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アンダートゥ  作者: ただの
第一章 なぜ夜闇は私を排するのか
15/33

4-3.値切り

 前回までのあらすじ:

 樹海で出会った妖精スープと魔族パン。彼らは樹海の主である竜樹を自分の子どもかのように慈しみ守っていた。そんな竜樹を町の魔女に狙われており、樹海を侵す人間たちに困ってるのだという。

 樹海を通り抜けるため、魔女殺しに協力することに。アルバを樹海に置いて、クロエドは一人町に向かう。


登場人物:

アルバ:

救世主の少年。旅の同行者に不満があるよう。


クロエド:

竜族の青年。自ら進んで魔女殺しを請け負うが、その真意は未だ不明だ。


スープ:

泉に棲まう竜樹の守り人。水と同化した姿の美しい女性。竜の血を欲しがっているようだが…?


パン:

ネズミの姿をした魔族。スープに惚れ込み、彼女に協力している。

 人通りの極端に少ない町だ。


「一人ね。何泊?」

「まだ決めてないが、しばらく滞在する予定だ」

「しばらく、ね。あんた運がいいよ。3日前に着いてたら死んでたかもだし」


 宿の女主人はサラサラと慣れた手つきで記帳した。


「……どういうことだ?」

「さあね」

「樹海の封鎖に関係が?」

「……アンタ、樹海に行ったの?迷惑なんだよね、自殺志願者は泊めらんないよ。ややこしい取り調べはごめんだから」

「そういうわけでは……」

「アンタ怪しいね。顔も隠してるし……うちはこれ以上厄介モンを抱え込む余裕はないんだがねぇ。一応身分しょ(カレン)……通行証見せて」

(北西部いちの町ともなれば身元改めもありうるか……)



「……」


 クロエドは誤魔化そうとも考えたが、女主人の眼圧に光明を見出せず、そそくさと退散することにした。手がない訳ではないが、この手の女性は根掘り葉掘りものを探ってくるので苦手だ。


「悪いが任務のため身分は明かせない。他をあたる」


 適当に、きっぱりとはぐらかして寂れた宿屋を出ていく。その背中に「ねえ」とお節介が投げかけられた。


「あんた、樹海のことが気になるんなら、酒場に行くといいよ。今なら面白いもんが見れるはずさ」



 木造りの家々に挟まれた路地を抜け、大通り。人がいそうな方を目指した。大雨のせいか、出歩く人を数人も見かけない。


 ふと夕刻を告げる鐘の音が響いた。



 ……気づけばクロエドは酒場の前に立っていた。ざわざわと人が話す声や食器が立てる金属音が扉越しに聞こえる。


 含みは感じたが、結局酒の席が一番情報収集に適しているし、他に選択肢はない。



 扉を開いた瞬間、上部に取り付けられた呼び鈴が鳴り、一斉に客の視線が注がれた。一瞬シン、と場が静まったが、まばたきする間にまた喧騒に包まれた。


(気のせいか?……貸し切りとかじゃないよな……)


 クロエドはフードの裾を引っ張り直し、一番奥まったカウンターの席に座った。まだ夕暮れ時だというのに、すでに飲んだくれているのもいる。


「人喰い魔が……」「鼠にさらわれて……」「……を当てにしていいものか」


 不穏な言葉が飛び交っている。やはり何かがあったのだ。それも、三日前に……



「奢るよ」


 どかっと男が隣の席に座った。


「何のつもりで?」


 クロエドより背が低く、太り気味の男だ。年季は入っているが、手入れされたシャツにベスト。剃られたひげ。ニヤッと片方の口の端をあげて笑う。


「あれ、あんたその歳で知らないの。疎いね、それともわざと?」


 自信ありげで、プライドが高そうな。よく通る大きな声だった。


「分かった。凄腕すぎて世俗に塗れてない、と。そゆことだ。ま、飲もうや。それでみんな、こっちを見るのをやめる」


 男は二つ持ったグラスの片方を強引に手渡す。


 ちらちらと注がれるわずらわしい視線に、クロエドは気づいていた。

 毒物の混入を匂いで確認し、口をつけた。ふつうの蒸留酒だ。


「じろじろ見て悪いね。顔を隠してるから、よけいに。北からやってくる奴は訳ありって相場が決まってるだろ?この雨なら尚のことだ。

 早い話が――賭けててな。次に門を叩いたやつが、人間かそうじゃないかってさ」

「暇だな」

「そうそう!暇なわけよ。巣ごもりを強いられて、飽き飽きしてる。こんな悪趣味な賭けに走る程度にはな。あんたにゃ悪いが感謝するぜ」


 クロエドは顔色ひとつ変えず、代わりに喉を鳴らして酒を流し込んだ。


「――おい!!この人は人間だ!賭けは俺の勝ちだな!!」


 ワッと近くの男たちが沸いた。いくつかのテーブルの上を金が移動する。


「へへ、ツキが回ってきた。おっと気を悪くしなさんな、言ったろ奢るって!」

「俺に何の取引を持ちかける?」


 奢ると言って、渡した酒を飲むことは『取引をのむ』ことを意味する。古い遊びだ。


「おっ?なーんだ、知ってんのかい。ま、そうだわな。あんた、いくつだい? 待て、当てる。俺と同じか少し上だ。60……50ってとこか?最高の年代だ、()()としてはな」


 男にはクロエドが、熊のような動物に顔面をもがれたのか、醜い傷跡を隠す歴戦の狩人に見えていた。


 顔に装着せずとも懐にしまっているだけで魔具の効果が問題なく発揮されることくらい、クロエドには分かっていた。しかし酒のせいかひどく喉が渇き、彼は生唾をのむ。



「あんた相当やるだろ?」

「……どう見える?」

「俺の目にゃごまかせねぇ。俺ぁ商人でね。目利きは確かさ、なんせあの黒い森の出だからな」


 意味わかるだろ?と言いたげな目つきで見てくる。


 ここより遥か東の大森林……樹海とはまた違った意味での危険地帯。一帯を統べる商人一家の話は有名だ。


「森ね」

「やっとの思いであの暗黒緑ともおさらばして、ようやく名が広まったところで、この騒動だ。あの鼠ども、積荷を根こそぎ掻っ攫っていきやがった!」

「騒動?樹海の封鎖と関係しているか?」

「大アリだ」


 樹海は結界魔術と監視役の町人に囲われていた。妖精の話を聞いた時から、魔女がもたらした何らかの異変が町に起こっていることは想定していた。


「こっから先は取引の話だ」

「話だけ聞く」

「つれないねーっと……」


 酒の追加を店主に注文し、男は話を続ける。


「ことの発端は数ヶ月前に遡るんだが、詳細までご希望かい?」

「手短でいい」


「カンタンに言うと、魔物が襲ってきた。いつものことじゃなぁい、と思ったろ?

 数が異常だった。

 ――鼠! 大量の鼠だよ。

 数万匹の鼠が、統率された隊列をなして突進し、町をのみこんだ。奴らが通り過ぎた後には、めぼしい食い物全部が、忽然と消えていたってわけだ。その時逃げ遅れた人間もな」

「食い物と見なされたって?」

「……グハハ、最低のジョークだよな? 近年稀に見る大規模な魔物被害だ。当然ピリつく。町の兵士が手をこまねいて、関所に助けを求めたところだ」


 ガラン!と酒場の扉が勢いよく開いた。甲冑が様になった男たちが向かってくる。兵士だろう。樹海で見かけた武装しただけの町民とは別物だ。


「不審な旅人の通報を受けて参ったが。その者は?」


 クロエドは無視して、酒を口に含んだ。鼻に抜けるアルコール臭に、喉がバカになる度数だと再認識する。


「この人ァ俺の連れでね。いやあ古い友人ですよ!何もこんな時期に、と嘆いてたところですわ!」

「……身分証(カレンダエ)を」

「はい、これ」


 身分証(カレンダエ)……帝国が発行する身分証のことだ。机の影で黒革の手帳からとある板を出した。クロエドの身分証と偽って見せびらかす。

 黒塗りの木札だ。兵士たちは一目して、顔に驚愕の色を浮かべた。


「すごいでしょ。俺も初めて見ましたよ」

「失礼しました」

「お仕事大変ですねぇ。や、そういえば山門城から書状は届きましたかい?」


 すぐに身分証を返され、男は兵士にこそこそと耳打ちした。

 山門城とは、クロエドが突破を目指す関所の名称だ。地理的に最も近い関所だ、関わりがあることは予想できる。

 

 兵士は男に紙の筒を手渡した。彼らは頷きあって、去っていった。


「なぜ俺を庇ったんだ?」

「だって訳ありだろ?分かるよそりゃあ」

「あんた……名前は?」


 ぐびぐびと酒をあおり、グラスを小気味いい音を立てて机についた。


「ジャックだ。ただのジャック。生まれつきそう名乗ってる」




 ジャックはクロエドのグラスが空になる前に酒を継ぎ足す。景色がぐらっとブレた。


(いつもより回るのが早い……)


 少量にとどめたが強い酒が空腹に入ったせいだろうか。ジャックはそんなクロエドの様子を気にも留めず、上機嫌に喋り続ける。


「樹海の近くで怪しい影を見たと報告があがったが、あんたかい?」

「……立ち寄った。人食い魔がいると聞いて。だが結界に気づいて引き返した」

「結界!邪魔だよなァ、俺らも困ってんだよ。うちの町の()()が張ったんだが、魔物だけでなく俺ら人間も弾きやがる」

「(人間も……)樹海に入る用が?」

「まあな。何度も暴いてきたぜ。

 俺は樹海の探索隊……ま、要は開拓の出資者でな。莫大な金をつぎこんだ甲斐あって、山の岩壁に沿って、街道を作るのに成功した男だ。一昔前に話題になったやつさ。今でも落石で潰れたのを知らずに訪れる奴らは多いんだぜ」


 ジャックは出てもいない涙を拭う仕草をしてみせた。


「俺はなぁ……何としても、この投資を飯の種に化かさなくちゃならないんだ。魔鼠も教会もはねのけて、樹海で探し出したいものがある。そのために、一刻も早く探索を再開させたい……」 


 一拍の間があいて、ジャックはパッと顔を上げて言った。


「で?」

「……で?」

「俺のことは話したぞ。で、このタイミングで北からくだってきたあんたは何もんなんだよ?」

「あんたが言い当てた通り、俺は狩人だ。人喰い魔を狩るためにやってきた」


 クロエドはジャックの設定に便乗した。


 が、ジャックの反応は期待したものとはほど遠く――


「はああ?……」



 彼は大声で笑い飛ばした。


「おいおい!取引相手に嘘はよしてくれや!」


 周りの客の意識が向くのが分かった。肩に腕が回される。衣擦れに紛れて、彼の小声が耳に届いた。


「――早い話、俺は肯定してほしいんだよ。あんたが、魔鼠をけしかけた犯人だって。

 奴ら下位種のちっぽけなドブネズミどもに、ああも揃った動きをされちゃあな、背後にいる何かを疑わざるを得ないんだ。狩人が魔物に詳しいなんてこた、ちょっと商売かじってりゃ誰でも知ってることだよな。

 それがあんたであれば、俺はあんたを兵士に突き出して、結界を解かせて、晴れて探索を再開できる」

「……」


 緩急をつけて喋り切った。がやがやとうるさい酒場内で、体温の高い男が近づいきて暑苦しい。クロエドの頬を汗が伝った。


「だが、こんなとこにのこのこ出てくるんだから、そうじゃないんだよな?わかってるって。だから庇った」


 パッと離れる。

 ジャックは何の意味があるのか、先程兵士に見せた木札……テーブル上のそれにコツコツと爪を立てる。


「俺にどうしろと?」

「やだなその言い方じゃ命令みたいだ。これは取引の前提、信頼性の確認だよ。あんたが信頼できるか確かめたいんだ。あんたはどこの誰さんだか名乗り、本当の目的を喋る。そんでもってやっと話を進められる」 


 クロエドは急な脅しに揺さぶられながら、思考を張り巡らせる。


(俺は兎にも角にも情報を得たい。だから取引をのむ意向を伝えた。情報を小出しにしながら取引相手の素性を探るのも自然な流れだ、そこまではいい)


『人喰い魔を狩りにきた狩人』


(不自然なことは口走っていないはずだ。それが、いきなり脅しに切り替えてきた……?しかも、あくまで俺の協力を必要としてるのは変わらない……のか?)



 狩人だと嘘を貫き通せば犯人だとでっち上げられる。

 かといって素性や事情を喋りすぎては、それこそ脅しの種となり、主導権を握られ不利な取引を強いてくるだろう。


 ジャックにとってはどちらに転ぼうと自分が得することは変わらない。

 最大限の利益をあげるために、目の前の人間をどう消費するかを考えているのだ。



(上等だ)


 店主が出来立ての料理を一皿ジャックの前に並べた。焼き上がった肉にフォークを突き立てんとするジャックに言い放つ。


「当ては外れだ」

「ここのアテにハズレはねえ」


 腹の色を探り合う。クロエドはいちかばちかで言葉を選び、言いくるめ返す。


「このご時世、後ろ暗いのは認める。だが俺を、ただの狩人(殺し屋)風情だと思ってるのなら間違いだ」


(――通らない。

 例の大森林は狩人の産地でもある。俺に、狩人に見えるが狩人であり得ないと思える何かがあった……とか。あえてカマをかけた。自称狩人をとっくに見抜いていた可能性がある。だとしたら、通らない)


「……」


 ジャックは何も喋らない。


(――通った)


 胸の内のざわつきをおくびにもださず、余裕綽々といったふうにクロエドは笑む。


「しかし、あんたも相当あとがないと見える。ゆきずりを脅してでも力が必要か」

「脅して?別にあんたじゃなきゃいけないわけじゃない」

「そうか?なら俺は町を出る。手を引く」


 椅子を引いて立ち上がる。ジャックの片目の瞼が痙攣した。


「魔女から」



 事情を包み隠さず明かすのは危険だ。妖精、結界、竜族――どれも少なくとも今の時点では伏せるべきと考えた。


「……なんだって?」

「俺の獲物は魔物でも要人でもない。町に潜む魔女を狩りにきたんだ。だが元々乗り気じゃなくてな。依頼主には悪いが、町の人間の協力が得られないなら手を引かせてもらう」

「……………」


 長い沈黙だった。 


 本来口にするのも憚られる存在。

 魔女。広義には、魔法を使ういかがわしい女。狭義には……邪教の女魔法使い。昨今魔女といえばまずこちらを指す。


 大地の各地で天変地異を引き起こす、災厄の象徴。一般人にとって、魔女の去来は生半可な即死ではなく、惨死を意味する。


(食いつくか?)


 これは試し合い、小手調べだ。対等なはずの取引関係、どちらが手綱を握るのか。


「待て」


 一歩踏み出すところを呼び止められる。

 彼の余裕は消え失せており、クロエドの口元に力が入った。


「魔女狩りか。魔女の噂はここいらではとんと聞かないがな。見た目は?特徴は?魔法は?どんなもんだ、え?」

「何も知らない」

「……はい?」

「依頼主の実力では分からなかった、ということだ。これ以上は契約に差し障るので言えない。人喰い魔に何らかの関係があると思っていたが……」


 我ながらだいぶ苦しい、とクロエドは自嘲した。

 ジャックは唇を巻き込みながら顎周りを押し上げる。


「――人喰い魔。ありゃ迷信だよ。

 どうもふしぎの樹海は人様を引き込む魔力があるって言われててな。ま、つまるところよく人が死にに行くんだ。それを防ぐために町ぐるみででっちあげたウソってわけ……だった」

「だった?」

「前回の樹海探索でぽいもんに出逢っちまったんだよ」


 ――白黒まんまるの目玉。けばだった体毛。獣と足して二で割ったような風貌の、濡れた大鼠。

 悲鳴ごと喰われて、一人、また一人と消える。森を出る頃には、何人の仲間が犠牲になっただろう。



「つい最近のことだ。あんたの獲物が人喰い魔なら、俺の中じゃ二択だった。

 単なる迷信だと、その程度の情報すらつかめず現地に突撃する三流か。はたまた、人喰い魔の出現を知る部外者――おおかた邪教の手先か」


 ジャックはニッと白い歯を剥く。


「どっちにしろ安上がりだったのに。えーと名前は?」


 勢いよく肩に腕を回して引き寄せる。


「クロエド……」

「じゃ、クロさんな!やあ、負けた負けた。やっぱ狩人は値切れないよな。悪かった!そういう事情なら、魔女殺しに協力させてくれ。代わりといっちゃあなんだが、俺の探し物も手伝ってくれな」

「何の義理があっ」

「だってよ、人喰い魔は魔女の手下だろ!?きっと手がかりになる」

「そうと決まったわけじゃ」

「やー決着!」


 強引に座らせて「こちらの御仁にいつものを」と店主に呼びかける。

 酒を手渡したジャックはグラスをかざして、後ろを向き声を張り上げた。


「みんな、聞いてくれ!この狩人さんと契約を交わした!樹海の視察役を引き受けてくれるそうだ!」

「……!!」

「その代わり、俺は狩人さんに全面的に協力する。みんなも聞かれたことには好意的に答えてやってくれ」


 一斉に、酒場内の全員がグラスを掲げた。


(……全員仲間か!)


 暴力でカタをつけるのを想定していた、よく見れば彼らはそんな配置についている。

 おそらく元々町内で怪しいやつを難癖つけて突き出すつもりだった。ちょうど部外者が現れたので標的を変えたにすぎないのかもしれない。だが……


「そんなに身構えるなよ。夜は長いぞ」


(はめられたのには違いない……)


 恥にも似た感情がクロエドの心を支配して、彼の疑心暗鬼は加速した。

 しかし、だ。彼から滲み出る大した胆力。いっとき手を組む相手として不足はないと思えた。クロエドは大人しくグラスを受け取った。普段の彼なら手を引くだろうが、そうはしなかった。


 それだけの価値が魔女にはあるのだから。



 *


 

 テーブルをくっつけジャックが地図を広げた。硬貨を駒がわりに動かして、何やら話し合っているようだ。


「あれは樹海地図。ジャックさんの血と汗の結晶です。あの人は商会で稼いだ個人資産のほとんどを、樹海探索に割いてるの」


 一人離れた場所にいるクロエドに女性が説明する。驚くべきことに、ジャックは探索隊内では、豪快で快活でちょっと金にがめつい善人で通っているらしい。


 というのも……


「樹海という魔に引きずり込まれ、行方不明になった人たちを取り戻すためにね。ここに集っているのは、昔からの協力者たち……みんな、家族や友人を樹海のせいで失った人たちです」


 この町では不可解な失踪が大昔から度々起こるらしい。それを『樹海()に惹かれる』と言って恐れた。

 その話が巡り巡って、近隣で噂される人喰い魔という架空の魔物を作り出したのではないか、とクロエドは邪推する。


「でも町のほとんどはオレたちを疎んでる」


 そのままにすること。ないものとして扱うこと。避けること。意識しないこと……


「それができなかった奴らは、消えた奴を追って自分までも呑まれ、決して帰ってはこない。この町は何百年も樹海と連れ添って、そんな教訓が染み付いてんだ」

「ええ……探索には異を唱える人たちの方が多いのです。下手に魔を刺激すれば、どんな報いを受けるか分からないから、と……」


 近くで老婆が手を擦り合わせて騒ぎ立てていた。


「やっぱり次の町長に相応しいのは、ジャックさんしかいないよぉ」

「おおい、よしてくれや。俺は物を売り捌くしか能のないない男だぜ」


 女性はその会話にほう、と息を吐いた。


()()町長は反対派の筆頭でした。三日前消えてしまいましたが」



 酒場の店主が水を差し出してクロエドに問いかけた。


「この会合が何なのか、知っててここを訪れたのかい」

「いや……」

「だろうな。たった三日前、魔鼠の大群に襲われたばかりの今。この人数で樹海に入り、さらわれた町民を救う……その作戦会議をかねた酒の席(決起会)なんて知っていたら、ここには来られなかった」


「場違いな客に乾杯」



 クロエドは親切な隊員との会話で、町の事情をおおよそ理解した。町と樹海の切っては切れない関係を。


 探索隊と、町長を筆頭とする反対派の対立。第三者の教会が、町の歴史からすれば新参者ゆえ中立的立ち位置かと思いきや、むしろ隊の設立に関わるほどジャック寄りの立場なのは意外に思えた。


 そこに、此度の魔鼠侵攻。

 反対派からしてみれば、樹海を荒らす人間に対する怒りそのものだと感じられるだろう。一方で侵攻で消えた人々を救おうと、探索隊は躍起になる。


 現状を把握したクロエドは目頭をおさえる。


「予想以上に面倒な……おい、俺は先を急ぐ身だ。魔女探しに役に立たないと判断すれば、あんたも町も簡単に切り捨てる」

「分かってるって。俺の中で魔女の目処は立ってる」

「……!本当だろうな?」

「ああ、今は待ちだ……商人は信用が第一!そこらへんはしっかりやらせていただくぜ」


 ジャックの背に影がかかる。


「――何が信用だよ」


 今し方酒場に入ってきた男が、ジャックの背に言葉を投げかけた。ズカズカと一直線にジャックの元へやってきたのだ。男の後ろに控える数人の町民たちもみな彼を睨んでいた。


「作為的だよな」

「酔っ払いに脈絡ねえ話はやめろ。どういう意味だ?」

「攫われたのは皆、樹海の探索に反対してた奴やその家族ばかり。ジャック……お前らが邪魔に思ってた奴ばっかりだ。お前……なにかやったんじゃないか?」


 周りを取り囲む隊員たちが立ち上がる。椅子を引くガタガタとした音を掻き消すように、ジャックがグラスを音が立つ程度にテーブルに叩きつけた。


「なにかってなんだ?」

「だから、邪魔者を黙らせるために、魔術で襲わせたとか……魔術師のお友達には困ってないあんたのことだ、簡単だろ……」

「なんだそのいい加減な……」

「いいから答えろよ!」


 ジャックを責める町民たちは、みんなまともに眠れていない顔つきをしていた。涙のあとと、隈と、うつろな目……察するに、彼らはジャックと対立する反対派の連中の残り物だろう。


「答えるも何も矛盾しまくりだろ。俺らが樹海を荒らすのに、向こうさんがキレたってのなら、俺を殺したいはずだ。なんで俺をやらずに、ご丁寧に味方までしてくれんだよ?」


 ジャックはくるりと集団に向き直りながら話し続ける。


「それに知ってんだろ、俺だって襲われた。その辺のガキと一緒に教会に転がり込んで、ギリギリ助かったんだ!」

「……」


 先頭の男は唇を噛み締めていた。


「ま、わかるぜ。理不尽な目に遭うと何もかも敵に見えるよな?何もかも仕組まれていたんだと思いたいよな?怒りをぶつける誰かが欲しいよな?」


 ガタッと立ち上がる。


「それは俺か? 俺はお前たちを邪魔とか敵とか思ったことねーぞ。意見が違うだけだ、俺とお前たちは仲間だ」


 ジャックは周りを見回しながらガハハと笑いかけた。


「めちゃくちゃやり合ったがな?てか殺されかけたこともあったけどな!?」


 数人がくすと笑って緊張した雰囲気が和らぐ。仲間たちは頰を緩ました。



「――だが、今回のことでお前たちにも、理不尽に大事なもんを奪われた悲しみってやつがわかったろう。

 したり顔で諦めろだの何だの言って、俺たちを非難していたが、今、同じ事を鏡を見て言えるか?死んでようが死んでまいが、家族を取り戻したい気持ちを、未練がましいと罵るのか」


 一転した。淡々としていてそれで訴えかけるような声色だ。


「……」


 冷たい血液が心臓から送り出された心地で、男たちは黙りこんた。



「座れ!!」


 ジャックは叫んで、仲間が囲む円卓をバンッと強く叩く。テーブル上には、樹海地図が広げられていた。


「諦めの悪いやつだけ座れ!!作戦会議だ!俺は行くぞ、樹海へ!!数百年間人を喰らい続けた、あのクソッタレ緑の秘密を暴き、今回こそ丸裸にしてやる!!攫われた奴ら全員取り返す!!魔鼠のバカに落とし前つけさせてやる!!

 その気概がないのなら、帰って家でただ鳴いてろ」


 張り上げた声を響かせながら、酒場の扉まで歩き、叩く。衝撃で呼び鈴が鳴った。


 近づく男がいた。ジャックに問いかける。


「俺の娘はまだ八歳だった。ジャック……なあ、まだ間に合うかな……」

「今怖気づけば、それを確かめることもできないぞ。腹括ってついてこいや。オイシイとこだけ譲ってやるよ」


 その言葉を皮切りに、二分されていたはずの彼らは一つにまとまった。カウンターの椅子を引く男。空いた椅子に手招きされて腰をおろす女……同じ理不尽を共有したことで、わだかまりを呑みこんで、お互いを慰め始めたのだろう。


「そう落ち込むな。必ず鼠を指揮する親玉がいる。そいつさえ倒せば……」

「たかが鼠ごとき、一匹一匹を始末するのは簡単だよな」

「でもまた一斉に襲われちゃ敵わないのよ。どうにか刺激せず、奪還にだけ専念すべきよ」

「そんなことできるのか?樹海にはあいつ……あのでかい人喰い魔がいるんだぞ。こんなことになって……今樹海はどうなってるんだ?」

「だいたい、確実なことは何も分かってないじゃない……生きてるかも……」



 白熱する隊員をよそに、ジャックは裏口から外の空気を吸いに出た。大雨だった。

 裏口を出たところに、いつのまにか会場を出たのだろう、クロエドが背を壁につけて立っていた。


「不毛な議論だ。情報が足りないのなら行動するしかないのに」


 ジャックは葉巻を小箱から取り出して、慣れた手つきで火をつける。火の魔石が埋め込まれたライター(魔具)だ。煙をふかした。


「そう言うな。あれでみんなパニックなんだよ。たぶんクロさんが想像するよりずっと、あの侵攻は刺激的だったんでな。しかもその責任の一端を嫌でも感じるんだから、なおさらだ。

 実のところ、この会はただの不安のガス抜きだよ。怖かったよーとかこれからどうなるのーとか、テキトーに喚きあってくれればいい。建設的な段取りは俺らでやる。なあ?」


 ジャックは「うまい!雨のいいとこは、これくらいだな」と満足げに灰を落とした。


「……消えたのは、あんたと対立する奴らばかりというのは本当の話か?」

「もうちょい伏せておきたかったなー。あ〜そうだよ。先代含む反対派の有力者ばかりだよ!」


 クロエドはジャックを真っ直ぐ見つめた。雨が不規則に跳ねる水音だけが響いた。


「前回……撤退を余儀なくされ、人喰い魔の噂は瞬く間に町中を駆け巡った。ここぞとばかりに先代がそら見たことかと騒いだ。

 そこに、例の侵攻だ。隊にとっちゃ最悪の展開さ。犠牲者の身内の風当たりは特にひどくてな……あわや解散と覚悟した。が」


 大雨に紛れてカエルが鳴いていた。


「奴ら山門城(さんもんじょう)に泣きついたんだ。魔鼠から被害者を救ってほしい、ってな。いざ自分の身内がいなくなったら、取り返したくなったわけだ。

 そして断られた。当然だ、山門城の奴らは部外者だ、やばいと知っていて放っておいた樹海の問題なんぞに今更首を突っ込みたくないんだよ!」


 山門城……クロエドが目指す関所のことだ。樹海を突っ切れば、そこに通ずる街道に出ることができる。


「人情だねえ」


 ジャックはせせらわらって、先ほど兵士から受け取った紙の筒を振って見せた。


「山門城の伝書だ。城主も予想を裏切るバカではない。援兵をやるとの一言だ。こちらで解決せよと仰せなんだよ」


 外部の支援は期待できないということだ。

 援兵は山門城から町までの道のりを、樹海を迂回してやってくるだろう。ただでさえ時間がかかる。


「しかし山門城が乗り気だとしても、樹海地図を持つ俺たちに頼らざるを得ないのは同じことだ。結局奴らは、俺たちに頼るしかないんだよ。

 敵ながら哀れでね。散々俺たちに諦めろだの刺激するなだの偉そうに説教しておいて、自分の身内がいなくなった途端、取り戻したいなんて虫が良すぎんだ」

「……本当に偶然だと?」

「さあな。だが必然だとしたら……一体敵は何者なんだろうな?町の事情をよく理解してる。

 そして矛盾してる!これ以上人間に樹海を侵させたくない、だから襲った!でも襲ったのは、いみじくも味方であるはずの人間たちだけ!なぜだ!?」


 雨音に張り合うジャックの勢いには、何に対してか怒りが含まれていた。


(……ひとつだけ。魔鼠侵攻の明確な犯人像……それがパンだ。奴が魔女の手先だった場合説明がつく。 

 妖精は魔女にとって敵だ。敵の敵は味方……すなわち探索隊は魔女にとって樹海を知れる唯一の手がかり。


 だから邪魔な反対派を消した……


 だがこうも大規模に、あからさまに?異変を危険視して公的機関(山門城)が出張ってくる可能性も、町が疑心にかられて探索隊を潰す可能性も無視できなかったはずだ。

 それとも、奴らが手のひら返して行方不明者の奪還を望むはずだと、そこまで読んでいたのか?)


 どっぷりとした黒い空。真夜中を過ぎていた。クロエドは魔鼠に預けた彼のことを思い返す。


「……置いてくるべきじゃなかった」



 そんなことは、分かっていたが。 


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