4-4.教会
前回までのあらすじ:
真意の見えない怪しい商人ジャックに、半ば言いくるめられるまま協力を決めたクロエド。町の複雑な事情を知って尚、彼の計画に乗る意思は変わらないようだ。彼らの打算の全貌は未だ不透明なままだ。
登場人物
アルバ:
主人公。前話でクロエドに樹海に置いて行かれた。しかし、じっとしていられない性格なので……
クロエド:
竜族の青年。疑り深く警戒心が強い性格。彼にとっての魔女は、怪しげな商人と行動を共にするのに十分な理由になるようだ。
ジャック:
エンダーソンの町の商人。クロエドを狩人と見抜き、力を利用しようと脅迫してきた。樹海で何かを探しているらしい。
パン:
樹海に棲みついた魔族。町を脅かす何かと関係がありそう。
「うわ……すごい人」
翌朝、アルバは人通りの激しい町の大通りの真ん中に立っていた。降り続ける雨のすだれで、視界が悪い。
コートの下、肩に乗ったパンが話しかける。
「おれは知らないぞ、だんなに会ったら絶対怒られるからな」
「いいよ。ボクらが手伝った方が早くすむに決まってる。もの探しには人手がいるんだから」
「おれは魔女なんかに関わりたくないんだ。やるならアルバだけでやってくれ」
結局、アルバはパンを案内役に町へきていた。帝都北西部一の町といえど、樹海にはばまれ主要都市からは一線引かれた地域なだけあり、そこまで栄えていない。北に点在する村々への流通の要といった印象で、こじんまりとした古い倉庫街に近い。数人の行商人らしき男たちを路地裏に見かけた。
アルバは人の流れに逆らって、町の中心部分にあたる噴水の前にやってきた。
すでに使われていないのか淀んだ水が溜まっている。縁の水滴をはらって、腰を下ろす。
「それに、これも気になるんだよね。泉で拾ったんだけど」
銀の鎖に繋がれた石が振れていた。太陽光で分かりづらいが一直線に淡い光を放っている。
「泉で……?なんだろう、魔具の一種……か?ずいぶん上等だぞ、これ」
「光の先がどうしても気になってさ。暇つぶしにいいかなって」
「絶対そっちが目的だろ……すんだらちゃんと持ち主に返してやれよ」
「持ち主?なんていないでしょ」
「教会に届けときなさい」
二人の会話を遮って、
「それ……!」
幼い声がした。
人の流れの中、立ち止まっている見覚えのない少年。こちらを見ていた。
型崩れのないよそ行きのコート。薄汚れたシャツと着古したズボン。泥が跳ねた靴下とサイズが大きい靴……
水たまりを踏んでやってくる、その勢いに思わず立ち上がる。
「どこで見つけた?」
「こ、これのこと?森の中で」
歳は十前後か、アルバより年下だが背丈はそう変わらない。彼が大きいこともあるが、アルバが幼く見えるのだ。
今のみすぼらしい姿の自分とは違う。さぞ可愛がって育てられたのかもしれない、とアルバは思った。
「拾ったんだ……」
アルバが少年の意図をはかりかねていると、彼は「返せ」と語勢強く掴みかかってきた。
「うわっなにすんだよ!」
「返せ!泥棒、おまえが魔鼠かっ!」
「やめろって!」
瞬間、少年の頭突きがアルバのあごに炸裂した。くわんと天地がひっくり返って、その勢いで噴水に突っ込み、ざらざらとした底に手をつく。ついでにパンが汚水に落ちた水音がたった。
遠くで「何やってるの!」と誰かが叫んだ。
広げられた茶革のトランクケースには衛生用品が詰まっていた。
擦りむいたアルバの手のひらを手当してくれるのは、子どもの喧嘩に駆けつけた女性……十代後半に見える年若い少女だ。
鎖骨まで伸びた桃色の髪、紺色のワンピースドレスにシミひとつないが使い古した白のエプロン。右手首に白い包帯が蝶結びされているのが特徴的だった。
大きな傘を少年に持たせ、魔法で出した水で傷を洗い、薬を塗って包帯を巻いていく……慣れた手つきだ。医者か何かだろうか。
「これでよし。よく泣かなかったね、偉いわ」
「ありがとう。お姉さんお医者さんなの?」
「えへへ、看護婦さんなの。ごめんね、寒いでしょ。替えの服を貸すからね」
「いいよ、大したことないもん」
少女は自分の上着をアルバに着せていた。お菓子のいい匂いがする。
「そうはいかないわ。キミ町の子じゃないよね。お父さんやお母さんは?」
「仕事なんだ。待ってるのもひまだから、うろうろしてただけ」
「一人で?そう……なら待ってる間、私と一緒にいよう。うちにおいで、おわびしたいの。ね、ダァト?」
少女はダァトと呼んだ少年から傘を受け取る。彼はいたたまれなさそうな、それでいて疑念の色を消し切れていないような面持ちで言った。
「ごめんなさい殴ったりして。もう痛くない?」
「うん、ボク丈夫なんだ……」
アルバは彼に奪い取られた白い石に目をとめた。強い力で握りしめている。
「それ、君のだったんだ。大事なものなんだね。それってなんなの?」
「……お守り。本当なら、こっちのはお父さんが持ってるはずだった」
少年は白い石を二つ垂らした。同じものを二つ、だ。一つは元々彼が持っていたものだろう。逆向きにくるくると回って、放たれた光は結び合う。
……懐かしい光の残像に、少年は父がお守りを贈ってくれた時のことを思い出していた。
『――おまえのために作った、世界でたったひとつのお守りだ。離れていてもいつもそばに感じられる……』
少年は、アルバの目を見つめてたずねた。
「少し前にいなくなったんだ。お父さんを探して光を追って、そしたら君が。知らない?黒い髪で背がすごく……」
「知らない。拾っただけなんだ」
少女は彼の肩に優しく手を置いた。
(……がっかりさせたろうけど、ほんとに何も知らないんだよ。人間を泉に入らせるとは思えないし、なんであそこにあったんだか。それに、いなくなったって……?)
アルバは彼の助けになれない以上、ずけずけと聞ける立場じゃないとわきまえ何も聞かないことにした。
「さて、風邪ひく前に行きましょ。ついでだからサボり屋のダァトくんには私が特別授業したげるね」
「いらないって!興味ないから」
「やってみたら違ってくるかもよ。ご褒美に……二人とも、甘いの好きかな?」
「(授業……?)あの〜ボク大丈夫だから。もう帰るね」
「だめ待って、一人は危ないわ」
アルバがあからさまに渋るのに、彼女はしつこく引き止めた。
「せめて雨宿りしていかない?教父様がちょうどお話されるころだから、聞いていくといいわ」
「キョウフ様?……」
「キミ、帝国民じゃないの?教会の一番偉い人のことよ」
「田舎から出てきたばかりで、よく知らなくて。教会って何するの?」
「勉強だよ」
彼女はしゃがんで上目遣いで話し始めた。
「子どもも大人も等しく万人が教導を受けられる場所。帝国民は権利として保障されてるわ。 その分じゃろくな教育を受けさせてもらえなかったのね」
「そうかな……勉強が嫌かどうかも分かんないから、そうかも?」
「そういうことなら、最初のセンセイは重要だね。 キミは幸運だ。なんたって私、勉強が好きな子だもん」
首をわずかに傾けうなずく。彼女の灰色の瞳にアルバの姿が反射していた。
「勉強好きに教わる勉強って、面白いんだから。
私、マーシャリー。キミの最初のセンセイになってあげる」
マーシャリーと名乗った少女は、あれこれと雑学を披露しながら二人を教会へと連れて行った。
彼女は教会で主に子どもに物を教える仕事をしているという。教会は、人々が教えと導きを得る身近な聖所なのだと目を輝かせて語った。アルバは竜族の学舎と同じような場所なのだと認識した。
やがて雨足が弱まり、雲間から陽が差す。
それは町の一角に位置していた。
白壁に紺色の屋根、てっぺんの鳥を模した風向計がカラ、とかすかな音を立てた。
白柵に覆われて天然の芝が敷かれ、辺りで子どもたちが泥だらけになって遊んでいた。
教会の入り口、古い木製の扉を通る。子どもたちの声がぐっと遠くなり、奥から年配の男性の話し声が小さく聞こえてきた。
建物内は地味な色味をしているが、所々の装飾の緻密さが厳かな雰囲気を醸し出している。アルバは自然と息を潜め気配を隠して、奥の聖堂へと足を踏み入れた。
奥行きのある堂内に規則正しく設置された長椅子には点々と人が座っている。大人も子どももいた。
幼い子を連れた母親が、落ち着きなく辺りを見回す子をなだめている。壮年の男性は年季の入った手帳を握って、話に聞き入っている。隅に陣取る小汚い装いの中年男性は、帽子で顔を隠して眠っている。
アルバたちは一番後ろの長椅子の端の方から順に腰掛けた。
「――神の御姿は想像することすらおこがましいというもの……」
螺旋階段のついた説教壇から、一人の老人が囁くように喋る静かな声が堂内に心地よく響き渡っていた。
「……ここにあるのは、太陽神の象徴たる不死鳥の聖像と真昼の星の光……祭壇の聖火と、大教母の象徴たる灰…………」
中央の祭壇で、鳥の石像にまとわるように炎があがっていた。炎の下には灰が敷き詰められている。
奥の壁のステンドグラスから太陽光がさしこみ、辺りを柔らかく照らしていた。
「……聖典にはこのような一節があります。
灰の聖者の一節です……
『恐れ多くも……聖なる光に焦がれ近づき、焼かれ滅びたこの身ではあるが、信心は滅びなかった。
深き神はこたえた、灰から蘇り灰から救い灰に還れと』……
ハハハ……むつかしいので聞き流してかまいません。
理解するにも時というものがあります。その時がくれば、すとん、とね。腑に落ちるものです」
樫の杖をつき、白と黄金の聖職者の衣に身を包んだ老人だった。この教会の長だろう。
「……あの方が教父様。正式名称は''教導師長''だけど、親しみを込めてそう呼ぶの……」
マーシャリーが小声で教えてくれた。
教父の白く濁った瞳と目が合うことはなかった。それでもひとたびこちらを向いて瞬きをされるだけで、心のざらついた部分が均され沈み込んでいく感覚がした。
*
マーシャリーは木の器いっぱいにスープをよそって、並ぶ人々に手渡していった。
教会で時折開かれる炊き出しだ。聖堂に立ち入らずとも、このためだけに教会を訪れる人もいる。その日はいつもより人が少なかったが。
周囲では濡れた芝生の上で、子どもたちが戯れている。教会に併設する孤児院の子らだ。
孤児院は教会の隣に建てられた比較的新しい建物だが、子どもが落書きをしたり壊したりするので、所々劣化していた。
「あっ教父様!」
子どもたちが教会から出てきた教父を取り囲んではしゃいだ。彼は近くの女の子の頭を撫でて、アルバの顔を見つめて微笑んだ。
「初めていらした子ですね。私はエンダーソンの教父のネアドといいます。君のお名前は?」
「アルバ……です」
「子どもたちの面倒を見てくれてありがとう。ちょうどおやつの時間ですから、一緒にどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
少し離れた場所で、子どもたちがマーシャリーに飛びつくのが見えた。
境界霊が柵の外に立っていた。白くぼんやりと透けていた。
「いつものひとだ」
「こわいよ、おねえちゃん……」
「大丈夫だよ。教父様の魔除けはすごいの。鼠一匹たりとも通さないんだから」
毎日ここを訪れるのかもしれない。すると教父が境界霊に低く呼びかけた。
「お入りなさい」
「きょ……教父様……!」
マーシャリーがハラハラして教父と境界霊を交互に見つめる。
境界霊はフイとそっぽを向いて去っていった。
「な、なんてことなさるんですか。危ないですよ……」
「マーシャリー、皆さんも……怖がることはありません。彼らは哀れな生き物です……
彼らのためにこそ、祈りはあるべきなのですよ」
「早く救ってやらねば……」
教父はつぶやいて、子どもたちを引き連れて孤児院の中へ入って行った。教父の円背に走るゴツゴツとした背骨をぼうっと眺めるマーシャリーに、アルバはたずねてみた。
「魔除けがあるの?」
「あ……そうよ。柵に魔除けの魔術が組まれているの。
教父様はすばらしい魔術師なんだ。難しい結界魔術をいくつも、しかもあれだけの精度で展開できるんだから……まあ、あれを言っては全部意味がなくなるんだけど」
「お入り、ってやつ?」
「そうそれ。 さ、行こ。結界魔術を教わりたいなら、私なんかより教父様にお伺いした方がいいわ」
孤児院で暮らすにあたって、一人一人に役割があるようで、特におやつ係は人気らしい。メニューを決めて作り、取り分けるのだが、その時自分や仲のいい子をひいきできるからだ。
でも結局、誰より大きいとか小さいとかで喧嘩になるので、マーシャリーがそういう行為は一切禁止した……アルバにとりわけなついた女の子たちが教えてくれた。新入りの面倒を見てやると言わんばかりに、いろんなことを次々とまくしたてる。
がやがやと騒がしい広い部屋。遠くで泣き声があがった。
「わ、どうしたんだろ?」
通りかかった子がアルバに言う。
「おやつが足りなくなったんだって〜」
アルバの両脇を固める面倒見のいい女の子たちのおしゃべりが、より一層勢いに乗った。
「えー!足りないなんて、おやつ係なら一番気をつけなきゃいけないことなのに!」
「ねー!係失格だわよね」
(ませてるなぁ……)
「勝手なこと言うなよな!今日の係は、おれたちの中で一番計算得意なんだぞ」
向かいの男の子が言い放つと、「じゃあ、また?」「盗まれたんだ」と彼女らはしゃいだ。
「盗まれたって?」
「ものがなくなることが多いんだよ!そういえば食べ物は特に多いよね」
「ねー成長期なのに。ひどいよね」
「はーい!おれ犯人知ってる!ネズミだよ!見たんだ、チーズ抱えてるとこ」
すでにビスケットを頬張ってる男の子が叫んだ。
「ネズミ?」
「三日前もさ!ネズミの軍隊きたろ!それで町中の食べ物をとっていったっておれ聞いたんだ!それでピンときたね、絶対仲間だよ!」
アルバはまち針を持った鼠の軍隊が、町の人を脅して食べ物を奪っていくところまで想像してクスッと笑った。
「こら!まだお祈りしてないのに、食べちゃダメでしょ!」
「うげっマーシャリー!」
現れたマーシャリーに、彼は手にした三枚目のビスケットを没収された。
「うわあ〜!人でなしィ!」
マーシャリーは、泣いている子の前で膝をついて目線を合わせた。「ふん、一枚で納得するもんか」とビスケットを奪われた彼は悪態をついていた。
「さあ泣くのはやめて、私を見て?私がビスケットに魔法をかけてあげる」
小さな男の子は空のお皿を握りしめて、ひんひんとしゃくりあげていた。
マーシャリーはビスケットをエプロンのポケットに入れてみせた。ポンポンとビスケットを叩きながら、
「ひとつよりふたつ。ふたつよりみっつ。みっつより……」
歌うように韻を踏んで呪文を唱えた。
「みっつの次はなあに?」
「よっつ……」
「そう!さあ、私と一緒に呪文を唱えて。
ひとつよりふたつ、ふたつよりみっつ。みっつよりよっつ……」
彼はしゃっくりしながら、マーシャリーの呪文にワンテンポ遅れてゆっくり唱えきった。
マーシャリーはビスケットをポケットから取り出す。
アルバは驚いて、思わず立ち上がりそうになった。
一枚だったはずのビスケット。ポケットから一枚ずつ、彼のお皿に乗っけていった。彼はみんなと同じ三枚のビスケットに目を輝かせた。
「じゃん!」
マーシャリーの魔法に、どっと子どもがわきたった。
「すげぇー!マーシャリーすげー!」
「どうやったの!?はじめっからあったの!?」
「えへへ……だって魔法使いですもの」
アルバはぽかんと口を開けている。
(魔法……!?あんな魔法もあるんだ……)
マーシャリーが自分の席に戻りに、アルバのそばを通りかかる。すかさず、ビスケットを没収された子どもが騒いだ。
「よっつめはさ、おれんだろ!余ってんだろ!返せマーシャリー!」
「今度試験で満点とったら返すわ」
「ドケチィ!」
「ビスケットの魔法使いにそんなこと言うと、今度は減らすわよ!」
彼はキィーとわめいて、ミルクの入ったカップをキィーと木の机に擦らせた。
マーシャリーが席につく。全員が両手を組み合わせるのを確認して、目を瞑って祈り始めた。
「深き神よ、真昼の星の祝福よ。我が血肉となりて、我が精をいだく熱とならん。祖が、光の螺旋を歩む糧とおもわば……」
聞きなれない言葉の羅列だった。アルバは適当に聞き流して、今まで通り作った人と食材に感謝して祈った。
ビスケットは思ったより甘くなくパサパサしていて、ミルクがよく合った。
*
アルバはビスケットを届けに、教父の部屋を訪れた。狭い個室で、扉は開いていた。
「あの〜……」
トレイを手に一歩足を踏み入れ身を乗り出して、教父に呼びかけた。
「おや……どうぞお入りなさい」
おずおずと二歩目を踏み出し、トレイを教父に渡した。
「私は甘いものが大好きなんですよ」
教父は広い机に広げた何枚かの羊皮紙を、重ねて脇によけた。アルバに椅子に座るよう促す。
「時に、アルバくんは信者ではないのだとか。食前の祈りはさぞ馴染みなかったことでしょう。原典に近い古い言い回しですから、ふつうはそう使いません。苦手に思わず、いつでも入教してくださいね」
「そうなんですか。よかった、あんまり難しいからよくわかんなくって」
「『神様、太陽の祝福に感謝します。祝福はわたしの血肉となって、わたしの魂をあたためるでしょう。光の螺旋を歩む糧とすることを祈って、頂きます』……そんな意味です。
ハハ……くどくって長くって、わかりにくいですね。大切なのは気持ちですから、形は何だってよいのですよ」
アルバはざっくりとした教父の考え方に、クスと笑った。
「ふふ……なんでも?じゃあなんで、古い言い回しにしたんですか?」
「子どもたちが、やがて新しい親元へ巣立ったあと……古典を知っていた方が、何かと賢いと思われますからね。世の実情というものです」
「へえ……ふふふ」
アルバは初めに抱いた印象と違って、意外とお茶目なことに気づいて笑ってしまった。
「おや、気づいてしまいましたか?私は聖職者の中では不真面目な方なのですよ。
教えは人のためにあるもの。神もまた……」
「不敬でしょうか」
「いいえ……」
「小さき者の不敬ごとき、神はお赦しになるでしょう」
「……はい……」
アルバはなぜか目頭が熱くなった。
「私に聞きたいことがあれば、なんでもお聞きなさい」
「でも忙しくないですか」
「おいぼれは若さと触れ合っていたいものですよ」
アルバは下を向いて、また顔を上げた。その時ちょうど机の上にある神像を目の端にとらえた。一番聞きたいことは後回しにすることにして、たずねる。
「あの、ボク旅をして気になったことがいっぱいあるんです……例えば、あれとか」
「神像ですね」
「魔除けの像って習いました。でもさっき……『神の御姿は想像することすらおこがましい』って。だけど神像はヒトのカタチをしているのに」
「よいところに気づきましたね」
「実は、神像は帝都に興った分派の信仰物なのです。
同じく深き神を崇めますが……彼らは革新的で、利便性を重視するので、信仰のあり方はかなり異なります。
私は便利が好きなので、こうして逆輸入しましたが、本来はあまり良い事ではありません。
聖地や教会が大きな権力を持つ土地にうっかり持ち込めば、投獄されてしまうかもしれませんね」
「そ、そんなに……?」
「心配はいりません。ここは東南の聖地からはるか遠い場所。呪われた樹海に阻まれ、大教母さまのお手が届かぬ過酷な土地……これくらいの便利、咎めてどうしましょうか」
「聖地……?」
「黄金島といいます。大教母さまがおられる海に囲まれた島です。なぜ黄金というかは……アルバくん、自分の目で確かめてみることをすすめます」
「私ももう一度……この目に美しい故郷と、大教母さまの御姿を焼き付けたいものです。いつでも瞼の裏に、描ける様に」
アルバはなんだか、自分も随分遠くまで来てしまったと……そんな気がしてさみしくなった。