心を弄ぶ。死ぬまでも、死んでからも……)
彼女は息を整えた。
「ふーっ……なるほど、これが水鏡たる所以というわけ。
――いいわ。話をすると、やっとその言葉を聞けた。はじめにお伺いした時にそう言ってくれれば、こんな大掛かりな魔術に頼らなくてもよかったのに」
スカートについた土埃を払って、桃色の髪の毛を肩の後ろへ流した。
「そういえば、あれはひどい仕打ちだったわよね?
樹海を彷徨わされて、挙句……『魔女を焼く結界』を浴びせられて、命からがら逃げ帰ったっけ。エンダーソンの魔女がたまたま助けてくれたけど、染み込んだ雨が痛くてね。しばらくまともに魔法を使えなくなった。
あれのせいで……あの子を人前に出さざるを得なくなった。使い魔も懐柔されて、本当散々よ。でも水に流すわ……」
ドレスの裾を持ち上げて胸に手を当てた。礼を尽くす動作だった。
「――はじめまして。
私の名はマーシャリー・イーナハウス。【東の魔女序列十七位、土塊の魔女と呼ばれる者】。私の使命はただ一つ、エンダーソンの竜樹を我が主に献上すること」
物陰から場の様子を伺うジャック。彼の脳内は煩雑を極めていた。しかし、ありえないがありえるのを今日一日だけで嫌というほど見てきたのだ。
(マーシャリー……魔女!?東の……?)
土塊の魔女マーシャリー。ジャックは目の前の光景を素直に認めることにした。
そして、事に干渉せずやり過ごすことにした彼は、地面につく片膝のそばに視線を外した。引きずって連れてきたクロエドの意識がまだ戻っていないのを確認する。
魔女はジャックがクロエドの手当を始めたのを一瞬横目で見た。
(まずは''名乗り''の魔術口上……焦らないで。一つずつ積むの)
口上を述べたゆえ、仕掛けたのは魔女が先だといえる。
「妖精よ、私はあなたにあだなす者ではありません。むしろ同じ、竜樹を守らんとする者。あなたが我々を受け入れるのなら、私はこの地を踏み荒らす人々からあなたを守ることを誓いましょう」
「――寄るな、石の女」
哀れな魔鼠パンの姿はもう泉にはなかった。いつのまにかその場を離れたのだろう。
騙したい者がいなくなったからか、妖精の雰囲気は一変し、禍々しい圧を放ち出す。静かに戦いの火蓋は切って落とされた。
(これが妖精の本性……!?わ、分かる。魔女と同レベル……いえそれ以上の……!だめよ堂々と。怖がらないで)
もはやパンが慕った美しい女はどこにもいない。冷たく、低く淡々と囁く。
「おまえの口は呪いしか吐かない。穢れた魔女め。【私はおまえの心を知っている】。【私の前で負の感情は隠せない】。【私に嘘は通じない】。」
(……魔術口上か!!三連!繕う気もない純粋な殺意……お互いやる気満々ってわけ!!でも残念、溟がりは魔法魔術を無効化する!万が一にもお前に勝ち目はない!!)
''魔術口上''――言葉に魔力を込める。魔法を強めたり、魔力を得るための台詞。
台詞の内容は、真実を現す。たとえば、【殺す】と宣言したのなら、その行為は『お前は敵だ』と表明することと同義だ。
魔女は微笑を崩さず言う。
「【魔女は嘘を吐きません】。妖精よ、あなたの言う通り、私はこと個人的な理由であなたを憎悪しています。しかし、私は使命のためにここへ来たのです。そのためなら、私は私を押し殺すことを厭いません」
「その使命果たせぬと言ったら?」
「あなたを殺します」
空気が変わった。
「単刀直入にいきましょう。竜樹を渡すのか、渡さないのか。これは慈悲よ。あなたはエンダーソンの主と言っても過言ではないから。だけど立ててやるのはここまでよ……」
妖精は無機質な表情から一転、悲しげに眉を顰めた。
「マーシャリー、一つだけ答えて。どうしてあの結界を張ったの?」
「……あなたを引き摺り出すためよ。閉じこもったから飢えさせてやっただけのこと。魔物に人間、あなたの餌になるものすべて断絶させたかった。嫌がらせ程度のつもりだったけど、存外効いたようで何よりだっ――」
「あれさえなければ、あなたをゆるせたのに……」
「た……」
言い切る瞬間、魔女の全身に鳥肌がたった。
「――庇えッ!!!」
叫びに呼応し、数匹のラッドラットが魔女の前をふさぐ。妖精はかざした片手の拳をぎゅっと握った。
途端、ラッドラットは内側から破裂した。
魔女の顔に、びちびちと肉片が飛び散った。
「――なんで魔法が使えるのよ!!!」
黒魔術によって、魔女以外は魔法の行使を封じられたこの状況で。妖精は明らかに魔法を使った。
「所詮おまえの魔術は闇の魔法の模倣にすぎない。当然真髄に適うべくもない」
「あああクソ!!」
魔女は下半身だけ残ったラッドラットの死骸の影に隠れ、
大地よ抉れろ、「突き立てろ」――胸元のブローチに念じて、土魔法を使う。
よほど想定外の事態なのか、魔法のイメージが口をついて出ていた。
死骸の足元から妖精の泉に向かって、ピシピシと地面に亀裂が走る。泉の土手は破壊され、水が亀裂に溢れ出た。
「突き立てッ水、よ……」
魔女は言いかけ、呻いた。
『魔術の代償に二度と水の魔法を使えない』――彼女は長らく戦ってきた。
それで染み込んだ体の反射は、代償の重さを理解してはくれなかったのだろう。
「か、あッ……」
舌がひび割れた。身体中の水という水、血が沸騰する苦しみに見舞われた。
「ぎゃあああ!!!」
「おまえは水の神の怒りを買った」
膝をついて悶える。
(たてなお、たてなおせ、私ならできるから――)
ふと影がかかる。
泉の水が盛り上がり、竜の形を成していた。
「――!!」
高音の咆哮が耳をつんざく。
キーン、と目の奥まで耳鳴りがする。
自分の呼吸音ひとつを最後に音が消え去った。
景色が遅く流れる。
(――いいわ。代えはある。
あーでも、痛いのは……痛いのよね……)
『おねーちゃーん……』
なぜだか昔のことを思い出した。
『おかーさーん、おとーさーん……』
『うるさい!二人とも戻ってこなかったじゃない。捨てられたんだよ』
『えーん……えーん……』
『あんな人たち忘れちゃえばいいの!うんと幸せになって忘れてやる』
『忘れたくないよー……』
私たちは二人で一つ。一緒に幸せになろうって誓った。
『――才能がないな。もっといい魔法を授かれれば良かったね。妹の方は処分対象だよ』
『やめて大祭司さま!!私が百人分働くから!私の魔法ならできるよ、だからやめて、やめてください……』
『そうは言ってもねー。貴重なものだから、再生利用したほうがいいんだ』
やー、という濁った叫び声をあげて、妹はすぐさま私の目の前で焼却処分された。バタバタと動く手足の生々しさがずっと忘れられなくなった。
『――すごい、なんてことだ……!なんてしぶといんだ!』
炎が薄づきになって、長く、長くもがく。大祭司さまはその様子に大層喜んだ。
『これはっ……魔女の不死性の個人差!?一体、どうしてこんな!?』
なぜこの人は人を燃やして楽しそうなの?
どうして私はただ眺めてるの?
どうして私が燃えてるのに、私は痛くないの?
私たちは二人で一つ……?
さっと横を駆ける影があった。
その人は私の横を追い抜いて、まっすぐ妹の元へ向かい、そして抱きしめた。
『――もう大丈夫。わたしが死なせない』
大祭司は丁寧にお辞儀をした。
『これはこれは……枢機卿猊下』
『わたしはどの魔女も一人残らず、わたしの元へ送れと言った。あなたの独断処分を到底許さない』
『ええ?だって思わないではありませんか?まさか、まさかあなたが無能にほどよりよい祝福を授けていらっしゃるとは!――ですが理解しました。
どんな無能も使い物にするというご意志、感服いたしました。これぞまさしく再生利用というわけでございますね!』
『わたしの魔法は、守るための魔法です』
あのお方は私たちを救ってくれた。
『君の魔法はすごい!本当に、百人分も夢じゃないね』
『猊下……』
『いやだな、前みたいに呼んで』
『……お姉様。わ、私たちは……』
『わかってる……いいよ。君たちは二人で一人の魔女。その方が君の魔法も活きると思う。
――でも忘れないで。いつでも好きなように生きられるってこと。わたしにとって一人ずつがかけがえのない姉妹。何人いたって、一人ずつだよ。マーシャリー……』
痛いの。
「うわああああ!!!!」
マーシャリーは叫んだ。気力を振り絞って魔法を使った。
ラッドラットの死骸がいくつも積み重なっていき、肉の壁になった。
「はあっ、はあっ……」
水竜が大地に飛び込み、水飛沫があがって、水の粒を浴びた。粒は体中に穴を空けた。それもすぐふさがる。
(あの方の魔法が、いつでも私を守ってくれる――)
すうっと息を吸う。舌の痛みも引いていた。
「ありがとう、お姉様……」
妖精が魔女の魔法を目の当たりにして呟く。
「――この魔法……」
増殖したラッドラットの死骸は実物だ。明らかに普通の魔法の域を超えている。
これは魔女の魔法だ。一人につき一つの、魔法の限界を超えた異常な魔法。
「どういうこと?治癒の魔法が……おまえの魔法では?おまえは初めこそ雨に焼かれたが、私の結界内をいともたやすく歩き回っていた」
「ごめんね、私一人じゃないの」
妖精が気づいた時には、周りをびっしり囲まれていた。いくつもの金色の瞳に捉えられている。
魔女が呼び寄せた使い魔――魔鼠だ。
魔鼠は倍に、倍に、膨れ上がるかのごとく増殖し木々の闇に蠢く。
「【魔女の不死性】って聞いたことない?魔女ってみんなそうなの。化け物でごめんね?
――【私の魔法名は『分裂』】。世にも不思議な、分裂魔法よ」
魔女は魔術口上を使って、魔法名を暴露した。
(――私たち魔女の魔術口上はそう多くない。
魔術口上……言霊魔法の一種ともされるそれは、四元素の魔法の他に誰もが日常的に使っている五つめの魔法とも言える。
種類もあるが、私たちにとって使い勝手がよいのはどれも秘密を明かす類のもの。
秘密を知る者を必ず殺すという信念と、獲物の恐怖を煽る文言が魔法の威力を爆発的に増す。
リスクが全く無く、リターンが大きい三つ。
一つ【魔女は嘘を吐かない】。
二つ【魔女の不死性】。
三つ【魔法名】の暴露。
どれも大きな秘密ではあるが知られても、大してダメージがない。
――これらの口上を述べられ生き残れる者など、いないのだから)
魔女は礼を尽くして、別れの挨拶の所作を行なった。片手でドレスの裾をつまみ、胸に手を当てて微笑む。
「――さようなら、樹海の魔女。これでもう誰も、ひかれるものはいない」
妖精は一斉に魔鼠に襲いかかられた。魔鼠はひとはみ、頬いっぱいに妖精の体を貪った。
魔女は妖精の魔力を覚えていた。魔力残滓が少しでも感じられる部分は、すべて貪らせた。
それは泉が、水が喰らわれる、異様な光景だった。
*
「あとは竜樹を……」
魔女は泉の窪地に足を踏み入れた。足元でガラガラと骨が擦れ合う。
その時――樹の幹から水滴が滲み出した。
「冗談でしょ……」
水滴は集まってゆき、またも妖精の姿を形作った。
魔女は妖精の復活を予感して、口角をひくつかせ自嘲ぎみに笑んだ。
「しぶといんだよ……」
妖精と思わしきものの下半身は幹と結合していた。
後ろ手に、守るように幹を支え、魔女を阻む。
「――ひかえなさい」
脳髄まで揺らす音。空気の振動を肌で感じ、魔女に悪寒がはしった。
「……どうやら大物を引き摺り出しちゃったみたいね」
それはスープと呼ばれたあの妖精とは雰囲気からして全く違った。見た目こそ似ているが、違う。
開いた瞳の、赤々とした暗い静けさ。長く長く垂れる水流のベール髪は、薄づきの翠玉に似ている。
「マーシャリー、わたしはあなたの中身に興味があります。ですが今はただたずねましょう。各地の妖精が次々に消えたのは、あなたの主の所業ですね。あなたの主は……竜樹を何に使っているのですか?」
「……我が主のご意志は、一介の魔女にはとても計り知れないわ」
「そうですか……あなた方は知らずとはいえ、恐ろしいことをなさる。いいえ、知らぬからできる。
――邪神を復活させてはいけません。破滅をもたらす」
魔女は息を呑んだ。
「……!!なぜ……」
邪神の復活は邪教の目的の一つと世間には思われている。指摘されたとて驚くことではない。しかし……
(まさか……知ってるの?)
このタイミングで。そう思って驚いた。
彼女には邪神を復活させようとして''失敗した''心当たりがあった――ついこの頃のことだ。
「実を言うとマーシャリー、私はあなたを待っていた。知って欲しかったからです。あなたという魔女を通して、あなた方に」
隠れてそれを見ていたジャックは「あなた方……?」とつい口にした。
そばでカエルがゲコッと鳴いた。カエルは依然気絶しているクロエドの額に乗り上げていた。
「この樹に遣わした妖精は、私の手を離れつつある。永き時を経て自我を得、樹に執着したのです。死にゆくものを引き留めようと……この地で悲しいことが起こるのはそのため」
「し……死にゆくもの……?」
魔女はその女――妖精の上位者の言葉に聞き入る。無視できない不思議な魅力があった。
「この樹は役目を終えるところ。それが運命なのです。生けるものをも捧げ、死にゆくものを痛めつける。なんのために?
邪神も同じです。彼の物語は終わったのです。死せるものを呼び戻す醜さは、この妖精を見ればお分かりでしょう」
(まさか、まさか、まさかもう。この樹は……?)
「あなた方も後悔しているはず……まだ間にあ――」
妖精は、まるで小虫が叩き殺されるように土の手に押しぶされた。
「間に合う……?」
手と幹の隙間から、ぱたぱたと透明な液体がこぼれ落ちる。
「――手遅れよ!!''あのお方''は!お姉様はすでに犠牲になった!儀式は、失敗した……!
だったらもう突き進むしかないじゃない!!この忌々しい、腐れ水が……!」
魔女は叩き合わせた両手の痛みにか、目尻に涙を滲ませた。
瞬間、樹を覆っていた霧が大粒の水になり、バケツの水をひっくり返したように降り落ちた。
魔女は、水で顔に張り付く前髪の向こう側、霧が晴れて隠された竜樹の真の姿を目にした。
「ほ、本当に……もう枯れてるの?」
――みすぼらしい老木。それは任務の失敗を明示していた。
泉のくぼみに雨が溜まる。その水から腕が伸びて、魔女の首を抱き込んだ。
「ッ!?」
泉に引き込まれる。
「がぼッ……!?」
仰向けに押し倒され、水中でもがく。その首を水人形が絞め上げた。
(ぐっ重……!?)
吐いた空気が水人形を透過して、ぼこぼこと水面に上がった。
(はっ外れない……!ま、まずい、死ぬ――)
それから一瞬ずつ、意識が戻ってはたち消えた。
『溺死しつづけている』と頭の中で思考を終えるまでに何回死んだだろう。
(永遠に……溺れ死に、続け……?)
若返りの水を飲み込んだ魔女は、生き返るごとにどんどん若返っていく。
(やばい……やばい、やばいッ!!お姉様!!マーシャリー!!たすけ――)
……やがて泉から妖精の頭が出る。
目から上の部分まで出て、水面に波紋が静かに広がった。くるりと瞳孔が一周回った。
「ば、バケモンだ。に、に、逃げるぞぉ……」
ジャックはクロエドの両脇を抱えて引っ張る。
こうなる前にもっと早く逃げていればよかったのに。好奇心がそうさせなかった、と心の中で言い訳をした。
人形を成しただけの水の塊が、地を這って物凄い勢いで彼らに近づく。
まさしく魔物だ。美しい妖精の名残はつゆほどもない。
「ふざけんなよぉ……まじでぇ、俺だけでも逃げるからなッ、おい!!クロさん!!……クロエド!!」
バシッと勢いよく頬を叩いた。
*
『――クロエド!!聞き分けのないことを言うな!』
頰に痛みが走る――はじまりは些細なことだった。
『やだ!父さま、僕も!僕も帝都に行きたい!!』
ここじゃないどこかに――
「だけど失敗したんだよね?」
視界は真っ黒だった。ところどころ闇が渦巻いている気がした。
渦巻く闇の一つから、女の声がした。
『――竜は言いました。
永きにわたった戦を終え、今こそ平和のために手を取り合おうと』
舌足らずの、甘えるような猫撫で声。
『失ったものを分かち合う時がきた――我々は愛を持って彼らを受け入れた。
居場所を与え、誇りを尊び、いつしか英雄と呼ぶまでに、慈しみ愛しました』
かと思いきや低く、からかっては慰めるように。
ぬめって絡みつく温度――
『しかし我々は裏切られました。
神杖の賢者を殺めた、悪辣の徒に裁きを下します』
裏切りの温度だ。
どうしたって忘れることはできない。
「不思議だな。竜の血も赤いんだね」
そう言ったのは誰だったか。
逃げる自分を追い回した兵士か。下卑た視線を向けてきた民衆か。
舌足らずの女が嗤い声を上げる。聖母の微笑が、黒い渦を加速させる。
『失敗だ。失敗、失敗、失敗だ。こんなのは最低だ。
――なあ……クロ坊、おじいさんに……おじいさんに言ってくんないかなあ。俺たちさぁ……みんなさぁ。殺されんだよ』
頭の中身が混ぜられた。凍っていた誰かの言葉はいつだって生々しく蘇り、また鋭い刃となって傷をつける。
『思い知ったか……!みなあの魔女にまんまと騙されおって……!!』
『おまえ様は遠くへゆきなさい。ここではないどこかで一生地に足をつけて暮らしなさい。
おまえ様が約束を破らない限り、私の魔法がおまえ様を守るから』
『好き』
『死んだ方がいい』
『――俺が飛んだから死んだんだ……』
ビシッと自分の顔に亀裂が入る。
「そんな顔なら変えちゃえば?」
顔の一部が砕けて落ちた。
途端に思考はクリアになって、視界が真っ白に一変する。
手の指の隙間から目の前を見る。囁きの主を認識した。
「やあ」
魔鼠だ。人喰い魔と呼ばれる、醜い生き物。
「おまえ……誰だ?」
「私の名前はラッドラット!」
げろげろーっと、小さな口を裂けるまでこじ開けて、重い球体を何個か吐き出す。
「どれが気に入った?」
頭だ。子どもの頭だ。
「これがいい?しかたのない子だね」
自分の顔を剥ぐ。べろんと内側が、何もない空虚なそれが――
「さあ、貴方の顔をおくれ」
*
気づけば、パンは枯れゆく樹の前に立っていた。
脇の茂みで液体が弾ける気配がして、振り向いた。
「だんな……」
「どけ」
満身創痍だ。お互いに。
クロエドの後ろでジャックが恐れ慄いている。彼が何を見たかは分からない。
ただ、水の魔物――スープにとどめを刺したのは、クロエドなのだということがわかった。
パンは少しも怯まずに言った。
「ツィアリカはもう滅ぶ。そっと……しておいてくれないか」
「できない。ここで引導を渡すことがお前の……いや。俺に、必要なことだ」
パンは剣先をクロエドに向ける。
「あんたは昔のおれにそっくりだ……」
苦しげに絞り出す。
「――どっかの誰かに都合のいい、使命なんてものを勝手に押し付けられて、どんな静かな夜だって眠れない!
目を瞑ると浮かぶ光景も、胸がざわついて息苦しい夢心地も、誰にも理解なんかされない……!
でも……いるんだよ!理解者が……!」
パンは彼女の姿を思い浮かべた。
人生最後に訪れた、死の床の天使。優しく微笑み、水の如く心に寄り添う。
「女神だよ……スープはおれにとって最後の神様なんだ」
「神なら俺にも現れたよ。とっくに死んだんだ」
クロエドがパンの手から自身の剣を取り戻す。
「神がいなくなったあとも、生きていくんだろ」
抵抗はなかった。
「――やめてぇえええ!!!!」
枯れた泉の底、溜まった一滴から水を切り裂く断末魔が響く。人形を保つこともできない彼女が必死に手を伸ばしていた。
痩せ細って中身の腐った樹は、いとも簡単に斬り落とされた。
「ああっ……!!あああ、ああああ……!」
発狂する妖精に引きずられるかのように、大地が揺れ動き樹々がざわめく。
「ン……パン……」
体表から溶け落ちる氷のように、妖精はぱたぱたと枯れた泉の底の骨々に注がれていった。
「あなた、私がいなくても……」
彼女の目の端から垂れる水滴。彼はそれに意味を見出すのだろうか。
彼女は絶命し、塩水の水たまりになった。ゆっくり水は大地に染み込んでいった。
彼は駆け寄るのもためらって、行き場のない気持ちで見ていた。
「〜〜んんんんんぅぅう……!!」
泣き叫ぶ。
守りたかった家族は目の前で串刺しにされた。
愛した王様は彼の前を去った。
残された群れを率いて戦い続けた。
がむしゃらに進んで振り返れば、小さな足跡が一人分だけ。
「わあああん!!スープ!スープ……!!」
子どもみたいに泣き崩れた。
「だって一緒にいたかったんだもん……!
おれはいつも群れの中でひとりぽっちだった。大好きな家族も王様もいなくなっちゃった。
それでもがんばって、みんなを守ろうとしたのに……!」
ぎり、と唇を噛む。クロエドを指差して罵った。
「お前らにわかるもんか!!群れの中でひとりになるくらいなら、はじめからひとりのほうがずっと楽なんだ!」
ぐっと背中を丸め、堪えるようにこぼす。
「でも、でも……たったひとり、自分を見てくれる人がいることが、どれだけしあわせか……」
クロエドはかける言葉をなにひとつ持ち合わせていなかった。そんな彼の肩を押し除けて声を張り上げる人がいた。
「――鼠畜生風情が、悟ってんじゃねーぞ!!みんなひとりなんだよ!!分かり合うなんざ無理なんだ、家族だろうと!どんなに親しい友達だって!
ひとりで生まれてひとりで死ぬんだよ!!どいつもこいつもな!!
まやかしだ!そばにいるなんて、まやかしなんだ!!」
ジャックは握って振り上げた拳を、力なく下ろした。拳の力は抜けず、震えていた。
「――一人でだって進んでいける。その証明が、人生なんだ……」
自分に言い聞かせているように聞こえた。
「……」
クロエドは近くにいたラッドラットの死体をひっくり返した。
ペンデュラムの光は、かの腹に注がれていた。ぼこぼこと歪に膨れている。
「そいつは……」
ジャックが呟くのをよそに、ためらいなく腹を裂いた。中身が転がる。
いくつかの人間の頭部だった。すべて小ぶりな大きさ。その一つが見覚えのある顔をしていた。
「……ダリ……こんなところに、いたのか……」
*
教会にて。魔女は階段を駆け降りる。教壇の螺旋階段に教父の幻を見た気がした。
「しくじった、早く戻らなくては」
魔女は焦っていた。
あれほど苦労して追い求めた竜樹が塵同然だとは思いもよらなかった。
しかしそれは別として、あそこへ迅速に戻らなくてはならない。あの人間だけは殺さなくてはならないから。
「最後の体まで駆り出すことになるとは」
一段飛ばして軽やかに爪先から降り立つ。出入り口を見据えて、
「……」
殺したはずの少年がそこにいることに気づいた。
「…………」
突き落として殺したはずだ。
儀式の生贄にはできなかったが……地面に叩きつけられ、ひしゃげた体を遠目で確認したのだ。
彼は長椅子の一番後ろに座っている。何不自由ない五体満足の体で。
『ほら、言ったとおりでしょ』
ハクアが微笑んだ。アルバは頷いて、背もたれの角に手をかけながら通路に出た。
「妖精を殺しにいくの?魔女のマーシャリー」
「魔女の?ああそう……マーシャリー……裏切ったわね」
魔女は彼に真っ直ぐ向き合う。
「どこまで聞いたかはこの際いい……救世主アルバ様。殺せと命じられたわ。でも私にはそのつもり、もうないの。私の使命は別にあるから。
そっと知らないふりをしてくれるなら逃してあげる。私ね、余計に体力を使いたくないたちだから」
魔女の中では、二つの思考が同時並行で行われていた。
(――なぜ生きてるの?確実に地面に叩きつけられたはず、あの高さで生きているはずが……いいえ考えないようにしていたことがある。
ガキを殺した後すぐ私の意識がオチた。
あれは死?でもいつもの感覚とは違った)
魔女は思い返した。あのとき、間違いなく彼を突き落とした。何が起きたのか分からない、とでも言いたげな間抜けな表情を見送った。そこまでの記憶は鮮明だ……
そんな思考と同列に、妹の姿を思い浮かべる。
((裏切りやがったマーシャリー……!!どこまで話した!?魔法名?魔法の秘密まで?ありえない、最低、ふざけんな……!
――こいつには''恐れ''がないのよ!生物なら必ず抱く、敵に対する恐怖や嫌悪がひとつも。こんなに空虚で……!決定的に天敵、絶対に関わりたくない……!))
対峙する少年の異常性。きっとマーシャリーは気づいていない。そう思うと、自然と体が震えた。
震えを必死に抑え込む最中、アルバが問いかけてくる。
「あの樹がほしいの?」
「そう。妖精は邪魔をするから殺すの……」
魔女は、アルバの背後に重なる白いもやの方を凝視していた。
(――二体目に乗り移らずを得ず、儀式の場に戻って知った。生贄になったのは私だった!
貯めた分裂体の魔力が根こそぎ持ってかれてた。残滓すら……)
((それどころか……だめ、怖い!!こいつの背負ってる、あれはなんなの……!?あんなにくっきり。本能が、逃げろと……))
白い薄らぎのそれを、百の目の集合体だと知って。魔女は恐れずにはいられなかった。
アルバは訴えかける。
「殺さないで。どっちもここに住んでる人たちにとって必要なんだよ」
「必要……!?私の話聞いてなかったの?あれは悪いものなの。たくさんの人を殺した魔物なの!殺すのがこの町のためなの!!」
「たくさん殺したのはマーシャリーの方でしょ」
アルバの言葉に、魔女の並行思考は統合される。ただ一つ困惑が埋め尽くした。
(((なんで……)))
「鼠を使って町の人たちを殺したんだよね」
「私が……やったって?確かに地下のトンネルを作ったのは私よ。でもそれは、あの魔術のためで……」
「おかしいと思ったのはあの時。順番が違った―――逆だったんだ」
アルバは魔女の言葉の矛盾を指摘した。
『私は妖精を餓えさせるために、禁域を樹海に張った。妖精は私の使い魔を意のままに操り、町を……みんな樹海に引き摺り込まれてしまった』――彼女の証言の矛盾を。
「禁域を樹海に張ったら、襲われたんじゃなくて……襲われたからこそ、教父様は樹海を警戒して禁域を張ったはずだ。
これはマーシャリーも言っていたことだ。こんな簡単な時系列を誤魔化せると思うなんて、本当に子ども嫌いなんだね」
「……はあ?」
「不思議だったんだ。どうして妖精がやったと思わせたかった?どうして嘘をつかなかった?
すごく単純なことだよね。町を襲ったのは、禁域を張る口実が欲しかった君の方だ。妖精じゃない。
それから君はわざわざ事実を組み合わせ、嘘はつかずに、ボクを騙した。だから……」
魔女の震えが、おさまった。
「――『魔女は嘘を吐かない』ってのはホントだったんだね。でも、それを知られちゃまずいんじゃないの?」
魔女はゆっくり目を左右に泳がせた。もはや言葉はなかった。
「………………」
「…………」
「……あらためるわ。子どもって思ったより聡いのね。でもね、どうせバレたところでガキはガキ、殺せばいいだけでしょ」
長い沈黙を経て、低く言い放った。
ここで退くわけにはいかなくなった、と彼女の険しい表情がその覚悟を物語っていた。
――自分に都合のいい曖昧な言葉や誤解を招く表現は、嘘にはならない。
それがこの言霊魔法の解釈。この魔術口上の正当な抜け道だ。
『嘘をつかずに偽る』、それがバレた今嘘をつけない制約はマイナスでしかなくなった。
「なんで……」
魔女の背後から声が投げる者がいた。
傷ついたような表情を浮かべた彼女の妹――マーシャリーが立っていた。
「知ってたんだ……知ってたんだ。なんで、言わなかったの……?」
「……必要なことだった。この町でいたずらに時間を消費するなんて、それは私たちの本意ではないもの」
追い詰められた魔女を、身内がさらに追い打ちをかけているようなものだ。アルバは魔女に同情した。
「違うわ。分からないの?疑われてるのはダリアスだったのよ……!?町の人たちも……この私さえ、みんなあの人を……それでダァトがどれだけ悲しんだと思う!?」
「……いつまでも。あのガキのことばかり……」
魔女の、今にも叫び出しそうな気配を察して、アルバは静かに前へと歩み出した。
「あなたは……この町に来ておかしくなってしまったわ!!
思い出してよ!私たちの目的は竜樹を手に入れること!任務をやり遂げて、約束された地位について……!そしたらもう、前線で戦わずに済むからって!
私たちは二人で一人、生きようって決めたの!忘れちゃったの……!?」
「――二人で一人なんて無理よ。いつからか私たち、違っちゃったもの。昔のお姉ちゃんなら私たちと同じような可哀想な子、ほっておかなかった」
アルバは彼女が傷つく一瞬の隙を見逃さなかった。
彼女がアルバが近づいたことに気づき、振り返る。その頬に触れた。
アルバの額から紋が広がる。
「ごめんね」
彼女の記憶を暴く。




